2009年7月11日 (土)

2009年の憂鬱

ずいぶん更新をかまけている。
実際今年に入ってから仕事のほうがガタガタになってしまい、精神的ゆとりがまるでない。
引っ越しを済ませて心機一転と行きたかったのだが、思うようにはいかないものだ。

最近の通勤途中に聴いているのはYAPOOSばかり。
それも、いままであまり好きではなかった『HYS』を好んでかけている。

戸川さんは今年も南青山MANDARAなどでライブを演られているようで、私も普通の状態なら見に行くのだけれど、それもままならず(-ω-)

シャルロット・セクサロイドの憂鬱

ああ銀色の耐熱服が 乱反射して光る
ジュラルミンの爪と 右目の瞳孔に コードナンバーが
もうダーティ・ワークはいやよ バーバラは反対したけど
例のロボット三原則を 守りきれない新世紀

さあ逃げなくちゃ地球の外へ
古いタイプはすぐこわされる
爆破回路が脳にうまってる
私も人権のない機械

百年、いや永遠の孤独
何も起きぬロケットの中で
それでも私は生きるほうを 生きるほうを選んだのだった

デジタル表示のカウントダウン
大気圏じゃ まだこわされる
何故生き延びようとしたのか
わからないまま成層圏へと

百分、いや一那由多分の
一に起きる奇跡に賭ける
交信をしてくる何者かに
出逢えることに賭けたのだった

百年、いや永遠の孤独
何も起きぬロケットの中で
それでも私は生きるほうを 生きるほうを選んだのだった



少年A

作文 宿題出て 書くとき
いつの間にやら 右手がもう血まみれ

指先 力こもり 鉛筆
ボキボキ音を立てて折れる 文章

ずっと秘密にしていたけれど
部屋で練った世間への復讐
非力すぎる自分への不満
殺したい人の名前を書く

積分微分 解くの さされて
チョークにぎって 黒板に向かったとき

指先 力こもり チョークが
ボキボキ音を立てて折れる 記号

無口な人と言われるけれど
手癖だけは雄弁をふるう
シータ、ガンマにやつ当たりした
無意識の小さなヒステリー

数国古英倫物歴美 地音保化
数国古英倫物歴美 地音保化
数国古英倫物歴美 地音保化
数国古英倫物歴美 地音保化

真夜中 誰もいない学校
人目を避けて マッチ棒擦るのあせって

指先 力こもり マッチが
ボキボキ音を立てて折れる 学校

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2009年4月25日 (土)

何かがここで終わっていって -Merkmalツアー追加公演-

金曜日、SalyuのMerkmalツアーファイナルに行ってきた。
2月の武道館から2ヶ月以上が経過しており、その間に9カ所で10公演が行われた。
各公演後のmixiなどの書き込みを見ると、概ね好評のうちにツアーは進行してきたようだ。
初日の武道館では私自身にピンと来るところがなかっただけに、今回のC.Cレモンホールは期待するところが大であった。

もともとMerkmalツアーのコンセプトである「デビュー十周年の総まとめ」というのに多少不自然な感じを受けていたので、映像や照明を駆使した演出には共感するところが少なかった。
ひょっとしたら初めてSalyuを聴く人のためのコンサートなんじゃないかと思わせるほどに、背景に映し出される説明調の文字がちょっと鬱陶しい。
これは初日の武道館で感じたことだが、ファイナルでも全く同じ演出であったから、またかという感じ。

さて、肝心の演奏・歌はどうであったかというと、Salyuの状態は武道館のときよりもずうっと良かった。
今回は女性コーラスがついているのだが、武道館ではこの人の声に助けられたと言ってもいいくらい。
あの会場の貧相な音響効果のせいもあるのだろうが、Salyuの声があんなに広がらないのは初めての体験だったので軽くショックを受けたものだ。
その点、今回はしっかりとした発声でひと安心、でも「to U」の最後はまたオクターブ低いヴァージョンだった。

今回の座席は前から9列目の右端で、大ファンのあらきゆうこさんが全然見られなかったのが非常に残念。
そのあらきさんはいつもながらにエキサイティングなドラムを叩いてくれたので、イントロが圧巻の「Tower」やアンコールの「トビラ」などの楽曲が生命を持った。
さきのコーラスの女性はもとより、他のバックの人たちもそつない演奏で良かったんじゃないかと思うけど、全曲にチェロの人が参加するのはどうなんだろうか。
確かにアコースティックな楽曲では素晴らしい効果を発揮してくれる場合もあるが、アップテンポのメタリックな楽曲だと、チェロのパートがあるために無茶ができない部分があるように感じたことも確か。

同じC.Cレモンホールで一昨年に聴いたときは今回よりも3人少ないシンプルなバックであったのに、こちらに伝わるものはずっと大きかった。
いろんなケースがあるので、一概には言えないけれども、少ない人数での演奏ではミュージシャンそれぞれが100%かそれ以上のものを出そうとして、結果として多少の荒っぽさがあっても発揮するパワーは大きいことがある。
それはSalyuが単独で歌うのとコーラスを付ける場合との差でもある。
今回はあまりにもキチンとしたステージを見せられたわけで、それはこのツアーのコンセプトであったのだろうが、個人的にはとても残念。
ライブにPVのクオリティを求めているわけじゃないから。

アンコール後に小林武史さんが登場し、彼の伴奏でSalyuが歌った「Dialogue」はとても良かった。
素晴らしい資質を持っているんだから余計な演出は要らない。
シンプルに歌えばSalyuは良いのだ。
次回は真のニューアルバムをひっさげて、ダイレクトにこちらに伝わるライブを聞かせてくれることを信じている。

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2009年2月22日 (日)

YOKOHAMA FAROUT

やまだなおこさんがトリオでジャズセッションを演ると聞いて、関内にあるジャズクラブFAROUTに行ってきた
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開演に少し遅れてしまったが、最前列に相席となった
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間近で聞く演奏だが会場の空間が意外に広く、耳にやさしい
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メンバーはPf 大古富士子、Dr 根本久子、B やまだなおこ(敬称略)
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Eurythmicsの"Here comes the rain again"なんか演ってくれて感激もの
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このユニットは今後も活動していくそうで、楽しみがまた増えた。
しかし数十枚撮った写真はほとんど同じ構図で…(・ω・)"

※全てNATURA BLACK / NATURA1600

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2009年2月11日 (水)

Salyuの新曲が届いた

武道館のSalyu Tour 2009 Merkmal初日を見終えた翌日にCDが届いた。
『コルテオ ~行列~/HALFWAY』の両A面シングルである。
今回の収録はこの2曲だけで、それぞれイメージソング、映画主題歌ということからコンセプトを明確にするためにあえて2曲に絞ったのだろう。

聞いてハッとさせられたのは「HALFWAY」。
武道館で聞いたときは良く分からなかったのだが、これはとても良い曲だ。
以前のシングル『プラットホーム』に収録されていた「行きたいところ」に通づる音世界が耳に心地よい。
バックのアコースティックなサウンドも控えめな中にそれぞれの主張があり、気負いのないSalyuの歌声がそれらを柔らかく包み込む。
この曲なんかは小さめのホールかライブハウスで聞いてみたい。

「コルテオ〜行列〜」のほうはTV・ラジオで聞かれるサビの絶唱が全ての曲。
Salyu=スーパーヴォイスという固定観念を裏切らない曲作りではあるが、小林武史氏のこのパターンはもういいかなという感じ。
CDでちゃんと聞けばサビでのSalyuは少し抑え気味に歌っていることがわかるけど、武道館ではそうではなかったような。

本来ならその武道館の詳細を書くはずだったのだけど、ところどころにキラッと光るものは感じたものの、聞き終えて会場を出てからも頭の中の”?”が消えないままだったので今回は保留。
でも実際に私の隣席の観客は感動して泣いていたし、多くのファンが満足したことは事実なのだろう。
私としては『呼吸』から意外なほど多くの楽曲が歌われたこと、それはうれしいことだっただけに、物足りなさを感じてしまったことを報告する次第である。

とりあえず武道館ライブを終えて、気負いのなくなったであろうSalyuが来月からのツアーで素晴らしい歌声を聞かせてくれることに期待しながら。

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2009年2月 1日 (日)

Super Sparkling Session

1月の最後の日、新所沢PEGGY DAYに行ってきた
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私が到着したころにはすでにライブも後半に入っていた
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ひろのゆき(Vo) 藤井陽一(Gtr) 関雅樹(Gtr) 長井ちえ(Gtr&Vo)松原博(Key)
宮野和也(Bass) 八木一美(Drums) という豪華な顔ぶれ(敬称略)
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長井ちえさんを見るのはほんとに久しぶりだった
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ひろのさんのオリジナル&カバーを素敵な演奏で聴く
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いつも以上に地元ならではの落ち着いたプレイの関さん
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所沢グルーブ+長井さんはさすがに格好良かった

※SONYα700 / TAMRON SP AF 28-75mm F2.8

 

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2008年12月30日 (火)

ちびじゃみ12/28

久しぶりのちびじゃみライブが自由が丘MardiGrasで行われた
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狭いライブハウスは満席の盛況だった
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やまだなおこ(B)、関雅樹(Gt)、藤井陽一(Gt)、臼井かつみ(Dr)
おなじみのメンバーだ(敬称略)
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ゲストヴォーカルはMU/TOのSHOWCOさん。
小柄で細いけど歌声は骨太だ
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各々の個性がぶつかり合い溶け合うからセッションは面白い
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これからもずっと。ちびじゃみFOREVER

※α700/TAMRON SP AF28-75mmF/2.8 XR Di

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2008年12月28日 (日)

SSS at SHIBUYA

12月12日渋谷7efにてSSS(Super Sadistic Souls)のセッション
お馴染み格好良い女性ミュージシャンの面々
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初めてのライブハウスだったが、広すぎず良い雰囲気だった
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やまだなおこ(E.Bass)、河口実知子(Sax)、菅原潤子(Gt)、大迫杏子(Key)、根本久子(Dr)
いつも素敵な演奏ありがとう(敬称略)
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今回唯一"SADISTIC"だったのは会場の暗さ(-ω-)
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楽しいMCもあり過ぎの良いライブだった
アップが遅くなってごめんなさい

※α200/SP 17-50mm F/2.8 Di II

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2008年12月 3日 (水)

Salyu『Merkmal』の意味するものは

11月26日にSalyuの新しいアルバムが発売された。
『Merkmal』というタイトルのそのアルバムはSalyuのベストアルバムである。
メールマガジンで早くにその発売をアナウンスされていたものの、曲目を見ると全部自分が持っているものばかり。
つまりは同じ内容のリストをiPodにでも作成すれば事足りるわけで、これは予約して買うまでもないかもしれないと考えたのだった。

今回のアルバムはCDのみの通常版の他に初回盤として2パターンのリリースがあった。
ひとつは今年の9月に横浜のMotion Blueで行われたライブのDVDとセットになっているもので、もうひとつはこれまでに発売されたSalyuをfeaturingした楽曲をまとめたCDがセットになっているものである。(しかしながら「WIEN5」は未収録)
横浜のライブは先行チケットに申し込んだが落選してしまったもので、私としてはこのDVDとのセットしか購入する理由がなかったから、TOWER RECORDで予約することにした。
いつものHMVではなく"TOWER"で予約というのがSalyuっぽいでしょう。

CDを予約してからしばらくして、公式サイトにNHK BS2「最新ヒット ウエンズデーJ-POP」にSalyuがゲスト出演することと、その公開放送の抽選があることがアナウンスされていたので申し込んでみたら運良く当選した。
公開放送日は11月26日で『Merkmal』の発売日と同じであったから、予約したおかげかもしれない。
当日は仕事を切り上げて渋谷のNHKに出かけていった。
まあ1,2曲聞ければ良しとしようという軽い気持ちであった。

開場20分前に到着したらすでに沢山の人が待っていた。
みんな早く来て入場整理番号を手に入れるためである。
私は仕事があるからそんなに無理はできなかったけど、最後列よりは少し前に位置することができた。
中継はNHKホールじゃなくNHKふれあいホールなので小さめの体育館程度の広さであり、最後列だって十分ステージに近いのには少し驚いた。
時間が近づき、若干の説明があってからステージにバンドメンバーが現れた。
あ、ドラムはあらきゆうこさんだ。

あらきさんのドラムセットの周りには透明なバリアのようなものが設置されていた。
もしかしたら開場が小さいのでドラムの音量を調整するのだろうか。
右端にはギター、奧にはキーボード、その前にはチェロ??
ステージ左側にあらきさん、その左にはベースという配置である。
いきなりライブから始まる展開でSalyuが登場てきてびっくり。
すごい細くなってる!
公式サイトの背景の写真も別人みたいになっていたので、ああ痩せたんだなーとは思っていたけど、実物を目にしたら想像をはるかに超えていたなあ。

で「name」が始まった。
どうだろう、CCレモンホールで聞いたときよりも控えめな演奏かもしれない。
公開生放送ということもあるのか、Salyuの歌い方も丁寧な感じだった。
でも久しぶりに聞く生の声がうれしかった。
何よりもこの歌を歌うSalyuをTVで見たことが私にとっての始まりだったわけで、感慨もひとしおだった。

その後、インタビューを交えながら番組は進み、再びSalyuのライブ。
曲は「風に乗る船」で、CDの演奏みたいに空高く階段を駆け上がるようなものではなく、もう少しなだらかな感じで歌われた。
おそらくバックにチェロが入っていることもその要因かもしれない。
何かじーんとくるものがあるなと思ったら、不意に涙が出てきた。
続いて「to you」が演奏されるともういけない。
軽い気持ちで聴きに来ているのに、両頬を濡らしてどうする・・
すっかりSalyuの声に癒されている自分がいた。
チェロの音色がまた暖かくて(涙)

「to you」が長い曲だったために番組ラストはバタバタと終わった。
でも大満足の3曲であった。
来年の2月に武道館でスタートするMerkmalツアーが楽しみになった。
そこでアルバム『Merkmal』の話に戻る。

アルバムに収録された楽曲は14曲で『landmark』から4曲、『TERMINAL』から8曲、そしてLily Chou-Chou時代の『呼吸』から2曲、これは何を意味するのだろうか。
しかもセットのDVDでは1曲目に「アラベスク」が歌われている。
Salyuとして活動してきた数年間を経て、彼女の中で再びLily Chou-ChouがRE-BIRTHされようとしているのだろうか。

NHKの番組の中でのインタビューでもSalyuは『Merkmal』を10年間の活動の集大成と言っていた。
小林武史と組んで作ってきた自分の世界を振り返り、ツアーを完了させたときに新生Salyuがスタートするのかもしれない。
すっかり痩せて少女のような儚さを感じさせた先日のSalyuを見てそれを強く思った。
きっと今回の『Merkmal』というアルバムはツアーのパンフレットなんだろうな。

※Merkmal・・・ドイツ語で「道標・指標」の意

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そうそう、知らないうちにiTunes STOREでも『呼吸』がリリースされていた。
Lily Chou-Chouを知らない人はこの機会に聞いてみることをお薦めする。

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2008年8月10日 (日)

NATURAとα200でMSG

先日、西荻窪TerraでMSG(関雅樹グループ)を撮影した。
持参したのは1600のフィルムをつめたNATURA Blackとα200であった
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メンバーは関 雅樹 (G)、藤井 陽一 (G)、和田 弘志 (B)、阿久井 喜一郎 (Dr)
※敬称略
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最前列での撮影だがNATURAの24mmだとぎりぎり4人がフレームにおさまる
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暖かい色合いがこのカメラの特徴だ
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α200で阿久井さんを撮影する。レンズはTAMRONのA09
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藤井さんと和田さん。レンズはSIGMAの30mm F1.4
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関さんと阿久井さん。同じくSIGMAの30mm F1.4を使用。
ライブハウスでの撮影は当分この2台のカメラを使っていくつもりだ

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2008年8月 1日 (金)

blindfish

7月の最後の日、西荻窪Terraでライブを見てきた
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速水清司さんのバックを長年やってくれている首藤高広さんのバンド「blindfish」
2年ぶりのステージだそうだ
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メンバーは首藤 高広(Vo.G)、寺村 訓(B)、川越 健二(Dr)の3人
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最初の曲から大音量でガンガン飛ばすのが気持ちいい
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途中、首藤さんのアコギ弾き語りをはさんで和やかな雰囲気
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その後はハードなナンバーでたたみかける演奏。
トリオという形態はメンバー個々がフルスロットルで飛ばせるのが面白い
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夏の夜にふさわしい爽快なライブだった

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2008年7月22日 (火)

Super Sadistic Soul Session (Man alone Special)

恒例のSSSSが海の日に行われた
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Bass やまだなおこ Sax 河口実知子 Guitar 菅原潤子 Key 大迫杏子 Dr 下久保昌紀(敬称略)
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隅っこでキーボードを弾いていた大迫杏子さん。
ゴムまりのような柔軟な音色だった
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この日、一番リラックスしていたように見えた菅原潤子さん。
猫の鳴き声も冴えていた
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唯一の男性ドラマーの下久保昌紀さんはイチロー似の好男子だ。
爽やかなリズムを刻んでいた
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蒸し暑い夏の夜だったが優しく気持ちの良いライブだった

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2008年7月 3日 (木)

Super Invitation Session vol.2

7月2日、西荻窪Terraにて
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第2回目となる"Super Invitation Session"最初のゲストは寺田航平さん
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Terraのオーナーである寺田さんの御子息で弱冠19歳だそうである。
でも確かな音を出していた
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今回もメンバーは関雅樹(G)、藤井陽一(G)、やまだなおこ(B)、根本久子(D) の面々(敬称略)
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余裕のあるプレイで息のあったところを見せるのが所沢グルーブ
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ブレイクをはさんで後半はあの森園勝敏さんをゲストに迎えた。
メンバー全員が緊張する中でさすがの演奏&歌を聴かせてくれた



※全てNATURA BLACK / Natura1600

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2008年5月24日 (土)

How does it feel

きょう5月24日はBOB DYLANの誕生日である。
DYLANは41年生まれだから満67歳になったわけだ。

これまで公式に発表されたアルバムが45枚、公式ブートレッグが’5枚発売されている。
私が聴き始めたときにはすでに『Desire』が発売されていたのでファンを名乗るにはずいぶんオクテだったわけだが、とりあえず遡ってデビューアルバム『Bob Dylan』から一昨年の『Modern Times』までずっと付き合ってきた。
音楽的にはどうだかわからないが、精神的には非常に影響を受けたし、尊敬するアーティストであることは間違いない。

来日公演は4回足を運んだが、やはり78年の初来日の武道館に最も感銘を受けた。
そのせいか巷では評判の芳しくないアルバム『Street Legal』は私のお気に入りの作品である。
その中の1曲、日本で作られたとも言われる「Is Your Love in Vain?」は武道館で披露されたときも、アルバム収録されてからも違和感を覚えたものではあったが。

未だに現役アーティストとしてライブ・パフォーマンスを続けているDYLANだが、その歌に心打たれたのは94年の東大寺でのライブが最後である。
ニュー東京フィルハーモニック・オーケストラをバックに歌われた「A Hard Rain's A-Gonna Fall」をBSで観ていた時には思わず身震いしてしまった。
世紀が変わって来日したDYLANのライブには期待していたほどの感動はなく、その後にリリースされた『Love and Theft』や『Modern Times』は全米セールスの好調さにもかかわらず、音楽的にも詩的にも新しさを感じさせてはくれなかった。

BOB DYLANはすでに伝説になっているのだろう。
ここ数年のDYLANを取り巻く動きを見ていても、彼の業績を神格化しようとするものばかりに思われる。
私など、DYLANフリークでも何でもないから、そうした刊行物や毎月のように出回る近年の海賊版ライブCD・DVDには一切興味がない。
ただ『Blonde on Blonde』や『Blood on the Tracks』、『Hard Rain』などのかけがえのないアルバムは決して色褪せることはないだろうし、これから先も私の良き伴侶となってくれることだろう。

若い頃の無茶が祟っているのか、DYLANは実年齢よりずっと年老いて見える。
ムッシュかまやつよりも2歳年下なのに。
そういえば高田渡さんもすごく老けて見えたっけ。

ともあれHappy Birthday , Mr.DYLAN

Mrd

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2008年5月15日 (木)

Super Invitation Session vol.1

西荻窪Terraにて
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メンバーはG 藤井陽一、G 関雅樹、B やまだなおこ、Dr 根本久子 (敬称略)
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前半はこの4人でフュージョン系のインスト
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久々に藤井さんと関さんのツインギターを聞けた。
やっぱり息のあった演奏は気持ちが良い
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後半は湯川トーベンさんをフィーチャーしたノリノリの演奏。
音量も5割増だ
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なぜかギターを弾いて嬉しそうななおこさん
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音楽的にも実りあるとても楽しい夜だったな

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2008年4月18日 (金)

FOOT MARK vol.2

菜種梅雨とでもいうのだろうか。
4月に入ってからほんとうに雨の日が多い。
バタバタと仕事を片付けて、脚を引きずりつつ渋谷に向かった。

FOOT MARKも今回で3回目となるそうだ。
前回(昨年12月)に引き続き、今回もSalyuが出演するというのでローソンチケットで先行予約を取っていた。
まあ仕事の後で駆けつけるから、早い番号を取っていたって仕方がないのだが。
案の定、会場に着いた頃にはすでに大勢の観客が入場していて、いちばん後ろのドリンク売り場あたりでのスタンディングとなった。
傘を杖がわりにして少しでも脚に負担をかけないようにしながら待機。

ほぼ定刻にスタート。
GAKU-MCが登場してアコギでFOOT MARKのオープニング・テーマ?を始める。
前回聞いたときもユルい曲だなと感じたのだが、妙に耳に残る。
そしてバックバンド「タイトキックス」が登場して準備完了!
最初に紹介されたのは日野内エミでGAKU-MCとのデュオで「Summer Time Love」を歌った。
彼女はそのあと2曲を披露したが、ソウルバラード調の「愛だけが」はしっとりとした良い曲だった。
キャッチーな容姿と高音域のきれいな歌声が印象的だった。

続いて登場したのは日華という男性。
小柄で見た目は昔の若人あきらとよゐこの濱口をミックスしたような感じだが、歌を聞いてスケールの大きさに驚かされた。
あとでプロフィールを見たら香港と日本のハーフだそうだ。
シングルデビューとなる「No.1」は英語・広東語・日本語のラップをフィーチャーしたスピード感ある曲だ。
タイトキックスの演奏も冴え渡り、会場の空気はいっぺんにヒートアップした感じになった。

その日華の紹介で登場したのはMiss Monday。
小柄な身体から想像できないようなパワフルな歌声と貫禄あるステージングが会場を盛り上げる。
外の雨を忘れさせるような演奏と歌で渋谷が初夏になったかのようだった。
彼女はすでに5枚のアルバムをリリースしているそうで、実力派の女性ラッパーだということはあとで知ったのだ。
勉強不足だな。

次に登場したのは椎名純平でご存じ椎名林檎の実兄だ。
スタイリッシュなスーツで大人を感じさせるステージ。
タイトキックスの演奏は驚くほど柔軟で、キーボード2台が威力を発揮しまくりだ。
会場の視線がステージに引き寄せられていくのが後ろで見ていても良く分かる。
格好いい歌を数曲歌ってからステージ上に呼ばれたのはMellow Yellowで、椎名純平とのコラボは強力なものだった。
そのままMellow Yellowが残ってパワフルなラップを聴かせた。
まさに会場はHip Hopパーティ状態となった。
彼等の歌をサポートする演奏も素晴らしくて、観客の盛り上がりもすごかった。

そしてとうとうSalyuが登場。
シンプルな服装で現れたSalyuはびっくりするくらいスリムになっていた。
なんだか大人っぽくなったようだ。
はにかみながら歌い出した最初の曲は「蒼氓」。
山下達郎のカバーを演るなんて驚いた。
腰を下ろして静かに歌うSalyuには力みもなくて、楽曲の詩情をこわさないように大切に扱っているようにも思われた。
次の「name」もアルバムに比してライトな感じに歌われた。
それでも波にキラキラした砂を振り掛けるような歌声は確かな存在感が感じられて、彼女がSpecialなことを改めて思わされた。
静かなイントロから始まった3曲目はJoni Mitchellの「River」のカバー。
以前にこのブログで絶賛したこともある名曲が生で聴けたわけで、雨の中を来た甲斐があったなあ。
この曲をバックで演奏するには少し編成が大きすぎるのかもしれないなどと思ったり。
今回のSalyuは静かな曲を続けたので、ステージの前方の観客は堪能できたことだろう。
でも先ほどまでのHip Hopで盛り上がった後方の観客は静かに耳を傾ける者ばかりではなかったようで、耳障りな話し声や笑い声が聞こえたりした。
なのでこちらも必死で歌声を耳で追うような聴き方になってしまったのが少し残念。
曲の途中で左後方から聞こえた笑い声にはキレそうになったけど・・
4曲目、最後にSalyuが選んだのは「to U」だった。
伴奏はピアノ1台のみというシンプルなもので、アルバム「TERMINAL」のヴァージョンに近いものだった。
歌詞の1番を歌い終える頃にはざわつき気味の会場が全くの無音になっていた。
私の左前に立っていた女性が涙を流しているのを見た。
この曲は周知の通り強力なメッセージソングだが、声高に訴えるものではなく、静かな祈りのような曲調である。
Salyuの歌声は会場全体を包み込んで、そのメッセージは普遍的な広がりを見せた。
おそらくは会場の誰もがあまりに理想とかけ離れた現実を思い、少しでも何とかしなくてはという気持ちを持ったことだろう。
静かに歌い終えると彼女は去っていった。
会場には長い長い拍手が響いた。
そして、みんながささやかな勇気をもらった。

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2008年4月14日 (月)

Girls Special

日曜の夜のライブは特別だ。
休日の最後の時間を過ごすわけだから
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お馴染み自由が丘Mardigrasで、やまだなおこさん&河口実知子さん主催のセッション
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今回はメンバー五人が全て女性という珍しいスタイルだった。
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Sax 河口実知子、B やまだなおこ、G 菅原潤子、Pf/K 大迫杏子、Dr 根本久子(敬称略)
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スピード感のある曲もしっとりした曲も全てが耳にやさしい音だった
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Mardigrasのこぢんまりとした空間がちょうど良い感じだ
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ソロパートもあくまでも控えめな演奏だがしっかりと自分の技を聞かせてくれる
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このメンバーはとても良かった。次回も楽しみだ

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2008年4月 4日 (金)

Big Mouth Session vol.2

今年2回目となるBig Mouth Session
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メンバーはG 関雅樹、G 菅原潤子、B やまだなおこ、Dr 松本照夫(敬称略)
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同じギターを使っていても関さんと菅原さんの音は全然違うのが面白い
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たとえて言えばマティスとルオーの絵を比べるぐらいに違うのだ
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なおこさんと松本さんのリズム隊がカチッと枠組みをきめているのだ
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だから聞いているほうは心地良いんだな

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2008年3月28日 (金)

One Soul Acoustic Night

Ne327
赤坂のノヴェンバー・イレブンスで速水清司さんのライブがあった。
ベースの木村和夫さん、キーボードの宇戸俊秀さんと速水さんの3人はおもむろに現れて演奏を始めた。
私はこういう雰囲気のライブが大層好きである。

ホールでのライブやライブハウスでも少し大きめの会場だと、演奏が始まるまでのピリピリと張り詰めた独特の緊張感があって、それもスリリングで良いのだが・・
当然そういう場所でのライブだと、演奏する側もオープニングから気合いを入れてくるので、息を呑むようなパフォーマンスがあったりもする。
年に何回かはそんな真剣勝負のようなライブを体験するのも良いものだ。

対して、こぢんまりとしたライブハウスではリラックスした雰囲気の中で演奏は始まり、次第に熱気を帯びてきたりするのが楽しい。
ファインダーを覗いていたりすると、演奏者の表情がどんどん変化するのが面白くて、観ている(聞いている)こちらにもステージの高揚感がダイレクトに伝わってくるようだ。

良い演奏を聞けた帰り道は親しい友人宅を訪ねた後のような気持ちにさせられる。
そしてまた近いうちに来ようって思ったりするものだ。

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2008年2月18日 (月)

Super Sadistic Soul Session 2/17

2月17日、自由が丘MardiGrasでSuper Sadistic Soul Sessionが行われた
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ベースのやまだなおこさん、サックスの河口実知子さんを中心とするのはいつも通りだが、今回はバイオリンがフィーチャーされている
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そのエレクトリックバイオリンを弾くのは武藤祐生さん。
多彩な音色に圧倒される
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ドラムスの春日利之さんは2年ぶり。
私の大好きなドラマーだ
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ギターの木原良輔さんはまだ20代だというが、しっかりとした音を出すプレイヤーだ
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この日演奏されたオリジナルナンバーはいずれも個性的な曲揃い
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Sessionならではのスリリングな展開が随所に聞かれてすごく面白い
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このメンバーでもう一度聞いてみたいと思わされるライブだった

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2008年1月25日 (金)

Big Mouth Session at MardiGras

今年はじめてのMardiGrasは"Big Mouth Session"と銘打ったライブ。
Big Mouth=大口と思った私には亀田兄弟の顔が思い浮かんだが、実は「お喋り」程度の意味みたい
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メンバーはやまだなおこ(B)関雅樹(G)菅原潤子(G)とWest Road Blues Bandの松本照夫(Ds)という渋い面子だ(敬称略)
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ギター2本とベース、ドラムというシンプルな構成が新鮮な感じだった。
ちなみに関、菅原両氏ともテレキャスター・シンラインを使用している
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同じギターを使っていてもソフトで華麗な音色の関さんに対して、菅原さんのギターは柑橘系の香りがして面白かった
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1部はインスト、2部では各々が1曲ずつ歌を披露してくれた。
松本さんの格好いい歌にビックリ
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なおこさんのベースもタップリ聞けて満足。
外は寒風吹きすさぶ夜だったが、店の中はほどよい暖かさだった

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2008年1月20日 (日)

Super Sadistic Souls at Peggy Day

おなじみのSuper Sadistic Souls
2008年最初のライブは新所沢Peggy Dayだった
Sss11902
メンバーはやまだなおこ(B) 河口 実知子(Sax) 藤井 陽一(G) 関 雅樹(G)
八木 一美(Dr) 大久保 治信(Key) の面々(敬称略)
Sss11904
この日は朝から寒かったが夜になって一層冷え込んできた
Sss11916_2
藤井・関両氏の地元でもあるので和やかな雰囲気でライブは進行した
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前回よりすっかりスリムになった関さん(・ω・)
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2部はゲストヴォーカルのひろのゆきさんが歌ったり
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川上"Mackie"真樹さんも加わってお祭り騒ぎになった
おかげで帰り道はすっかり身体が暖まった

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2007年12月27日 (木)

