2009年1月 2日 (金)

ある"二乗"-UNCLE "SHOWA"番外編

Rtr
「叔父さん、新年おめでとうございます」
「なんだ丑雄か、明けましておめでとう」
「暮れから好天続きですね。こんな正月は久しぶりです」
「そうだな。まさに新しい年に変わった感があるな」
「去年はイヤなニュースばかりでしたからね」
「コラ!去年のことを言うと鬼が泣くぞ」
「そうでしたっけ?まあいいや。でも今年は一段と厳しいってみんな言いますよね」
「言わせておけばいい。そういう奴らはきっと今年も駄目だろうよ」
「叔父さんはそうは思わないと?」
「おうよ。最初に言い訳する奴は大嫌いだからな」
「でも世界的に不景気だし、国の政治もグダグダしてるし、プラス要素がありませんよ」
「その通りだな」
「じゃあ良くなる見込みはないじゃないですか」
「あのな、丑雄よ。人間というものは不思議なものでな、計算通りにはいかないんだよ」
「と言いますと?」
「例えばお前が1の能力があるとして、部下に0.6の能力がある奴が付いたとする」
「はあ」
「その場合、ふたりでできる仕事は1+0.6=1.6になるか?」
「いやあ、足を引っ張られてしまうから・・」
「そうだろ。実際は1×0.6=0.6になるはずだ」
「なるほど」
「ふたりで一人前の仕事をするためにはどちらも1の能力が必要なんだ。だからさっきのように片方が0.6だったらもう片方は1.7くらいの能力が必要なんだな」
「まあそこまで極端じゃないですけどね」
「人間が組んで何かをやるにはこの原理が働くから、社会は常に不満がたまるわけだ」
「ああ、どんなに優れた人がいてもなかなか良くならないのはそういうことですかね」
「個人と社会の違いはそこだな。だから社会のレベルを上げるのは並大抵のことじゃないんだ」
「良く分かりました。でも叔父さんが今年を楽観してるのは何故ですか?」
「昔、フォークジャンボリーというのがあってな」
「??」
「そこで加川良というフォークシンガーがこんなことを言った。『何にもできない奴が集まると何かができるんじゃないか』って」
「はあ」
「要するに、何かできる奴が集まっても互いに利害を考えてしまうから、結局はろくなことができないんじゃないかということだ」
「なるほど」
「今みたいにみんながマイナスな気分でいるときは、逆にプラスな何かが生まれるはずだ」
「マイナス×マイナスでプラスになるということですか?」
「そう、マイナスの二乗だな」
「でも実際にそうなりますかね」
「先行き不安だ、収入源だと倹約するからますます世の中が悪くなる。こういうときこそバァーッとやらなくちゃ駄目なんだ」
「じゃあぼくに年玉でも下さいよ」
「それはいやだね」
「バァーッとやるんでしょ」
「いろいろ事情があってな。そうだ、小林麻美に『ある事情』という歌があってな」
「誤魔化さないで下さいよ。昭和の話はまた今度でいいですから」

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2009年1月 1日 (木)

New Year

丑年ということで
Nyatom
今年もよろしくお願いします

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2008年12月19日 (金)

ルネッサンスの若大将UNCLE "SHOWA"18

「叔父さんこんにちは」
「お前は誰だ?」
「え、図目夫ですよ。お忘れですか?」
「知っとるよ。ちょっとふざけただけだ」
「相変わらず人が悪いな。ちょっと上がらせてもらっても良いですか」
「断ったって上がってくるんだろうよ。どうぞお入り」
「お邪魔します。あれ、今年は炬燵出さないんですか」
「壊れたよ」
「買い換えればいいのに。安いもんじゃないですか」
「うん、どうにも炬燵を出すと出不精になるからな。無くても良いかと思ってる」
「なるほど。まあいいですよ。ところで最近はどうですか」
「麻生か?よく知らん」
「麻生総理はどうでもいいですよ。じゃなくて仕事のほうですよ」
「不景気だ」
「ほんとうに、困ったもんですよね。夏ごろまではこんなじゃなかったのにね」
「不景気は買ってまでしろと言うが、買う金もない」
「みんなが買ったら不景気じゃなくなりますよ」
「高度成長なんて言葉も今じゃ死語だな」
「叔父さんの若いころがちょうどその時代ですよね」
「そうともよ。糸へんブームとかあってな、企業は右肩上がりが当たり前だった。当時のサラリーマンは仕方なく左肩に肩パットを入れていたっけな」
「なるほど、スーツの形がこわれるからですね」
「ガバチョとかガッポリなんていう言葉が日常飛びかっていたもんだよ」
「そういえばウハウハなんてのも死語ですね」
「映画だってそんなのばかりで痛快だった。植木等の『日本一』シリーズとか、加山雄三の『若大将』シリーズとか...」
「植木さんのは観たことありますよ。確かコーラを売る話で」
「『くたばれ無責任!』だな。当時ハッスルコーラが飲みたくてたまらなかったな」
「ユンケルの元祖みたいな飲み物でしたね」
「その植木さんも日本一の長寿男になる前にお亡くなりになったな」
「加山雄三はまだ生きてますよね。でも『若大将』シリーズは観たことがありません」
「それはいかんな。あんな痛快な映画シリーズはなかったぞ。最初の作品が『大学の若大将』だった」
「大学生だからみんな若いじゃないですか」
「馬鹿だな、ただ若いんじゃない。スポーツ万能で秀才、しかも女にもてるから若大将なんだよ」
「きっと性格が悪いんじゃ...」
「いやいや、性格も妹思いのいい男なんだよ」
「へえ。現実にはいそうもないキャラクターなんですね」
「高度成長期に欠かせなかったのは何だと思う?『夢』だよ。みんなが夢を持って生きていたからこそ、今日より素敵な明日が期待できたんだ」
「なるほどね」
「その後『若大将』シリーズは続々と作られた。『エレキの若大将』『ハーモニカの若大将』『タンバリンの若大将』」
「楽器ばっかりですか。タンバリンって...」
「ゲストで丹波哲郎が出たんだ。楽器ばかりじゃないぞ、『銀座の若大将』『ハワイの若大将』『巣鴨の若大将』」
「巣鴨に若大将は似合いませんよ」
「なあにバーチャルな話だよ」
「婆ちゃんでしょ」
「『ニューギニアの若大将』では謎の巨大生物を追ってジャングルを探検する」
「川口浩ですか」
「それから若大将シリーズに欠かせなかったのが田中邦衛演じる青大将だな」
「青大将?ヘビみたいですね」
「そう、若大将が目を付けた女の子をストーカーして後ろから首筋をガブリと...」
「ホラーですか」
「『若大将vs青大将vsエビラ』なんてのもあった。番外編だがな」
「南海の決闘ですか」
「話は変わるがヘビで思い出すのは毒蝮三太夫だな、知っとるか?」
「おばさん相手にババアとか言っちゃう毒舌の人ですね」
「そうだ。昔は科学特捜隊という所で働いていたのだが鬱病になってしまった。その時のドキュメントは『鬱な荒らし』というタイトルで知られている」
「ふーん、知りませんでした。ところで若大将の話はどうなりましたか」
「忘れちゃならないのが映画の中で歌われる加山雄三の歌だ。『夜空の星』や『君といくつまでも』『お嫁匂いで』『小岩紅いバラ』などなど」
「聞いたことがあるような無いような」
「本人の歌も大ヒットしたが、他にも『あんたが若大将』みたいに他人が歌ってヒットした歌もある」
「誰が歌ってたんですか?」
「海綿体という血の気が多いグループだ」
「すごいですね」
「巷じゃジャイアンツの原辰徳が若大将なんて言われていたが、とんでもない話だよ。本家の若大将はいま71歳だからな。原なんてまだまだひよっこだ」
「本家はすでに若大将の年齢じゃないですよ」
「なに、まだまだ大丈夫だ。これからもシリーズを続けてもらおう」
「どんな作品で?」
「とりあえずは『リストラの若大将』『年金の若大将』あたりだな」
「うらぶれた話になりそうですね」
「あと数年後には『後期高齢者の若大将』や『認知症の若大将』も控えているから当分は安泰だな」
「そのころには世の中が明るくなっていると良いですね」
「全くだな」


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2008年8月18日 (月)

UNCLE "SHOWA"17

「叔父さん、こんにちは」
「おお、羽務須太雄じゃないか。何年ぶりになるかな、まあお上がり」
「叔父さんからハムスターをもらったのが十年くらい前ですからね。いやあご無沙汰してました」
「もうそんなになるか。ところでハムスターは元気でやっとるか」
「とっくに死にましたよ。ハムスターって2年くらいしか生きないじゃないですか」
「だってお前はピンピンしとるし」
「羽務須太雄は名前ですよ。人間ですから」
「ところで須太雄は幾つになった?」
「今年で26になります」
「ほう、犬でいえば120歳くらいじゃないか。大したもんだ」
「いや、人間ですからまだまだひよっこです」
「わしなんか、あと数年で年金が貰える歳になってしまったよ。実際貰えるかどうかはわからんが」
「身体の具合はいかがですか」
「人間も50を過ぎればガタも来るわ。最近は腸の具合がイマイチでな」
「食生活に問題があるんじゃないですか。壮年男性に大腸ガンが多いっていうし」
「そういえば昔みていたドラマに『大腸にほえろ!』というのがあったな」
「病院ものですか?」
「いやいや、刑事物だ。いろんなキャラクターの刑事が出ては人気を博しておった」
「へえ、どんな刑事ですか?」
「ドリアンという刑事がいたな。みんなからは『ドリさん』と呼ばれておった」
「好き嫌いが分かれそうだな」
「腸詰という年配の刑事は『腸さん』、山芋という渋い刑事が『山さん』だ」
「なんかクセのありそうな連中ですね」
「そういう刑事ばかり集めたのさ。他にもクサヤ刑事とかガーリック刑事とか」
「すごいな」
「『股下』と呼ばれて女性ファンの多かった刑事もいたっけな」
「どういう趣味ですかね」
「何年も洗濯してないシャツを着た『ワキガー刑事』とか、女物の下着を着けた『ズロース刑事』とかは異色だな」
「もっと爽やかな刑事はいないんですか?」
「『シンコ』という女刑事がいたが長年勤めているうちに『オシンコ』になった」
「加齢には勝てなかったんですね」
「『左太めで右加齢』ということわざもあるからな」
「どういう意味ですか?」
「なに、満員電車の状態を表しているんじゃろ」
「なるほど」
「とにかくすごいドラマだったな『大腸にほえろ!』は」
「でも沢山の刑事が出て、話が混乱しませんでしたか」
「ある時期になると1人ずつ去っていくんじゃよ。その時は盛大にみんなでお祝いしたもんだ。『純食』といってひたすら食いまくる」
「いまの大食い番組の先駆けですね」
「だからみんな大腸を壊して検査で吠えるのじゃ」
「昔の刑事物はなんだか刺激が強そうでイヤですね」
「なんといっても警視庁『鼻曲がり署』だからな」

Daicho

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2008年7月10日 (木)

明日に向かってハラショー(Mattarism64)

仕事は低調である。
原油の高騰に起因するガソリンや諸物価の相次ぐ値上がりは消費者の財布のヒモを堅くしているのだ。
また、昨今のキーワードの「エコ」にしても、「エコ=節約」みたいに考えられているから、なおさらみんながケチになっている。
現在の諸物価高騰が昭和のインフレと決定的に違っているのは個々の収入が反比例して下がっていることだ。
こと「衣」に関する仕事は軒並み絶不調であり、やはり「衣・食・住」の中では一番重要でないということなのだろう。
だから仕事場でヘラヘラ笑ってばかりはいられない。
といって目を三角にしてばかりでも疲れてしまうけどね。