Terra Nishiogi

西荻窪駅の北口を出て、そのまま真っ直ぐ北に向かって歩くとこの店がある。
今年になって数回ライブを聴きに行っているが、音のよい明るい店だ
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SSSSのライブ。
今年の茨城ツアーの打ち上げだ
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先日の若手ミュージシャンとのライブと違って、気心の知れたメンバー。
Bass やまだなおこ Sax 河口実知子 Guitar 関雅樹 Drums 八木一美(敬称略)
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同じナンバーでも全く違った風景が浮かんでくるから面白い
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この店はほんとうに居心地がよいのだが、唯一の欠点?はライティング(-ω-)
MIX光の中で写真が思ったような色にならない・・
デジタルでクリアーに写した方がいい結果になるのかも知れないな

※全てNATURA BLACK / NATURA1600

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2007年12月22日 (土)

Super Sadistic Soul Session Extra

12月20日自由が丘マルディグラにて
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恒例の4S。今回はちょっと顔ぶれが違う
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Sax 河口実知子、Bass やまだなおこ、Guitar 小島翔、Drums 白根桂尚 (敬称略)
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白根さんは先日のイベント”FOOT MARK"のTシャツを着ていた
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ゲストのVocal Hiro-a-Keyも加わって賑やかになった
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雰囲気のある歌い方で良い感じだった
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それぞれが距離感を測りながらのセッションは緊張感もあって楽しい

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2007年12月12日 (水)

FOOT MARK

仕事が終わってから、脚を引きずりつつ渋谷に向かった。
SHIBUYA DUOのイベント「FOOT MARK」を見るためである。

ハチ公前のすごい人波を泳いで渡り、109の横をヒーヒー言いながら登った。
セブンイレブンを曲がってようやく会場に着いたときにはすでにイベントは始まっていた。

初めのうちは若手のお笑いコンビが何組か交代で出て、軽い笑いを取っていた。
開場してから1時間以上も経っていたので当然良い場所はなく、DUO最大の迷惑である巨大な柱の陰に位置した。
なに、音さえ聞こえればいいさ。
やがてお笑いは終わり、このイベントの仕掛け人でもあるGAKU-MCが登場。
アコギを弾きながら会場とのコミュニケーションを取っていく。

この日のバンドはタイトキックス。
いろんなアーティストが同じバンドをバックに数曲ずつ歌うというスタイルだ。
観客はアーティストが変わるたびにセットの入れ替えで待たされることがなく、すごく良いシステムだと思う。
ドラムスはどこかで見た顔・・白根佳尚さんは以前に関雅樹さんのセッションで見ていることを思い出した。
GAKU-MCがバンドをバックに1曲歌い、次のアーティストを紹介する。
元気の良い青年が出てきた。ヨースケ@HOMEという人だ。
しっかりとした歌声でハッピーな曲を数曲披露した。なかなか良い。

次に西野カナという若い女性ヴォーカルが登場した。
ルックスは良くある感じだが、ハッとさせるような歌い方は面白い。
間もなくデビューということらしいが、注目されることだろう。
SONY MUSICのほうでは着うたの配信などを始めているようだし。

それからラップのユニットであるユナイトバス、女性ヴォーカルの玉置成実と続いたが、立ち通しで脚の具合が悪くなってきた。
体重を左右に移動させたりしながら聞いていたら、玉置成実が「次は私の大好きなSalyuお姉様です!」と言ったから驚いた。
もちろん、今日のイベントにSalyuが出演することは知っていた(というか、それが目当てだったのだが)。
しかし、前回も同じ会場でラストの出演だったから、今度もおそらく・・と思いこんでいたのである。

シンプルなシャツみたいなのを着て(柱でちゃんと見えなかったので)現れたSalyuは最初に「be there」を歌った。
ちょっとカジュアルっぽく歌われた「be there」は今年初めのツアーの時の張り詰めた感じはなくて、楽に聞けた。
そう言えばツアーの時もこの曲がオープニングだったっけ・・
ギターがアコギになって次の曲は「name」。
TV(ミュージック・ステーション)で初めてSalyuを見たときの記憶が蘇る。

ここで短いMC。
「みなさん、元気ですか? Salyuは元気です!」すごい笑顔。
次いでアコースティックのスローなテンポで3曲目の「風に乗る船」が歌われた。
このくらいのホールだと声に強さを感じる。
これは4月にここで聞いたときにも感じたことだけど。
「風に乗る船」の後半、転調してからは美しい高音がホールに響いた。
4曲目のときにGAKU-MCが登場して、何と「VALON」をコラボした。
Ilmari x Salyuヴァージョンが聞けるとは思いもしなかった。
完璧とは言いがたいものの本当に楽しい演奏が聴けた。

ここで脚の具合も悪いので会場を出た。
完治するまでスタンディングはちょっときついな。
コーラを飲んだだけだったので空腹だったけど、Salyuの歌声は何よりの御馳走だったよ。

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2007年12月 3日 (月)

ありのままに-Salyuの新しいシングル

先月の末に届いたSalyuのシングル『iris ~しあわせの箱~』をようやく聴いてみた。
タイトル曲の「iris ~しあわせの箱~」は前にも書いたが任天堂DSソフト『レイトン教授と悪魔の箱』の主題歌である。
作詞はSalyu自身が手がけ、作曲は中島美嘉の「雪の華」やRUIの「月のしずく」などの松本良喜が受け持っている。

前作のシングル「LIBERTY」ではドラマティックな歌唱を聴かせてくれたSalyuであるが、今回はハッとさせるほど素直な声に心打たれる。
「プラットホーム」でもそうだったが、彼女の歌声が流れた瞬間に暖かい空間が耳に広がっていく。
新曲ではその空気が大きく乱されることは決してなく、ひたすらに穏やかな世界が歌われるのだ。
もしこの曲がSalyu以外の歌手に歌われたとしたら、この暖かさは醸し出されることがないだろう。
ピアノ主体のアコースティックな演奏も素敵な佳曲。

今回、カップリングされている2曲がまた興味深い。

「WHEREABOUTS ~for Anthony~」はゲーム内の重要なキャラクターであるアンソニーに捧げられた歌。
作詞はSalyu、作曲は前作「LIBERTY」と同じく国府達矢である。
アコースティック・ギターを主体とする穏やかな曲調はSalyuのしっかりとした歌声に導かれて、サビでは抑え気味にクライマックスを迎える。
曲の前半は小舟に揺られているような感じであり、アンソニーの捉えにくい存在感を象徴するかのようである。
「iris ~しあわせの箱~」「WHEREABOUTS ~for Anthony~」はともにゲームの世界観とシンクロするような楽曲になっているのに対して、3曲目に収録されている「River」はJoni Mitchellの曲をカバーしたものである。

以前、渋谷DUOでのライブでも同じJoni Mitchellの「Blue」をカバーしたことがあり、その素晴らしさに圧倒されたことを書いたことがあるが、今回収録の「River」も期待を裏切らない出来である。
いや、こう書くのもどうかと思うが、今回のシングルはこの曲を聴くために買っても惜しくないと思うくらいだ。
この明るくて淋しい微妙なニュアンスの曲がSalyuの繊細な歌唱によって歌われているのを聴くと、4分という時間がほんの一瞬のように感じられる。
もっと永遠に続いて欲しいという思いを振り切るように突然曲は終わりを迎えるのだ。
シンプルだが歌声との絶妙なバランスを保って演奏されるバックも特筆もので、こうなったら是非ともSalyuにはJoni Mitchellのカバーアルバムを出してもらわないとならないな。

Jm

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2007年12月 2日 (日)

ちびじゃみ忘年会

12月1日、西荻窪Terraにて
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いつもながら最高の5人であった。
今年も楽しませてくれてありがとう

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2007年11月20日 (火)

YouTube

SPEED WATERのBBSに書き込みがあり、先日の速水清司さんのライブで演奏された「自由を求めて自由を忘れた」がYouTubeにアップされているという。

大作なので前後編に分かれているが、見応え聞き応えタップリなのでライブに来られなかった人もぜひご覧あれ。

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2007年11月19日 (月)

Super Sadistic Soul Session at Mardigras

日曜日の夜、自由が丘Mardigrasにて
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安達隆之(G)菅原潤子(G)やまだなおこ(B)河口実知子(Sax)三浦晃嗣(Ds)

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2007年11月10日 (土)

自由を求めて自由を忘れた

11月9日の銀座TACTにて
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今年は此処でのライブが少なかったけれど、最高のステージだった

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2007年11月 8日 (木)

SSSSSS in Terra

11月7日西荻窪Terraにて
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Gt 関雅樹・Gt 藤井陽一・B やまだなおこ・Dr 八木一美
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恒例のSuper Sadistic Soul Sessionの番外編だ。
熱唱する藤井さん
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この日はメンバー全員が1曲ずつ歌うという趣向である。
題してSuper Sadistic Soul Session-Singing Specialなんだって(・ω・)
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多彩な選曲・アレンジで2セットたっぷり楽しませてもらった
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こういうライブは平日だろうと関係ない。
もっと沢山の人に聞いてもらいたいな

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2007年11月 6日 (火)

le informazioni

いよいよ今週の金曜日、速水清司さんのライブがあります。

2007.11.09(fri)

速水清司 Live in TACT
-自由を求めて自由を忘れた-

銀座タクト TEL 03-3571-3939
OPEN:18:30 / START:19:30 CHARGE 4,000yen(drink別)

速水清司(Gt.Vo)
首藤高広(Gt.Vo)
高杉 登(Dr)
木村和夫(B)
宇戸俊秀(Key)
三浦秀美(Vo.Cho)

今年最後?のライブですからお時間のあるかたは是非ともご来場下さい。


ついでに告知です。
11/13~11/18まで、渋谷のギャラリー・ルデコにおいて
「恵比寿写真倶楽部ブラブラ写真展」があります。

入場:無料
時間:11:00~19:00(最終日は、17:00まで)

プロカメラマンやハイアマチュアの素晴らしい写真に混じって私の写真も数点展示しますので、冷やかしに御来場ください。
尚、11/17,18は会場に居ます。その他の日にも在廊できる日があればまたお知らせします。

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2007年10月24日 (水)

Dadada ism

Yapoosの『Dadada ism』について前に書いたときには『ダイヤルYを廻せ!』の完成度の高さに比べたために若干低い評価をしてしまった。
アルバム収録曲中「NOT DEAD LUNA」が傑作であるという気持ちは今でも変わりないが、それに続く2曲が大変な作品であることを今さらながらに気づかされた。
自分の感性の鈍さを露呈するようなものであるが・・

「VIP〜ロシアよりYをこめて〜」は「NOT DEAD LUNA」と同じく中原信雄作曲で歌詞は戸川純である。

崩壊と解体に the 3rd-war the 4th-war

第5氷河期第6 生き残る 残ってみせる

主な先進諸国の バッシングなど序の口

放射能汚染越え 自然淘汰も越えて守る

007を彷彿とさせるスリリングなイントロから始まり、戸川純の低いドスのきいた歌唱が緊張感を高める。
歌詞はこの後ロシア語も交えて「生き残り」をかけた男女の強い意志が歌われる。
途中、戸川純ならではの格好いい巻き舌も聞かれ、「生き残ってあなた のさばってあなた」という強烈な叫びで締めくくられる。
デカダンスな雰囲気をプンプン漂わせながらも、奇妙な高揚感に包まれるすごい歌だ。

そして続くのが「コンドルが飛んでくる」。
作曲は平沢進で歌詞は戸川純である。

無謀すぎる賭だぞと とめる親兄弟

ありがとうと振り切って 走って行った走った

丘を越え 谷を渡り

沼につかり とにもかくにも かの場所へ

目かくしし全速力で 砂漠だの荒野を

生まれたままの姿で 走って行った走った

今どこに どの方角へ

朝か夜かも わからないままかの場所へ

いやな声 嬉しい声

罵声賛辞 浴びては走るひた走る

中南米の民謡のような旋律に乗って、前の曲とは別人のように童女のような声で歌われる。
歌詞はまるで「走れメロス」のようなイメージだが、走り続けた主人公はやがて大きな翼を持った鳥になるのだ。
短い曲だが聞き終わったあとに残るのは強烈な印象だ。
サラリと歌っているように聞こえる戸川純の表現力豊かな歌唱にも感嘆するしかない。

Dadada

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2007年10月20日 (土)

狂い咲き2007

日比谷野外音楽堂で岡林信康を聴いた。
岡林の前回の野音は36年前の7月28日、黒田征太郎のポスターで知られる「狂い咲き」のライブであった。
デビュー以来4年間で作った歌を順番に歌っていくというライブは3枚組のLPとなってURCから発売された。
決して完璧な演奏ではなかったが、時代の空気が閉じ込められていたそのLPは擦り切れるまで聴き込んだものだ。

そして再び野音で「狂い咲き」を演ると聞いて、すぐさまチケットを入手した。
岡林が都心でライブをやる時はできるだけ行くようにしていたが、ここ数年は近郊の小ホールが中心だったから、久々に生で聴くわけである。
1990年に「ベアナックルミュージック」を発表して以来、エンヤトットのリズムを追求している岡林は今回のライブにも「御歌囃子信康」と書いているように和楽器主体のバックバンドを従えて歌うという。
当然、前回の野音のように過去の曲を全曲歌うというスタイルはとれっこない。
何せ前回はデビュー4年目だったが、今回は40年目になるのだ。

17時の開演前に開場をほぼ埋めたのは、私よりもやや年配の観客たちであった。
若い観客も少数ではあるが来ていたのが少しうれしかった。
時間が来て、バンドメンバーを従えて革のジャケットを着た岡林がステージに現れた。
どことなく「ラスト・ワルツ」の時のディランを彷彿とさせる登場だった。
メンバーは平野融(マンドリン、ギター他)、吉田豊(パーカッション)、佐藤英史(尺八、笛)、美鵬成る駒(和太鼓、コーラス)、高橋希脩(津軽三味線、コーラス)という最近はお馴染みの面々である。

第1部はバンドスタイルでエンヤトットを披露した。
当初はギターと打楽器で始まったエンヤトットだったが、近年は笛、三味線が入りお囃子色を強めている。
私自身は初期のエンヤトットのリズム感を前面に打ち出したスタイルのほうが好みであるが、岡林はそれを進化させた形が今のスタイルであると言っている。
より和風テイストになり、音色が華やかになっているのは確かである。
会場の半数の観客は戸惑っている様子であった。
おそらく近年の岡林を知らずに、野音のライブということでやって来た人たちなのだろう。
巧みでユーモア溢れるMCを交えて、ともかくは会場に手拍子が鳴り響くところまでは持っていった。
還暦を過ぎたとは思えないツヤのある岡林の声が野音に心地良く響いた。

休憩をはさんで第2部は生ギターによる弾き語りで、バックは平野融のギターだけである。
最初の曲は「山辺に向かいて」。
そしてボサノバ調にアレンジされた「山谷ブルース」をはさんで「チューリップのアップリケ」。
不覚にも涙腺がゆるんできて頬に涙が流れてしまう。
岡林は過去に影響を受けたアーティストのことを語りだし、ディランの名前を挙げた。
そう、ディラン同様に岡林もまた様々な音楽スタイルを変遷してきたのだ。
そして次に「今日をこえて」が歌われた。
-くよくよするのは もうやめさ 今日はきのうをこえている-
生ギターで歌われるこの歌はまぎれもないロックだ。
岡林流のディランへのオマージュ。
さらに「自由への長い旅」が歌われて、また涙が出てしまった。
生でこの曲を聴くのは何十年ぶりなんだろうか。
ひょっとしたら近年のライブでも歌われたのかもしれないが、野音という場所で聴いたから感慨ひとしおだったのかもしれない。
-わたしがもう一度 わたしになるために 育ててくれた世界に 別れを告げて旅立つ-

その後アコースティックで数曲の後、バックが加わりエンヤトットで盛り上げてライブは終わった。
面白かったのは年配者よりも若い観客のほうがエンヤトットに素直に乗って居たことであった。
津軽三味線の音にノリノリになっている彼等のほうがノスタルジーに浸っている者よりも正しい聴き方なのだろう。
休憩時間に見かけた若い女の子などはソーラン節を口ずさんでいたりしたっけ。
本来なら私もそういう聴き方をすべきなのだろうが、岡林の場合は特別なんだ。
残念ながら。

Kuruizaki

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2007年10月16日 (火)

新しい旅が始まる-Salyu 『LIBERTY』-

Salyuの実に9ヶ月ぶりとなる新曲は作詞がSalyu自身、作曲は元MANGAHEADの国府達矢による『LIBERTY』だ。
デビュー以来の小林武史プロデュースを離れて、さてどんな路線を打ち出してくるのだろうと思っていたのだが、今回のシングルリリースでその方向性が少し見えた。

前作のアルバム『TERMINAL』がひとつの帰着点であり、結果として完成度の高い作品になっていたことは以前に書いたとおりである。
アルバム発売後の初の全国ツアーではSalyuとしてのこれまでの活動を締めくくるようなステージ・歌唱を披露してくれた。
名曲『to U』で終わるそのステージは円環が閉じられたような印象を与えたため、次なるステップが予測しがたいものになっていたが、ツアー後のTV出演などでは「伝え手」としての使命や、自らの歌へのポジティブな思いを吐露していた。

まだ夏の暑さが残る8月31日に公式HP上に突然新曲情報が発表された。
それは2枚のシングルの連続リリースという驚きの告知であった。
さらに今回のプロデューサーは元「詩人の血」の渡辺善太郎であること、楽曲の作詞はSalyu本人が手がけていることなどが伝わってきた。
11月発売の『iris〜しあわせの箱〜』のほうは任天堂DSのソフトの主題歌でもあるので、曲の一部をゲームのHPで聞くことができた。
しかし、先に発売になる『LIBERTY』については全く情報もなく、曲の予想もつかなかった。

ようやくスペースシャワーTVでPVを見たときの印象は、前作の延長線上に置かれるべき作品という感じで、すごい冒険をしたというふうには思わなかった。
ところがである。
きょう手元に届いたCDをモニターヘッドフォンで聴いてみたら驚いた。
この曲は実に奥行きのある演奏で歌われていたのである。
出だしのストリングスが被るところから始まって、各楽器が極めてクリアーな分離でミキシングされている。
渥美があるのに濁らず、特にアコースティックの響きが耳に強く残る。
『TOWER』に近いものがあるがもっとずっとクリアーな感じ。

Salyuの歌唱は抑制がきいていて、ヴォーカルを前面に打ち出した音作りではないのだが、演奏に埋もれることなくしっかりと響いている。
私のTVのスピーカーでは残念ながら細かい部分が再現できないので分からなかったが、これは絶対にCDで聴くべき音だ。
一音も聴き逃すまいとヘッドフォンを付けたまま何回か真剣に聴いたら、グッタリと疲れてしまった。
このシングルからリスタートしたSalyuは空を軽やかに飛んでいくような音ではなく、未開の大地を新たに掘り起こすようなところから始めようとしているのだ。
聴きこむほどにそうした刺激が発見できて、それが聴き手を疲労させるのだろう。
私はグッタリしながらも非常にうれしかった。

同時収録の『SWEET PAIN』もサラッと聴くには勿体ない音があちこちに散りばめてあって、Salyuの歌への興味は尽きない。

Salyu

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2007年9月30日 (日)

From me to You

BOB DYLANの作品で何がいちばん好きかと聞かれたら、やはりアルバム『Blood on the Tracks(血の轍)』を挙げるだろう。
中でもどの曲が好きかと言われれば迷わずに『Tangled Up in Blue』と答えるだろう。

軽快なアコースティック・ギターのリズムに乗って曲は始まる。

ある朝はやく 太陽は輝き
ぼくはベッドに横になって
彼女が少しは変わったか
まだ髪は赤いかを考えていた

彼女の家族は もし2人が一緒になれば
きっと暮らしは大変だろうといった
ママの作ってくれた服が気に入らなかったし
パパの収入も十分じゃなかった

そして語り手は東海岸を目指すのであった。
重要なことは、この出発は歌の始まりではなくて主人公の最後の旅であることだ。
そして2番の歌詞からは過去に出会った様々な女性のことが歌われていく。

初めてあったときに彼女は結婚していた
が、すぐに離婚することになっていた
ぼくは彼女をドロドロから助け出したのだろうが
すこし強引だったようだ
(中略)
彼女は振り返りぼくを見た
ぼくが歩き去ろうとしていたときに
彼女が肩越しに言うのが聞こえた
「いつかまた会うことがあるわ
街角でね」

彼女と別れたあと、語り手は北の森林地帯で臨時雇いのコックをしたり、ニューオリンズに行き漁船で働いたりしていた。

しかしぼくがひとりでいた間ずっと
過去はぴったりと背後に寄りそっていた
沢山の女性に会ったが
彼女が頭から離れなかった

語り手は今度はトップレスバーで働く女性に出会う「あなたの名前はなんだったかしら」儚いすれ違いが描かれる。
そしてまた別の女性との場面に歌詞は移り変わる。

彼女はストーブのバーナーをつけて
ぼくにパイプを勧めて言った
「あなたが、こんにちは、なんて言うとは思わなかったわ」
「口数が少ないようね」
そして一冊の詩集を開き ぼくに渡した
それは13世紀のイタリアの詩人が書いたものだった

その言葉のひとつひとつが真実に思えた
そして燃えている石炭のように輝き
全てのページからあふれ出ていた
まるでぼくの魂の中で
ぼくからあなたにあてて書かれたように
ブルーにこんがらがって

この歌詞で唐突に出てくる「あなた」こそ、最初の歌詞の「彼女」にほかならない。
全ての歌詞で「She」という代名詞で歌われていることによって、その対象が曖昧にされていた女性が、この歌詞で鮮明な実像に変えられるのであった。
続く歌詞で語り手は最初の彼女への接近を試みる。

だからぼくは戻っていくんだ
なんとか彼女とよりを戻さなければ
昔ふたりが知っていた人たちはみんな
今のぼくには幻にすぎない
(中略)
ぼくたちはいつも同じことを感じていたんだけれど
ちがった角度から見ていたんだ
ブルーにこんがらがって

こうして語り手は彼女を捜す旅に出るわけで、最初の歌詞にまた戻るわけである。
展開は見事であり、それぞれの歌詞もDYLANの歌唱も演奏も素晴らしい。

File

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2007年9月24日 (月)

敵は本能にあり(戸川純WORLD)

久々に戸川純の歌を聞いた。
やはり彼女の歌には力があり、軽く聞き流すことなど聞き手に許されない。
それはユニークな歌唱力に負うところもあるが、何よりも戸川純本人が書いたその詩が持っている力にある。

嗚呼我が恋愛の名において
その暴虐の仕打ちさえ
もはやただ甘んじて許す
牛のように豚のように殺してもいい
いいのよ我一塊の肉塊なり


「諦念プシガンガ」より

日常を打破して具体化するエロス
本能で重ねる情事 無限地獄
アンチニヒリズムの直感認識は
潜在的幼児性暴力癖の誘発
Kiss me 殴るよに唇に血が滲む程
Hold me あばらが音を立てて折れる程
好き好き大好き・・
愛してるって言わなきゃ殺す


「好き好き大好き」より

エロスと暴力は時として自虐的破壊願望に結びついている。
戸川純にとって根源的なテーマである「女としての自分」は決してきれい事ではなく、本能に根ざしたドロドロしたものなのだろうか。

パトス滾る貴方が 凶器みたいな棒状の罪で
私の中で慟哭 漆黒の夜が荒波のよう
人間であることそれ自体が罪
時のない密室で燃える原罪 温度と湿度

夜は背徳も美徳も知らない生き物
もっと飢えて恥知らずの 人でなしになるの


「棒状の罪」より


かてて加えて 私は ブスだし バカだし
さらに言うなら 性格悪いし くどいし
もっと言うなら あなたの あなたの あなたの
あなたの迷惑考えもしない
少しも ちっとも みじんも かけらも Love you
私ら もしかしたら 一種の愛のかたちかも
いや、そりゃない絶対ない さあ、戦争だ


「ラブ・バズーカ」より

うそつきだと 言われるけど
虚言癖は 直らないの

疲れたとか 楽しいとか

神さまにお祈りをしてみようかな
私はとても悪い子だから

あす 誕生日 無事に迎えますけれど
去年の今頃も 重い身体 成長を拒否するかのよう
いつも 思春期 あす 誕生日が来るのに


「思春期病」より

戸川純の詩は決して健康的なものではないが、誰かが言わなければならないことを代弁しているのは間違いない。
当時の彼女の歌がいまだに聞き手の共感を得るパワーを持っているのはそのせいなんだ。

Togawa

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2007年9月 4日 (火)

ちびじゃみファイナル

9月3日、西荻窪TERRAに於いて川上真樹withちびじゃみのツアーファイナルが盛大に行われた
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メンバーはおなじみのVo 川上真樹 、G 藤井陽一、G 関雅樹、B やまだなおこ、D 臼井かつみ。
あと、今回のツアーでサポートメンバーとして参加のKey 加藤景子の6人だ
(敬称略)
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いつもながらテンションの高い歌と演奏で観客を盛り上げるのはさすが
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このメンバーで2年あまり一緒にやってきたわけだが、いつも耳に新鮮なのがうれしい限りである
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途中には「W・MASAKI」によるアコースティックのパートもあり、変化に富んだ内容のステージだ
090314
今回最前列で聞いていたら急にブリティッシュな香りに包まれたような気がした。
しっかりとしたヴォーカル、きれいな音のギター、歯切れの良いリズム隊etc.
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ライブの後半にMackieが言った「ちびじゃみ続けていいですか?」
良いも何も、来年もこのメンバーが見られることはうれしいことに決まっている

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2007年9月 3日 (月)

Next Dimension

先月の終わりに公式HPで告知があったSalyuの新譜だが、HMVからリリースのお知らせが来たので予約した。

まず10月17日にシングル「LIBERTY」、そして11月28日にはシングル「iris〜しあわせの箱〜」とDVDで「MUSIC CLIP SELECTION」。
「iris〜」のほうは任天堂DSソフト「レイトン教授と悪魔の箱」の主題歌だそうで、これもSalyuとしては初めての試みなので楽しみである。
  ※レベルファイブのHPのムービーで一部試聴できる

シングルの2ヶ月連続のリリースは「プラットホーム」、「TERMINAL」以降の長い空白を埋めてくれると同時に進行中であるはずの新しいアルバムを期待させてくれるだろう。

今回から小林武史に代わり渡辺善太郎プロデュースになるとの発表があり、いまさらながらではあるが「TERMINAL」が一つの区切りになったのだなと実感する。
また新曲ではSalyu自身が作詞・作曲にも関わっているようなので、新しい世界が見られることを期待したい。

他のアーティストとのコラボやカヴァーヴァージョンの素晴らしさを知っているだけに、小林武史カラーからの脱皮は自分的にはうれしいかぎりである。
Salyuは自分の歌いたい歌をどんどん見つけて歌えば良い。
それがどんな形であっても聞き手である私たちの心に潤いと元気を与えてくれるはずだから。

Salyurw

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2007年8月24日 (金)

Super Sadistic Soul Session Vol.2

8月23日は思い出に残る日になった
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自由が丘Mardigrasでの"Super Sadistic Soul Session "
メンバーはG 関雅樹 G 藤井陽一 SAX 河口実知子 B やまだなおこ
Dr 八木一美(敬称略)
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いつもと違ってきょうの店内は熱気があふれていた。というのも・・
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店内の冷房が故障していたからだ。みんな汗だくで演奏している
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もちろん観客も汗を拭いながら聞き入る。それにしてもすごい熱気
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途中、なおこさんから「冷えピタシート」の差し入れがあった(笑)
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メンバーと客席に不思議な連帯感が生まれたのも面白かった
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こういう体験も悪くはない。帰りの電車の寒かったこと!