話は変わるが、アシスタントの女の子の彼氏は警察官である。
前回の聖火リレーでも善光寺に駆り出されたが、今回も洞爺湖サミットの警備で北海道に派遣されているそうだ。

「どうなのサミット?」
「あー、行ってますねー。17日まで帰ってこないんですよ」
「え?だって9日で終わるじゃない」
「何か、後片付けとかあるんですよー。最後の2日は休暇らしいけど」
「ふーん」
「あー、そういえばサルコジの奥さんですね」
「ああ、来なかった人だね。なんでもCDが出るからとかで」
「すごいですよねー。そんなのカンケーないみたいな」
「まあスーパーモデルだからな」
「家で何もしなさそうな気がしますねー」
「サルコジだからな」

そこへ電話が鳴った。
得意先の女性からだった。
「もしもし・・・あー単価ですね。えーと○○になります・・・はい、◇◇さんですね、ところで小池栄子に似てますよね?・・・え、似てない?・・・ではどうも」

「あー▲▲会社からでしたか」
「そう、◇◇さんだった」
「その人って小池栄子に似てるんですか?」
「いや、似てないよ。ただ言ってみただけ」
「あーそうですか。でも小池栄子に似てるって褒め言葉なんですかねー?」
「どう取るかはその人次第だね」
「巨乳とか」
「いや、全然。でも背は高いよ」
「あー、最近は背の高い人多いですねー」
「そういえばそうだな。女の人の長身化が進んでいるんじゃないか」
「でも配達に来る男の人はすごい小さいですよ」
「そう、これからは小さい人が主流になるぞ」
「えー?でも昔よりみんな背が伸びてるじゃないですか」
「もう止まるさ。これからの社会は小さい方が絶対いい」
「うー、例えばどんな?」
「家が広く使えるだろ。天井なんてすごく高くなるから気持ちが良いぞ」
「でも蛍光灯とか替え辛いですよ」
「サミットで温室効果ガス削減とか言ってるけど、それより人間を小さくするほうが全然エコに繋がると思うけどね」
「小さくって、どのくらいですか?」
「2050年までに50%にすれば」
「それは小さいですね。ウチなんか80センチくらいになっちゃうよ」
「なーに、遺伝子の研究とか進んでいるし、そのくらいは可能だろうさ」
「あー、小さいと食事も少ないですねー」
「そう、車とかも小さく作れるからガソリンの節約になる」
「なるほど」
「それに毎年サイズが小さくなるから洋服とか靴とかも売れるだろう」
「そんなにみるみる小さくなるんですかねー」
「電車に乗ったって、今まで7人掛けだった椅子に25人くらい座れるし」
「すごいですね」
「でね、先生とか警官とかはサイズを小さくしないんだ。そうすれば学校で生徒が暴れたり、街で強盗とかあっても取り締まりやすいじゃない」
「あー、大きくて強いんですね」
「そう、誰かが言ってたけど、そのうちにスポーツで新記録が出なくなる時が来るって。案外、人間のサイズが小さくなるからなんじゃないか」
「でも、良いことばかりじゃないですよー」
「何で?」
「あー、猫に襲われたりして」

Cat

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2008年7月 5日 (土)

α計画(仮称)

NikonからD700が発表された。
D3に続くフルサイズセンサー採用機種であり、個々の仕様を見るとD3の廉価版というよりも正常進化版といった感じである。
この後、NikonはD3Xとして画素数を上げたモデルを出してくるだろうし、Canonも5Dの後継機種を投入する時期を待っているだろうし、1D系も何らかの見直しを計るだろう。
さらにSonyも自社センサーでフルサイズに参入するというし、今年の秋はデジタル一眼レフの地図が大きく塗り替えられる気配である。

そんな世間の流れとは逆行するように、私はこの春Canon20Dを売却してKiss X2を購入したのは以前に書いたとおりである。
小型軽量のカメラには相応しくないからというわけで、EFS17-55mm ISを手放してEF35mmを購入した。
Kiss X2のキットレンズ2本と、EF35mm、20Dのころに所有していたEFS10-22mm、EF50mmの5本でたいていの撮影は済む。
ブラブラ撮影会などのスナップであればキットレンズのみで大丈夫である。

先日、速水清司さんのライブがあり、久々にHP用の写真を撮影した。
Kiss X2にしてからはじめてのTACTでの撮影であったが、バッテリーグリップを付けて、唯一所有しているEF70-200mm F4 ISのLレンズを持参してみた。
今回の目的のひとつにはこのレンズとEFS55-250mm ISの画像の比較があり、両レンズで同じカットを何枚も撮影してみたのである。
70-200mmは20Dのころから絶対的に信頼を寄せているレンズで、私はステージ近くで撮るよりも多少の距離を置いてこのレンズで撮影するほうが好きなのだ。
(演奏もちゃんと聞くことができるし)
Lレンズにしては小ぶりだし、レンズ内手ブレ補正も強力なので重宝していた。

対するEFS55-250mm ISはレンズ重量が390gと軽く、明るさこそ劣るものの手ブレ補正は4段分とより強力なものになっている。
Canonのお得意のUSM(超音波モーター)も搭載されず、オートフォーカス時には多少やかましいのだが、それほど合焦に時間がかかるわけでもない。
何よりも軽いので手持ちで撮影していても何ら苦にならない。

結論として、Kiss X2での撮影ならばEFS55-250mmで十分なことがわかった。
WEBで使用するには全く問題がないだろう。
それがわかったので即座にEF70-200mmは売却することにした。
世の中はフルサイズに移行するかもしれないが(ハイエンド層は)、それにはNikonにせよCanonにせよボディとレンズで100万以上の費用がかかる。
写真を仕事にしているわけじゃないからね。

さて、レンズを売却してどうしたかといえば、Sonyのα200とTamronのA09を購入したのである。
TamronのA09はずっと前に初代Kissデジを使っていた頃に購入して、ライブ撮影を試みたことがあった。
結果は惨憺たるもので、おそらくは私の技術が未熟だったせいでもあろうが、ピントの甘いしまらない写真ばかりであった。
そのときはガッカリしてすぐに売却し、EFS17-55mmを購入したのである。
しかしその後、他の人が撮られた画像を見るとA09は悪いレンズではないことがわかった。
そしていつかまた使ってみたいなとずっと思っていたのだ。

α200は全然頭になかった。
ミノルタがコニカミノルタになり、カメラ部門がSonyに移行したことは知っていたが。
ここへ来てα200の価格が急落し、コンパクトデジタルカメラと同じくらいになったことを知って、興味を持ったのだ。
同じAPS-Cセンサーのデジタル一眼レフをまた購入するのはどうかと思ったが、ボディ内手ブレ補正が効くことに非常な魅力を感じた。
ついでにSonyのカメラならTamronやSIGMAのレンズを付けてもおかしくないと思ったからと言う理由もある(Tamron、SIGMAファンの人にはごめんなさい)。

ということで、ついでにSIGMAのAF30mm F1.4も購入した。
大口径ズームと明るい単焦点レンズの組み合わせというわけだ。
α200は完全にライブ撮影(近距離)とポートレイト用に限定するつもりだ。
だからKiss X2をメインに使用することには変わりはない。
(軽快さという点では比較にならないから)
ボディ内手ブレ補正であるということで、他にも使ってみたいレンズが色々あることは事実なんだけどね。

Afl

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2008年6月 4日 (水)

ヒーローを探せ〜しりかん21

「よお、木島」
「やあ、桑島」
「景気はどうだい?」
「相変わらずの右肩下がりだ」
「ものを売る仕事はもうダメだな」
「全くだよ。おれは脱サラしようと考えてる」
「ほう。でも年齢的にも世の中的にも厳しいぞ」
「映画のストーリーを考えたんだ。ハリウッドに売り込む」
「いきなりハリウッドか。無茶だな」
「日本じゃケチくさくてダメだからな。それに最近のハリウッドはネタに困ってるみたいだし」
「まあ日本のリメイクとかやってるくらいだからな。で、どんな話だい?」
「ヒーローものだよ」
「ハリウッドぽいね」
「主人公は常人の10倍速く動けるんだ」
「スーパーマンみたいなもんだね」
「でも速いだけで強くもないし、空も飛べない」
「なるほど」
「例えば、線路で轢かれそうになっている人がいたら列車より速くそこに走って助け出すんだ」
「その人を背負って走り去るわけだな」
「そう。おんぶしたまま線路の上をすごい速さで走り続ける。その後ろを列車が追う…」
「疲れちゃうだろ。線路から離れたほうが良いんじゃないか」
「またあるときは誘拐された女の子を乗せたクルマを追跡する」
「追いつけそうだな」
「走ったままクルマの横に近づいて後部座席のドアを開けて、サッと助け出す…」
「でも今月から後部座席もシートベルト着用が義務づけられてるよ」
「じゃあサッとは助け出せないな」
「警官を背負ってクルマまで走ったほうが良いんじゃないか」
「そうか。ではそういうことにしよう」
「この話にはロマンスとかはないのか?」
「あるとも。ある危機から救った女の子と恋に落ちるんだ」
「手も早いのか」
「早速、ラブホテルに連れて行って窓口で値切るんだ『すぐ終わるから安くしてくれ!』って」
「なんだコメディなのか」
「タイトルは『スピードマン』にしようと」
「ダメだよ。その邦題の作品はすでに作られてるよ」
「え、ほんとうかい?」
「そうさここを見てごらんよ。日本でのタイトルは『スピードマン』だ」
「うーむ。じゃあとっておきのやつを」
「またヒーローものかい?」
「タイトルは『3倍マン』」
「微妙だな」
「四角いジャングルを東へ南へ西へ北へと駆けめぐる」
「プロレスものかよ」
「3倍マンを育てたのは親マンで、兄弟に跳ねマンと倍マンがいるんだ」
「3兄弟だな」
「3倍マンの敵は役マンという名ですごく強い」
「きっと中国人だな。スウ・シー・ホウとかいうんだろ」
「役マンは平和を好まないんだ」
「安い手だからか?」
「もともと3倍マンは普通の少年だったが、親マンが修行に出したんだ」
「どこへ?」
「『ドラの穴』だ。お前はドラになるんだ!」
「なんだよ、それ」
「厳しい特訓を受けてドラの穴を卒業した少年は、やがて3倍マンとして活躍するわけだ」
「衣装とかも考えてるのかい?」
「とりあえず、サンバイザーを被ってるというところまでは…」

1

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2008年5月28日 (水)

椅子の上にも三年(Mattarism63)

気温が同じでも湿度が高い日は気持ちが悪い。
日本の夏はまさにそのせいで蒸し暑く、仕方なくエアコン頼みになるわけだ。
いわゆる「除湿」機能がちゃんと作動すれば温度を下げなくても快適に過ごせそうだが、一般的なエアコンだと「除湿」という名の冷房だから設定温度を下げないと意味がなかったりする。
なかなか快適な環境にするのは難しいものだ。

「きょうは暑いけどカラッとしてるから過ごしやすいね」
「あー、そうですね。汗もかかないし」
「でも知り合いの会社にいるベトナムの人なんかは日本の夏でも乾燥しててダメなんだって」
「えー、あんなにベタベタしてるのにですか?」
「うん、リップ塗らないとすぐ唇がひび割れちゃうらしいよ」
「じゃあ冬なんて大変ですねー」