他の写真はこちらに♪

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2007年7月13日 (金)

6日前の七夕の夜に

神戸でライブをやることは、何年も前から速水さんの頭にはあった。
それは容易いことだが、なかなか踏ん切りが付かなかったことでもあった。
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十年以上もソロでやってきた。
ライブハウスを中心に自分のバンドでの音作りをやってきた。
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昨年、数回に分けて今までの音楽活動を振り返るライブをおこなった。
長いキャリアを通じて変わることのなかった自分自身の発見。
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そして発表されたアルバム『ありがとう』には再び原点に戻った音楽があった。
素直な50代の歌がそこにはあった。
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ソロで歌われた「ムーン・シャイン」の歌詞にある一節が胸を打つ。

限りない夢を追って 漂う俺は
ふるさとに背中を向けて ねむる 
少しはましな男だと
汗流し 演じてはみたものの
Lonely(誰に告げよう)
Lonely(破れた心)
Lonely Mr.Lonely Moon Shine

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速水さんは神戸に帰ってきた。
それはまた長い時間を経た最初の一歩でもあるのだ。

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2007年7月10日 (火)

ちびじゃみツアー告知

来月はMackie with ちびじゃみの関西ツアー。
去年は不参加だったやまだなおこさんも今年は戻って最強メンバー復活!
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川上真樹 with ちびじゃみtour 2007-Summer time blues-

8月8日(Wed)
Member : 関 雅樹(g) 藤井陽一(g) 山田直子(b)
臼井かつみ(drs) 加藤景子(pf)

■Open 18:00- / Start 19:00-
■adv, \2,500 / day, \3,000
※Pコード 263-041 (チケットぴあ)
■Opening act Jamzip
Location : 神戸(三宮)WYNTERLAND
TEL : 078-252-8030

8月9日(Thu)
Member : 関 雅樹(g) 藤井陽一(g) 山田直子(b)
臼井かつみ(drs) 加藤景子(pf)

■Open 17:30- / Start 19:00-
■adv, \2,500 / day, \3,000
■w/ Miss★Groove
Location : 京都 拾得
TEL : 075-841-1691

8月10日(Fri)
Member : 関 雅樹(g) 藤井陽一(g) 山田直子(b)
臼井かつみ(drs) 加藤景子(pf)

■Open 18:00- / Start 19:00-
■adv, \2,500 / day, \3,000
■w/Special Guest Luz fonte
Location : 大阪 Vi-code
TEL : 06-6371-6559

8月11日(Sat)
Member : 関 雅樹(g) 藤井陽一(g) 山田直子(b)
臼井かつみ(drs) 加藤景子(pf)

■Open 18:00- / Start 19:00-
■adv, \2,500 / day, \3,000
■Opening act Chicken Soul
Location : 滋賀 HUCLEBERRY
TEL : 077-574-1022

絶対後悔しないこと請け合いの楽しいライブ。応援よろしく!
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2007年7月 1日 (日)

mi-gu

mi-guのことを書く。

mi-guはドラマーのあらきゆうこさんが2003年に結成したソロプロジェクトだ。
同年の4月にリリースされたのがアルバム『migu』であり、このアルバムはヨーロッパでも同時発売されている(ここ
昨年の9月にはセカンドアルバム『From space』がリリースされた。
で、私がセカンドアルバムを購入したのが先月のことである。

正直な話、昨年まであらきさんのことを知らずにいた。
きっかけはSalyuのアルバムで、ファーストアルバム『landmark』の最初の2曲でのスリリングかつタイトなドラミングに、誰だろうと思ったのが始まりだった。
シングル『Tower』では圧倒的な存在感で、あのSalyuの歌と対等に渡り合うすごい演奏を聴かせてくれたのだが、所詮はCDであるし、ミキシングで何とでもなるものだろうと思っていたのも事実であった。

しかし、今年2月のSalyuのツアーで間近であらきさんのドラムを見て聞いて、ビックリした。
ラッキーなことに、最前列でほんの数メートルのところににあらきさんが位置し、音圧を直に感じることができた。
このツアーでは右からドラム、ベース、ギター、キーボードという配置で、それはまたとても斬新に聞こえたものであった。
ツアーのレポートではSalyuの歌声に圧倒的な感銘を受けたので、そのことばかり書いてしまったのだが、あらきゆうこという希有な才能にも同じくらいの衝撃を受けたのであった。

このひとのドラムには力強さと同じくらいの繊細さがあり、それが実に微妙な均衡を保っているのが素晴らしい。
「Tower」などではリズムの洪水のような演奏が聞かれるが、決して気負いはなくて、むしろ全てを包み込むような大きい存在感がある。
ほんとうに良い意味での女性ならではのドラムとはこういうものなのだろう。
バンドの中で自分だけが頭ひとつ飛び出すというのではなく、全体のヴォルテージをさりげなく高揚させるのは大変な力量じゃないだろうか。

そんなあらきさんが、ソロプロジェクトでアルバムを出していたのを知り、さてどんなものかと聞いてみた。
まず最初にセカンドアルバム『From space』を購入したのだが、これは素敵な音楽だ。
あらきさんはドラムの他に歌も歌われているが、柔らかく素朴な感じの声が程良く音楽に溶け込んでいて、耳に優しい。
ほとんどの曲が英語で歌われているが、5曲目の「from space strings」の中で、あらきさんの「あれ?」というつぶやきが聞こえたときに、このアルバムがすごく親しみのあるものに聞こえた。
それはファーストアルバム『migu』の7曲目「JAZZ」の途中で聞かれる「疲れたら、休憩」というセリフ?でも同様で、きっとこの人は優しい人なんだろうなと思わせてくれるのだ。
目下のところ、mi-guのこの2枚のアルバムは私のiPodではいちばん聞かれる回数が多いアルバムである。

私は不勉強なのでCORNELIUSもCOILもPolarisもまともに聞いたことがなく、あらきゆうこさんの演奏活動の全貌を知ることなどは不可能だと思うが、機会があればもっとゝ実演に接してみたいと思わせてくれる素敵なドラマーでありアーティストだ。
そんなあらきさんは現在ヨーロッパでCORNELIUSのツアーの真っ最中である。

今年の後半にmi-guの活動はあるのかな。

Migu

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2007年6月21日 (木)

Super Sadistic Soul Session Vol1

西荻窪の駅から歩いてすぐのところにオープンしたライブハウスBIN SPARK。
やまだなおこさんたちがセッションをするというので行ってきた。
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小さい店だがとても良い雰囲気である。
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Gt. 関雅樹 Gt. 菅原潤子 Bs. やまだなおこ Dr 阿久井喜一郎というメンバー(敬称略)
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おなじみのメンバーだし、こちらもリラックスして聞けるのがうれしい。
ギターの菅原さんは初めてだったけど、格好いい女性ギタリストだな。
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和やかな中にもセッションならではの緊張感があるので良い。
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サックスの河口実知子さんも加わりfunkyな演奏に熱が入る。
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Super Sadistic Soul Sessionとはいうものの、心優しい人ばかりなので・・
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程良く刺激的で、水曜日の夜を良い気分にさせてもらった。
次回のセッションが待ち遠しい

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2007年5月29日 (火)

ちびじゃみ in Yoyogi

5月27日のライブ
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この日は代々木のBogalooというライブハウスだった
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いつもの藤井さんが欠席のため、ピアノで大久保治信さんが参加
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川上Mackie氏は自らギターを弾きながら熱唱した
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いつもながら客席を盛り上げるのが抜群にうまいなあ
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アンコールではしっとりと聞かせる
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ソロを弾くなおこさん。後ろではやんちゃな二人による応援?
8月には関西方面にツアーがあるそうだ。GO!GO!

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2007年5月13日 (日)

わたしとアタシの微妙な関係(Salyu考)

昨年来、いちばん聴き込んでいるのがSalyuの歌であるが、今年のホールツアーと先月のDUOでのライブに行ってみて、自分のお粗末なオーディオ装置でCDを再生させるのが悲しくなった。
彼女のほんとうの歌の力は生で聴かないとわからない。
なかなかそういう機会に恵まれないのが実際のところだから、CDに入っている歌の何倍もすごいんだと言うことを頭に入れて聴くようにしている。
昔は自宅のオーディオ装置にばかみたいにお金をかける人なんて理解の外だったけれど、今はその気持ちがわかるような気がする(やらないけど)。

2001年のLily Chou-Chouクレジットの『呼吸』、2005年の『landmark』、今年の『TERMINAL』の3枚のアルバムと、『to U』を含めると10枚のシングルが発表されているわけだが、歌唱の技術も、感情表現もどんどん進歩していることがわかる。
Salyuの歌唱で面白いのは、しっかりとこちらに歌詞の内容・メッセージを伝えるように歌う曲と、天性の声が持つ音響面を強調する曲とがかなりはっきりと歌い分けられていることである。
前者を代表する曲には「VALON-1」や「to U」が、後者は「夜の海 遠い出会いに」のように極端なものもあるが、多くの楽曲で歌詞の内容よりも耳にどう響くかということに重きが置かれている。
前にSalyuのアルバムには歌詞カードはいらないと言うようなことを書いたが、いまでもそう思っている。
歌詞を伝えたい部分はちゃんとそのように歌われているので自然とこころに響いてくるし、自在に操る声が伝える感情は言葉を必要としないからだ。

そんなわけで、CDについている歌詞カードなどほとんど見ていなかったのだが、先日あることに興味を持ったのではじめてじっくりと見ながら聴いてみた。
それは〈わたし〉と〈あたし〉の使い方である。
Lily Chou-Chouを含めて発売された全ての楽曲のなかで歌詞に〈わたし〉または〈あたし〉を含む曲は次の22曲である。

〈わたし〉と歌われている楽曲
・愛の実験=わたし(歌詞通り)
★飛べない翼=わたし(歌詞はあたし)
・共鳴=わたし(歌詞通り)
・虹の先=わたし(歌詞通り)

〈あたし〉と歌われている楽曲
★エロティック=あたし
・飛行船=あたし(歌詞通り)
・landmark=あたし(歌詞通り)
・アイアム=あたし(歌詞通り)
・Peaty=あたし(歌詞通り)
☆体温=あたし(微妙)
・ウエエ=あたし(歌詞通り)
・Dramatic Irony=あたし(歌詞通り)
・風に乗る船=あたし(歌詞通り)
・プラットホーム=あたし(歌詞通り)
☆Apple Pie=あたし(歌詞通り?)
・name=あたし(歌詞通り)
★be there=あたし
★heartquake=あたし
★to U(Salyu ver)=あたしたち
☆to U=わたしたち(微妙)

〈わたし〉と〈あたし〉が混在する楽曲
☆Dialogue=あたし&わたし(歌詞はすべてわたし)
Tower=わたし&あたし(歌詞通り)

※歌詞において漢字で「私」と書かれているものは〈わたし〉に分類した
 (★は歌詞と違って歌われているもの、☆は判定が難しいものである)

こうしてみると、〈あたし〉と歌われている楽曲が圧倒的に多いことがわかる。
発声する場合に〈あ〉のほうが〈わ〉よりも大きく口を開けられることが関係しているのだろうか、よく歌詞で対になる〈あなた〉とのバランスで〈あたし〉と歌われることが多いのだろうかなどと考えてみる。

「プラットホーム」を最初に聴いたときに〈あたし〉が気になって、ここは〈わたし〉だろうと思ったのだが、今回歌詞を見て歌詞通りだったので驚いた。
それ以外の楽曲ではSalyuのキャラクターに〈あたし〉というのは似合っているし、違和感はない。
そんな中でLily Chou-Chou時代の「飛べない翼」で歌詞の〈あたし〉を〈わたし〉と歌っていることに妙に感動したりしたのであった。

なんてことをしながら、夏フェス以降の新曲を心待ちにしている最近である。

Salyu

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2007年4月24日 (火)

Meet in Kobe

ようやく実現するようである。
この日が来ることを楽しみにしていた人もいることであろう。
Hym01
3月22日november-eleventh
Hym02
4月6日TACT

速水清司さんの「神戸ライブ」が実現することになった。
奇しくも7月7日、七夕の土曜日である。

  ≪速水清司☆弾き語りソロナイト≫ 平成19年7月7日(土)
       First Time In 39Years
    *会場  カフェ萬屋宗兵衛(よろずやそうべえ)
     神戸市中央区元町通1-8-4-B1 (078)332-1963
        元町商店街東口より西へ100M山側
       ウェディングサロン「イノウエ」地下
          http://www.soubei.net/
       (アクセスは上記サイトでご確認下さい)

    *日時     平成19年7月7日(土)
    *開場      6時30分
    *ステージ    7時30分スタート
    (2ステージ 入れ替えなし全編弾き語り)
    *入場料     2500エン
    (入場後に1品の注文をお願いいたします)

注)今回の開催分については、前売り券を発行する予定は有りませんが、
こちらのBBSから入っていただいたうえで
  投稿者 =速水清司PRJ/ライブ@関西'07
をクリック戴きメール送信をお願いしたく思います。その後、当方
より受諾返信メールをお送りいたしますので、それをプリントして、
お持ちいただきたく思います。
 なお、それが入場券ではないことをご理解願います。キャパに限
界が有りますので、お聞きした順で対応してまいりますので、重ね
てご理解を願います。再度の開催計画中なので協力をお願いします。

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2007年4月18日 (水)

from mouth to mouth

「TERMINAL TOUR」が終わってそれほど経たない3月はじめに、Salyuの次回ライブがあることを知った。
それは渋谷のDUOで「from mouth to mouth」と題し、アーティスト同士が一夜限りのデュオを組むというものであった。
Salyuが組むのは風味堂の渡和久ということは分かったが、どんな内容になるものかさっぱり掴めないままに、チケットのプレリザーブを申し込んだのであった。
そして、数日後にプレリザーブ当選のメールが来た。

仕事を15分だけ早く切り上げて渋谷に向かった。
外は激しい雨が降り気温も低かったが、すでに開場期間は過ぎていたし、開演も迫っていたので早足でどんどん歩いた。
道玄坂を登り、DUOの前に到着したのはちょうど午後7時であった。
そのまま中に入るとすでにオープニング・アクトの女性2人組Dewの演奏が始まっていた。
会場は大きな柱が何本か立っていて、それがステージをかなり見づらいものにしている。
横長のステージだが、左の方に位置すると右側が、右に移動すると左側が死角になるので、折角のデュオだがどちらかひとりしか見ることができない。
予想通りのオールスタンディングであったことがある意味ラッキーではあった。
(前列には若干座席もあったようだけど)

Dewが数曲でステージを終えて、次のセッティングをしている間に長髪のギタリストがアコギを持って登場し、ステージ右端で演奏をはじめた。
これは実に面白かった。
ギターの奏法もさることながら、パーカッションのように叩いたり、ともかく異色のギタリストであった。
名前は大樹というらしい。(ここを見るべし)

そしてエレクトリックギュインズの前田栄達とトルネード竜巻の名嘉真折子のデュオが始まった。(しかしどちらもスゴイバンド名だな)
素直で聞きやすい歌を数曲。
次のセッティングの間に出てきたのは今沢かげろうというベーシスト。
6弦のベースとエフェクターにより、ベース一本で驚異の演奏が繰り広げられた。
これまた実に面白いのでここを見てもらいたい。

次のステージはさかいゆうとASIA SunRiseのデュオである。
さかいゆうのきれいな高音と対照的なASIA SunRiseのファンキーな歌が面白く、観客も喜んでいたようである。
ところで会場内の温度は異常に高く、外から上着を羽織ってきた観客はみな暑がっていた。
私も短めの合羽みたいな上着を着ていたので暑かったのだが、脱いで持っていてもジャマになるから前のファスナーを全開にしただけであった。
当然汗が出るのでハンカチ王子状態であったが・・

幕間にまた大樹が登場して場をつなぐ。
喋っているのを聞くと、演奏とはずいぶん違うキャラのようである。
そしてChocolat & Akitoの夫婦デュオが登場した。
サポートギタリストに清水ひろたかを加えて、リズムボックスをバックに演奏。
メロディアスで澄み切ったハーモニーの楽曲は新鮮な印象を与える。
心なしか会場の空気が爽やかな感じに変わったような気がした。
この二人の歌が終わると、再び今沢かげろうのベースによる演奏があり、いよいよライブもラストに近づいたわけだ。

照明がブルーっぽく変わり、Salyuと渡和久、サポートのミュージシャン二人(オトナモードのメンバー)の計4人がステージに登場し、会場からは大きな拍手が上がった。
簡単な紹介のあと1曲目ははっぴいえんどの「風をあつめて」
サラッとした歌唱で楽しそうな演奏を聴かせてくれたが、歌い出しの声からして今までの出演者とは全然違っていた。
貫禄といってはなんだけど、本当に力の差を見せつける感じであった。
続いてキャロル・キングの「You've Got A Friend」
渡和久とのデュオが生きた歌唱で、Salyuの英語の歌の上手さが際だっていた。
ここでSalyuのMCがあり、次の曲は自分がSalyuとしてデビュー前にライブで歌ったりしていたと言ってジョニ・ミッチェルの「Blue」をソロで、これは凄いパフォーマンスであった。
会場の数百人はこの歌のあいだSalyuの声に包まれたまま渋谷の街のはるか上空を浮遊させられたように感じたことだろう。
この歌が聴けただけでもきょうのライブに来た甲斐があったというものだ。
そしてまた、デュオによるミニー・リパートンの名曲「Lovin’ You」
当然のようにアンコールがあり、風味堂の「ゆらゆら」をデュオで歌った。
曲中に出てくる歌詞「ありがとう」が心に響く。

午後7時から始まったライブが終了したのは午後10時半過ぎであった。
盛りだくさんの内容で楽しいライブであったが、最後にとっておきの歌が聴けたことが何と言っても嬉しかった。
現在、次作を制作中のSalyuだが、今年これからあるだろうライブステージも必ず聞きに行かなければと決意を新たにした。
そしてもっともっと多くの人がSalyuの生のステージを体験する必要があるって強く思った夜であった。
(文中敬称略)

Fmtm

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2007年4月13日 (金)

Jimi-Jami

4月12日三軒茶屋 音楽食堂『夢弦』にてMugen017
新ユニットのお披露目だ。その名は"Jimi-Jami"?
Mugen025
メンバーはG:関雅樹 G:藤井陽一 B:山田直子 Dr:阿久井喜一郎
Mugen128
この日のサブタイトルはGroovy Twin Guitar Nightである。
関さんと藤井さんの強力タッグだ。
Mugen002
勿論、なおこさんと阿久井さんのリズム隊もグイグイ前に出る。
Mugen137
ユニット名が何であれ、彼等のステージには感心させられるばかりである。
またひとつ楽しみが増えたな♪

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2007年3月29日 (木)

乾いた風景

People Are Strange
(Densmore-Krieger-Manzarek-Morrison)

People are strange, when you're a stranger
Faces look ugly when you're alone
Women seem wicked, when you're unwanted
Streets are uneven, when you're down

When you're strange- faces come out of the rain (rain, rain)
When you're strange- no one remembers your name
When you're strange, when you're strange, when you're str-ange

- Repeat entire song -

これは1967年10月に発売されたTHE DOORSの2枚目のアルバム『STRANGE DAYS』に収録された「People Are Strange」という曲である。
どこかメランコリックなメロディにのせてJim Morrisonの魅力的な低い声で歌われる大変短い曲である。
この曲を聴きながらアルバムのジャケットを見ていると自分が不思議な街角に迷い込んだような気分にさせられる。
曲が短いだけに、それは一瞬の白昼夢のようだ。

空飛ぶくじら

(詞:江戸門弾鉄、曲:多羅尾伴内)

街角にぼくはひとり ぽつんと佇み
ビルとビルの隙間の 空を見てたら

空飛ぶくじらが ぼくを見ながら
灰色の街の空を 横切っていくんです

くじら くじらろれるれら

そこでぼくはふと きみのことを思い出して
急ぎ足の通りを 渡るところ

ー くりかえし ー

1972年6月にベルウッドから発売された大滝詠一のシングル「空飛ぶくじら」である。
ソングライター名はそれぞれ松本隆・大滝詠一の変名であることは言うまでもない。
哀愁を帯びた曲調は「People Are Strange」を彷彿とさせる。
松本隆の詞もシュールな心象風景を簡潔に表現してすばらしい。
そういえばはっぴいえんどのデビューアルバム(通称:ゆでめん)の歌詞カードには彼らが影響を受けたアーティストとしてTHE DOORSの名前があったことを思い出す。
この曲はアルバム『大滝詠一』には収録されなかったが、1974年に発売された『シングルスはっぴいえんど』に収められた。

早朝のひっそりとした街並みのなかで、なんとなくこの2曲を思い出していたんだ。

Strangedays

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2007年3月23日 (金)

‘07「エハヒダカマTour」

やまだなおこさんのサイトから転載します

‘07「エハヒダカマTour」決定!!
w/ムッシュかまやつ/飛田一男(exめんたんぴん)
/e-ha?
(東京に限りe-ha?ワンマンです。)

「エハヒダカマTOUR」

4月28日(土)
富山 5割1分
http://www.5wari1bu.jp/#
富山市磯部町3−8−6
076−491−5151
19:00/20:00 ¥5000/¥5500
(3/1〜5割1分のみチケット取扱)

4月29日(日)
小松 The MAT'S
http://www.the-mats.com
石川県小松市土居原町13番地18
0761-24-3000
19:00/20:00 ¥5500/¥6000
(3/1〜チケットぴあ/ローソンチケット/The MATS)

4月30日(月)
福井 LR
福井市順化2−21−17
0776−30−1339
18:00/19:30 ¥5000/¥5500各1ドリンク付き
(3/1〜LR/Tコンソート0776-25-3151)

5月12日(土)
西麻布COLORS STUDIO
e-ha?‘07ツアー 東京ワンマン
http://www.growcreation.com/colorsstudio/
03−3797−5544
東京都港区西麻布2−25−23バルビゾン27B3F
17:30/18:30(2ステージ) ¥3000/¥3500+Drink

5月14日(月)
京都 拾得
http://www2.odn.ne.jp/jittoku/
075−841−1691京都市上京区大宮通下立売下ル菱屋町815
17:30/19:00 ¥3500/¥4000
(3/17〜チケットぴあ/ローソンチケット)

5月15日(火)
神戸 WYNTERLAND
http://www.kobewynterland.info/
078−252−8030
神戸市中央区山本通2−4−27ネザーランズセンターB1
18:30/19:30 ¥3500/¥4000
オープニングアクト/月夜
(3/17〜チケットぴあ/ローソン/ウィンターランド店頭)

5月17日(木)
松坂 MAXA
http://www.maxa.jp/index2.ht
0598−56−4825
三重県松坂市市場庄町1148−2
18:30/19:30 ¥3500/¥4000
w/中野重夫
(3/17〜チケットぴあ/MAXA店頭.TEL.MAIL)

5月18日(金)
名古屋 ell FITS ALL
http://www.ell.co.jp/index.html
052−201−5004
名古屋市中区大須2−10−43
18:30/19:00 ¥3500/¥4000
(対バン有り)
(3/17〜チケットぴあ/ローソン)

皆さんお楽しみに!
Naoko

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2007年3月22日 (木)

One Soul Acoustic Night

Hyag
本日3月22日、速水清司ライブ「One Soul Acoustic Night」が赤坂November11thにて行われます

メンバー
速水清司(Gt.Vo)・木村和夫(B)・宇戸俊秀(Key.Cho)

Open 1800
1st Stage 19:30〜
2nd Stage 21:00〜
Charge ¥3,675

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2007年3月16日 (金)

Happy White Day

3月14日、自由が丘MardiGrasにちびじゃみが帰ってきた
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和やかな雰囲気のうちにライブは始まった
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ちょうど目の前の席に大きい人が2人座ったので・・
でも座席から見えたままを撮るのがモットーなので、これでいいと
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川上"Mackie"真樹さんを加えて2部のステージが始まった
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小さいスペースなのでいつものような派手なアクションはない
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このメンバーが揃ってから今月でちょうど1年になる。そして・・
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これからもずっと続いていくだろう

※写真は全てNATURA BLACK F1.9 /NATURA1600

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2007年3月15日 (木)

A LOVE SO BEAUTIFUL

速水清司さんのライブのお知らせです
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詳細はSPEED WATERを御覧ください

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2007年3月 8日 (木)

Hearing something

耳にはちょっと自信がある。
といっても耳の格好が良くて「耳タレ」が務まるとか、耳が異常にでかくて空を飛べるとかいうことではない。(そんな人はいない)
あるいは2キロ先で木の葉が落ちる音を聞くことができるわけでも勿論ない。

仕事場で電話をしていると、受話器を通して相手の周りのだいたいの様子が分かる。
携帯電話は音質が悪いのでちょっと心許ないが、普通の電話回線であれば、どのくらいの広さのところで、周りに何人くらいいるかぐらいは感知できるのだ。
まあ、空間を把握するためには視覚・聴覚・皮膚感覚がそれぞれ機能するわけだが、中でも聴覚が占める部分は大きい。
試しに、両耳を手で押さえると、いっぺんに周囲の雰囲気が変わることが分かる。
とんでもなく密閉された場所にいるように感じることだろう。

何を聴き取ることができるかという能力には、明らかに個人差があるわけで、例えばステージで床のきしむ音が気になって仕方がないという人もいるし、そんな音はさっぱり聞こえなかったという人もいる。
時計が秒針を刻むカチカチ音が気になって眠れないときもあれば、目覚まし時計がけたたましくなっているのに全然聞こえなかったということだってある。
常人が聞き取れない音を感知できた人のひとりにベラ・バルトークという作曲家がいた。
以下はバルトークがアメリカに亡命した当時の親友であるアガサ・ファセットの書いた『The Naked Fase of Genius』からの要約である。

ファセットの好意で、彼女の田舎の別荘にバルトーク夫妻が来ると、その夜、彼女が大切にしていた猫が姿を消してしまった。
「こんな人気もないところで、それに危険がいっぱいなのに、猫一匹どこに探しにいったらいいか、わかりっこないわ」ディッタは落胆していった。
真夜中ごろ、ディッタが起こしに来た。
「ベラが、猫の鳴き声を聞いたって言うの。あっちかららしいんですって」と彼女は深い森のほうを指した。私たちは窓をあけ耳を澄ませた。しかし夜の静寂からは猫の声は聞こえなかった。
それでも彼女らは女中を入れて、三人で出かけてゆく。ディッタは、バルトークが聞いたという以上、まちがいはないと信じきっているので。急いで野原を突っ切り、暗闇が一直線になって森の入り口を示しているその外れで一休みした。しかしいくら耳をそばだててみても何も聞こえない。
家に入ると、バルトークが階上から呼んでいるのが聞こえた。
「森の入り口までいったけれど、何も聞こえませんのよ」とディッタが報告した。
「そうだろうよ」バルトークは言った。「あんた方には聴くのも聞こえるのも同じことなんだから。耳の不自由な人間が三人もそろって暗い森をさまようなんて、何て頼りない救助隊だろう」
私たちはまだドアの前でうろうろしていたが、私としてはバルトークの中で起こった変化のことばっかり考えていた。今朝はまるでデスマスクみたいだった顔が、今は生き生きと内面から輝きわたっているのだ。
「あんた方の耳はみんなおかしいっていったんだ。そら、あれが聞こえないのかい?」
私たちはできるだけ耳をすませてみたが、首を左右に振るばかりだった。
「今でも私には聞こえてる。一度鳴くたびに、休息が要るように、規則正しく間を置いて聞こえるよ」
「どうしたらよいかしら?」
「そう、耳の不自由な者同士で案内するもしないもないはずだから、私が起きて案内してあげなければならないだろうね」
「あなたが御自分でしなくちゃだめ?」
「ほかに仕様がないじゃないか。あの猫が死んだりしたら、一生私の良心の重荷になるんだ」
こうして、今度は彼を先頭にして、みんなは真っ暗闇の野原を森に向かって進む・・・
今度こそ、私たちも確かに聞いた。鋭い風のかすかなトレモロほどの、音ともいえない音で、彼が力説しなければ、とても気がつかなかったろう。
バルトークは歩きやすい道をさけて、暗い木の闇の中に見えなくなった。
「こっちだ」自信ありげな呼び声だった。声は深く澄んでいた。私たちはそちらに急いだ。
「ずいぶん近い。この木のどこかにいるはずだ」彼は高い楓の下にいた。
激しい興奮にかられて、私たちは懐中電灯ですかしてみた。光は枝の繁みの間をはいまわったのち、不意に葉を通して向こう側にいるルル(猫の名)をとらえた・・
「ルルは自分にふさわしい獲物をつかまえたんだ。巣ごもりの鳥を探していたにきまってる」
「そんなことありませんわ。今まで鳥を獲ったことなんか一度もありませんもの」私は抗弁した。
「じゃ、眺めを楽しむため、こんな危険な綱渡りをしたっていうのかい?この次は、孤高を求めていたんだって、私を説得するつもりなんだろう。同情はしたいが、信じられない。これは自然に繰りかえされる行動のパターンと同じなんだ。何千年もかかって飼い慣らされたものだって、獲物を追うことをあきらめられないんだ。人間と同じで、彼は全てを手に入れたいのさ」
「ルルがもう死んでしまったみたいな言い方はよして頂戴な」とディッタが口をはさんだ。
「それはそうだ。しかし、この経験でルルが少しでも賢くなるなんて考えられないね」

(訳:吉田秀和氏)

Bartok

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2007年2月27日 (火)

Salyu Tour Tokyo

昨年ネットで予約して購入したシングル「プラットホーム」に挟まっていたのは、翌年2月から始まるホールツアーの先行予約(抽選)の案内であった。
当たればいいなと思って応募したところ、渋谷C.C.レモンホールの最前列のチケットを手にすることができた。
たまたまブログでもSalyuについてちょこっと書いたところだったし、何か運命的なものを感じてしまったのであった。

『Salyu Tour 2007 TERMINAL』と題された今回のツアーは2月2日の札幌を皮切りに、仙台、福岡、愛知、大阪とまわり東京公演が最終になるものであった。
6時半開場は仕事を早退せざるを得ないが、仕方がないのでさっさと切り上げて原宿から会場に向かった。
渋谷公会堂がC.C.レモンホールに改名してから初めてのコンサートであったが、外装も内装も随分明るくなったように感じた。
席について驚いたのは、以前よりステージまでの距離が短くなったこと。
これはちょっと緊張するよ。

7時の開演から少し押してコンサートは始まった。
1曲目は『be there』、力の入らないしなやかな歌だ。
ツアーのタイトル通り、先月発売されたアルバム『TERMINAL』の曲を中心に前作『landmark』からとシングルからの曲を交えてのコンサート。
2曲目に『彗星』を歌ったときに思いがけずダイレクトに心に届く瞬間があって、ハッとさせられた。
ステージ上でSalyuはとにかく良く動くこと、踊ること。
MCは極力少なく、どんどん楽曲をこなしていくので見ているこちらが心配になる。
『Tower』では皆さんも歌ってくださいなと言っていたけど、Salyuと一緒に歌うなんて無理だな。
あと意外だったのは『体温』で、『TERMINAL』がヒットメドレー的な楽曲中心なためにメリハリをつけたのであろう。

最前列とはいえ、どちらかと言えば右端に近い位置なので、決して音響的にはベストとは言えない。
しかし、至近距離で見るSalyuの歌唱はほんとうに力強くて、例えは変だけどオリンピックの女子ソフトボールの試合を見ているような感じであった。
とにかく見ていて気持ちがよいし、どんな曲を歌っていても笑顔を絶やさないのが素晴らしい。
1曲目からスタンディングで見ているので結構きつかったけど、ステージ上のSalyuはずっと歌い通し、動き通しであることを思うと頑張らねばという気にもなる。

中盤のラストは『I BELIEVE』で、これはSalyu自身が作詞した唯一の曲である。
この曲の後半シャウトになるあたりからのドラムス(あらきゆうこさん)がすごく良かった。
ここから後半の楽曲は『トビラ』や『風に乗る船』などのテンポの良い曲で、Salyuも気持ちよさそうに歌っていた。
可愛らしい曲『Apple Pie』でとりあえずエンディング。大拍手。アンコール。
ステージ上にはウッドベースやコンガなどが設置されて、メンバーが登場。
何をやるのかなと見ていたら、アコースティックで『行きたいところ』を歌い出した。
実はこの曲、最近とても気に入っている。
Salyuの歌も自然な感じだし、何よりも伸びやかでリラックスできる。
歌が上手いんだっていう強調した部分はないけど、こういう曲を上手い人が歌うとほんとうに気持ちよく聞ける。
ついでに書けば、『双曲線』という『name』のシングルに入っている曲もステキだ。

既に終わったツアーを見た人が、Salyuの歌声に感動して涙が出たとかやたらに書いていたものだから、ほんとかなと思いつつコンサートを見てきた。
まあ、途中何度かオオッと思いはしたが、泣くほどじゃないと思った。
そして、アンコールの次の曲は『VALON-1』だった。
今までの歌い方とはがらりと変わって、ひたすらに透明な高音がSalyuの口から発せられたら、やばい、涙腺がゆるんできた。
最後に『to U』だ。
アルバムバージョンではなく、Bank Bandのバージョンに近いアレンジで、力強く歌われたメッセージは私ばかりでなく会場を埋めた全ての人の心を直撃したに違いない。

Salyuがラブソングを歌えば聞いているみんながハッピーな気分になれる。
この女の子の歌声は魔法だ。
同じようにSalyuがメッセージソングを歌えば、多くの人の心に届くだろう。
この小さな身体から発せられる魔法は強力だから、前にも書いたけど、世の中を少し動かす力があると本当に思った。

Gs

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2007年2月16日 (金)

Bloom Girls Valentine Session

2月14日、自由が丘マルディグラにて
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やまだなおこさん、河口美知子さん、林まゆこさんの3人を中心に毎回違ったゲストによるセッションを繰り広げる
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河口さんのサックスはとても格好が良い。音もゴキゲン♪
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やまだなおこさんのベースソロにメンバーも聞き入る
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ゲストのピアノは寺田正彦さん。大人の音だ 
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ギターのゲストは藤井陽一さん。ロックテイストで爽快に突っ走る
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途中にヴォーカルも交えて実に楽しいバレンタインデーになった

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2007年1月30日 (火)

Thank You

先週の金曜日に銀座TACTで速水清司さんのライブがあった
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この日はできたてのCD『ありがとう』の発売記念ライブであった
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ロックのイメージが強い速水さんだが、実はニール・ヤングやCSN&Yのファンでもある。
今回のアルバムはアコースティック色が強いものになった
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いつものメンバーをバックに歌われる新曲はCDに入っている演奏よりもパワフルだ
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こんな息のあったメンバーで何年も演奏できるなんて速水さんは幸せだな
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アルバムタイトルは全ての人への「ありがとう」だ。
もちろんメンバー全員にも

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2007年1月26日 (金)

Fly Highly

ひとりのアーティストが新たなステップを踏み出したときに、旧来の支持者が取る反応は2通りある。
ひとつは新しい方向に進んだアーティストを受け入れ・歓迎するというもの、もうひとつは拒否して非難の声を上げるというものである。
後者の場合、かつての支持者たちが声高に叫ぶのは「昔に戻れ」という意見である。

ベートーヴェンが第3交響曲「英雄」を世に出したときも、彼の支持者たちは「何故こんなに複雑で難解な音楽を作るのか。もう一度第1交響曲のような素直な曲を作りたまえ」と彼に意見したという。
また、ゲーテにおいても、いつまでも「若きウェルテルの悩み」を引き合いに出されるので本人はずいぶん閉口したといわれている。
しかしながらハイドンの影響が多分に見られる第1交響曲から第2を経て作曲された「英雄」は、前2作から遙かに高い次元の作品へと飛躍したということは今では誰でも理解できるわけで、それは同時代の支持者を得ることがいかに難しいかということでもある。

そう、アーティストの進化を正しく判断するためにはそのアーティストと同じイマジネーションを共有しなければならないのだ。
あるいはそのアーティストに対して、かなりの許容度を持っていなければならないともいえる。
ある意味においては、過去の作品にこだわりを持つ支持者というのは、理解を示す者に比べて、より熱狂的であるかもしれない。
すなわち、過去の作品というものは既にある程度の評価が固まっているし、十分に味わい尽くすことができるからである。

もっと具体的な例としてBOB DYLANが思い浮かぶが、彼がフォークソングからロックに移行したとき、またカントリーっぽいアルバムをリリースしたとき、キリスト教に改宗してゴスペル色に染まったとき・・等々にそれまでのファンが叫んだブーイングの多さは計り知れないものであった。
しかし、今となってはひとりのアーティストが辿った過程として、誰もが俯瞰できる立場にあり、何故あの時はあれほど非難の声が上がったのかを理解する方が難しい。
そして現在でもなおDYLANは変化し続けているのだ。

さてSalyuの『TERMINAL』の素晴らしい出来映えについては先日書いたが、彼女のLily Chou-Chou時代からのファンからは多少の不満の声が聞かれるようだ。
曰く「『呼吸』の頃の神秘性が失われた」「心に響く曲が少ない」などなど。
要はSalyuの歌ならびにその存在に、映画『リリィ・シュシュのすべて』における〈エーテル〉を期待し求めている人がいるということである。
アルバム『TERMINAL』の中にも例えば「I BELIEVE」のように、その要素を持つ曲はあるが、Salyuはそこにとどまる気はさらさらないようだ。
その次に収録されている「夜の海 遠い出会いに」がSalyuの飛翔を聞くものに感じさせてくれる。
すなわちLily Chou-Chouからの飛躍を・・
彼女を支持するものはそれについていかなければならない。

Sky

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2007年1月18日 (木)

そして、始まる / Salyu『TERMINAL』

Salyuの新しいアルバムが届いた。
アルバムタイトルは『TERMINAL』、全13曲が収録されている。
前作『landmark』から1年半ぶりのリリースである。

ともかく通しで聴いてみた。
1曲目の「トビラ」はインターネット上で先行プレビューみたいにしてPVが配信されていたので、すでに何度かは耳にしていたのだが、アルバムで聴くと印象が違った。
PVではSalyuの特徴的な伸びやかな高音が耳に残ったのだが、実際はバックの演奏の低音域がこの曲を力強く支えていた。
突き抜けるような歌声を大きく受け止めるようなバックの好演奏がこのアルバムを方向付ける。
それは続く「風に乗る船」でも同様で、シングルカットされていた時に聴いた感じとは明らかに異なる存在感を聞き手に与える。
空に続く階段を駆け上がっていくようなSalyuの歌声の下には大きく広がる大地の存在がはっきりと感じられる。

今回、この「風に乗る船」以外にも「Tower」「name」「プラットホーム」と既にシングルで発売された曲がアルバムに収録され、さらに「夜の海 遠い出会いに」も「プラットホーム」のシングルに入っていたし、「to U」はBank Bandのシングルで昨年リリースされていた。
つまり13曲中の6曲は耳に馴染んでいたわけで、果たしてこれらのヴァラエティに富んだ各曲がうまくアルバムに居場所を見つけられるのだろうかと思っていたのだが、杞憂に終わった。
全ての楽曲がこのアルバムのために作られたかのように聞こえる。
それでいて、それぞれの個性は相殺されていないのがすばらしい。

Lily Chou Chouとしてリリースされた『呼吸』のころのサウンドは非常に魅力溢れるものであったが、歌い手の存在感はかげろうのように半透明なものであった。
Salyuとして活動をはじめて、『landmark』ではひとりのシンガーの実像が仄見えてきた。
しかしながら、その姿はどこか儚げで、こわれそうな部分を聞き手に感じさせるものであった。
その後、ライブ・ステージを重ね、メディアに積極的に出て行くようになって、ようやくリリースされた『TERMINAL』にはしっかりと自分の足で大地を踏みしめるひとりの女性として聞き手に歌いかけるSalyuの姿を感じる。

始めに書いたように、アルバムを通して感じられるのは低音域にポイントを置いたサウンド作りであり、聞き手の鼓動に共鳴する心地よさがたまらなく良い。
ラストの曲「to U」は今回Salyuのソロ・ヴァージョンということもあって、8分以上に及ぶ大曲である。
伴奏はピアノのみで始まり、最初のバースが終わってからはチェロがそれに加わる。
つまり、ここでも低音域がさりげなくアルバムのバランスを保っているのだ。
どちらかといえば淡々と歌うSalyuの歌声が心を打つ。

ネット上のSalyuのインタビューを見ると、今回は各楽曲の歌詞が、特に一青窈が書いた詞が歌唱において大きなウエイトを占めていたようである。
しかし、聞き手であるこちらはそんなことにとらわれることなしにSalyuの歌声のみを聴くべきである。
歌詞から彼女が何を感じ、何を表現しようとしているのかは、その歌から感じ取ればよいのだ。
私は、はじめ歌詞カードを見ながら聞いてみたが、すぐに止めてしまった。
Salyuの歌は紙に印刷された活字とは別の次元で私に感情を伝えてくれるからだ。

アルバムタイトルの『TERMINAL』だが、Salyu自身は「交差する」という意味で捉えているようで、それはすごく理解できるのだが、私は「終着駅」の意味だと思った。
それは「終着駅」はある目的においては到達点であり、Salyuにとってデビュー以来のひとつの到達点としてのアルバムであるということ、そしてまた「終着駅」は次の旅立ちへの出発点でもあることだから。
ラストの「to U」が静かに終わったときに、その思いを強く感じた。

ここにあげた曲以外でいちばんストレートに思いが伝わったのが「heartquake」という曲。
2月からのライブではアルバムの全楽曲を歌うとのことなので、本当に楽しみだ。

Metro

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2007年1月14日 (日)

Girl of the North Country

Bob Dylanのセカンドアルバム『The Freewheelin' Bob Dylan』は1963年にリリースされた。
有名な「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」から始まるこのアルバムのジャケットが素晴らしいことは以前に書いたとおりである。
「はげしい雨が降る(A Hard Rain's A-Gonna Fall)」が収録されていることもあって、初期のアルバムの中でも重要な位置を占めるこのアルバムだが、そうしたプロテスト色の強い曲に交じって、抒情的な1曲が印象に残る。
それが「北国の少女(Girl of the North Country)」だ。

もしきみが 国境線に強く風が吹きつける
北国の祭りに出かけることがあったら
そこに住んでいる人によろしく伝えてくれ
彼女はかつてぼくの恋人だったんだ

夏が終わって 川が凍り付き
吹雪の舞う季節に行くんだったら
彼女が暖かなコートを着ているか
うなる風に吹きさらされていないか確かめてくれ

彼女の髪は長く 波うち胸まで流れているか
見て教えておくれ
髪を長くたらしているのかを
見て教えておくれ
ぼくが覚えている彼女は いつもそんなふうだったから

彼女はぼくを覚えていてくれるのだろうか
何度も何度もぼくは祈ったものだ
ぼくの夜の闇の中で
ぼくの昼の明るさの中で

だからきみが 国境線に強く風が吹きつける
北国の祭りに出かけることがあったら
そこに住んでいる人によろしく伝えてくれ
彼女はかつてぼくの恋人だったんだ

この歌詞の元になったのはイギリスに古くから伝わる民謡「スカボロー・フェア」である。
サイモンとガーファンクルが歌ってヒットしたあの曲だ。
もともとの「スカボロー・フェア」の歌詞には反戦のメッセージが込められているのだが、Dylanのこの曲では切ないラブ・ソングになっている。
しかしシンプルでストレートなこの曲はアルバムの中でいちばん心に沁みる。

Northcountry

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2006年12月27日 (水)

『呼吸』というアルバム

私には苦手な発音がある。
「り」が続くとダメなのだ。「リリアン」とか「リリリリ」とかを声に出すと必ず
〈りぢあん〉とか〈りぢぢぢ〉みたいになる。
最初の「り」は大丈夫だが2番目からは舌が口の中で引っ掛かったみたいになって、厄介なことになるのである。
そのくせ、字面が好きなものだから飼っていたハムスターに「りりお」と名付けたりした。
以前、中野に住んでいたときのアパートの名前も「リリアハイム」であった(・ω・)

そんなことには全く関係がないが、Lily Chou-Chou(リリィ・シュシュ)のことが書きたくなった。
もう、誰でも知っていることだろうが、Lily Chou-Chouは2001年に公開された岩井俊二監督の映画『リリィ・シュシュのすべて』の中で大きな役割を果たしている"架空の"歌手であり、歌を担当しているのは(今をときめく)Salyuである。
映画本編には一切Lily Chou-Chouは登場しないが、その存在感は圧倒的であり、やや難解なストーリーをもつこの映画を見終わって頭の中に残るのは彼女の歌声である。

そう、私はSalyuを知った後にLily Chou-Chouに出会ったのである。
それも、アルバム『呼吸』を聞いてから映画『リリィ・シュシュのすべて』を見るという順番であり、つまりは時間軸を逆に辿っていったわけである。
これは実にエキサイティングな体験であった。
そしてSalyuという稀代の女性シンガーに対する私の関心はますます深まったのである。

にも書いたが、Salyuのファーストアルバム『landmark』はこのシンガーの持つ包容力に溢れた歌声のパワーを見せつけてくれた。
同時にヴァラエティに富んだ楽曲に多少の戸惑いを感じたことも事実であった。
「landmark」や「彗星」等のアップテンポの曲と、「VALON-1」や「体温」等の"癒し系"の曲との間にある距離を上手く捉えることが(どちらも素晴らしいのであるが)困難であったのだ。
その後、シングルを全て聞いて、とりわけ『Tower』には驚かされたものである。

Lily Chou-Chouとしての唯一のアルバム『呼吸』は2001年のリリースである。
小林武史×岩井俊二のコラボレーションとしては過去に映画『スワロウテイル』におけるYEN TOWN BANDがあったが、今回も『リリィ・シュシュのすべて』のために作られたユニットがLily Chou-Chouであって、強いコンセプトのもとにサウンドは構築されている。
当初、このアルバムを聴いた際には、『landmark』と比較してあまりにもモノトーンなサウンドと、賛美歌のようなメロディになかなか馴染めなかった。
今年の秋、映画『地下鉄に乗って』の主題歌としてリリースされたシングル『プラットホーム』の2曲目に入っていた「夜の海 遠い出会いに」を聴いた瞬間に、過去と現在は繋がった。
私が抱いていた妙なわだかまりは氷が溶けるように消え去り、アルバム『呼吸』の全ての楽曲が愛しく思えるものになったのだ。

『呼吸』に収録された9曲のなかで、私のfavoriteは「愛の実験」だが、タランティーノが惚れ込んだという「回復する傷」も、シングルカットされた「グライド」もすべてが素晴らしい。
当時二十歳のSalyuのヴォーカルはもちろん現在よりも幅が狭いが、小さな宝石のようなこの楽曲たちに魔法を与えるには十分すぎる力を持っている。
なによりもLiliy Chou-Chouのときでなければ作り出せない世界を感じさせることが、このアルバムをかけがえのないものにしてくれている。
そして、現在のSalyuを理解する手がかりを与えてくれるのもこれらの楽曲にあるわけで、事実、『landmark』に感じていた曲間の距離を感じることは無くなった。

新年に始まる全国ホールツアーや、ニューアルバム『TERMINAL』でますます多くの人たちの心を捉えることだろう。
ほんとうにすごいよSalyuは

Kok

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2006年12月10日 (日)

K3S(きびやSuper Soul Session)

12月7日、自由が丘MardiGrasにて(全てNATURA)
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臼井かつみ(Dr)山田直子(B)伊原広志(Gt) 遠藤フビト(Vo) 庵原良治(Sax)大坪正 (Key)
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この日は盛況で狭い店内に観客がぎっしりであった
Kss12
庵原良司さんを見るのは2回目だが、実に良いプレーヤーだ
Kss13
1部のラストに飛び入りでクリスマスソングを歌ってくれたヴォーカリスト(名前は失念)、素敵でした
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休憩のあと後半はSpitFunkの遠藤フビトさんのヴォーカルを交えての演奏
Kss16
緊張感とリラックスした感じが程良く心地の良いライブであった

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2006年12月 5日 (火)

衝撃的な青(ある女性歌手の訃報)

今朝、ラジオでMariska Veresが12月2日に亡くなったことを知った。
59歳で死因はガンであった。

前にも書いたことがあるが、クラシック一辺倒だった私が小学校5年生の時に、しょっちゅう通っていたレコード店の店頭で偶然みかけたドーナツ盤のジャケットに彼女はいた。
モーツァルトのピアノ協奏曲の廉価盤でも買おうと思っていたのだが、結局買って帰ったのはそのドーナツ盤であった。
部屋に帰るなり、早速かけてみた「No, no , no」というフレーズが印象的な哀愁を帯びたこの曲がすっかり気に入った。
これが初めて買った洋楽のレコード『悲しき鉄道員』であった。

その後、『ヴィーナス』、『ショッキング・ユー』などを買って聞いているうちにFMラジオで洋楽番組を耳にする機会も増えていき、それまでの無知を取り返すべく色々なグループの音楽を聴き漁った。
次の夏に大阪に行ったときにはすっかり洋楽に染まった私を見て、ストーンズ好きの従兄弟が驚いていたものであった。
その後、イギリスやアメリカのグループの音楽を聴く割合が増えていくにつれて、このオランダのグループは次第に忘れられていくことになった。

しかし、例えばブロンディのような女性ヴォーカルのグループが登場するとどうしても気になってしまうのは、洋楽に目を向けるきっかけとなったMariska Veresの面影を追っていたからかもしれない。
もっともDeborah HarryにはMariska Veresのような知的で神秘的な要素は皆無だったけど。
(ちなみに今調べたらMariska Veresのほうが1歳下だったので驚いた)

長い黒髪とエキゾチックで知的な眼差し、グラマラスな肢体を持ちながらその歌声はややハスキーで魅力的だったMariska Veresに小学生の私は大人の女の人の魅力を感じていたのかもしれない。
近年はすっかり太ってしまい、昔の面影はどこにも残っていなかったみたいだけれど、私の記憶の中のMariska Veresはいつまでも変わらない。
生きている間には色々な出会いがあり、それはその都度「初恋」みたいなものだと思っているが、私と洋楽が出会ったのもMariska Veresという魅力的なシンガーに恋してしまったからであろう。

月曜日の早朝に偶然聞いた訃報で30数年前の様々な出来事を思い出してしまった。
まさにショッキングでブルーな朝であった。

Shb

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2006年12月 3日 (日)

NOT DEAD LUNA

『Dadada ism』は1992年にリリースされたYapoosのアルバムである。
前作『ダイヤルYを廻せ!』が円熟味を漂わせる傑作アルバムであったのに対し、このアルバムではYapoosの攻撃性が強調されているため、ややアクの強さととっつきにくさが感じられる。
タイトルチューンの『ダダダイズム』の歌詞にあるように「破壊こうちく、体制、革命、新体制」がこの時期のYapoosにも起こっていたのだ。
もちろんこのアルバムより参加しているライオン・メリィ作曲の『12階の一番奥』に見られるリリカルな感じや、中原信雄作曲の『君の代』での戸川純の歌唱などあからさまに美しい部分もこのアルバムには見られるのだが、ところどころに鋭く突き出たトゲのような曲(『ヴィールス』、『急告』、『テーマ』等)が甘い気分を吹き飛ばす。
Moonlight

しかし、このアルバムを傑作たらしめているのは戸川純作詞、中原信雄作曲のこの曲が収録されているからだ。

NOT DEAD LUNA


塩酸も飲んだし 頸動脈も切ったが
私は死ななかった 死にゃしなかった

輝く月灯り まぶしいほど強い

5階から飛んだし 信号も無視した
だけど死ななかった 死にゃしなかった

月夜に澄み渡る きらきら水のいろ

そして急に恋に落ちた 夢中になった
もうガンガンに愛し合った 幸せになった
やがてまたひとりになって 見上げた空に
月がまるでいのちのよう 光って見えた

断腸の思いで 絶望を見るときも
私は死なないだろう 死にゃしないだろう

輝く月灯り まぶしいほど強い

あれからもっと仕事をした 夢中になった
もうガンガンに働いた 金持ちになった
それもやがて失っても 皆失ったって
月はまるでいのちのよう 尊く光る

Moonlight2
こころが弱くなったとき、この歌を聞いてみるといい。
死にたくなったときも。

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2006年11月 8日 (水)

Testimony

『ショスタコーヴィチの証言』はスターリンの時代に政治によって厳しい弾圧を受けながらも芸術家としての生涯をまっとうした人間の赤裸々な叫びの書である。
そこには政治・宗教の複雑に絡み合った近代ロシアの実情が透明な水晶玉のように浮き出されているのであった。

ドミートリイ・ショスタコーヴィチはその生涯に15曲の交響曲と15曲の弦楽四重奏曲、その他協奏曲やオペラ等の数多くの作品を作曲した。
とりわけその交響曲はグスタフ・マーラーの影響も見られ(特に初期の作品)極めて骨太の構成感によって支えたれた楽曲は「最後の交響曲作家」としての名にふさわしいものである。
晩年の交響曲第14番『死者の歌』ではガルシア・ロルカやギョーム・アポリネール等の死をテーマとする詩をソプラノとバスの独唱が歌う11楽章の曲で、マーラーの『大地の歌』やシェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』を彷彿とさせる交響曲と交声曲の中間を行くような作品である。
生涯に宗教曲を作曲することがなかったショスタコーヴィチであるが、この曲や最後の弦楽四重奏曲などは深い精神性と宗教性を感じさせる。

『証言』の中で私が好きなエピソードは彼の旧友であるソレルチンスキイについて書かれたものである。

「ソレルチンスキイはきわめて勤勉な人だった。二十カ国以上の外国語を知っており、そのうえ、何十という方言も知っていた。どんな詮索好きな者にも読解できないように、古代ポルトガル語で日記を付けていた」
「なにかに興味を持つと、それを一瞬のうちに記憶し、永久に忘れないのである。サンスクリット語で書かれたページをひと目見ただけで、彼はそれをすっかり暗唱できるのであった」
「あるとき、ソレルチンスキイの講演のあと、プーシキンの妻がニコライ二世の愛人であったというのは本当か、という質問があった。ソレルチンスキイは間髪を入れず、『もしもプーシキンの妻、ナターシャ・ニコラーエヴナが実際に死んだと年よりも八年だけ長生きし、ニコライ二世が三歳のときに性交能力があったとしたなら、それならば、あなたのご質問の生じる余地もあったでしょう』と答えた。私は家に帰るなり、ソレルチンスキイが年代を間違えなかったかどうかをわざわざ調べてみた。いや、何も間違いはなかった。すべてがまったく精確であった。ソレルチンスキイの記憶力は驚嘆すべきものだったが、それには沢山の数字も含まれていた」
「ソレルチンスキイが音楽院で講義をしていたときに、一人の学生が立ち上がって質問した『カラペチャンとはどんな人だったか教えていただけませんか?』ソレルチンスキイは考え込んだ。大事件であった。なんと答えたらよいか、彼が知らなかったのである。『つぎの講義のときまでに調べておきましょう』とソレルチンスキイは言った。つぎの講義のときに、ふたたび例の学生が立って、質問した。『カラペチャンとはどんな人だったか教えていただけませんか?』『わかりません』『カラペチャンというのは私です』と学生が言った。教室中がどっと沸き返った。『ああ、いま、カラペチャンが何者であるかがわかりましたよ。彼はばかです』とソレルチンスキイは受け流した」

(ソロモン・ヴォルコフ編 / 水野忠夫訳 )                                                          

こういう話を読むとすごいなと感心するばかりである。
ソレルチンスキイという人に非常な羨望と憧れを持つと同時に、こういう友人を持っていたショスタコーヴィチという人間に興味をもつことは自然であろう。

Shostakovich

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2006年11月 7日 (火)

Allegro con brio

このところテレビドラマでやたらに耳にするのがベートーヴェンの第7交響曲である。(月9ドラマ『のだめカンタービレ』)
この交響曲には少なからず思い出があるので・・

1812年に作曲されたこの交響曲はベートーヴェンが41歳の時の作品である。
第5交響曲で単一主題の有機的発展の粋を極め、続く第6交響曲では5楽章制をとり、尚かつ標題音楽の先駆けのような音の描写に取り組んだベートーヴェンであったが、第7交響曲では序奏部付きの4楽章という古典的な形式に戻した。
しかしこの交響曲にはいわゆる緩徐楽章が欠けており、通常であればアダージョまたはアンダンテとされる第2楽章はアレグレットのテンポである。
この交響曲が「バッカス交響曲」や「舞踏交響曲」と呼ばれるのはそのためであり、ベートーヴェンの9つの交響曲の中でもリズムを一番追求した楽曲といえる。

私がベートーヴェンの交響曲を聞きだしたのはやはり第5交響曲からであったが(たしかフリッチャイの指揮)、その後第3、第6はいずれも廉価版で、第4などは17センチLPで聞いたのがクラシック入門したての10歳くらいの頃であった。
何せ小学生の小遣いで買えるLPは安くないと無理だったので、第9は勿論のこと、第7もとても手が出なかった。
音楽入門書などでベートーヴェンの交響曲のなかでも最も面白そうに書いてあったのが第7交響曲であったため、11歳の誕生日&クリスマスプレゼントとして親にねだって買ってもらったのがフルトヴェングラー指揮、ウイーンフィルの第7であった。

東芝EMIのこのLPは透明な赤のレコード盤で、それだけでもビックリしたが、ワクワクしながら針を落として最初に出てきた音にその何倍も驚いた。
私にとってフルトヴェングラーという指揮者を知ったのはこのLPが初めてで、彼の独特の指揮やダイナミックスの凄さなどの知識が皆無であったから、とにかく左右のスピーカーから溢れ出る音の洪水に翻弄されるばかりであった。
第1楽章の序奏部では音の強弱と合奏の微妙な不揃い感が生み出す生きた音の波に圧倒される。
解説に依ればフルトヴェングラーは開始時に指揮棒をブルブル震わせて明確な開始の指示を出さないので合奏にずれが生じるのだとか。
やがて提示部に入り非常に伸びやかな八分の六拍子の第1主題が現れたときに感じる心地よい躍動感。
第2楽章は素晴らしいアレグレットで、反復されるリズムに乗って短調の旋律が変奏されていく。
澄み切った冬空のような凛とした気持にさせる演奏である。
第3楽章はスケルツォで非常に活発な主部と力を蓄えているかのような静的なトリオが交互に現れる。
そして煽り立てるような終わり方でこの楽章を閉じると狂乱の終楽章へ。

第4楽章アレグロ・コン・ブリオは冒頭の強奏でまず度肝を抜かれる。
弦で繰り返されるリズムの上を力強い主題が奏されるこの楽章は展開部を経て再現部へとどんどんリズミカルにまた激しさを増して進んでいく。
そして圧巻はコーダ。目くるめく転調の中を音が渦を巻いて行くような感じ。
やがて第5交響曲の終わりみたいなくどさもなく唐突にこのフィナーレは終わる。
小学校の同級生が遊びに来たときにこの終楽章をMAXの音量で聞かせたことがあるが、目をパチクリさせていたっけ。

その後、何人かの指揮者で第7交響曲を聞いてみたが、最初に聞いたフルトヴェングラーの演奏がいつまでも耳に残っていたのでなかなか素直に聞けなかった。
カルロス・クライバーやルドルフ・ケンペの指揮したものもそれぞれ良い演奏であるとは思っているが・・
ともあれベートーヴェンがその人生で一番幸福であった時に作られたという第7交響
曲は、この交響曲をリスペクトして作曲されたと思われるシューベルトの「ザ・グレート」ともども私の最も好きな曲である。

Yr

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2006年10月28日 (土)

Voice of Fascination

かつて大貫妙子の歌声が好きでファーストアルバムの『グレイ スカイズ』から8作目の『カイエ』まではほぼリアルタイムで聴いていた。
1980年に4作目の『ロマンティーク』が発売され、その当時私自身もヨーロッパに傾倒していたこともあって、そのサウンド・歌声に魅了されたものであった。
オープニング曲こそ当時のテクノサウンドに多少の違和感を覚えるが、2曲目以降の展開はそれぞれがフランス映画のトレーラーを見ているような素晴らしさ。
4曲目の「若き日の望楼」、5曲目「BOHEMIAN」、7曲目の「ふたり」は私にとって今でも特別な楽曲である。

翌年に発売された5作目の『アヴァンチュール』ではさらに洗練された印象を受けた。
前作のやや気負った感じが取れて、歌声もしなやかさを増している。
また、変な言い方だが、女の子っぽい可愛らしい感じが加わったように思えるのもこのアルバムからだ。
(この方向が次作の「ピーターラビットとわたし」のようなメルヘンっぽい楽曲に繋がっていくのである)
25年前の作品であることが信じがたいほど、このアルバムには時代を超えた普遍性がある。
ところどころに散りばめれらた映画音楽のエッセンスにニヤリとしつつも、アレンジの妙と各楽曲のセンスの良さは感心するばかり。
大貫妙子の代表作であり、最高傑作といっていいのではないだろうか。

現在も独自のスタンスで活動されているようなので、そのうちまた最新作までを通して聴いてみる機会を持ちたいと思う。
以前に室内楽をバックに歌うという形式でコンサートを開かれたことがあったが、タイミングが合わずに聞き逃してしまったことがとても残念である。

大貫妙子のことを突然書いたのにはわけがあって、それは最近聞きこんでいるSalyuの歌声がときおり大貫妙子を彷彿とさせるためである。
現在公開中の映画『地下鉄(メトロ)に乗って』の主題歌「プラットホーム」が頻繁にオンエアされているSalyuであるが、初めて彼女の歌声を聞いたときに久々にドキリとさせられた。
それは身体の深いところに届いたと言っても良い感覚であった。
アルバム『landmark』は昨年の発売であるが、楽曲の配列に多少の欠点はあるものの、それぞれのパフォーマンスが素晴らしい。

その後のシングルリリースである「風に乗る船」「Tower」「name」、ユニットBank Band with Salyuでのリリース「to you」等ですっかり名前を知られるようになったが、近々ホールでの全国ツアーもあるようなのでさらなる飛躍が期待される。
ひさびさに歌声で世の中を変えることができるように感じるアーティストなので、マイペースを保ちつつ楽曲を吟味して活動していってもらいたいと願う。

Gg

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2006年10月19日 (木)

Maurizio Pollini

ポリーニについて。
マウリツィオ・ポリーニは1942年生まれのイタリアのピアニストである。
建築家の父親とピアニストの母親を持ち、18歳の時にショパン国際ピアノコンクールで優勝。
その時に審査委員長であったアルトゥール・ルービンシュタインに「この青年は私たちみんなよりもうまい」と言わせるほどの完璧なテクニックをすでに身につけていたのであった。

しかしポリーニが本格的にデビューしたのはその後十年経ってからであった。
その間に彼は何をしていたのか。
ポリーニは大学に通い音楽以外の教養を身につけると共に、同じイタリアの巨匠であるベネデッティ・ミケランジェロに師事し、文字通り「勉強をしていた」のである。
1968年に演奏活動を再開したときに彼のテクニックが向上していたわけでは決してない。
天才の趣くままに完璧な技術で弾きこなされてきた彼の音楽は、その十年後には彼自身によって意識化され、考え抜かれ再び構築されたものとなって私たちに提示されたのである。

演奏家がテクニック最重視だったのは19世紀のパガニーニやリスト、サラサーテなどの功罪であり、20世紀にはいってもラフマニノフなどに受け継がれてきたが、その後はすっかり時代遅れになってしまった。
こういう演奏家たちをヴィルトゥオーゾと称するのである。
現代の演奏家たちは作品の本質を表現する手段としてのみのテクニックは必要とするが、それよりもその作品に対する演奏家のアプローチのほうが重視される。
過去何百回、何千回と演奏されてきたであろう曲から自分は何を引き出すことができるのかが問われるのである。

ポリーニに話を戻せば、彼の演奏家としての最盛期は1970年代であった。
当時の録音であるショパンのエチュードやベートーヴェンの後期のソナタなどはテクニックもさることながら情緒性と知性が絶妙のバランスを保っていていまだに色褪せることがない名演奏である。
さすがに近年は年齢的な衰えを感じさせ、中間調の色彩にやや欠ける演奏が多くなったようであるが、現役ピアニストとしては最高峰のひとりであることに変わりはない。

芸術は常に意識と結びついたところで成り立っている。
ただ聴いていて気持ちの良い演奏というものはそこら中に転がっているが、さて聴き終えた後に何が残っているかと言うことが価値判断の基準となる。
そうなると聴き手のレベルにも依るが、そうそう頻繁に出会えるものではないだろう。
生きている間にそう言った演奏に出会える機会が一回でも多く持つことができたら、それは嬉しいことに違いない。

Pollini

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2006年10月16日 (月)

Tour Information

10月4日に発売されたe-ha?のニューアルバム『e-ha?セカンド』は丁寧に作り込まれた好アルバムである。
個々の活動で多忙を極めているメンバー3人であるが、e-ha?というユニットをいかに大事にしているかが聞き手に伝わってくる。

来月5日からアルバム発売を記念してツアーが行われるので彼女たちの素敵な演奏に触れてみて欲しい。
スケジュールは以下の通りである。

11月5日(日)
神戸WYNTERLAND 
e-ha?/Miss.Groove/ジュスカ.グランペール
9/23〜チケット
発売神戸市中央区山本通2-4-27 ネザーランズセンターB1
TEL:078-252-8030
http://www.kobewynterland.info/

11月6日(月)対バン有り詳細未定
大阪knave
大阪市西区南堀江3-11-21 南堀江 Tall Valley B1F
06-6535-0691
http://www.knave.co.jp/

11月7日(火)
金沢AZ  e-ha?/醤油その他
石川県金沢市鱗町107番地
076-264-2008
http://www.kanazawa-az.com/