冬は私も苦労したからな。
親指の関節なんてひび割れしなくなったのは5月に入ってからだったし。
アシスタントの女の子なんかはまだ若いからそんなことはないだろうが。

「あれ?まだ▲▲は来てないの?」
「あー、あそこはいつも遅いですよ。お昼ギリギリじゃないかなー」
「▲▲の他の営業なんかは早い時間から外回りしてるのにな。うちの担当はあちこちでお喋りばかりしてるからな」
「あの人は良く喋りますよねー」
「だいたいが仕事以外の話なんだよな。仕事の話をするとすぐ帰るし」
「うー」
「そのうち呪いをかけてやろう」
「えー、何ですか?呪いって」
「呪った相手は皆、醜く太るんだ.。足は象みたいになる」
「うわー、それはやだなー。女の敵ですね」
「そうとも」

実際は私のアシスタントの女の子よりも別の営業のアシスタントのほうが全然太っている。
そのくせ肩とか脚とか平気で露出しているから見苦しくて困る。
例のビリー体操をしばらく続けていたが何ら効果はなく、最近まではWii Fitを真剣にやっていたらしいが扁平足になっただけのようだ。
彼女はときどき仕事場の自転車に乗って近所に出かけることがある。
やけにタイヤの空気が少ないと思って押してみたら普通に入っていたので驚いた。
別に私が呪ったからというわけではないが…

「あー、さっきKさんが来ましたよ」
「ふーん、何か変わったことがあった?」
「おでこを虫に刺されてましたね。すごい腫れてた」
「何の虫?」
「さあー、蜂とかじゃないですかね。クルマの中にいたって」
「おでこを刺されるなんてイヤだね」
「バックミラーを見たらおでこに何かついていたらしいですよ」
「カブトムシとかなら良かったのにね」
「それはそれで鬱陶しいんじゃないですかねー」

仕事場の近所の家々には花が咲いたりして良い感じの季節である。

Lf

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2008年5月24日 (土)

How does it feel

きょう5月24日はBOB DYLANの誕生日である。
DYLANは41年生まれだから満67歳になったわけだ。

これまで公式に発表されたアルバムが45枚、公式ブートレッグが’5枚発売されている。
私が聴き始めたときにはすでに『Desire』が発売されていたのでファンを名乗るにはずいぶんオクテだったわけだが、とりあえず遡ってデビューアルバム『Bob Dylan』から一昨年の『Modern Times』までずっと付き合ってきた。
音楽的にはどうだかわからないが、精神的には非常に影響を受けたし、尊敬するアーティストであることは間違いない。

来日公演は4回足を運んだが、やはり78年の初来日の武道館に最も感銘を受けた。
そのせいか巷では評判の芳しくないアルバム『Street Legal』は私のお気に入りの作品である。
その中の1曲、日本で作られたとも言われる「Is Your Love in Vain?」は武道館で披露されたときも、アルバム収録されてからも違和感を覚えたものではあったが。

未だに現役アーティストとしてライブ・パフォーマンスを続けているDYLANだが、その歌に心打たれたのは94年の東大寺でのライブが最後である。
ニュー東京フィルハーモニック・オーケストラをバックに歌われた「A Hard Rain's A-Gonna Fall」をBSで観ていた時には思わず身震いしてしまった。
世紀が変わって来日したDYLANのライブには期待していたほどの感動はなく、その後にリリースされた『Love and Theft』や『Modern Times』は全米セールスの好調さにもかかわらず、音楽的にも詩的にも新しさを感じさせてはくれなかった。

BOB DYLANはすでに伝説になっているのだろう。
ここ数年のDYLANを取り巻く動きを見ていても、彼の業績を神格化しようとするものばかりに思われる。
私など、DYLANフリークでも何でもないから、そうした刊行物や毎月のように出回る近年の海賊版ライブCD・DVDには一切興味がない。
ただ『Blonde on Blonde』や『Blood on the Tracks』、『Hard Rain』などのかけがえのないアルバムは決して色褪せることはないだろうし、これから先も私の良き伴侶となってくれることだろう。

若い頃の無茶が祟っているのか、DYLANは実年齢よりずっと年老いて見える。
ムッシュかまやつよりも2歳年下なのに。
そういえば高田渡さんもすごく老けて見えたっけ。

ともあれHappy Birthday , Mr.DYLAN

Mrd

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2008年4月26日 (土)

猫とか花とか

Noman
猫はいつも同じ場所にいるとは限らない。
個々のテリトリーは確かにあるのだろうが、時間や天候に大きく左右される。
だからたまたま出くわすと何故か安心する。
外で暮らす猫(野良猫ばかりじゃないけど)の存在理由はそこにある。
Mfl
花もまた一日の間に表情を変える。
この花も朝撮影したので元気だが日が照ってくると少しグッタリするようだ。
昨日咲いていた花がきょうには花弁を落としていたり、また新たな蕾ができていたりするのも面白い。
仕事場のとなりに住むお婆さんと草木の話をするのだが、いろいろ教えられることも多くて楽しいものである。

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2008年4月 2日 (水)