11月8日(水)
松坂MAXA 
対バン有り詳細未定
9/8〜チケット発売
三重県松阪市市場庄町 1148-2
0598-56-4825
http://www.maxa.jp/index2.html

11月9日(木)
名古屋TOKUZO 
e-ha?/トコロテンスライダー/
サンセットレコード 
9/9〜チケット発売
名古屋市千種区今池1-6-8 ブルースタービル2F
052-733-3709
http://www.tokuzo.com/

11月12日(日)
福岡BEAT STATION
e-ha?/巻尺/LOVE ORGANICA/
ROSE QUARTZ/
GOLD RUSH/Cranberry siroop
前売¥1.500- 当日¥2.000-
福岡市中央区渡辺通4-11-4
092-738-1761
http://www.heartbeat-tenjin.co.jp/b-station/

11月16日(木)
青山「月見ル君想フ」ワンマン
東京都港区南青山4-9-1 シンプル青山ビルB1
TEL: 03-5474-8115 
http://www.moonromantic.com/

Second

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2006年10月 5日 (木)

And Still

1913年、ピエール・モントゥの指揮によってパリで初演された『春の祭典』は囂々たる野次と嘲笑、観客同士の乱闘等、大変な騒ぎを巻き起こした。
ロシアの作曲者イーゴリ・ストラヴィンスキーは時に31歳で、それまでの数年間に『春の祭典』同様のバレエ音楽である『火の鳥』や『ペトルーシュカ』を発表し、大きな成功を収めてきたのである。
ストラヴィンスキーの生涯において第一次大戦までの期間は、この3作のバレエ音楽によって代表され、《原詩主義時代》と称されている。
この時期に特徴的なのは大編成の管弦楽を使用し、激しいリズムを基調としていることである。
『火の鳥』においてはまだ調性音楽の範囲に留まっていたが、『春の祭典』に至ってはもはや従来の形式はバラバラに解体され、師であるリムスキー・コルサコフを大きく凌駕する管弦楽法と相まって革新的な音楽を作り出すことに成功した。
この新しさが旧態依然とした聴衆を激怒させる結果となったのである。

その翌年1914年に大戦が始まると、ストラヴィンスキーはスイスに移った。
すると彼はそれまでの大編成の管弦楽から極度に小さい規模の楽器使用に切り替えて作曲するようになった。
いわば室内楽的な規模のものであるが、その代表作たる1918年の『兵士の物語』はヴァイオリン/コントラバス/クラリネット/ファゴット/コルネット/トロンボーン/打楽器/語り(兵士、悪魔役も兼ねる)/パントマイムという奇抜な編成である。
これは自身の音楽がどこでも何度でも演奏される機会を増やそうという考えから生まれた形態であった。
音楽の内容は非常に軽いものであるが、その洗練度は極めて高い。
さらに1920年初演の『プルチネルラ』から第2次大戦までの期間において、ストラヴィンスキーはバロック音楽や古典派の音楽への回帰を示した。
いわゆる《新古典主義》の時代である。
1923年のカンタータ『結婚』、1930年の『詩編による交響曲』などの作品はいずれも少数の楽器編成で簡素な古典的精神に則ったものといえる。

1939年に第2次大戦が始まるとストラヴィンスキーはアメリカに移った。
57歳になった彼は、新しい土地で再婚し、模索的な作曲活動をはじめた。
かつてのバレエ音楽を新たに演奏会用に組み直したりしたが、もっぱら生活のためであった。
大戦が終わり、1940年代の終わり頃からストラヴィンスキーは新たに十二音音楽を勉強しはじめた。
かつては反目していたシェーンベルクの手法を自ら取り入れる方向に向かいだしたのである。
1958年の『エレミアの哀歌による「トレニ」』やディラン・トマスを悼んで作られた『挽歌』などにその成果が現れている。
これが《セリーの時代》と呼ばれる時期である。

89歳まで長生きしたストラヴィンスキーであるが、その生涯において最大の名声を得たのは初期のバレエ音楽を発表した時期であった。
しかしながら、その後数度のコペルニクス的転回ともいえる変遷には驚かされる。
人々は彼を称してカメレオンと呼ぶのもそうした変身ぶりから来ているのであろう。
最晩年にはベートーヴェンの後期の弦楽四重奏に傾倒していたそうである。
わたしは乗り物を色々替えつつも、「作曲家」としての一本道を死ぬまで歩み続けたストラヴィンスキーはほんとうに偉大な芸術家だと思う。
70の手習いなんて道楽でもないかぎりはなかなかできるもんじゃない。

Stravinsky

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2006年9月25日 (月)

1997年、秋

最近全く使わなくなってしまったのがMOである。
休日の空き時間を利用して少しずつではあるがCDに焼き直している。
そんな中に「デジカメ」と書かれたものがあった。
情報を見ると1997年のデータであるが、その当時所有していたデジカメといえばオリンパスのCAMEDIA C-400という35万画素!のものであった。
携帯電話もビックリであるが、図体も結構大きくて普段持ち歩くこともなかった。
そんなことを思い出しながら中のファイルを見ると懐かしい画像があった。
37_1 59

私が速水清司さんと個人的に知り合ったのがこの頃であった。
当時、メインのHPであるMind Horseを通じていろいろな人と出会ったものである。
BUNKAMURA以来、プッツリとその活動がわからなくなっていた速水さんが、渋谷のCROCODILEを中心にバンド活動をしているとのことを聞いて、ワクワクして見に行ったものである。
ライブの休憩時間にお話をさせていただき、微力ではあるが何か手伝うことがあればと申し出て、現在に至っているわけである。

当時の速水清司バンドのメンバーは、ドラムが元レイニーウッドの四ツ田嘉宏さん、ベースが寺内”KANTARO"浩さん、パーカッションが丹菊正和さん、キーボードが永井誠一郎さん、コーラスに江口優子さん、サックスのゲストにボブ斎藤さん、そしてギターは現在も良きサポートをされている首藤高広さんという大所帯であった。
萩原健一さんの歌唱で耳に馴染んでいるナンバーを中心に、大きく広がる音響が印象的なライブを速水さんのバンドは聴かせてくれた。
CROCODILEに聞きに来るお客さんの顔ぶれは常連さんが多く、時には田原成貴さんの顔も見かけたものである。
Pic00004_1 Pic00023

その年の秋に、六本木のラピロスがオープンし、その中のオリベホールのこけら落としを速水清司バンドが務めることになった。
速水さんとしても願ってもない大仕事であったので、リハーサルにも熱が入り、このライブにかける意気込みは大変なものであった。
このときのキーボードは急遽、籠島裕昌さんが演ることになって、一番緊張していたのが彼であった。
数人の友人を誘ってライブ当日にホール中央に陣取って聞かせてもらったが、気合いの入った良いライブであった。
Pic00031 Pic00051_2

しょぼい画像のあちこちに当時の思い出が見え隠れする。
あれから9年も経ってしまったんだな。

「bloody_venus.mp4」をダウンロード
これは当時の音源である。聞ける人はぜひ感想をいただきたい。

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2006年9月 5日 (火)

Dear Mr.D

APPLEのCM(アメリカで放映中)のBOB DYLANが格好良い。
http://www.apple.com/ipod/ads/dylan/

もちろん日本のITMS(iTunes Music Store)では版権の関係上、DYLANのアルバムは登録されていないので、このCMが日本で流れるはずはないのである。
しかし、1941年生まれのDYLANは今年65歳で、ムッシュかまやつよりも2歳若いのだが、このジジイっぷりはどうだろう。
口髭は大泉晃を彷彿とさせ、髪の毛も禿げてこそいないが綿ぼこりのようだ。
そこはかとなく故・高田渡のイメージがダブる。

そんなDYLANの新作『Modern Times』を購入した話は先日書いたが、実はまだCDもボーナスDVDも未聴・未見である。
包装をはがして、オリジナル仕様とかいうジャケット(絵本みたいな作り)を眺めて、ふーんこれがLPサイズならちょっとしたインテリアになるなあ・・などと思っただけである。
まあそのうち聞くだろう(こればっかし)。

しかしBOB DYLANという人は不思議な人である。
もうずっと続いている"Never Ending Tour"の音楽的な意味はともかく、その行為自体がロック的でもあり、反商業的なライブという意味もあるが、ざらざらした感覚を私たちに与えるものだ。
執筆中?の自伝も、その真実がどの程度なのかは判るべくもないが、自らの伝説を作り出していることは確かである。
あのモーター・サイクル事故で死んでしまわなかったDYLANは、その後の創作・演奏活動を通じて「自分探し」の旅を続けているように見える。
案外、本人はとっくに答えを持っているのかもしれないのだが、スタイルを変遷しつつ私たちの前に絶えず偽の姿を現しているDYLANに、かつてのカリスマ性は感じないが、といって無視するわけにもいかないのが現状である。

もう30年以上前の歌だが『You Angel You』というのがある。

You angel you
You got me under your wing.
The way you walk and the way you talk
I feel I could almost sing.

You angel you
You're as fine as anything's fine.
The way you walk and the way you talk
It sure plays on my mind.

You know I can't sleep at night for trying,
Never did feel this way before.
I get up at night and walk the floor.
If this is love then gimme more
And more and more and more and more.

もうなんとも赤面もののLove songだが、これがすごくいいのだから困る。
とても偽りの感情から生まれた歌とは思えないのだ。

また全然評判が悪かった『Street Legal』というアルバムの中に『No Time To Think』という歌がある。

Your conscience betrayed you when some tyrant waylaid you
Where the lion lies down with the lamb.
I'd have paid off the traitor and killed him much later
But that's just the way that I am.

Paradise, sacrifice, mortality, reality.
But the magician is quicker and his game
Is much thicker than blood and blacker than ink
And there's no time to think.

まるで韻を踏むだけの言葉遊びのような詩だが、全く無意味なものとは思えない。
「私は裏切り者に支払うと、ずっと後で彼を殺した。でもそれが私のやり方だ」
音楽はデヴィット・マンスフィールドのフィドルをフィーチャーした大きなサウンドが朗々と響くのだが、録音状態が芳しくなく、分離が悪いのが残念至極。
しかし、何故か何年経っても頭の中から離れない不思議な曲である。

10代のころみたいに純粋ではなくなった今、時たま耳にするDYLANの歌のいくつかは忘れていた真実を垣間見させてくれるような気がする。
でも何から何まで信用するわけじゃないからね、Mr.D

Ipoddylan

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2006年8月 7日 (月)

Live AT Welcome back

8月6日、大塚Welcome back
Wb01
最初から客席を盛り上げるテンションの高いパフォーマンス
Wb02
ギターの関さんとの息もピッタリ
Wb03
ステージ狭しと動き回る、跳び上がる
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藤井さんと関さんのギターバトル(所沢グルーヴ)
Wb05
素敵なステージに感謝

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2006年8月 6日 (日)

VON DER JUGEND

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"VON DER JUGEND(青春について)"はマーラーの交響曲"DAS LIED VON DER ERDE(大地の歌)"の第3楽章であり、テノールで歌われる。
通常の交響曲であればスケルツォにあたるこの短い楽章は、しかしながら非常に高い完成度を持っていて、特徴的な中国風の五音音階をベースに軽やかに歌われるその詩には厭世観と無常観が漂う。
原詩は李太白によるものであるらしい。

小さな池の真ん中に
緑と白の
陶器の四阿(あずまや)が立っている

虎の背中のような弧を描いて
翡翠の橋が架かっている
四阿に向かって

四阿には仲間が集まっている
良い着物を着て 酒を飲み お喋りをし
大概の奴は詩を書き付けている

彼らの絹の袖は背後にたくし上げられ
絹の帽子は うなじのあたりに
危なっかしく引っかかっている

小さな池の静かな水面では
あらゆるものが
奇妙な映像になっている

緑と白の
陶器の四阿の中のものが
みんな逆立ちをしている

橋の弧も 半月のように
逆さまに映っている
良い着物を着て 酒を飲み お喋りをしている仲間も

(訳:西野茂雄)

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2006年7月30日 (日)

まさおの夢

MOSTというユニットがある。
PHEWと山本精一を中心に不定期に活動しているネオ・パンク系のグループである。
ここには現在、戸川純と共に東口トルエンズとして活動している山本久土もメンバーとして参加しており、戸川純は音楽活動を休止していた頃にPHEWのライブを見に行ったりしていて交流はあるようだ。

1998年にリリースされたPHEWと山本精一のデュオによるアルバム『幸福のすみか』はそのシンプルなサウンドにまず驚かされた。
次いで、そこで歌われている言葉にいいようのない悲しみと愛情が感じられることで再び衝撃を受けた。
「まさおの夢」はアルバムの3曲目に収録されている山本精一による歌。
(東口トルエンズのライブでも山本久土がソロで歌っている)


まさおの夢


まさおはひとり ひとりでうまれた
まさおは人間 ひとからうまれた

けれど
ひとのあいだにあって人間ならば
人間でないひとりのまさお

まさおはひとり ひとりでうまれた
まさおはいきもの にんげん以外の

けれど
まさおは動く だから動物
そして
うまれた時から 死人のまさお

ひとからひとりでうまれてきたのに
せっかく自分でうまれてきたのに

哀しみ 荒れ野に咲く
ただ一輪の 百合の気高さ

ひとりのまさおにも朝はやってくる
まいにちまいにちあさはやってくる

くまさんのこどもはこぐま
まさおのこどもはこまさお

まさおは夢みる こまさお国を
まさおは夢みる こまさお国を

まさおはひとり ひとりでうまれた
まさおは人間 ひとからうまれた
まさおはひとり ひとりでうまれた
まさおはいきもの にんげん以外の

ひとからひとりでうまれてきたのに
せっかく自分でうまれてきたのに

Shp

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2006年7月27日 (木)

Boots of Spanish Leather

"Boots of Spanish Leather"という歌がある。
1964年にBob Dylanが発表した『The Times They Are A-Changin'』に収録された曲である。
内容は異国へ旅立つ女性と残された恋人とのやりとりが歌われている。
Dylanが当時の恋人であったSusan Rotoloとの別離を歌ったものだとされる。
歌詞中のスペイン・ブーツは彼女のお気に入りアイテムであった。

おお、恋人よ、私は船出する 朝には出航するのよ
海の向こうから送って欲しい物はない? 私が向かう国から

いいや、恋人よ、送って欲しいものはない なにも欲しくはない
ただ汚されずに帰っておいで あの寂しい海の向こうから

おお、でも何か欲しいのかと思って 銀や金でできたものを
マドリッドの山や バルセロナの岸辺から

おお、真っ暗な夜からとった星と 深い海からとったダイヤモンドだって
きみのやさしいキスの方がいい 私が欲しいのはそれだけだ

私は長い間出かけるから だから訊いているだけなの
思い出すために何か欲しくはない? 楽に時を過ごせるために

おお。いったい何故また訊くの? 悲しみを増すだけなのに
君から今日求めたものを 明日また求めるに決まっている

寂しい日に手紙が来た それは船出した彼女から
それにはこうあった いつ戻るかわかりません それは私の気分しだい

もし、恋人よ、君がそう思うなら 君の心はとどまっていない
君の心はここにない 君の行く先へと飛んでいる

では気をつけて、西風に気をつけて 嵐の天気に気をつけて
そう、何か送ってくれるならば スペイン革のスペイン・ブーツ

※似たような内容の歌が日本にもあったが、何も言うまい(・ω・)
Boots

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2006年7月18日 (火)

Storm

1980年にリリースされたアルバム『Storm』はフォークからスタートし、BOB DYLAN同様にフォーク・ロックの路線を辿っていた岡林信康が、その後から現在に至るまで進行中のエンヤトットに移行する直前の作品である。
前年(1979年)『街はステキなカーニバル』をリリースした直後、ロンドンに渡英した岡林は当時のニュー・ウェィヴやパンクに多大な影響を受ける。
同時に、自らの音楽(洋楽をルーツに持つ)の限界を思い知らされる結果を招くことにもなった。
帰国後、加藤和彦らをメンバーに制作された『Storm』は先鋭的なサウンドの完成度の高いアルバムになったが、それはまた岡林信康のそれまでの活動に対する告別でもあった。
タイトル曲である「Storm」にこんな一節がある。
「心の地図を 静かに辿れば
 深く埋もれた あなたに会うだろう」

MUSICIANS
岡林信康(Vocals)
加藤和彦(Guitars)
白井良明(Guitars)
岡田徹(Keyboards)
鈴木博文(Bass)
橿淵哲郎(Drums)
武川雅寛(Violin,Guitar)

イエ!イエ!

Yeah! Yeah! Yeah!......
グッチのバッグをぶらさげたおネエさん!
Yeah! Yeah! Yeah!......
チンチラコートを光らせたおネエさん!
グッチのバッグは高そうネ
チンチラコートも高そうネ
ついでにひと言云わせてもらえば
あんたが一番安そうヨ

Aha! Do you understand?
Aha! Do you understand?
Aha! Do you Do you Do you Do you
Understand?

Yeah! Yeah! Yeah!......
いつでもナウくていらっしゃるお嬢さん
Yeah! Yeah! Yeah!......
どこぞのグラビアみたいなお嬢さん
流行りが廃ればすぐ変わる
着せ替え人形のマネキンね
ついでにひと言云わせてもらえば
顔さえ変えれば最高ヨ

Yeah! Yeah! Yeah!......
一流ブランド鈴なりのおネエさん
Yeah! Yeah! Yeah!......
ピカピカ ナウいCitygal お嬢さん
世の中楽しくしてくれる
あんたら見てると幸せネ
ついでにひと言云わせてもらえば
どこかに消えれば最高ヨ

Storm

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2006年6月30日 (金)

Where Are You Tonight?

朝から蒸し暑い。
こんな時期にはこの歌を。今夜はどこにいるのだろうか?

There's a long-distance train rolling through the rain, tears on the letter I write.
There's a woman I long to touch and I miss her so much but she's drifting like a satellite.
There's a neon light ablaze in this green smoky haze, laughter down on Elizabeth Street
And a lonesome bell tone in that valley of stone where she bathed in a stream of pure heat.
Her father would emphasize you got to be more than street-wise but he practiced what he preached from the heart.
A full-blooded Cherokee, he predicted to me the time and the place that the trouble would start.

There's a babe in the arms of a woman in a rage
And a longtime golden-haired stripper onstage
And she winds back the clock and she turns back the page
Of a book that no one can write.
Oh, where are you tonight?

Str

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2006年6月25日 (日)

フライング

まだちょっと先のことですが・・
2006908_1
と、いうことでフライング告知です(・ω・)キテネ!

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2006年6月 6日 (火)

千人の交響曲

No8TVを付けていたら「グロンサン」のCMでいきなりマーラーの第8交響曲が流れたので驚いた。
速水さんのライブに来たことのある人には、オープニングに使われていることでもすっかりお馴染みのこの曲が作られたのは1906年のことである。
奇しくも今年はこの曲が作られてから百年目ということになる。

1906年にマーラーは知人に送った手紙にこう記している。
「私は『第8交響曲』を完成したところです。今まで作ったもののなかで最大のものです。それに内容、形式ともきわめて独特のものなので、それについて書くことができないほどです。宇宙が鳴り、そして響きはじめることを想像してみてください。それはもう人間の声ではなく、天空をめぐる惑星であり、恒星なのです。詳しいことはお会いしたときに直接お話ししましょう」
第5、第6、第7と純粋器楽の交響曲を作曲してきたマーラーが次に手がけたのは器楽と声楽の空前規模の結合であった。
初演は1910年9月12日、ミュンヘンの音楽祭でマーラー自身の指揮によって行われた。
その模様は初演に立ち会ったアルフレード・カゼッラがこう記している。
「左手と右手には、ヴィーン楽友協会およびライプツィヒのリーデル協会合唱団の団員が500人、中央にはミュンヘン中央歌唱学校の350人の児童(そのうち300人は白衣の少女たち)、児童の前には、7人の独唱者・・。一番高いところにはオルガン、それにオルガン席には4本のトランペットと3本のトロンボーンを奏する7人の軍人。この弩級艦の演奏体の前には作曲家兼指揮者用の台、あるいはむしろ小さな櫓が立っている・・。不安にわななく会場は、突然、ものすごい喝采に湧きかえる。小柄な男が演奏者たちのぎっしり詰まった群れをやっとのことで掻き分けて進み、櫓をよじのぼり、そして盛んな拍手喝采の前で頭を下げる。ただちにこのうえない深い沈黙が激しい興奮につづく。小男の手振りで、合唱団が、私たちの国ではもっぱら兵営でしか見ることができないが、ドイツではどんな領域のさまざまな部内で共通してみられるあの共同動作の一つでもって立ち上がる。オルガンの力強い和音。そしてここで爆発するのは、500人の胸から発せられた、熱狂的な叫び『来たれ、想像の主なる聖霊よ』なのである」
巨大なこの作品は2つの部分に分かれている。
第1部『来たれ、想像の主たる聖霊よ』はマインツの大司教フラバヌス・マウルスによる歌詞に基づき、厳密なソナタ形式で構成されている。
この曲が"交響曲"である所以はこの第1部に負うところが大であり、途中に壮大な2重フーガをはさみながら、第6、第7交響曲の第1楽章を彷彿とさせる充実ぶりを見せる。
特筆すべきはその主旋律である。
オルガンに続いて力強く歌われるこの旋律は小節ごとに拍子を変えながら、そのエネルギーをどんどん増して歌われる。
マーラーは稀代の旋律家と言われているが、この主題や第9交響曲の第1楽章の主題を聞けば、十分に納得できるはずである。
CMで使われているのも、速水さんのライブで使われているのもこの第1部である。

第2部は一転して『ファウスト』の終幕から歌詞は取られている。
7人の独唱者が中心となり、オラトリオ風の構成は交響曲からかけ離れたものになっている。
第1部が20分ほどであるのに対し、こちらは60分近い大曲になっている。
内容的には第1部の問いかけに対する解答として書かれている。
巨大な音響効果はフィナーレの部分にのみ使われているのであり、構成物としてみれば第1部ほどの堅牢さは感じられない。

この曲のCDは誰に聞いてもショルティ指揮のシカゴ交響楽団によるものが最高であると言われている。
(80分ぐらいの曲だが1枚のCDに収められているのでありがたい)
もし思う存分の音量で聞くことができる環境を持っているなら、音圧を感じてもらいたいものだ。
ヘッドホンでしかこの曲を聴けない身としては、コンチクショウと言うしかないのが残念無念(・ω・)#

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2006年5月21日 (日)

墜ちた鳥のバラード

Okabayashi手元に一枚のドーナツ盤がある。
岡林信康の『墜ちた鳥のバラード』(カナダ録音盤)である。
B面は『いくいくお花ちゃん』であるがこちらは国内の録音である。

『墜ちた鳥のバラード』のクレジットを見ると、1971年9月28/30日、カナダ・モントリオールのカヌサレコードスタジオでの録音となっている。
唄:岡林信康、アコースティックギター:Dougie Treever、エレクトリックギター:Rouald、ピアノ:Gerry Devilliers、オルガン:Tony Roman、ベース:Serge Bloyin、ドラムス:Marcel Huot、ミクサー:Tony Roman、エンジニア:Hubert Lesker,Jean Guy Milo

アルバム『俺らいちぬけた』が1971年8月のリリースであるから、この録音はその後行われたことになる。
このシングルリリースされた『墜ちた鳥のバラード』は、アルバムバージョンと違ってロック色が強く、奥行きのある音作りがされている。
岡林の歌も前面に押し出たものではなく、シャウトも抑え気味であるが、静かな炎のような熱気が伝わってくる。
実は、私はアルバムより先にこのシングルを聴いてしまっていたので、『俺らいちぬけた』の同曲を聴いたときに腰砕けとなってしまった。
その後、この録音はどのアルバムに収録されることもなく、当然のことながらCD化されることもなかった。
『墜ちた鳥のバラード』には他に『狂い咲き』のライブに収録されたものがあるが、ヘナヘナした演奏で聞くに堪えないものである。

どういう経緯でこの録音がなされたのか、同じメンバーで他の曲は録音されなかったのか等の詳細はわからない。
しかし、この演奏・歌が素晴らしいものであることは事実であり、傷だらけのドーナツ盤ではあるが、大切なコレクションである。

B面の『いくいくお花ちゃん』の演奏はアルバムと同じものであるが、こちらも素晴らしい。
1971年6月2/5/9日、ビクタースタジオでの録音。
唄:岡林信康、ピアノ:柳田ヒロ、ドラム:戸叶京助、ベース・エレクトリックギター:高中正義、アコースティックギター:鈴木慶一・和田博巳、コーラス:安田南・宇佐美じゅんこ・吉見佑子、ミクサー:梅津達男、ディレクター:田川律・柳田ヒロ・岡林信康

この豪華な顔ぶれをみて、あらためて岡林信康の存在の大きさを思い知るのである。
シングル盤ではコーラスが強調された感じで、ファンキーな曲に仕上がっている。高中正義のエレクトリックギターも格好良いが、柳田ヒロの素晴らしいピアノにまいってしまう。
エンヤトットも否定しないけど、こういう曲はもうやらないのかな、岡林。

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2006年5月20日 (土)

いのちの響き

Walter_2私はワルターのレコードをかけてみた。これは1960年、彼がマーラー生誕百年の催しがあった時、ヴィーンを訪れ、フィルハーモニーを指揮した折の実況録音である。
曲目はシューベルトの未完成交響曲とマーラーの第四交響曲、それからマーラーの管弦楽つき歌曲三つ、歌手はシュヴァルツコプフ。
音だけでいえば、昨今のレコードとは比較にならない。しかし、何たる演奏だろう!シューベルトも良いが、マーラーはもっと良い。こんな演奏は、もう二度とこの世に響くことはないのではないか。
耽美的陶酔的な演奏であるが、聴後、心の底から洗われたような後味が残る。至福のの状態への憧れの歌のようでもあり、実はその憧れの中に深い幸せが実現しているというのが正しい。

こういう音楽が存在し、それをこうした演奏できけるというのは、何という幸福だろう。私は、若いころにも、こういう経験をしたにちがいないけれど、レコードでこんな心地を味わったのはひさしぶりのことである。

このレコードのもとになった演奏会は、彼の恩人だったマーラーの百年祭にささげる演奏であるとともに、はしなくも、ワルター自身のヴィーンへの告別の音楽会ともなった。というのは、ワルターは、この翌々年の1962年の2月、八十五歳と何か月かで死んだからである。

周知のように、彼は、マーラーに招かれ、1901年から12年にかけ、ヴィーン帝室歌劇場首席楽長の職にあった。1876年生まれの青年音楽家にとって破格の名誉ある地位だった。しかしヴィーンは必ずしも彼にやさしくなかった。かつてモーツァルト、シューベルトに対し、そうして近くはマーラーに対してと同じように、ヴィーンには熱烈な支持者もいるかわり、猛烈な非難攻撃も欠けてなかった。特にマーラーやワルターの場合、当時のヴィーンのユダヤ人排撃を旗印とする陣営からの中傷誹謗には、異常なものがあった。それがどんなに彼を傷つけたかは、彼の回想記にもうかがえる。

「音楽の故郷であるこの国に、同時にあの憎しみの泉が流れていたことは、悲しいが、否認できぬ事実である。それが広い大衆に支持されていたことが、ナチを権力の座につける助けになった。心理学をないがしろにしない歴史家だったら、オーストリアの没落自体さえ、この国民の分裂、あれほど高い文化的気質とあれほど低劣野蛮な傾向との矛盾から説明しかねまい」(ワルター自伝)

そういうヴィーンに戻ってきて、天上の至福を謳う音楽をこんなに素晴らしく指揮して、別れを告げる。それが人間というものだ。



         吉田秀和「ワルターとマーラー」より

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2006年5月15日 (月)

悲劇への行進曲

Almaマーラーの楽曲を大きく特徴づけるものとして「行進曲」がある。
交響曲でいうと第1番の第3楽章、第2番の第1・第5楽章、第3番の第1楽章、第5番の第1楽章、第7番の第1楽章、「大地の歌」の第4楽章などを支配する要素は「行進曲」である。
歌曲においても「歩哨の夜の歌」、「少年鼓笛兵」、「レヴェルゲ(惨殺された鼓手)」、「運の悪いときの慰めっこ」など軍楽的な「行進曲」が数多く存在する。

マーラーの「行進曲」を代表する楽曲として1905年に作曲された「交響曲第6番」がある。
この交響曲は「悲劇的(Tragische)」という通称があるが、もともとはマーラー自身が名付けたものである。
その後この呼び名は削除されたが、イ短調で始まりイ短調で終わるこの楽曲には全体を通じて悲劇的な雰囲気が漂っている。
ベートーヴェンの「交響曲第5番」に代表されるように、暗(苦悩)を克服して明(栄光・勝利)をつかむというのが作曲家にとっての大きなテーマであり、事実マーラーにおいても他の交響曲では暗→明の流れで展開される傾向があった。
交響曲の終楽章には先立つ楽章の総括と結論が義務づけられているのである。
その意味で、この楽曲は例外的な展開であるといえるが、マーラーが用意した結論は前例のないスケールを備えていたことも事実である。

交響曲第6番は古典的な4楽章から成っている。
第1楽章(イ短調)は重々しい足どりの行進曲で始まる。
この第1主題は途中トランペットによる「イ長調→イ短調」のモットーを挟みながら軍隊風の展開をみせる。
一段落後に弦が大きく歌うような第2主題を奏でる。
これは「アルマの主題」と名付けられているが、マーラーの妻であるアルマ・シントラーのことである。
この主題は高く飛翔するような印象を与えるもので、やがて展開部にはいると天国的な鈴やチェレスタの楽句が挿入される。
これはこの交響曲における数少ない明の部分である。

第2楽章(イ短調)は第1楽章と同様のリズムで始まるが、すぐにスケルツォの展開になる。
コントラバスとティンパニに支えられてゴツゴツとした舞曲が奏される。
途中、再びこの交響曲のモットーである「イ長調→イ短調」が出現する。
第3楽章(変ホ長調)は歌曲のような美しい主題をもつアンダンテの楽章である。
稀代の旋律家であるマーラーの面目躍如といったところであるが、この主題の独自性についてはシェーンベルクが熱烈な賛辞を送っている。
陶酔と夢を繰り返し紡ぐようなこの主題は、実は第1楽章の「アルマの主題」と深く結びついているのである。
カウベルが遠くで打ち鳴らされ、現実離れしたようなこの甘い楽章は終わる。

第4楽章(イ短調)はマーラーの書いた楽曲の中でも最も複雑なものであり、この交響曲のクライマックスを形成するものである。
前の楽章の終わりから不気味な雰囲気の中でチェレスタやハープが不安感を煽るような分散和音を奏でる。
ヴァイオリンが高く叫びをあげて急速に落下し、長大な導入部が始まる。
後に現れる動機が派生しては消えていくうちに音楽は次第にエネルギーを蓄えていくかのようにゆっくりとボルテージを高めていく。
そして煽り立てるような中、提示部となり行進曲が始まるのである。
いくつもの主題が交錯し大きな盛り上がりを見せるが、ハンマーの強打が全てを沈黙させる。
その後再び音楽は勢いを取り戻すたびに破局を迎え、3度目の和音が全てを沈黙させるまで繰り返される。
この楽章だけで約35分間の演奏時間を要する。

この交響曲を書いた当時、マーラーはアルマとの結婚、長女の誕生と彼の人生においていちばん幸福な時期であった。
にもかかわらず破局への行進曲ともいえる楽曲を書いたのは何故であろうか。
予言とも言えるこの曲の完成2年後に長女は病死し、マーラー自身も心臓の病を医師に告げられる。
そして楽曲通りに3度目の打撃が彼自身の命を奪ったのは1911年のことであった。
ドイツにナチスが台頭し、軍靴の行進が街中に鳴り響いたのは更に先のことである。

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2006年5月 7日 (日)

JIMI HENDRIX

JimiBSでジミ・ヘンドリックスのワイト島ライブをやっていたので懐かしく見る。
ベースはビリー・コックスでドラムスはミッチ・ミッチェルである。
どうなんだろ、ものすごいプレイは此処では聞かれないけど、音を出しているだけで圧倒的な存在感を見せる。

ジミ・ヘンドリックスについてはもう語り尽くされているのであろうが、稀代のロック・ギタリストというだけではない、本物の芸術家である。
彼には表現すべき思いが常にあふれ出てくるので、たまたまギターを用いてそれを吐き出していたのであろう。
彼の演奏を聴いているとロックがどうだとかいうことは関係なく、ジミ・ヘンドリックスの音楽はこうなんだということだけがこちらに伝わってくる。
ステージ上で時折見せる苛立ちの表情が印象的であるが、彼自身、魂と外部の温度差にやりきれないもどかしさを感じていたに違いない。
ドラッグの服用は感覚を研ぎ澄ますため以上に内外の温度差を麻痺させる必要があったから故であると信じている。

それにしても、ジミ・ヘンドリックスのステージを見てあらためてロックの演奏形態の究極の形はトリオであることを認識した。
ちょうど、クラシックにおける弦楽四重奏のようなものである。
各々のパートは互いに補完し合い、また牽制し合い、ある時は戦いつつギリギリのバランスを保つことで演奏のダイナミックスを形成する。
3人ともがすごい集中を強いられる中でそれぞれの持ち味を生かさなければ存在感を埋没させてしまうのだから大変である。
演奏中にトリオのひとりがあちらの側に行ってしまうことが往々にしてあるが、残る2人は冷静に戻るのを待つこともあるし、エイヤッと全員で突き抜けてしまうこともある。
その辺の呼吸は演奏ごとに変わるのであるが、何にせよトリオの演奏は極めてスリリングである。
私にとっていちばん思い出深いライブはGFRが後楽園で演った豪雨の中のステージであるが、彼らもまたトリオであった。

ジミ・ヘンドリックスもジャニス・ジョプリンもジム・モリスンもみんな70年代に入ってまもなくこの世を去ってしまったが、マッチを一度に燃やしてしまうような人生だってアリだというしかない。
彼らに共通するのはイージー・リスニング的なものとは対極の音楽をやっていたことだけど、そういう音楽と真剣に対峙する場面がすっかり少なくなってしまっている。
毎日聞くのはしんどいかもしれないが、たまには自分の耳を痛めつけるような機会を持たなければ腑抜けになるかもしれない。

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2006年4月24日 (月)

ヴァイオリン協奏曲

Violinヴァイオリンは素敵な楽器である。
たとえばBOB DYLANのライブアルバム「HARD RAIN」でのスカーレット・リヴェラが情熱的に奏でるフィドル。
また、近年の井上堯之さんのAGのユニットで白濱櫻子さんが奏でるヴァイオリンの音色は楽曲に温かい陰影を与えているし。
ロック、ポップス等のジャンルを問わずヴァイオリン及びストリングスの活躍する楽曲は多彩である。

もちろんクラシックのジャンルにおいてヴァイオリンがメインとなる楽曲は星の数ほどある。
バッハの〈ニ短調パルティータ〉などは独奏ヴァイオリン曲として音楽史における最高の作品であろう。
私はこの中の「シャコンヌ」を聞いたときにはじめてバッハの何かが分かったような気がしたものである。
数あるCDの中ではヨーゼフ・シゲティの演奏によるものをお薦めしておく。

ベートーヴェンの〈ヴァイオリン協奏曲ニ長調〉。
もう大変に有名な曲であるからいまさら紹介するまでもないのだが、もしクラシックに親しみがなくて何か聞いてみようと思われる人のために・・。
私は小学生のころにベートーヴェンの交響曲を一通り聴いたあとで、他にも何かないかと思ってレコード店の廉価版のコーナーを覗いていたときにこの曲に出会った。
その時のレコードは誰が独奏していたか覚えていないが、ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団でクルト・マズアが指揮をしていたような記憶がある。
出だしの弱音で叩かれるティンパニに耳を澄ますと木管による優しいメロディが始まる。
このティンパニのリズムはこの楽曲を支配することになるのであるが、実に印象的な開始であり、一度聞いたら忘れることのできないものである。
その後オーケストラによる何度かの全合奏が続いた後、ようやくという感じで独奏ヴァイオリンが登場する。
そのまま天上に舞い上がるようなメロディを奏でた後にオーケストラと絶妙にからみながらこの長大な第一楽章は続くのである。

第二楽章にはいると音楽は一転して"祈り"となる。
子どもの頃は緩徐楽章が苦手で、どうしてもアレグロとか早い激しいテンポを好んだが、齢をとるにしたがってこうした好みも変化していった。
現在ではこの協奏曲でもゆったりとした第二楽章にいちばん惹かれるようになっている。
ベートーヴェン以前のヴァイオリン協奏曲では音楽がこうした"祈り"となることはなかった。
(もちろん宗教音楽であるミサ曲などは別であるが)
弱音器をつけたヴァイオリンと最弱奏で演奏されるオーケストラとの織りなす音楽は聞くものに現実を忘れさせる。

終楽章になるとテンポは快活な狩りのロンドとなる。
モーツァルト的でもあるこの楽章は非常に親しみやすいメロディーと繰り返しの妙によって、初めて聞いたときにはいちばん耳に残るはずである。
前の楽章で現実から超越してしまったベートーヴェンが、これではまずいと思って慌てて地上に降りてきたかのようである。
独奏ヴァイオリンも存分にその技術を見せつけながら走り去るようにこの曲を閉じる。

名曲だけにCDも種類は多い。
私はヘンリク・シェリング独奏、イッセルシュテット指揮、ロンドン交響楽団の演奏を好む。

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2006年4月22日 (土)

1971年7月28日

Kuruizaki1971年に日比谷野外音楽堂で行われた岡林信康のコンサートは「狂い咲き」というタイトルで、ちょっとサイケなポスターを黒田征太郎が制作した。
このコンサートは岡林信康が東京を離れて岐阜県下の農村で百姓をする直前に行われたもので、彼が発表してきた自作曲が曲目順に演奏された。
初期の曲は岡林のみの弾き語りで、「今日をこえて」以降の曲は柳田ヒロがピアノを、戸叶京助がドラムを、高中正義(!)がベースを、そして岡林がエレキギターを弾きながら歌われた。

この模様はURCレコードが3枚組のアルバムとして発売した。
やや緊張気味の岡林信康だが、バックが入ってからはかなりラフな演奏ではあるがそれなりにリラックスして演っている。
私はこのコンサートには行けなかったのだが、アルバムを聴いたときに、まるでBOB DYLANの「SELF PORTRAIT」に収録されているワイト島でのライブみたいだなと感じたものである。

さて、後年CDになって再発売された「狂い咲き」であるが、アコースティックで演られた最後の曲がなぜかカットされていた。
レコードではしんみりと「手紙」が歌われたあとに、この曲ががらりと雰囲気を変えて、そのままバックメンバーの紹介→「今日をこえて」という良い感じの流れを作っていたので、CD化に伴うカットは非常に残念でならない。
それが「ヘライデ」という曲である。

※ヘライディ ライディ ライディ
 ヘライディ ライディオ
 ヘライディ ライディ ライディ
 ヘライディ ライディオ

(さわりの部分だけ・・)
皇太子殿下がトイレにいる時 美智子妃殿下がこう言った
あなた早く ・・・交代してんか
※REPEAT

(続編を・・)
さいそくしたのにまだ出てこない
あなた早く ・・・出んか
※REPEAT

(ある時、立場が逆になりまして美智子妃殿下がトイレにはいってなかなか出てこないという状況を想像して下さい)
さいそくしたのにまだ出てこない
そんなに腹の具合でも ・・・ひでぇんか
※REPEAT

(いよいよ結論です)
天皇さまが散歩をしててオナラをしたら
びっくらこいた皇后さまは ・・・へいか
※REPEAT

(おまけを・・)
美智子妃殿下が浩宮さまにこう言った
トイレはなるべく早く ・・・しろのみや
※REPEAT

歌詞だけ書いてしまうと身も蓋もないが、こういう歌を歌わせた時の岡林信康の芸達者ぶりは彼のコンサートに行ったことがある人ならお判りだと思う。
まあこれじゃあカットされても仕方がないか・・・(・ω・)φ

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2006年4月15日 (土)

癒えィ!

2006041203昨日のブログのタイトルは『残念な三年』のほうが良かったかもしれないと思いつつ、先日のライブのことを書く。
場所は何度か紹介させていただいている自由が丘の「マルディグラ」。
e-ha?のベーシストである、やまだなおこさんが参加するセッションであった。
メンバーはなおこさん以外は初めて・・と思いきや、キーボードを担当していた籠島裕昌さんはかなり昔に速水清司さんのライブをサポートしてもらったことがあったのを思い出した。
仕事をPM7:00前に片付けてからミズスマシのようなスピードで自由が丘の駅に向かった。
方向オンチは直っていないが、自分の思う方と逆に進めば正しいことを悟っているので会場までは一直線に辿り着いた。
まるで自分がアメンボになったような気がした(うそ)

会場にはいるとすでに結構混み混みな状態。
マスターに名前を呼ばれてどぎまぎしているとカウンターに案内されて座った。
メニューを渡され、ココナッツミックスジュースを頼んだ。
きょうはノン・アルコールと決めていたのである。
少しゆとりが出て会場を見回すと、若い人が多い。
しかし!私より明らかに年配の観客を一人見つけて安心したのであった。

ほどなくメンバーが入場。なおこさんも入場。
知っている顔を見るとホッとする。
籠島さんも入場、9年前と変わらぬ童顔であった。
2曲ほどインストを演ってから一人目のヴォーカルが紹介された。
宇江田テツヤさんという人で、アコギを抱えての演奏。
外見はとっぽいがなかなか上質のPOPを聞かせる。
数曲で結構身体がほぐれてきた。

休憩時間になおこさんと少し話す。
最初にe-ha?で見たときには一番話しづらい人なのかと思っていたのだが、とんでもない誤解であった。
ミュージシャンには希有な常識と生真面目さを持っていて、なおかつ優しい心の人である。
いつもありがとう。

後半にはいって二人目のヴォーカルはAKKOさんという女性であった。
ジャクソンファイブのカバーから始まった彼女のステージはまろやかな感じ。
バックの演奏もキーボード主体の穏やかなもので、癒される。
おそらくファンキーな曲をガンガン歌える人なんだろうけど、敢えて抑えめに歌っているのがとても良い感じである。
で、最後に宇江田さんも交えてアンコール曲。
ステージには6人のミュージシャンがそろったわけだが、「マルディグラ」の店を知る人にはこの人数が大変な状態であることが判るであろう。

で・・一昨日のブログにあるとおり、脱兎のごとく帰宅した。
また行くぜぃ(・ω・)!

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2006年4月10日 (月)

DAS LIED VON DER ERDE

Chinesische孟浩然の『春暁』という有名な漢詩がある。

春眠不覚暁 処処聞啼鳥
夜来風雨声 花落知多少

1行目の「春眠暁を覚えず」が朝寝坊の言い訳みたいに使われているこの漢詩であるが、高校生のときにこの漢詩を習った際に作者の孟浩然という名前におやっと反応してしまったことを思い出す。

小学校5年生のときにワルター指揮のマーラー『大地の歌』を買ってもらった。
(名盤の誉れ高い1952年の録音ではなく、1960年のニューヨークフィルとのステレオ盤でアルトはミラーが歌ったものであった)
これが私にとっての初めてのマーラーであった。
わくわくしながら針を落とすと出だしのホルンの強奏から圧倒された。
上昇と下降を繰り返す管弦楽にのってテノールが朗々と歌い出すのは「現世の悲嘆を歌う飲み歌」であり、原詩は李太白によるものであった。
バースごとに繰り返される「生は暗く、死もまた暗い」の歌詞には強い印象を受けたものである。

『大地の歌(DAS LIED VON DER ERDE)』はハンス・ベトゲによる漢詩の独訳集「シナの笛」に基づいて1908年に書き上げられたマーラーの"交響曲"である。
順番では本来は第9交響曲となるはずであったが、前年に医師から心臓に重大な欠陥があることを示唆され自らの死に対して過敏になっていたマーラーは、先達であるベートーヴェンやシューベルト、ブルックナー等が9曲の交響曲でその生涯を終えたことから敢えてこの曲を第9と名付けなかった。

曲は6つの楽章から成り、奇数楽章はテノール独唱、偶数楽章はアルトが独唱を受け持っている。
第1楽章:現世の悲嘆をうたう飲み歌
第2楽章:秋の中で孤独な人間
第3楽章:青春について
第4楽章:美について
第5楽章:春の中で酔えるもの
第6楽章:告別
ドイツ語で歌われる歌詞は漢詩のニュアンスを残しつつ厭世感を漂わしているし、曲調もところどころに効果的に使われている五音階が東洋的な香りを醸し出している。
圧巻は第6楽章で全曲の半分近い長大な曲であり、現世との別れがアルト独唱で切々と歌われる。
この楽章の原詩が孟浩然と王維によるものであった。
「永遠に、永遠に・・」という歌詞で終わるこの曲を聴き終えたときに私が感じたものは救いようのない絶望感と灰色の世界であった。

その後マーラーを聞きこんでいったが、この『大地の歌』と『第9交響曲』とが双生児のような関係であることがわかってからは尚更「告別」の重要性が理解できた。
さらに吉田秀和氏の著作から、この曲とベートーヴェンのピアノソナタ「告別」との関連性を知らされてからは作曲家マーラーにより興味を持てるようになった。
時代は違ってもドイツ音楽の底流を流れているものは脈々と受け継がれているのである。

前述したワルター指揮、ウイーンフィルの1952年録音盤はキャスリーン・フェリアーのアルトが素晴らしいが、テノールのパツァーク私は好きじゃない。
バーンスタイン指揮、ウイーンフィルの1966年録音盤ではフィッシャー・ディースカウがアルトのパートを歌うのだがなかなか面白く聴ける。
一番お気に入りはクレンペラー指揮、フィルハーモニアの1966年盤でヴァンダーリヒのテノールもルードヴィヒのアルトも素晴らしい。
クレンペラーのテンポも悠久の大河を思わせる堂々たるものである。

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2006年2月20日 (月)

第十交響曲

gmマーラーの残した最期の作品は「第十交響曲」である。
しかしこの曲は作曲者の手によって完成されることはなかった。
第一楽章のアダージョこそほぼ完全な形になっているが、その他の楽章は断片的なスケッチで残されたまま、マーラーはこの世を去ってしまったのである。
シューベルトの「第八交響曲」やブルックナーの「第九交響曲」とならんでマーラーのこの交響曲も”未完成”なのである。

私が常々不思議に思っていることは、古典の作曲家たちに見られる晩年に向かうほど作品が深みを増していく傾向である。
ベートーヴェンで言えば晩年のピアノソナタ、弦楽四重奏、第九交響曲は彼の芸術の頂点に位置するものである。
もちろん、中期の「第三交響曲」、「第五交響曲」、ラズモフスキー弦楽四重奏などが優れていることを否定する気は毛頭ない。
しかし芸術の純度という点においては晩年の作品に及ばない。

若くして天才ぶりを発揮したあのモーツァルトでさえ、晩年の「レクイエム」、「クラリネット協奏曲」、「ピアノ協奏曲」、最期の3曲の交響曲は彼の作品の最良のものである。
同じく早逝したシューベルトも「第九交響曲」、ピアノソナタ、「冬の旅」などの作品には31年の生涯の集大成が見られる。
またフォレやバルトークらの晩年の作品も彼らの高い到達点を示しているものである。

マーラーの「第十交響曲」は、しばしばその第一楽章だけを取り上げて演奏される。
これは不思議な音楽である。

ヴィオラのソロで開始されるという交響曲らしからぬ導入を経て、薄い大気の中を漂うように旋律が繰り返されていく。
ところどころで楽器の数は増えていくのだが、合奏を拒否するように急速にフェイドアウトを繰り返す。
曲の後半、恐ろしいばかりの強奏があるが、地獄の深淵を垣間見させられたような感覚を覚える。
私は最初にバーンスタインの指揮でこの曲を聴いたのだが、本当に恐ろしかった。

本来の構成は五楽章からなるこの曲はイギリスのデリック・クックによって全体像が組み立てられた。
クック版として何人かの指揮者が録音しているが、他人の手が入っていることをさしおいても壮大な建築物であることは認めざるを得ない。
特に第五楽章(フィナーレ)のラストの太鼓の強打にはマーラーがこの曲を通して訴えているのが”生への賛歌”であることがわかり、聴き手の胸を打つことであろう。

サイモン・ラトルやジェームズ・レヴァインなど聞いたが、私が一番好きなのはクルト・ザンデルリンク指揮、ベルリン交響楽団の演奏のもの。
曲に耽溺しすぎていないので全体像がつかみやすいからである。

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2006年2月10日 (金)

君に捧げるラブ・ソング

room川仁忍という写真家がいた。
1945年生まれの彼は日大芸術学部在学中にドヤ街の労働者を撮ったドキュメンタリーで日本写真家協会新人賞を受賞したが、1979年にまだ34歳という若さでこの世を去った。
彼は1968年に岡林信康と出会い、死の直前まで彼の写真を撮り続けた。
それが川仁忍のライフワークであった。
二人は被写体とカメラマンという関係を超えて親交を深めていった。

クモ膜下出血で倒れ、病床にあった川仁忍を見舞った岡林信康は何も言えず、ただ立ち尽くすのみであったが、その思いをひとつの歌にした。
1979年のアルバム『街はステキなカーニバル』に収録された「君に捧げるラブ・ソング」がその歌である。
ちなみにこのアルバムのジャケット写真は、医師から止められていたのもかかわらず
「(岡林の写真は)自分が撮る」と言ってきかなかった川仁忍によるものである。

悲しみにうなだれる 君を前にして
そうさ何も出来ないでいるのがとてもつらい
せめて君の為に歌を書きたいけど
もどかしい思いはうまく歌にならない
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブ・ソング

君の痛みの深さは わかるはずもない
何か二人遠くなる 目の前にいるというのに
そうさ僕は僕 君になれはしない
ひとり戦うのを ただ見つめているだけ
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブ・ソング

二人はためされてるの 君は僕の何
これで壊れてゆくなら 僕は君の何だった
何も出来はしない そんなもどかしさと
のがれずに歩むさ それがせめてもの証し
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブ・ソング
今 書きとめたい歌
君に捧げるラブ・ソング

PS. 1991年、川仁忍の写真と岡林信康の文による『伝説 信康』が小学館より発行されたが現在は絶版となっている。

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2006年2月 5日 (日)

One Soul

sakura節分の日、この日は速水清司さんの55回目の誕生日で、久しぶりに銀座TACTでライブがあった。
日中は風もなく穏やかな陽気であったが、夕方から吹き出した北風はあっという間に東京を冷蔵庫のような街にしてしまう。
会社を出てから駅に向かう途中でも沢山の植木鉢が倒れているのを見かけた、自分の歩いているそばに倒れている場合は起こしてあげたが、その後はどうなったやら。

銀座の街はやっぱり寒かった。
開場時間は過ぎていたのでどんどん歩いてTACTに到着。
いつものEOS20Dは持ってこられなかったので、常時持ち歩いているGRDでステージ写真を撮らなければならない。
さすがに最後部に座ることは無理なので、最前列に席を取る。
お腹が空いていたのでカレーを頼んで席で待っていると、速水さんが来てくれた。
私は事情あって前半で中座することを伝えた。

ライブが始まり、前半途中で誕生日のセレモニー?があって、ゲストの紹介。
ドラムスの高杉さんの娘さんでタップダンサー&マジシャンのSAKURAさん。
まだ20歳だというが、小さくて元気な娘さんだ。
メンバーからというケーキにキャンドルを灯しての入場で、速水さんが皆に祝福されつつ火を吹き消した。
それからSAKURAさんのステージ。
タップダンスをやりながらのマジックにやんやの喝采を受けていた。
速水さんも大喜びの様子で、続く「約束」はSAKURAさんも交えての演奏。
なんともファミリーな感じで温かい。

この日、速水さんはタイガースの「花の首飾り」、テンプターズの「エメラルドの伝説」を演奏した。
そして「この歌がヒットしていた当時、自分もバンドをやっていて、何くそと思ったものです。その後、縁あって何くそと思っていた人たちと一緒にやることになったのは不思議なことです。井上バンドでは沢田研二さんのバックを、そして萩原健一さんとは長いことやるようになって....」
速水さんなりに様々な葛藤もあっただろうが、誕生日をむかえて回想する場面もまた様々であったと思う。

前半が終わり、速水さんと握手をしてから会場を出た。
来たときよりは外の気温は下がっていたのだろうが、すこしパワーをもらったせいか温かく感じた。
帰り際にTACTのマスターが「萩原さんのDVD、すごい楽しみですね!」と言っていたっけ。

帰宅後、画像のチェックをしたが、あまり冴えない。
GRDはスナップには最適だけど、暗いライブ会場ではちょっと力不足だな。
(って、実は私が力不足なのかも)
来月3日には赤坂でアコースティックのトリオでのライブがある。
前回は「瀬降り物語」や「前略おふくろ様」の音楽を聴かせてもらえたが、今度はどのような趣向だろうか。

ライブの前に一度ミーティングをした際、速水さんは言っていた。
「反戦とかメッセージソングを自分が歌っても、ダイレクトには聴き手に伝わることはない。自分はもっと単純なメッセージを発信していきたい」
楽しく、明るく、元気を出して、希望を持っていこうと。
それが"ONE SOUL"だと速水さんは言う。

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2006年1月27日 (金)

セレナーデ

serenade世間ではピンク・レディーが圧倒的な支持を得ていた1978年に、岡林信康がリリースしたアルバムが『セレナーデ』である。
ジャケット写真は妙に格好を付けたポーズでタバコを燻らす岡林のショット(煙でむせているようにも見えるが)。

このアルバムは発表当時ひどい評価をされていた。
とりあえず収録曲を列挙してみると
side A
1.ベイビー・ワン・モア・チャンス
2.メイキャップお嬢さん
3.淋しき街角
4.ミッドナイト・トレイン
5.オリビアに
side B
1.新説SOS
2.スーパー・トンデル・レディー
3.ミッドナイト・トレイン TAKE2
4.セクシー・ナイト・フィーバー
5.セレナーデ

当時の歌謡曲を茶化したようなタイトルは正直「何?」という気がした。
「新説SOS」などは歌詞もパロディである。

狼なんかじゃありません 男は悲しい生き物よ
騙したつもりが騙されて 摑んだつもりが檻の中
おいしい話は疑って 納得いくまでジックリと
このひとだけは大丈夫 そんな気持がああ甘い
ダメ!ダメ!ダメダメよ!
SOS SOS ほらほらどこかで呼んでいる
今日もまた誰か 世間の晒し者.......

(・ω・)"

参加ミュージシャンを見て驚いた。
ビックリの豪華メンバーである。
key.羽田健太郎・大原繁仁・栗林稔
bass.後藤次利・小原礼・武部秀明
drums.林立夫・森谷順・島村英二
e-guitar.芳野藤丸
a-guitar.吉川忠英・笛吹利明
per.穴井忠臣
horn.羽鳥幸次・数原晋・新井英治・村岡建・ジェイク・H・コンセプション
cho.タイムファイブ・ミンツ・梅垣達志・尾形道子・槇みちる
ohayashi.堅田社中
strings.多グループ
こんなぐあいである。すごいでしょ。

サウンドは洗練されていてもはや歌謡曲アレンジに近いものがある。
既存の岡林ファンが嘆いたこともわからないでもないけど。
パロディっぽい曲はともかく、岡林の最良の曲もこのアルバムには収録されている。
side A-3の「淋しき街角」はその最たるものである。

雨に打たれ うなだれて 泣きたいような朝
立っているのが 不思議さ
おれはいまも ひとりだぜ

失くして初めて 知った きみにしがみついて
おれはやっと 歩いてた 
今ではもう 遅すぎる

芳野藤丸の鋭角的なギターが印象的なこの曲の恰好良さは岡林の全作品中でも最高である。
そのころ山城新伍が司会をしていた深夜番組にセイルボートをバックに従えた岡林が出演し生演奏を聴かせてくれたことがあって、その時はギターではなくフィドルがリフを奏していた。
その姿はディランのローリング・サンダーレビューを彷彿とさせるものであった。
現在のエンヤトット・ヴァージョンの「淋しき街角」も悪くはないが、この曲の都会的な感覚は少々失われてしまったように思われる。

またside A-4, side B-3で異なったヴァージョンが聴かれる「ミッドナイト・トレイン」はミディアムなテンポの素晴らしい歌である。
side A-5「オリビアに」はリリカルな秀作で歌詞が素晴らしい

淋しいくせに なぜ隠す 会いにくれば いいさ
いつも電話で強がって きみはやってこない
そうさきみはうまくやったさ いまじゃ丘の上に
でもそこは風が強いだろう
おれは此処にいるさ

アルバムの中に並ぶ 幼い顔がある
遠い日のあの微笑みを きみは置き去りにして
追われる者のように今日も 走り続けるけれど
ふり向けばすぐに見えるはず
おれは此処にいるさ.....

復刻されないのかな(・ω・)ξ

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2006年1月22日 (日)

LIVERY UP YOURSELF

bus"BOB"といえばまずボブ・ディランを思い浮かべるけど、もうひとり私にとって大事な人がいた。
本名Robert Nesta Marley、そうボブ・マーリーである。

多くの人と同様、最初に彼の存在を知ったのはクラプトンがカバーした「I Shot the Sheriff」であった。
クラプトンのヴァージョンではリズムよりメロディのほうが強調されていたので、いわゆるレゲエとしてこの曲を聴いたわけではなかった。
ポップでキャッチーなヒット・チューンだなって思っただけであった。
しかし曲の大ヒットはオリジナルをいやでも意識させることになり、ボブ・マーリーの名前は世界中に知られることになった。

1975年のロンドン公演を収録した『LIVE!』は今なお不滅の名盤であろうが、初めて聞いたときには正直言ってそれほど感心しなかった。
幼い頃からクラシックに親しんできたせいであろうか、音楽に対する私の姿勢は常にメロディ重視であった。
細野晴臣さんの言葉を借りればそういう聴き方は「頭で聞く」スタイルであって、それはそれで良いのかもしれないが、レゲエはそういう聴き方をしていても理解できる種類の音楽ではない。

レゲエのリズムは心臓の鼓動と同じく2ビートである。

本当にボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズが解ったのは1978年のライブアルバムである『BABYLON BY BUS』を聞いてからである。
世評的にはロック色が強いとかであまり良い評判ではなかったようであるが、このアルバムの、特に最期の3曲に受けた感銘は忘れがたい。(レコードだと2枚組だったのでSIDE4であった)
時間も場所も超越してステージと一体化していく自分を発見して驚いたのである。

それから時間を遡って、私はボブ・マーリーを体験していった。
『KAYA』以前のアルバムに見られる泥臭い感覚も、抵抗なく受け入れることが出来た。
そうなると『LIVE!』の、特に「No Woman No Cry」がどんなに感動的な演奏であるかが理解できた。
「Get Up, Stand Up」が沢田研二や萩原健一に大きな感銘を与えたことも素直に受け入れることが出来た。
もちろん、おそらく自分自身の命が限りあるものだと感じだしてからだと思うが、メッセージ・ソングからラブ・ソングへと変換していった後期のボブ・マーリーもとても感動的である。
「One Love」「Is This Love」等の曲は人類愛を歌い上げたすばらしい曲である。

なんで36歳で死んじゃったんだろう。

気分がマイナーになったときはボブのメッセージを聞いて頑張ろう。

「元気を出せよ、いやとはいわせない
 うじうじするなよ、この俺が言ってるんだからさ
 元気を出せよ、つまらない奴にはなるな
 もっと元気を出せよ、レゲエってやつはイケてるぜ」

            (LIVERY UP YOURSELF 山本安見;訳)

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2005年12月14日 (水)

美しい島

671BOB DYLANの11枚目のアルバムは1970年の6月に発表された。
例の自伝『CHRONICLES』の中にこのアルバムについて記述された部分があるが、それは恐ろしく簡単なものである。

「わたしは二枚組のアルバムを発表した。思いつくものは何でも壁に投げつけ、壁にくっついたものはすべて発表する。壁にくっつかなかったものをかき集め、それもすべて発表する。そういうアルバムだった。」(訳/菅谷ヘッケル)

このアルバム『SELF PORTRAIT』は発表当時、批評家たちによって酷評された。
前作の『NASHVILLE SKYLINE』では従来と全く異なる鼻にかかった声で甘いカントリーソングを歌うDYLAN に戸惑いつつも、アルバムを支配していたのはDYLANの自作曲であったことから渋々容認してきた批評家たちも、ほとんどの曲がトラディショナルや他人の曲で占められたこのアルバムには極めて冷淡であった。
日本で発売された際も、ライナー・ノーツを書いていた中村とうよう氏はDYLANにあきれて見放したくなったという主旨のことを書かれていた。

この時期DYLANは自らの伝説を破壊することに躍起になっていた。
自身が想像もつかなかった影響力を持ってしまったこと、BOB DYLANという名の虚像が一人歩きをしてしまって本人とのギャップが広がっていくことへの恐怖からであろうか。
『CHRONICLES』にはその辺の事情が回想されているが、書いているのがDYLAN故に鵜呑みにはできない。
しかし、モーターサイクル事故以来、世間から身を隠していたDYLANは『THE BASEMENT TAPES』に見られるようにトラディショナルへの回帰と、より単純な歌への(歌詞も含めて)レイド・バックを志向するようになっていた。

アルバムに収録された24曲はヴァラエティに富んでいる。
インストゥルメンタルあり、ワイト島でのライブあり、カントリーっぽい曲あり,,,,,,
現在ではCD1枚におさまっているこのアルバムを通しで聴いていると、歌好きなひとりのシンガーであるBOB DYLANのまさに”自画像”が浮かび上がってくる。
私にとっても、歌詞カードとにらめっこしないで済む唯一のDYLANのアルバムであり、単純に音楽として楽しめる1枚である。

そんな『SELF PORTRAIT』の中の珠玉の1曲が"BELLE ISLE"である。
美しい娘が自分を残して去ってしまった若者と再会する寓話のような単純な歌詞であるが、流れるようなメロディーにのせて実に誠実にDYLANは歌っている。
登場人物のセリフのやりとりが歌詞にあるのだが、感情を込めすぎることなく淡々と歌われるのでよけいに切ない気持ちにさせられる。
たった2分あまりの短い歌であるが、いつまでも心に残る作品である。
1974年の『PLANET WAVES』の"HAZEL"につながっていく歌だと個人的には思っている。

I've known you're a maid I've loved dearly
  and you've been in my heart all the while;
For me there is no other damsel than
  my bloomin' bright star of Belle Isle.