Slight thing

Colb

4月だ。
新年度が始まり街にはフレッシュマンがあふれて活気づいたことだろう。
あいにく私の周囲ではそんな兆候は微塵もないが。

さて先日購入したEOS KissX2だが、まだ数百枚しか撮影していない。
20Dとの比較はあくまでもフィーリングだけだが、それほど劣っているとは思えない。
本体が軽いことは非常に有り難くて散歩に首から下げていても邪魔にならない。
キットレンズのEF-S18-55mm F3.5-5.6 ISが良い出来だったので、あわててEF-S55-250mm F4-5.6 ISも追加購入してしまった。
こんなことならはじめからダブルズームキットを買えば良かったなあ(後悔)。
これまたすこぶる軽くて、しかもISの効きが抜群に良いから多少のレンズの暗さも気にならない。
銀座のライブではこれまでEF70-200mm F4L IS USMを使っていたのだが、次回はこれも持って行ってみよう。
写りに遜色がなければ機材は軽いに越したことはないから。
やはりKissクラスのカメラにはEF-Sレンズのラインアップがバランス的には合っているのだろうな。
もっともEF-S17-55mm F2.8 IS USMは別格で、これを付けたKissX2は胸の前でお辞儀をしてしまうほど重くなる。
EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM、EF-S18-55mm F3.5-5.6 IS、EF-S55-250mm F4-5.6 ISの3本があればKissX2のセットとしては十分以上であり、ついでにEF50mm F1.8 IIがあれば完璧かもしれない。
カメラの話はこれくらい。

さて知人から可愛い子供をもらうことになったのだけど、それが何かはそのうち写真を載せるのでお楽しみに(・ω・)

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2008年3月26日 (水)

ドームすみません

メジャーリーグの開幕戦が東京ドームで行われた。
ボストン・レッドソックスとオークランド・アスレチックスの2球団は太平洋を挟んで極東の地で真剣勝負をしたわけである。
初戦は逆転また逆転の末にレッドソックスが勝利を収めたが、私は何とも言えない違和感をおぼえた。

メジャーリーグの試合は面白い。
世のミーハーなメジャーリーグファンの例に漏れず、私も野茂英雄がメジャー移籍をして以来、興味を持って見るようになった。
日本の球界にも毎年のように外国人選手が入団する現在では、パワーの差で圧倒されることはそうそう無くなったが、それでも球場のスケールの差は感じるし、何よりも見せるスポーツとしての大きな違いがあるように思われる。
それは結局はアメリカと日本の国民性の差かもしれないが、メジャーリーグの試合を見ているとカラッとした底抜けの明るさが感じられるのだ。
そう、彼等は見せるスポーツであることを十分に理解しているのだろう。
そこには日本のプロ野球によく見られる悲壮感はほとんどない。

先発したレッドソックスの松坂大輔は初回に2ランを打たれたものの、徐々に調子を取り戻して2回以降を抑えていた。
しかし5回を投げ終え、球数が100球近くなったところで交代を告げられた。
メジャーリーグとはそういうものなのだ。
凱旋登板とか温情とかなんとかはどうでも良いことなのだ。
同じようなことが昨年の日本シリーズでもあって、落合博満監督に非難囂々だったのは記憶に新しいことだ。
ちなみに私は落合監督ファンである。

松坂大輔と岡島秀樹にとってはたしかに凱旋帰国であり、日本のファンの前でピッチングを披露できることは(当人たちがどう思っているにせよ)めでたいことだろう。
しかし、例えば大相撲がマディソン・スクウェア・ガーデンで開催されてもあくまでも親善興業であろうし絶対に公式な試合とはならないはずである。
サッカーにおけるFIFAクラブワールドカップとはわけが違うのだ。
日本の球場でメジャーリーグの公式戦が行われるのはやはり変だ。
言ってみれば東京ドームはマディソン・スクウェア・ガーデンに設けられた土俵みたいなもんじゃないか。

この試合前にはソプラノ歌手による国歌斉唱があって「君が代」が朗々と歌われた。
待てよ、此処は日本でも試合はメジャーリーグの開幕戦じゃないか。
アメリカ国家が歌われるならわかるけど・・
どうせならセリーヌ・ディオンにでも歌ってもらえば良かったのにね。

Sr2

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2008年3月21日 (金)

Upgrading or downgrade?

デジタル一眼レフを買った。
いや、正しくは買い換えたのだ。
今回購入したのはCANONから出たEOS Kiss X2であり、きょう届いた。
今まで使っていたEOS 20Dはまだ手元にあるが売りに出している。
これは正しい選択なのだろうか。

カメラのグレード的には中級機からエントリーモデルに移行したわけで、明らかなダウングレードかもしれない。
もちろん併用することも考えたのだが、同じAPS-Cサイズのセンサーを持つカメラを2台使うほどのヘビーユーザーではない。
撮影の際に2台の一眼レフを首から下げるようなシチュエーションは今のところ想像できない。
しかも、20Dのリチウムイオン電池とKiss X2のそれは形状も違い、当然充電器も別個である。
私が最初に手にしたデジタル一眼レフはEOS Kissデジタル(初代)であり、その後20Dを追加購入した時はリチウムイオン電池が共用できたので便利であった。
その後、結局EOS Kissデジタルは売却したのだが、20Dのみで何ら不便はなかった。

先日、新宿のCANONサービスに展示されていたKiss X2の実機を触って少し驚いた。
何よりも軽量なことと、背面の液晶画面が大きいことが魅力に感じた。
見た目もそれほどチープではないし、代替機になるかもしれないと。
早速、CANONのサイトで製品比較してみた。
有効画素数は20Dの約820万画素に対して約1220万画素。
測距点はどちらも9点で、ファインダー視野率も同じ約95%だ。
液晶は20Dが1.8型なのに対して3.0型。
さすがに連続撮影速度は20Dの最高約5コマ/秒に対して最高約3.5コマ/秒であり、最高シャッター速度も20Dの1/8000秒に対して1/4000である。
しかし、私の撮影ではさほど気になることはない。

記録メディアはSD/SDHCメモリーカードに変わった。
軽量化のためにはやむを得ないのであろう。
とは言ってもCFカードの資産が大量にあるわけでもないから、大した問題ではない。
将来的にフルサイズセンサーの機種を手に入れたらまた使えば良いのだ(そんな日が来るのだろうか?)
それより何より有り難いことに、センサーのゴミ取りがついた。
現在のデジタル一眼レフではこの機能は欠かせないから。
そしてカメラ本体の重量は20Dの約685gから約475gと劇的に軽くなった。
これはすなわち持ち歩くのが楽になったわけで、今までコンパクトデジタルカメラを使っていたシーンにもデジタル一眼レフを用いる機会が増えるはずである。