この曲と、すばらしい"She Belongs to Me"のライブ・ヴァージョンが収録されているだけでも価値のあるアルバムだと思っている。

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2005年12月12日 (月)

Heart of Stone

Stoneビートルズとストーンズ、どちらが好きと聞かれれば、ためらうことなくストーンズと答えていた。
多分、今でも。

洋楽を聴き始めたころ、周囲の環境は圧倒的にビートルズ派が占めていた。
だが、当時(1969年)すでにビートルズはほぼ活動に終止符を打とうとしていたし、そのころはまだ私の中では単なる知識に過ぎなかったディランも、モーターサイクル事故のあとで休止状態だった。
一方、ストーンズはこの年に彼らの最高傑作アルバム『Let It Bleed』を発表している。
前にも書いたが、大阪の従兄弟が大のストーンズ・フリークで、彼がとにかく薦めたのがこのアルバムであった。
アルバム1曲目の"Gimme Shelter"のスリリングなイントロから、ラストのロンドン合唱団をバックに感動的な盛り上がりを見せる"You Can't Always Get What You Want"まで一気に聞かせ、聞き終わったあとの火照り感がなんともいえない。
なかでも私のお気に入りは"Momkey Man"で、ニッキー・ホプキンスのピアノも恰好良くて、ミック・ジャガーの犬の遠吠えのようなヴォーカルも素晴らしい。

これを機にストーンズの過去のアルバムを次々に買っていった。
『After Math』は初期のアルバムで一番好きなもの。
アルバムを通して聞くと単調な曲が続いたりして、何だかなぁと思うのであるが.....
"Under My Thumb"と"Out Of Time"の2曲がとにかく良いので。
ライブ盤の『Got Live If You Want It !』も演奏は粗いものの"The Last Time"でのミックとキースのコーラスや、"Have You Seen Your Mother,Baby,Standing Shadow?"のエキサイティングな演奏が格好良い。
『December's Children』や『Between the Buttons』は地味だけどトータル的にはまとまった好アルバム。

しかし、1968年の『Beggars Banquet』でストーンズは未知の世界に入っていく。
サウンドはアコースティック色が強くなっているにもかかわらず、ザラザラ感はより一層強調されて、ストーンズならではという音楽がアルバム全体を支配している。
1曲目の"Sympathy for the Devil"でのパーカッションから呪術的なこのアルバムの世界に引き込まれる。
暴力的な"Street Fighting Man"や妖しさ漂う"Stray Cat Blues"を経て、ラストの"Salt of the Earth"では遥か雲の上から見下ろすような気配が感じられてゾッとさせられる。

1969年に発売されたライヴアルバム"Get Yer Ya-Ya's Out"は最高のライブアルバムだ。
バンド紹介のアナウンスに続いて"Jumpin' Jack Flash"が始まると、アドレナリンが大量に分泌される。
キースのチャックベリー・フリークぶりが発揮される曲”Carol","Little Queenie"もあり、9分にも及ぶ"Midnight Rambler"の熱演も良いが、何と言ってもこのアルバムのハイライトは"Sympathy for the Devil"だ。
『Beggars Banquet』のヴァージョンよりずっとロックを感じさせるこの演奏は、新加入したミック・テイラーのギターが冴え渡りストーンズのベスト・テイクの1曲となった。

LONDON時代のストーンズはここまでである。
シングルを売らなければならなかった1960年代から、独自の音楽性を確立できるまでの軌跡は険しいものだったけどホットでエキサイティングだった。
中心メンバーだったブライアン・ジョーンズは60年代の伝説とともに死んでしまった。
その後、例のファスナー付きジャケットで話題になった"Sticky Fingers"が発売になり、私もリアルタイムで予約購入できるところまで追いつけたのであった。

続きはまた。

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2005年12月 5日 (月)

復刻!戸川純

guernicaつい先日、萩原健一さんのDVDが2枚同時にリリースされる(しかもうち1枚は武道館ライブ!)という驚きの告知をいただいたばかりのHMVからのメールマガジンであったが、今週末もまたまた驚かされた。
題して、”戸川純関連、紙ジャケ限定復刻!”。
以下、リリースされる9枚のCDについて簡単に紹介させていただこう。

まず、1982年リリースのゲルニカ『改造への躍動』。
戸川純の実質的なデビューアルバムであり、上野耕路(key)とのデュオで懐古趣味あふれるメロディと可憐な歌声が奇妙な現代性を醸し出す。
2003年の『ゲルニカBOX』にも復刻収録されているが、今回の紙ジャケはこのアルバムの大きなセールスポイントになるはずである。

『玉姫様』が復刻されることに歓声を上げる人も多いだろう。
1983年にリリースされた衝撃的なアルバム。
ほとんどの楽曲がエレクトロニクスのバックであるにもかかわらず、当時流行りのテクノポップにはならず、血と肉を感じさせるところが戸川純の歌唱のすごいところである。
当時”夜のヒットスタジオ”に出演した戸川純(背中に羽をつけていた)にほとんどの出演者が戸惑っていたことが思い出される。
タイトル曲をはじめ、「蛹化の女」「隣の印度人」「諦念プシガンガ」等の代表曲が収録されている。

『裏玉姫』は1984年に”カセットテープ”でリリースされたライブアルバム。
バックはヤプーズでラフォーレ原宿での収録である。
「ベイビーラブ」「涙のメカニズム」等のリリカルな曲、「電車でGO」を経てラストの「パンク蛹化の女」でアナザーワールドに飛び込む戸川純に魅了される。

『極東慰安唱歌』は1985年に細野晴臣が中心となって制作された”戸川純ユニット”としてのアルバム。
バタイユの小説からタイトルを取った「眼球綺譚」をはじめ「戸山小学校校歌」やプッチーニの「ある晴れた日に」等ヴァラエティに富んだワールドミュージックが展開する。

同じく1985年リリースの『好き好き大好き』は戸川純のアイドル性にスポットを当てた作品。
ポップな曲調・アレンジではあるが、辛辣な歌詞と変幻自在な歌唱に翻弄される。
名曲「さよならを教えて」「オーロラB」等。

『東京の野蛮』は1987年のリリースで、いわゆるベストアルバム。
ライブでお馴染みであった「母子受精」「レーダーマン」はこのアルバムにのみ収録されている。

『超時空コロダスタン旅行記』は1984年リリースで、アポジー&ペリジーのクレジットになっているが、細野晴臣とYENレーベルのオムニバスである。
ちなみにアポジー&ペリジーとは当時のニッカウィスキーのCMキャラであるロボットの名。
アポジーは三宅裕司が、ペリジーは戸川純が担当している。
こんなレアなアルバムが復刻されることは驚きである。

『Music For Silent Movies』は上野耕路の1985年のアルバムで全編インストゥルメンタル。
マン・レイ、マルセル・デュシャン等の現代美術作家による無声映画に音楽をつけるという企画で作られた。
相当にマニアックな作品であるが、メロディは温かく、美しい。

『B.G 〜neo Working Song 〜+』は戸川純の妹であり、2002年に自殺してしまった戸川京子の作品。
1984年のデビューシングル「悲しみはリアルすぎて...」と1986年リリースのミニアルバム(全編、作詞=泉麻人、伊藤銀次=作曲)を一枚に収録。
お姉さんと違って、正統派のガールポップであり、少しテクノティストが入った感じ。
しかしこのアルバムの復刻も何故?という気がしてならない。

以上9作品はいずれも2006年2月22日の発売予定となっている。
(萩原さんのDVDと同じ日ですな)
ちなみに2月22日は私の妹の誕生日であり、「愛してタモレ」の谷啓さんの誕生日でもある。

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2005年11月21日 (月)

SYMPHONIE FANTASTIQUE

SABBAT私が敬愛する吉田秀和氏のエッセーの中にパリについて書かれたこんな一節がある。
<このまちには「規則は規則。だが、それはあくまで自分たちの便宜のためにある。それをいつどう守るかは、自分で判断することだ。やりそこなったら、それはおれの責任。余計な干渉はしてほしくない」という精神のながれているのがわかる>
フランスの文化がヨーロッパの他の国ともアメリカとも全く異質なのには、「自由」にたいするこうした意識があるからだろう。

ルイ・エクトル・ベルリオーズは19世紀前半の作曲家である。
アレクサンドル・デュマやヴィクトル・ユーゴーらと親交があり、フランスのロマン派芸術を代表する彼の代表作である『幻想交響曲』は今でもオーケストラのレパートリーにあがる名曲である。
ベルリオーズは管弦楽法に長けており、絵画的とも称されるほどの描写力は「標題音楽」の確立に大きな力となった。
ずば抜けた音楽性と燃えるような情熱はまさにロマン派の面目躍如というところだが、一方では作曲技法に不器用なところがあり(特に和声)、作品にはムラも多い。

私がはじめてベルリオーズを聞いたのはシャルル・ミンシュ指揮、ボストン交響楽団による『幻想交響曲』であった。
たしか1969年で、同じくベルリオーズ作曲の序曲『ローマの謝肉祭』が同じ盤に収録されていた。
ミンシュはその前年にアメリカで巡演中に客死していて、追悼記念盤だったように記憶している。
これは素晴らしいレコードだった。

『幻想交響曲』には副題として「ある芸術家の生活のエピソード」とある。
失恋の痛手を癒すためにアヘンを服用した1人の芸術家が見たさまざまな幻覚が色彩感覚豊かに描かれている。(もちろん芸術家とはベルリオーズ自身を指すのだが)
この交響曲は5つの楽章を持ち、それぞれに標題がつけられている。
また、全曲を通して固定観念と呼ばれる旋律が何度も現れるのだが、これは1人の女性を表しており、彼女が現れる場面に応じて様々な形を取って演奏される。
第1楽章「夢・情熱」の導入部の儚くやるせない響きからこの交響曲は始まる。
狂おしい情熱の中で現れる彼女の旋律。
続く第2楽章では一転して場面は「舞踏会」になる。
優美なワルツが流れる中、その踊りの中に一瞬彼女が見えたのであろうか、しかしすぐにかき消されてしまい目くるめくワルツは続くのであった。
寂しい「田園の風景」が描かれる第3楽章。
イングリッシュ・ホルンとオーボエとのもの悲しい掛け合いがあり、遠くに雷がこだまする。
第4楽章では主人公は処刑を命じられ、「断頭台への行進」がはじまる。
処刑間際に頭をよぎる彼女の思い出はギロチンによって断ち切られるのであった。
主人公は地獄に堕ちたのであろうか?
第5楽章「サバトの夜の夢」は地獄のロンドである。
ここで現れる彼女の姿はもはや優美なものではなく、グロテスクで滑稽な旋律で演奏される。
グレゴリオ聖歌の「怒りの日」の旋律が効果的に使われ、阿鼻叫喚の様相の中でこの曲は幕を閉じる。

音楽が何かを表現しようとするときにベルリオーズが取った「標題音楽」という手法は聴き手の理解を助ける一手段である。
もちろんそのためにイマジネーションを限定してしまうというマイナス面もあるが、こと『幻想交響曲』においては音楽が勝っていることもあって優れた作品になっている。
ミンシュの指揮は同国人であるベルリオーズやラヴェルの作品では艶やかで色彩あふれる素晴らしさを発揮している。
名盤の誉れ高いオルケストル・ド・パリとの『幻想交響曲』よりも、私はボストン交響楽団とのレコードのほうが好みである。

ベルリオーズ以降、フランスではクロード・ドビュッシー、モーリス・ラヴェル、エリック・サティ等の個性的な作曲家たちが活躍した。
ドイツ・オーストリア系の伝統ある音楽家たちとは異なる流れがここ「自由」の国では存在したのである。

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2005年11月13日 (日)

QUADROPHENIA

jimmyTHE WHOの『四重人格(QUADROPHENIA)』がリリースされたのは1973年で、私は中学生であった。
実はそれより前に『TOMY』を聴いてかなりガッカリしていたので、このアルバムにも大した期待は持っていなかった。
地元のレコード店で白黒グレーのこのアルバムを手にしたときに、妙にずっしり重かったのに少々戸惑いつつ、とりあえず買って帰ったのであった。

2枚組のLPと写真集で構成されたこのアルバムは素晴らしいできばえであった。
最初の曲「I Am The Sea」はいきなり波の打ち砕ける音が聞こえる。
彼方からTHE WHOのメンバー4人のそれぞれのテーマが断片的に聞こえてくる。
・HELPLESS DANCER(ロジャー・ダルトリーのテーマ)
・IS IT ME(ジョン・エントウィッスルのテーマ)
・BELL BOY(キース・ムーンのテーマ)
・LOVE REIGN O'ER ME(ピート・タウンゼントのテーマ)
切れ目なく2曲目の「The Real Me」に。
”ほんとうのぼくがわかりますか?/お母さん”...そうこのコンセプトアルバムの主人公JIMMYは多重人格者なのである。
それぞれの人格は先の4つのテーマとなって表され、アルバム全体のあちこちに表出する。
白黒のアルバムジャケットはスクーターに跨ったJIMMYの後ろ姿、そのスクーターから飛び出た4つのミラーにはTHE WHOのメンバーの顔が映っている。

付属の写真集がアルバムに劣らず素晴らしい。
いかにも英国人といった顔付きの青年(JIMMY)をモチーフに綴られる写真の一枚一枚が音楽のイメージを膨らませてくれる。
3曲目のインストゥルメンタル「Quadrophenia」はピートのギターを中心に4つのテーマがメドレーで演奏されるが、スクーターで街を疾走するJIMMYの写真を眺めながら聴くと最高である。
THE WHOのメンバーが女の子とじゃれ合いながらHAMMERSMITHの劇場から出てくる姿を少し離れたところでスクーターから降り、ひざまずいて見つめるJIMMYは「The Punk And The Godfather」の情景だろうか。

モッズ(mods)について詳しくは知らない。
THE WHOが彼らのヒーローであったことも。
そんなことは別にしても、このアルバムには多感な少年が青年に成長していく頃に抱えている怒り・失望・ためらい・期待などに満ちあふれている。
いわば男の子ならば誰でも通過するであろう普遍的なテーマである。
「I'm One」で歌われる無力感 ”ぼくはGibsonを手に入れた/ケースはなかったけど/でも日焼けした顔さえ手に入れることが出来ない/ぼくはボロを着て群衆にまぎれる/指は不器用で/声は大きすぎる”。
「Sea and Sand」の”ここ海と砂の間では/計画通りに何もいかない”というイメージに感銘して1人で九十九里の海に出かけてしまったこともあるし。

アルバムの最後の曲「Love Reign O'er Me」での絶唱”愛だけがぼくを支配する/愛がぼくに雨を降らせる”は勝利の歌ではないけれど明日につながる敗北の歌だ。
このアルバムから何度勇気をもらったことだろうか。
音楽的には4つのテーマによってアルバム全体がまとめられ、あたかもワーグナーの楽劇にみられる循環形式を踏襲しているかのようである。
ストリングスや効果音の使い方も見事で、ピート・タウンゼントの優れた音楽性がトータルに現れている。
CDはRemaster版で音がクリアーになっているけど、写真集が小さいのが難点。
だからLPは手放せない。

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2005年11月 8日 (火)

夜の歌

noマーラーの第7交響曲を聴いたのは十歳の頃で、ベルナルト・ハイティンク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ交響楽団によるものであった。
何でこの曲を選んだのかははっきりと覚えていないが、LP2枚組でたっぷりとした曲に浸りたかったからかもしれないし、あるいは帯に印刷されたマーラーの神経質そうな横顔が気になったからかもしれない。

クラシックのコレクションはたいてい同じ曲を異なる演奏者によって複数枚所有することになる。
例えば交響曲ならばそれぞれの指揮者や管弦楽団によって異なる解釈や音色があるし、同じ指揮者によるものでも録音の時期によって異なるテンポを取ったりするからタチが悪い。
それとは別に最初に聞いた印象は聴き手にいつまでもこびりついているものだから、それ以降に聞く演奏はどうしても最初のものと比較されることになる。
ああ、こういう解釈も有りだなと思うケースもあるし、全く受け付けない場合もあるが、それが演奏の優劣となるかといえば別問題である。

ともかく、私は最初に聞いた第7交響曲にすっかり魅了されてしまった。
コンセルトヘボウ交響楽団は木管の音色が優しく、逆に金管はややこもったような控えめな音色が特徴であった。
また弦楽器はアンサンブル重視で、際だつ技術は無いものの、耳を刺激するようなことはない。
この録音時、ハイティンクはまだ若く、いわば熟練のキャッチャーを相手に投球する新人投手のようであった。

この曲はマーラーの中期を構成する純粋器楽の交響曲(第5番・第6番・第7番)の最後のものである。
全5楽章からなるこの曲は、はじめ中間の3つの楽章が作られた後に両端の楽章が付け足された。
特徴づけているのはその最初に作られた3つの楽章でナハトムジーク・スケルツォ・ナハトムジークという順番になっている。
(ナハトムジークは「夜曲(Night Music)」である)
このためこの交響曲は別名「夜の歌」ともよばれている。
はじめのナハトムジークは森の中を行進するような情景が、あとの曲では夜の恋人たちの語らいのような情景が描かれている。
特に、ギターの音色も優しく響く第4楽章の夜曲は室内楽的な管弦楽の処理がされていて魅力的な音楽である。
「影のように」と指示された真ん中のスケルツォは不思議な曲だ。
この曲をラヴェルの「ラ・ヴァルス」と比較するひともいるが、遥かに洗練された楽曲の構成と精緻なオーケストレーションはマーラーの全作曲中でも随一のものである。

マーラーが最も苦労したと言われる第1楽章は、作曲に疲れてボートに乗ったマーラーがオールを漕いだときにひらめいたというリズムから始まる。
突如として鳴り響くテナー・ホルンが第1主題を導いて、暗く激しい行進曲が繰り広げられる。
飛翔するような第2主題とのあからさまな明暗の対比を織り交ぜながら20分を超えるこの楽章はエネルギーを失うことなく続く。
夜曲をはさんでの第5楽章は太鼓の連打から始まる。
このフィナーレはリズムの饗宴でありここぞとばかりに金管楽器が爆発する。
脳天気なロンドは途中第1楽章の再現をはさむが音の洪水でそれを飲み込んでしまうのである。
第7交響曲の評価はこの終楽章をどう感じるかで大きく異なるが、私は何ら抵抗無く感動した。

ハイティンクの指揮で聴いた後、ずいぶん経ってからクラウディオ・アバド(シカゴ交響楽団)や、ゲオルグ・ショルティ(同じくシカゴ交響楽団)、サー・ジョン・バルビローリ(ハルレ管弦楽団)等で聴いてみた。
それぞれ立派な演奏だった。
中でもショルティの指揮はシカゴ交響楽団の優秀さとも相まって、すばらしい第7交響曲であった。
しかし私の頭の中の音やテンポとは何かが違っていて、少なからず違和感を覚えたことも確かであった。

音楽の不思議は尽きないな。

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2005年11月 4日 (金)

YMO

jinmin大学2年生の頃だったと思うが、多摩のキャンパスで体育の時間にグランドで休んでいたら、十歳年上の同級生(!)Tさんが近づいてきた。
彼は学生ながら音楽プロデュースの仕事もしていて、色々なレコード会社に知り合いを持っていたのである。
Tさんはラジカセを抱えていて、私に聞いてみろと言いながらテープを回した。
ラジカセのスピーカーからはピコピコと電子音が鳴り始め、シンセサイザーのテンポの良い音楽が演奏された。
何だかすごく新しい感じがして、「誰が演ってるの?」と聞くと、細野晴臣だという。
後に『Pacific』というアルバムに収録された「コズミック・サーフィン」という曲だった。

細野晴臣・坂本龍一・高橋ユキヒロの3人がYellow Magic Orchestraというユニットを結成したという話はそれから一年以上経ってから伝わってきた。
デビューアルバムが海外で高い評価を受け、ヨーロッパ・ツァーが早々に実現したことも、「GORO」などの雑誌でエレクトリック・サウンドの特集が組まれYMOは最先端を行っているらしいことも聞いたり読んだりしたけど、ふ〜んという感じであった。
私の中の細野晴臣と真っ赤な人民服を着てもみあげを剃り落としたYMOの細野晴臣は結びつけにくかったのである。

坂本龍一はティン・パン・アレィ系のスタジオ・ミュージシャンとして認識していた。
生真面目で、どこか学生っぽい印象があった。
デビューソロアルバムである『千のナイフ』はYMOで知った後に聞いてみた。
「お茶漬けの味がする現代音楽」といった趣を感じたものである。
もう一人のYMOである高橋ユキヒロはサディスティック・ミカ・バンドの頃から好きなドラマーで、決してやかましいドラムを叩かないけど正確なサポートをする人だった。
彼のソロアルバム『SARAVAH!』も軽やかでセンスの良い音楽が詰まった良いものであった。

YMOのデビューアルバムは海外版が出た後に購入した(例のメデューサみたいなジャケットのやつ)。
このアルバムにはまだオリエンタルな香りが残っていて、細野カラーが結構強かったのかなって思った。
「東風」「シムーン」などは外人ウケしそうな曲である。
また「コズミック・サーフィン」は『Pacific』に収録されたものよりリズムが強調されていた。
特別な思い入れは持たなかったものの、YMOのアルバムとしては結局このデビューアルバムが一番良かったように思う。

セカンドアルバム『Solid State Survivor』はあまりにもポップな音になってしまったのでちょっと拒否反応がでたし、サードアルバム『B.G.M』は逆にマニアックなものに成りすぎてしまった感がある。
(『増殖』は面白かったけど)
また、ヨーロッパ・ツァーの模様をFMでやったときに一番の聞き所であった渡辺香津美のギターがカットされてしまったライブ盤『パブリック・プレッシャー』は妙にメローな感じに仕上がってしまい、ガッカリした記憶がある。

YMOの曲をいま聞き返すことはほとんど無いけど、クラフト・ワークを知るきっかけを作ってくれたことに感謝している。

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2005年11月 1日 (火)

中津川フォークジャンボリー

nakatsugawa1971年に岐阜県中津川で開催された「第3回全日本フォークジャンボリー」は、その後の日本の音楽シーンを大きく変えていくイベントであった。
それまでアングラだマイナーだと言われていたフォーク・ロック系のアーティスト達に、いきなりスポットライトが当てられてしまったのである。

六文銭、あがた森魚、遠藤賢司、なぎらけんいち等がマスコミに取り上げられるようになり、音楽雑誌には彼らの曲が譜面で載るようになった。
「11PM」に遠藤賢司が出ていたことがあって、司会の大橋巨泉が「どんな音楽が好きなの?」と質問すると、例のボソボソとした口調でつまらなそうに「ニール・ヤング.....知らないでしょうけど...」と答えた。
それを聞いた巨泉が「知ってるよ」と言ったけど、絶対知らないくせにって思ったものである。

メジャーへの足がかりが出来たことで、それまで地道な活動をしてきた本物のアーティスト達はより警戒心を強めていった。
高石友也、西岡たかし、岡林信康、高田渡などである。
一方でチャンスをつかんだことで折角の才能を枯渇させたものも、またメジャーな道へと踏み出していったものもいた。
なかでも吉田拓郎は既存のフォークをあざ笑うかのようにいち早く商業主義に走ったが、それに煽られるファンもまた多かった。
サブステージで延々と歌われた「人間なんて」に本物の叫びを感じて熱狂する聴衆はメインステージの進行を妨害し、ステージ上で討論会を開いたりした。

加川良は第2回(私は未見)のフォークジャンボリーで「教訓Ⅰ」を歌い、一躍有名になっていて、今回もそのステージを一番期待されていたシンガーであった。
非常にシャイで真面目な人柄のようで、期待の大きさに怯えているかのように見えた。
本質はカントリーに根ざした人なので、高田渡・岩井宏らと3人でのステージがいちばん楽しそうであった。
クラスで地味な子たちが仲良くしているような印象を受けたものである。

三上寛のステージは見られなかったが、見た人は異様な感銘を受けたようである。
曰く「三上寛は歌っていることで正気を保っているのだろう云々....」。
あがた森魚のステージもおどろおどろしい雰囲気が漂うもので、切々と歌われる「赤色エレジー」は後にラジオ等で耳にしたものより芝居がかってないぶん胸に染みた。

しばらくしてキングレコードからこのときのライブ盤が2枚組で発売された。
3日間のイベントの全貌を伝えるにはあまりにも端折りすぎているように思ったが、観客の戸惑いや苛立ち以外はうまく収録されている。
CD化されたその音源を久しぶりに聞いてみたが、懐かしいような恥ずかしいような不思議な気持ちになった。
ともかくメインステージで演っている時には同時にサブステージや黒テントで全く別の演奏やパフォーマンスが行われていたのである。
全部の観客が一つのステージに集中していたわけではなかったことが重要なのである。

その後、メディアに乗っかって様々なフォーク・ロックのアーティストが輩出していった。
彼らの歌う「怒り」も「平和」も「やさしさ」もすべてがポーズに過ぎなかったのに、多くの聴衆は本物だと信じてもてはやしたのであった。
このイベントは日本のフォーク・ロックがノンフィクションからフィクションへと移り変わる分岐点であったといま思う。

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2005年10月30日 (日)

はっぴいえんど

happyendはじめて岡林信康のレコードを聴いたのは大阪の従兄弟の部屋で、その曲は「山谷ブルース」だった。
そして東京に帰ってから駅前のレコード屋でURCから出ていた「くそくらえ節」のEPを買った。
B面は「がいこつの唄」であった。
ギター1本の弾き語りで、観客との軽妙なやりとりが面白かった。
当時のURCはこういう雰囲気の録音が多かった。

その後、生で岡林信康を観たとき彼はグループを従えていた。
その4人組は長髪で見た目もむさ苦しく、あまりステージ上では動きもなく淡々と演奏していた。
リードギターは少年っぽい人で一番大人しそうだったが、聞いたこともないようなリフを演った。
ギョロ目のベーシストはしばしば岡林とアイ・コンタクトをとって曲をグイグイひっぱていった。
彼らが”はっぴいえんど”であった。

岡林のステージでははっぴいえんどの単独の演奏もあって、「春よこい」、「かくれんぼ」などが演奏された。
岡林を聴きに来た観客の耳にはどう聞こえたのだろうか。
私はすごい新鮮な印象を持った。
岡林のバックではフォーク・ロック的な演奏をこなしていた彼らは、自身の演奏では全く異なったタイプの曲を聴かせた。
それはロックなのかどうか断定できないが....