まあ、軽くなった分、EF70-200mm F4L ISとかEF-S17-55mm F2.8 ISとかを付けるとバランスが悪くなるように感じるが、総重量が軽くなるのは悪いことじゃない。
今回、キットレンズであるEF-S18-55mm F3.5-5.6 IS付で購入したのも、お手軽な持ち出しを想定してのことである。
実際、このレンズを装着してのカメラの重さは約675gで、20Dのボディのみより軽いのだからイヤになる。
なお、デジタル一眼レフを購入するといつも同時に買っていたバッテリーグリップだが、今回は見送った。
このカメラは重装備が似合わないように感じたからである。

フィルムカメラと違って、デジタルカメラは当分の間は進化(?)し続けるだろう。
数年前の中級機よりも現在のエントリーモデルのほうがお買い得なのは、家電などと変わりがないのだ。
というわけで、しばらくKiss X2を使って行く心づもりである。
写真は近々アップする予定。
そういえば今までの「Kiss デジタル」から「デジタル」の文字が消えたのは結構嬉しかったりするのであった。

X2

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2008年3月18日 (火)

捜し物

4cube

実は昨年の暮れから靴を探している。
先月に香港に行った際もちょっと期待していたのだが見つからなかった。

現在履いている靴は非常に不満な点があって、それでも我慢しているのだ。
そのうち馴染むだろうと思っていたらその前に底がへたってきた。
やはり最初から履きやすい靴でないとだめだ。

こういうのは靴に限ったことばかりじゃない(・ω・)

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2008年3月12日 (水)

花粉は寝て待て-しりかん(Sily Conversation)20

「・・・あれ?木島じゃないか」
「やあ」
「どうした?でっかいマスクなんかしちゃって。さては風邪でもひいたか」
「違うよ。季節柄、分かりそうなもんだろ」
「ん? 分かった、鼻に出来物でもできたんだろ」
「『か』で始まるやつだよ」
「だから風邪だろ」
「3文字だよ」
「3文字・・・カラス?」
「カラスじゃない。クチバシが生えたからマスクしてるわけじゃない」
「分からんな。他のヒントをくれ」
「『ん』で終わる」
「最初が『か』で終わりが『ん』だな。ははぁ分かったぞ、花瓶だろ」
「じゃあ、何かい?おれがマスクを外すと口に花が生けてあるとでも・・」
「お前はいつもイケてるって言ってたじゃん」
「花はイケないよ」
「じゃあ家紋か?」
「そう、この紋所が目に入らんか!って。馬鹿な」
「参った。降参するから教えてくれ」
「花粉だよ」
「それって昔の人のお墓だろ」
「あれは古墳だ。おれは花粉」
「朝起きたら虫になってたってやつだな」
「そりゃカフカだ。『異邦人』だな」
「ちょっと振り向いてみただけじゃん」
「いいよ振り向かなくても」
「しかしお前が花粉症とは意外だな」
「今年は花粉の量が半端じゃないみたいで辛いよ」
「よく見えるな。おれには全然見えんが・・」
「花粉が飛んでるのは見えないよ。でも目のかゆみがひどいから」
「それはアレだろ。蚊に刺されたんじゃないか?」
「違うね。蚊とかまだいないし」
「花粉じゃなくて蚊糞とか」
「絶対違うね」
「目にはいるとかゆくなるんだったらマスクは目にしなきゃダメだろ」
「目にマスクはしない。見えなくなるからな。実際ゴーグルみたいなメガネをかけてる人もいるよ」
「玉ねぎでも刻むんじゃないの。或いは傷天のマネとか」
「両方外れだな。花粉対策はみんな苦労してるんだぜ」
「ハト糞対策もみんな困ってるみたいだけど。駅とか・・」
「エサをやらなければいい。花粉はそうもいかない」
「花粉のないところに引っ越せばいいじゃん」
「そうだな・・って簡単にはいかないだろ」
「在宅勤務にしてもらえばいい。そうすりゃ道路も電車も空くし」
「あんまり症状がひどいと本気で考えちゃうけどな」
「じゃあ、またな。花粉の季節がスギたら・・」
「スギって言うなよ。ヘックション!」

Kohun

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2008年3月 7日 (金)