はっぴえんどのファーストアルバム、通称『ゆでめん』で聞かれる楽曲は実験的で多彩である。
豊かな音楽性を持った細野晴臣は当初からワールド・ミュージックを指向していたようである。
いろいろなジャンルの曲を融合させて、東洋風のエッセンスを加味したような楽曲はハッとさせるような刺激は無いものの、説明できない新しさがあった。
松本隆は文学的なアプローチを試みていた。
彼の書いた歌詞は多弁であり、特にセカンドアルバム『風街ろまん』までの作品では決まり文句を極力排除しようとした結果、妙に耳に残る字余り気味のフレーズが多用されていた。
大滝詠一のアメリカンポップス指向は当初影を潜めている。
彼の独特の歌唱ははっぴいえんどの曲にウェットな感性を持たせている。
楽曲ごとに使い分けられた歌声はプレスリーの物まねをしながらグループに参加したという彼のエンターティナーな面が発揮されているのであろう。
鈴木茂のギターはほんとうに素晴らしいと思う。
自己主張しすぎることなく楽曲に鮮やかな色彩を与える音色、職人的なそのテクニックは聴き手に強い印象を残す。
彼のリリカルな一面はセカンドアルバム以降に開花していく。

こうした異なるベクトルを持った4人が試行錯誤し、独自の音楽を生み出した後、またそれぞれの方向に飛翔していった過程が3枚のアルバムとして残った。
セカンドアルバム『風街ろまん』はグループとしての完成型がみられるし、ラストアルバム『HAPPY END』では4人の目指す方向がくっきりと分かれてしまっている。
オールナイト・ニッポンではじめて『風街ろまん』が全曲オンエアされたときはびっくりしたけど(特に「暗闇坂むささび変化」!)、「さよならアメリカさよならニッポン」を聞いたときの方が衝撃は大きかった。
日本語のロックを目指したと称されることの多い彼らだが、その成果は全く新しい音楽の創造となって現在も続いている。

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2005年10月25日 (火)

ダイヤルYを廻せ!

dyここ数年音楽活動を再開し、ライブハウスを中心にかつてないペースで個性的なパフォーマンスを見せている戸川純だが、現在の中心的なユニットは山本久土とのアコースティック・デュオ”東口トルエンズ”である。
来月には待望のDVD『東口DVD』が発売されるので、未見の人はぜひご覧になると良い。
時代をつかみそこねた世代の叫びを聴き取ることが出来るであろう。

戸川純の過去のCDは数年前に一部復刻され、最近ではITMS(iTunes Music Store)でも扱われるようになったことは以前に書いたとおりである。
復刻されたのは戸川純のソロではなく、YAPOOSの2枚のアルバム『ダダダイズム』『ダイヤルYを廻せ!』である。
なぜ『玉姫様』や『好き好き大好き』などのソロを復刻しなかったのかと嘆かれる人もいるだろうが、戸川純の過去の音楽活動におけるピークがこの2枚のアルバムに凝縮されているからしかたがない。

1991年に発売された『ダイヤルYを廻せ!』はキーボードの吉川洋一郎が在籍していた最後の作品である。
『ヤプーズ計画』『大天使のように』という2枚の前作では実験的な要素を含みながらも、あくまで主役は戸川純というキャラクターであった。
よって、ソロでの活動がYAPOOSというバックバンドを持ったまま延長しているかのような印象であった。
しかし『ダイヤルYを廻せ!』ではYAPOOSはバンドとして完成された音楽を聴かせる。
ここでは戸川純の歌も一つの楽器のような役割を果たしているのである。
変幻自在な彼女の声はここでも冴え渡り、もとより歌唱の上手さは言うまでもないのであるが、あえて抑揚を抑えめにしてあたかも棒読みのように歌うことでバックのサウンドと一体化している。(「3つ数えろ」)

吉川洋一郎の作曲になる「ギルガメッシュ」は後述する「赤い戦車」と並びこのアルバムのハイライトである。
印象的なイントロから始まるこの曲はアコースティックとテクノサウンドが見事に融合して激しくも美しい作品となっている。
戸川純による切ない歌詩も素晴らしく、6分強の曲だがもっとずっと聞いていたい気にさせる。

ギルガメッシュ

毛皮のワンダと罵倒する男(ひと) ギルガメッシュとののしる私
一緒にいるだけでも それだけで拷問の日々
憎悪と嫉妬で醜く化して どこまで堕ちるの
それでも離れられない 何年か前の秋はじめて逢ってから

ギルガメッシュ尊敬してた カエサルの英雄譚
出会った頃信じてた 素敵なとこしか見なかった
ビリティスの愛らしさ オフィーリアはいちず
出会った頃 ああ そうだっけ 自分を好きでいられたっけ

サバトのような暗い晩餐 魔女と暴君よばわりのふたり
腐りきった関係は惰性とよぶほど平和じゃない
憎悪と嫉妬で醜く化して どこまで堕ちるの
それでも離れられない
憎悪と嫉妬で醜く化して 離れられない
輪廻してもう一度 枯れ葉さえ生きてるような秋の日に逢いたい

ビリティスの愛らしさ オフィーリアはいちず
思いやりを当然として 大切にしてたっけ
*ギルガメッシュ尊敬してた カエサルの英雄譚
出会った頃信じてた 愛することしかしなかった
*Repeat

戸川純の作詞・作曲の「ヒステリア」は可憐な小品。
童謡のように歌われるこの歌にはそれでも強い決意が感じられる。

泉水敏郎の作曲した曲はリズミカルでポップなもので、アルバムに適度なアクセントをつけている。
中でも「ミステリアス・ガイ」は続く「ギルガメッシュ」「赤い戦車」が大曲なだけに聴き手にとっては最良の憩いの場となっている。

中原信雄が作曲した4曲は強力な楽曲が並んでいる。
「Men's JUNAN」「供述書によれば」「Fool Girl」「赤い戦車」。
この人の曲には根底に希望がみえるので切ない内容の歌詞でも救われる気になる。
アルバム最後の曲である「赤い戦車」は本当にスケールの大きな曲で、出来るだけ大音量で聞かなければならない。
私の理想はこの曲をオーケストラに演奏させて戸川純が歌うことであったが、今の声量では叶わぬ夢である。
重厚なサウンドに乗せてかつて歌われたことのなかったような歌詞が歌われる。

赤い戦車

水彩画より油絵の凝固した色味にも似た
迷いなく確固たる動かぬ血の色の野望

Red Bloody The Will Is
たえざる意志の保持なり

重ねて同じ色を塗り続け幾たびになろう
しかして立体化した形状の絵すなわち成就

辛酸はだいだいの
It's Not More Red Than My Hard Will

突き上げるあつい想いが描きなぐった血の色の
ペインティングス まるでキューブな自己実現
生きるために生まれたんだと確信する色

重ねて同じ色を塗り続け幾たびになろう
しかして立体化した形状の絵すなわち成就

辛酸はだいだいの
It's Not More Red Than My Hard Will

傷を染める清冽な赤 凝視するほど傷は癒える
ペインティングス 赤く輝く血は源泉
死人じゃないってこれほどまでに確信する色

突き上げるあつい想いが描きなぐった血の色の
ペインティングス まるでキューブな自己実現
生きるために生まれたんだと確信する色

これが『ダイヤルYを廻せ!』である。
今聞き返しても新鮮な衝撃を受ける。
現在の戸川純にもYAPOOSにも当時の音を再現することはできない。

※『ダダダイズム』はまたの機会にでも取り上げてみたいと思う。

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2005年10月23日 (日)

弦楽四重奏

Beethoven天候はすぐれないものの、このところ朝晩の気温もグッと冷えてきて、ようやく秋らしくなってきた。
こんな季節には室内楽がふさわしい。

私の嗜好の主たるものは交響曲を中心とする管弦楽曲である。
なかでもマーラー、シューベルト、ブルックナーには30年以上も愛着を感じてきた。
ベートーヴェンはどうか。
9曲の交響曲はさまざまな指揮者・管弦楽団のヴァリエーションで親しんできた。
また、ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、歌劇フィデリオ、ミサ・ソレムニス等の大作もそれぞれに愛着があって捨てがたい。

周知のとおり、ベートーヴェンの主要な作品群は3つの柱を持っている。
その1が交響曲(9曲)、その2がピアノソナタ(32曲)、そしてその3が弦楽四重奏曲(16曲)である。
なかでも弦楽四重奏曲はベートーヴェンが最晩年まで書き続けたことでも理解できるように、終生のライフワークであった。

16曲の弦楽四重奏曲は制作時期によってさらに前期・中期・後期に分類される。
中期にはいわゆる「ラズモフスキー四重奏曲」の3曲が含まれていて、これは交響曲第三番「エロイカ」や、「運命」として知られる第五番の交響曲らとともにベートーヴェンの最も精力的な時期の創作であった。
私もかつてはこの時期の作品に最も惹かれていたが、最近はめっきり聴かなくなった。
グイグイと聞き手をひっぱっていく展開にちょっと疲れたからかもしれない。

後期のベートーヴェンは別人である。
聴覚が失われてしまったことにより、彼の創作はより精神的なものとなった。
それは音楽を超えてより高度なもの(祈りに似た)に近づいた。
「ハンマークラーヴィア」などの後期のピアノソナタ、特に第三十二番ハ短調などにその感じは顕著に表れている気がする。
そして第十二番から第十六番までの5曲の弦楽四重奏曲はベートーヴェンの到達した最終点である。
この5曲はすべてが独自の性格を持ちながらも、互いに呼応し合う部分があって、どれ一つ欠かせないものである。
私が一番好きな曲は第十六番(作品135・ヘ長調)であるが、古典的な4楽章の形を取りながらも一つ一つの楽章がとても深い。
それでいて表面的には穏やかで快活な印象を与えられるのが信じられない。
不思議な曲である。

かつて『失われた時を求めて』のマルセル・プルーストは自室に弦楽四重奏団を招き、ベートーヴェンやモーツァルト、フォレなどの室内楽曲を演奏させたという。
そんな贅沢はできないけれど、秋の夜長にヘッドフォンで室内楽曲を聴きながら内省するのもまた良いものであろう。

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2005年10月 8日 (土)

小さなライブ

IMG_2652ここのところ狭い場所でのライブが続いた。

先月は自由が丘のMardiGras(マルディグラ)でe-ha?のベーシスト山田直子さんが参加しているSPEAKのライブに行ってきた。
店内はカウンター席を入れても20人くらいで一杯になってしまう。
その片隅がステージで客席とはほとんど距離がないから、どんなに遠くに座ってもプレイヤーと5mくらいしか離れていない。
そのときもヴォーカル&ギターの千井塔子さんが「ここでやるときは緊張する」と言っていた。
小さな店だけど、チャージも安いし食べ物も美味しい。
マスターは静かな人だけどリザーブのメールとかすごく丁寧で感心する。
Macユーザーなのがまたうれしかったりする。
というわけで、今月の後半にもまた行く予定である。

さて、先日の速水清司さんのライブである。
赤坂のnovember eleventhもまた小さなお店である。
一ツ木通り沿いの小さなビルの2Fにあり、オーナーである阿木耀子さんの趣味だろうか毎月何回かフラメンコのステージがある。
中央に張り出したステージを囲むように客席が配されており、スペインのタブローのような趣がある。
この店では大音量の音楽は似合わない。

速水さんはアコースティック・ギターだけを用意していた。
TACTでも一緒に演っているベースの木村和夫さんと先日が初めての宇戸俊秀さんのキーボード(その他アコーディオンやホイッスルも演られた)の3人構成である。
オープニングに「何十年か前に作った映画の音楽をやります」と言って始まったのが『瀬降り物語』のテーマであった。
インストゥルメンタルの曲だけど宇戸さんの笛の音がこころを揺さぶる。
そして、2部のオープニングは『前略おふくろ様』より『サブのテーマ』。
ドラマの中で何度も耳にしたあの音楽が、何十年も経ったいま目の前で演奏されている。
いろんな場面が頭の中に思い出されて、懐かし感で胸がいっぱいになる。
ドラマの甘酸っぱくほろ苦いエピソードも、自分の高校生の頃のさまざまな思いでも。

後半は客席のコーラスも交えておおいに盛り上がった。
店の狭さがプラスに作用したのだ。
プレイヤーとお客とが親密な関係を作り出せる。
そして、こういう場所で聞いた音楽はこころにのこる。

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2005年9月28日 (水)

ミズタニさん

mizutani水谷さんのことを書く。
といっても「兄貴〜ィ」の水谷さんではなく、”水谷紹(あきら)”さんである。

実は一昨年までこの人の存在は全く知らなかった。
昨年の春に戸川純さんをフューチャリングして『彼を殴るの』というマキシシングルがリリースされた。
そのユニット”tricomi(トリコミ)"は水谷紹、かわいしのぶ、ホワチョの3人で構成されていた。
かわいしのぶさんはSUPER JUNKY MONKEYのベーシストとして知っていたし、ホワチョさんはホッピー神山さんのユニットで何度か見ていた。

初台DOORSでのtricomiのライブを見に行ったのも、あくまでも戸川純さんが目当てであった。
ステージ右に水谷さんがカジュアルな服装で立っていた。
主にギターを弾き、曲によってはバリトンサックスに持ち替えて演奏をした。
ここで聞いた「結婚なんてしない」という曲がすごく良かったのである。
歌は水谷さんが歌った。

  ”ほんとにいいのかい?GIRL ちゃんと調べたかい?
 こいつでいいのかい?BOY ほかじゃダメなのかい?
 人生引き返せ だってまだ早いよ 半生取り返せ どうか留まって!”

ポップなメロディとシニカルな歌詞に感心した。
どことなくリバプール・サウンドの香りがする楽曲は耳に心地よかった。
途中で戸川さんが参加してヴォーカルをとったけど、私の耳にはどうもミスマッチに聞こえてならなかった。

その後、水谷紹さんのCDを何枚か購入した。
なかでも『ものしり娘』というアルバムが抜群に良かった。
「大変だヴィオレッタ!」「少年船長」「双子の姉」等の曲を聞けば、すごい才能を持ったメロディ・メーカーだと確信するはずである。
その歌詞も独特のペーソスを感じさせるもの、ちょっとブラックなもの、寓話的なものなどヴァラエティに富んでいて、容易に聞き流せない面白さがある。
ジョークみたいな歌でもセンスの良さを感じてしまう。

 ”マヨネーズと掛けまして「シアワセ」と解きます
 そのココロは
 実は御家庭でも簡単に作れます

 オーブンで加熱したマヨネーズと掛けまして「ボク」と解きます
 そのココロは
 表面は熱く固くなっていても、実は中身はグニョグニョです”
                    「マヨネーズかけてナス」より

また水谷さんにはアバンギャルドな面が多分にあって、バリトンサックスばかりの10人で構成されたバンド”東京中低域”での活動にもそれは現れているし、tricomiでも戸川純さんに求めているのはそう言った部分なのであろう。
『後楽園(paradise:post)』というアルバムでは彼の指向が端的に表現されていて、とてもサラリとは聞き通すことができない。
甘いチョコレートを食べていて突然銀紙を噛んでしまったような感じの曲構成で油断ならないのである。
昨年秋にみたステージではロングのスカートを履いて演奏していたし、ステージ上でのMCも独特の間がある。不思議な人である。



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2005年9月25日 (日)

またもや第九交響曲

buru第九交響曲について書くのはこれで3回目である。
過去にマーラーの第九交響曲とシューベルトの第九交響曲を取り上げた。
今回はブルックナーである。

アントン・ブルックナーはその72年間の生涯を音楽と教会に費やした。
彼の業績は十曲の交響曲と『テ・デウム』『ホ短調ミサ』等の声楽曲、数曲の室内楽曲に限られている。
その中心を占めるのはもちろん交響曲である。

私がブルックナーの交響曲を聴きだしたのは20代後半である。
ベートーベンやシューベルト、マーラー、ストラビンスキーなどは小学生の時から親しんでいたのだが、ブルックナーだけは敬遠してきた。
音楽はまず耳で聞き、身体で感じるのが順序だと信じてきた。
事実、マーラーの長大な交響曲なども管弦楽の大きな波に身を委ねているとその本質に直に触れられたように感じる。
ある程度の全体像を感じた後に解説書等で楽曲の特性や技法を学ぶとすらすらと理解できた。
そうした聴き方をずっとしてきた耳にはブルックナーの音楽は難敵であった。

ブルックナーには前述したように十曲の交響曲がある。
第一〜第九の九曲と第0番(ヌルテ)である。
どれも長大な曲ばかりであり、特に第八交響曲などは90分近い大曲である。
ブルックナーの特徴として、曲のはじまりかたと深い安らぎを与える緩徐楽章、反復の多いこと(特にスケルツォ)、最終楽章の処理の問題があげられる。
彼の多くの楽曲にみられる構成力の欠如が聞き手に身体ではなく頭での理解を要求し、それがかなりの時間の集中力を必要とするのである。
これがなかなか馴染めなかった理由だろう。

さて第九交響曲はあたかもベートーベンの第九のようにはじまる。
星雲状の弱音のトレモロの中から主題が立ち上がってくるところは酷似している。
この開始が「ブルックナー開始」といわれる彼の特徴になっているのである。
巨大な主題が出現するが、突然の停止。
次にまったく別の音の塊が現れてやがて全てを飲み込んでゆっくりと前進を始めるのである。
聞き手は主題が果たしてどこに向かっていくのであろうかを慎重に聞き分けることを強いられる。
私はこの曲を聴いていると宇宙的な感覚に襲われる。
大きくゆったりとした時の流れと、その空間に繰り広げられる様々な星の瞬きを感じることができる。

続く第二楽章のスケルツォは妖精の踊りのような素敵な音楽である。
でもここでの妖精はきちんと礼装をしているかのように感じる。
ブルックナーのスケルツォはとかく田舎っぽさが感じられる曲が多いのだが、この曲では非常に洗練されたものになっている。
そして第三楽章のアダージョ。
本来であればこの後に終楽章が書かれるはずであったが、ブルックナーは完成させることなく他界した。
この交響曲は未完成で終わったのである。
結果的に終楽章となったアダージョは天国的であり、ブルックナーの書いた最も美しい音楽となった。
吉田秀和氏はこの楽章に「絶望とすれすれ」の凶暴性とそれにたいする慰謝の声が聞こえると書かれている。
私はマーラーの(同じく未完成の)第十交響曲のアダージョに通じるロマン派の崩壊をこの楽章に感じた。
自ら宗教的な音楽家を自認していたブルックナーの辿り着いたところがこの楽章の表現する世界であった。

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2005年9月18日 (日)

LED ZEPPELIN

LZLED ZEPPELINは小学校6年のときに初めて聞いた。
ラジオの深夜放送で"IMMIGRANT SONG(移民の歌)"を流していたのだ。
面白い曲だなと思って、レコード屋に行ったときに(目的はラヴェルのピアノ曲のLPであったが)見つけて買って帰った。

そのアルバム『LED ZEPPELIN 3』は不思議なジャケットのアルバムであった。
ジャケットの表の右側に切り込みがあってそこにあるダイアル状のものをくるくる回すとジャケットにいくつも開いている穴の絵柄が変わるのである。
ときどきメンバーらしき顔も現れるのだが、全体的にはポップなコラージュといった趣である。
(そういえばTHE ROLLING STONESの『STICKY FINGERS』にはファスナーが付いていたっけ)

1970年にATLANTICからリリースされたこのアルバムはタイトル通りLED ZEPPELINの3枚目の作品である。
前作である『LED ZEPPELIN 2』で全世界的な成功をおさめた彼らが1年間をかけてじっくり曲作りをした上で発表したこのアルバムはしかしながらファンを失望させたという。
ハード・ロックの代名詞と思われていたにもかかわらず、アコースティックなサウンドを多用したその内容はフォーク・ロック的と評された。
CSN&YやFAIRPORT CONVENTIONを彷彿とさせるサウンドが既存のファンに受けいられるはずもなかったのである。

このアルバムから彼らを聞き出した私には何ら違和感はなく、むしろ1曲目の"IMMIGRANT SONG"がアルバムにそぐわないように感じていた。
2曲目の"FRIENDS"の出だしはいま聞いてもゾクゾクする。
不安を煽るような曲調に加えて、焦燥感あふれるROBERT PLANTのヴォーカルが良い。
切れ目なく続く3曲目の"CELEBRATION DAY"はカントリー・フレーバーを感じるロック・ナンバーだが、抑え気味の演奏がバランスを保っている。
この曲でのJIMMY PAGEのギターはまるでバンジョーのように弾かれている。

4曲目の"SICE I'VE BEEN LOVING YOU"は7分を超える大作。
前奏中にROBERT PLANTが小さく"oh"というところが何ともおかしいのだけれど、この曲での熱唱は聴き応えがある。
曲調は日本人に受けそうな泣きのメロディが入っていてこのアルバムのハイライトであろう。
そしてA面はストレートなロックン・ロール・ナンバーである"OUT ON THE TILES"で終わる。

B面はトラッド・ナンバーをアレンジした"GALLOWS POLE"で始まる。
いつだかMTVでこの曲を演奏するPRANT-PAGEを見たが、リラックスして楽しそうに演っていた。
続く"TANGERINE"は非常に美しいアコースティック・ナンバー。
間奏でのJIMMY PAGEのギターも控えめで美しい。
B面3曲目の"THAT"S THE WAY"も同様に静かな佳曲。
曲調はポップなものであるが背景にはヨーロッパの香りが漂う。
リズミカルな"BRON-Y-AUR STOMP"をはさんでこのアルバムを締めくくるのはノイジーなエフェクト処理を施された"HATS OFF TO (ROY) HARPER"。
聞き終えて頭の中には「??」という疑問符が残るのである。

LED ZEPPELINの最高作は『PRESENCE』であると私も思う。
(或いはセカンドアルバムをベストと言う人もいるだろう)
でも私のMOST FAVORITEは『LED ZEPPELIN 3』なのである。

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2005年9月 9日 (金)

リンゴの気持ち

fiona以前、"Another Side Of"のブログ内で書いたFiona Appleの件が進展したようである。

SonyMusicはようやく今年の10月4日に彼女の3枚目のアルバム『Extraordinary Machine』を発売するはこびとなったのだ。
裏で何があったかとかは判る術もないが、全世界的に集められた署名運動が多少でも貢献できたと思いたい。
何はともあれ、良い結果になってほっとした。

さて"iPod nano"というニューモデルが発売された。
従来のiPod miniに変わるポジションの商品であるが、記憶媒体がこれまでのマイクロドライブからフラッシュメモリに変わったことによりビックリするような薄さを実現している。
フラッシュメモリ仕様ということは、つまりiPod shuffleの進化型と考えた方が良いのかもしれない。
別売のiPod nano Lanyardヘッドフォンを装着すれば、首から下げられる点も同様である。
しかもカラー液晶を装備しているから、上位機種であるiPodのように写真の表示もできる。
本体の色は白と黒の2色が用意されていて、かなりスタイリッシュなデザインである。
かなり欲しい。

日本では販売予定が立っていないが、iPodを内蔵した携帯電話も発表された。
"ROKR"という名でMotorolaとAppleの共同開発だそうである。
(やや厚めで、ちょっと重そうだが)
iPodの商品展開はかなりアグレッシブであり、ますますそのシェアを広げていきそうである。
そういえばMP3プレーヤーの老舗であった"Rio"が今年の9月で販売を終了し、事業から撤退するようである。
デジタルカメラもそうだけど、勝ち組と負け組がはっきりわかれてきたようだ。
MacintoshはともかくiPodではAppleは圧倒的な勝利を収めたように思える。

iTunes Music Storeもソニー・ミュージックエンタテインメントが年内に参入を決めたようだし、日本市場に上陸して1ヶ月足らずですっかり軌道に乗ってしまった。
ミュージシャンのほうも佐野元春みたいに独自に楽曲を提供する動きもあって、ますます面白くなってきた。
さらに多くのアーティストが参入しやすいシステムを作れば、これまでライブ中心でなかなかアルバムを発売するまでにいたらなかった人たちも音楽配信ができるようになるだろう。
ネット配信で実績を積んでからアルバム発売にという従来とは逆の流れがあっても良い。
洋楽には圧倒的に強いiTunes Music Storeだからこそ、国内アーティストの多様化に取り組んでもらいたいと願う次第である。

う〜む、また"Fiona Apple"の話から"Apple"の話に飛んでしまった。
前回もそうだったことを考えると進歩がないな。

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2005年9月 4日 (日)

ムーン・シャイン

2553昨日、速水清司さんのライブが銀座TACTで行われた。
私はいつものように撮影機材を持って出かけた。

今回のライブで速水さんは自身のソロでは初めて演る曲があった。
『ムーン・シャイン』『SEE SAW』『プレゼント』である。
いずれも速水さんが萩原健一さんに作った曲である。
特に『ムーン・シャイン』はDONJUAN結成時に萩原さんのファーストシングルとして作られた曲で(バンドとしての)、その後多数の曲を萩原さんに提供することになった速水さんにとってもはじめて萩原さんのために書いた曲である。
(ちなみに『泣くだけ泣いたら』は速水さんのソロアルバムに収録されていたものを萩原さんが取り上げたのである)

実は以前から速水さんには『ムーン・シャイン』を演奏して欲しいと頼んでいた。
もう何年も前からである。
しかしいつも速水さんは「あの曲は難しいから...」といってやんわりと断っていたのであった。
速水さんのライブで常時演奏されている萩原さんの曲は『NO PROBLEM』『Empty Days』『いい天気』『Angel』『ララバイ』『Thank You My Dear Friends』といったものである。
『ハロー・マイ・ジェラシー』も以前はよく演奏されていたが、一昨年の萩原さんのライブの頃からプッツリと演奏されなくなった。

前回6月のライブのときに突然に『友』を歌われたのでビックリしたと同時にちょっと感動してしまった。
ライブ終了後に速水さんに『友』は良かったということと、改めて『ムーン・シャイン』とか『SEE SAW』を演って欲しい旨を伝えた。
ようやく今回のライブで聞くことができたのである。

『ムーン・シャイン』は切ない歌である。

 ”Mr.Lonely Mr.Lonely Moon Shine
    独りだねお前
  Mr.Lonely Mr.Lonely Moon Shine
    判るだろうお前 
    限りない夢を追って 漂う俺は
  故郷に背中を向けて ねむる
  少しはましな男だと 
  汗流し 演じてはみたものの
   Lonely(誰に告げよう)
   Lonely(破れた心)
  Lonely Mr.Lonely Moon Shine”

事前に聞かされていたので心の準備はしていたのだが、『SEE SAW』に続いて演奏された『ムーン・シャイン』を聞いている途中で勝手に涙が出てきて困った。
速水さんのライブでこんな気持ちになったのは初めてであった。
若かった時分の様々な思いが胸にあふれてきてしまったのだ。
いろんな失敗や後悔の念が.....

後半に歌われた『プレゼント』も良かった。
思い入れたっぷりに歌われた萩原さんのヴァージョンとはあえて違ったアプローチで、サラッと演奏されたのが良かった。
来月には赤坂"november-eleventh"でアコースティックのライブを演られるそうなのでそちらもたのしみである。

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2005年8月13日 (土)

Visions Of Johanna

137『The Arrangement』という映画があった。
1969年の作品で監督はエリア・カザン、主演はカーク・ダグラス。

公私共に充実した生活を送っていた男(カーク・ダグラス)は、ある日、自ら運転する車をトラックの下に潜り込ませるという交通事故を起こす。
その事故をきっかけとして、彼の心は妻(デボラ・カー)を離れ、過去に関係のあった女(フェイ・ダナウェイ)の思い出ばかりが占め始める。
回復後の彼は誰とも何も話さなくなり、飛行中のセスナから身を乗り出したりという常軌を逸した行動をするが、当然周囲に理解されない。
過去の女との再会によりそれは決定的になり、再び女との情事におぼれていく主人公。
やがて彼は、財産を妻に譲り精神病院に送られてしまう。
そして退院、地位も名声も捨て去った男は、女との生活に安らぎを見い出すのであった。

映画自体はたいしたことはない作品であった。
ただ、この作品のフェイ・ダナウェイは圧倒的に美しく、これじゃあ無表情でおっかなそうなデボラ・カーから逃げたくなるのもわかるよなぁって思った。
(後に『ネット・ワーク』とかでそのフェイ・ダナウェイ自身が怖い女になっていくとは!)
この映画の中でBOB DYLANの『Blonde On Blonde』のレコード・ジャケットが縦に開いた状態で壁に貼られているのが格好良くて、早速真似をしたものである。
DYLANが茶色のハーフコートを着てマフラーを巻いて写っている(ちょっとブレ気味なのがまた良い)。
ちっちゃいCDになってしまった現在ではこうはいかない。

映画の中で<Visions Of Johanna>が使われていたような気がする。
現実の恋人と過ごしていても過去の女性の幻影がいつもぴったりと寄り添っているというこの歌の内容は映画の主題とオーバーラップする。
DYLANの歌についてかなり的確に解説をしている中山康樹氏の好著『ディランを聴け』のなかでは<Visions Of Johanna>の評価はひどく悪い。
曰く、メロディーがいいかげんである、演奏がヘタ、リハーサルにすぎない等々。
私はこの評価には全く賛成できないのである。

短い前奏からDYLAN のハーモニカがはいってこの曲は始まる。
 ”そんなに静かにしようとしているなんて、何か下心のありそうな夜じゃないかい”
この瞬間に聴いている私たちは現実とイメージが交錯する世界に引き込まれる。
ここでは多くの人物が登場する、私、ルイース、彼女の恋人、小さな少年、モナリザ、伯爵夫人、マドンナ、フィドル弾き、そしてジョハナ。
しかし実際には自分とルイースの2人しか存在しないのである。
詩の構成は複雑であり頭に描こうとしてもなかなか情景が浮かばない。
各ヴァースに必ず現れるジョハナは実体を持たない存在であるが、語り手の心を支配している。
ジョハナは過去の恋人であるのか、語り手の想像上の女性像であるのか(ユングの言うAnimaみたいな)。
 ”ルイース、彼女は悪くない、そばにいる 彼女は繊細で、鏡のよう
 だが、あまりにも簡潔にはっきりと ジョハナがいないことを思い知らせる
 電気の幽霊が彼女の顔の骨の中で吠え ジョハナの幻影がぼくと入れかわった”

ミディアム(とういよりはスローな)テンポで淡々と曲は進む。
7分を越える曲であるが途中に何の盛り上がりもなく、そのままの状態でエンディングを迎える。
だがこの曲は傑作であり、<I Want You>,<Just Like A Woman>等とともに『Blonde  On Blonde』を名盤たらしめているのである。

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2005年8月 6日 (土)

iTunes Music Store

8128月4日から、ようやくAppleのiTunes Music Storeがサービスを開始した。
USをはじめ他の国ではとっくに利用できたのに、日本ではなかなか許可が下りなかったためにずいぶんと待たされたものである。

あ、ご存じない方のために書いておくとこれは別にMacintoshユーザー専用のものではなく、Windowsを使っていてもiTuneというソフトをAppleのサイトからダウンロードすればすぐに利用できる。
1曲当たり150円(新しいものとかで200円の物もあり)という値段で自分のパソコンに落とすことができる。
USでは99セントだからちょっと割高かもしれない。
アルバム単位では1500円(一部例外有り)でまとめてダウンロードができるので、曲目の少ないものはあまりメリットがないけれど、例えばローリング・ストーンズの『メインストリートのならず者』なんかだと18曲で1500円だからお得である。

iTuneのソフトの右上に検索窓があってアーティストやタイトルの検索ができる。
試しに「加藤」と入れてみたら加藤和彦の名前が出た。(ほかに加藤登紀子とか)
廃盤になっているCDタイトルが何枚かあって、ちょっとうれしくなった。
なかでも『Bolero California』が登録されていたのにはびっくりした。
加藤和彦&安井かずみコンビによる最後のアルバムである。
「ジャスト・ア・シンフォニー」「3時にウイスキー」「愛のピエロ」は非常にすぐれた曲である。

なんと岡林信康のアルバムも4作登録されている。
さすがに古いURC時代のものはないけれど、『Bear Knuckle Music』『メイド・イン・ジャパン』『信康』のエンヤトット3部作がしっかりラインナップされていた。
ライブ盤『岡蒸気』には「チューリップのアップリケ」「自由への長い旅」「流れ者」等の懐かしい歌も収録されている。
どれも店頭では手に入れることができないから、ここに登録されていることはとてもありがたい。

新しいアルバムも販促的には大事だけれど、過去の名盤がますます登録数を増やしていくように願う次第である。
とにかく始まったばかりのサービスである。(といってもすでに100万曲近い登録があるけど)
ユーザーの声をできるだけ反映してもらえるならば、今後の展開が楽しみでならない。

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2005年7月30日 (土)

星からの悪い知らせ

096音楽シーンにおいて70年代半ばから世界的に流行したのがレゲエである。
クラプトンが「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を取り上げてから、様々なアーティストがレゲエに注目していった。
勿論、本家であるボブ・マーリー&ウェイラーズやジミー・クリフ、サード・ワールド等ジャマイカのアーティストたちも急激に人気を高めていった。
1978年にボブ・ディランが初来日した武道館のコンサートでは「くよくよするなよ」、「天国への扉」といった曲がレゲエのアレンジで歌われたのにビックリしたものである。

77年に発表されたアルバム『くたばれキャベツ野郎』の中の1曲「マリルーとレゲエ」であのゲンズブールがレゲエを取り入れたときにはさほど気にもとめなかった。
というのもこのアルバムが巧妙に組み立てられたストーリーに基づいた、コンセプトのしっかりした作品であったからである。
79年に『AUX ARMES ET CAETERA』(邦題は『フライ・トゥ・ジャマイカ』!)を発表したとき、全編レゲエ大会になっていたのにはさすがに驚かされた。
しかもバックにスライ&ロビーを擁してのジャマイカ録音で、ここに本物のレゲエ・シャンソンが誕生したのであった。
フランス語とレゲエの相性はすこぶるよろしいようで気怠い感じがたまらない。

81年にはレゲエ第2作目の『星からの悪い知らせ』
アルバムジャケットの疲れきったようなゲンズブールの表情が抜群にお洒落だ。
繰り返し聞いていると病み付きになるような心地よい脱力感に満ちたアルバム。
この中の「TOI MOURIR(おまえは死ね)」という曲はすごい。

”おまえは俺に 洗面器と タバコ 化粧石鹸
 鏡と トイレ紙をくれる
 おまえは死ね

 おまえは俺に 帽子と 白いコロゾの櫛
 ユダヤの印のメダルをくれる
 おまえは死ね
 
 おまえは俺に 目覚ましと 雑巾、 蜜蜂の巣
 切れ目の入った パンツをくれる
 おまえは死ね

 おまえは俺に グッとシックな物
 安全剃刀と 安物のネックレスをくれる
 おまえは死ね

 おまえは俺に ポケットナイフとコンドームをくれる
 しかし俺はユビュ王ではない
 おまえは死ね

 おまえは俺に誓う 農民のラム酒だと
 飲んでみたが変だった
 おまえは死ね
 
 おまえは銃をくれない
 おまえは天国を見に行きな
 俺は一族を命令する
 おまえは死ね”
  
(対訳 : 鳥取絹子氏)

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