UNCLE "SHOWA"16

「叔父さん、こんにちは」
「おや珍しい、穂馬夫じゃないか。40年ぶりかな」
「そんな馬鹿な。ぼくはまだ32ですよ」
「どうでもよいわ。きょうは一体何の用だ」
「実は最近、近所に引っ越したんですよ。ご挨拶がてら叔父さんの顔を見に来たんです」
「何だ、そんなことなら写真をやろうか」
「いえ、結構です。それより中に入れてくださいよ」
「そうだな。まあ適当に座りなさい」
「よいしょっと。相変わらず本とかCDが散らかってますね。足の踏み場がないや」
「片付けようとすると意外なものを見つけてしまうから余計に散らかってしまうんだ」
「まったく困ったもんですね」
「お前に言われる筋合いはないね」
「あ、液晶テレビがありますね。最近のテレビとか見てるんですか」
「チープなドラマと安直なヴァラエティばかりでつまらんね」
「お笑いは嫌いなんですか」
「とんでもない。昔はお笑いばかり見ていたもんだ」
「へえ。叔父さんが見ていたのってどんな芸人さんですか」
「昔の芸人は、そりゃ凄かったな。お前はエンタツ・アチャコって知ってるか」
「知りませんね」
「アチャコという芸人がいてな、煙突に登るんじゃ」
「帝都物語みたいですね」
「『滅茶苦茶でござりますがな』というギャグを流行らせたんだが知らんのか」
「知りませんね」
「ダイマル・ラケットというのもいたな」
「ラケットって卓球とかの?」
「そう。愛ちゃんのラケットに大きな○が画いてあって・・じゃなくて」
「ひょっとして漫才コンビだったり・・」
「そう。マドロスネタとか良くやっていたもんだ」
「かったるい感じですね」
「それはまだるっこいネタだ。まあいいわ」
「他にはどんな人がいました?」
「アノネのおっさんは知っとるか。高勢実乗といってな」
「『赤とんぼの唄』とか歌ってた人ですか?」
「そう。羽を取ったらワシャかなわんよ♪って・・違うわい!」
「どうにも古すぎてピンと来ませんね」
「バンジュンは知ってるだろ。アジャパーとか聞いたことがあるはずだが」
「元NHKの女子アナですね」
「それはクボジュンだ。伴淳三郎を知らんのか」
「はあ、順番なら分かるんですけど・・」
「おまえはヴォードビルというのは知ってるか?」
「ええ、なかやまきんに君みたいなやつでしょ」
「リサ・ライオンとかな・・。今度は突っ込まんぞ」
「で、何でしたっけ?」
「あきれたぼういずと言ってな、山茶花究とか益田喜頓、坊屋三郎なんかがいた」
「凄い名前の人ばかりですね。坊屋三郎なんてボーイ・ジョージみたいだ」
「それぞれ映画にも沢山出ておった。個性派揃いのハイカラなグループだったな」
「吸い殻を入れるやつですか?」
「それはハイザラだな。思い出すのは古い人ばかりだ。エノケンとか」
「知ってますよ。マッチがいましたね」
「マッチはいない。エノケンは榎本健一という喜劇役者で男前だ」
「ぼくみたいな?」
「お前のような田吾作じゃない。歌も上手かったよ『洒落男』とか」
「寿司屋に行ってもご飯しか食わないとか」
「それはシャリ男だな。もういいからそろそろ帰れ」
「じゃあ南州太郎のように帰りますね」
「帰るときに『おじゃまします』はないだろう。もっと勉強せい」
「カックン・・また出直しますね」

Enoken

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2008年3月 5日 (水)

サイパンで裁判

主演の酒宴

女優が所有

宇崎のウサギ

サイパンで裁判

芸者に傾斜

勤務中は禁夢中

補欠で墓穴

初老の女郎

心臓の真相

殊勝な首相

餃子で教唆

自室で痔疾

爺の辞意

手伝いを撤退

いびつな遺筆

豪快な更改

産気に懺悔

異常な衣装

精勤でも税金

受験の主権

手形の出方

真正な人生

少年の情念

非情な微笑

集団で縦断

純情な春宵

完投で感動


ボインを補員

近縁が禁煙

犯罪で万歳

元気でも嫌疑

体型は台形


Saipan

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2008年2月28日 (木)

In the airplane

Ap
以前に飛行機に乗った際、私の隣にはイギリス人と思われる若者が座っていた。
彼はカバーを付けた本を読み、ヘッドフォンで音楽を聴いているようであった。
やがて食事の時間となり、客室乗務員が機内食を配り始めた。
乗客のひとりひとりに「肉料理にしますか、魚にしますか」と聞いてまわっていたのだが、私の隣のイギリス人はどちらも駄目だと首を振った。
そして「私はベジタリアンなのです」と彼は客室乗務員に告げた。
私は興味を持ってことの成り行きを傍観していたのだが、「少しお持ちください」と言って客室乗務員は下がり、しばらくしてから別のプレートを持ってきた。
隣の若者は「ありがとう」と言って、微笑みながら受け取った。
その料理は温野菜をメインにした特別なものであり、若者は満足げに食べ出したのであった。

私の頭にはある種の疑問が残った。
もしその飛行機に乗っている乗客が全てベジタリアンであったら、はたしてその人数分の食事は用意できるのかどうか。
またはベジタリアン用の食事の用意が無かった場合、客室乗務員はどのように乗客を納得させるのであろうか。

もう30年近く前に初めてヨーロッパ放浪に出たとき、イヤになるくらい長い間飛行機に乗ったが、その間にイヤになるくらい機内食を食べさせられた。
もともと乗り物に乗るとすぐに眠くなって寝てしまうタチなので、半強制的に起こされて食べさせられるのは苦痛であった。
機内がざわついている気配で薄目をあけると、目の前には食事のプレートが置かれていることが何度もあった。
今考えると何の選択も告げていなかったわけで、客室乗務員はどういう基準で私の食事を選んでいたのだろうか。

Pc

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2008年2月20日 (水)

今夜も元気に冷凍食品(Mattarism61)

空気がカラカラに乾燥している。
年齢のせいかもしれないが今年は手指が無茶無茶に痛んでしまった。
特に右手の指先はパキパキに乾いてしまってひび割れを伴い悲惨なことになっている。
現に今も中指の先が割れていて、キーボードを打つのもつらい状態である。
「指がカチカチになって処置のしようがないんだ」
「あー、クリームとか効果無いんですか」
「寝る前にタップリ塗って手袋はめたりしたんだけどね。手の甲はスベスベになっても指先はだめだな」
「ウチの親指と同じですねー」
「全然違う。きみの親指は自分で剥いたからそうなってるんで、そういう自虐癖と一緒にしないでくれ」
「見た目は変わりませんけどねー」
「内容の問題だ」
アシスタントの女の子は先日までのヘアスタイルを少し修正した。
真ん中分けは本人的に不評であったらしい。
「そういえば仕入れ先のメガネの女の子がいただろ」
「あー、賢そうな人ですね。ウチよりちょっと若いんだよ」
「それはどうでもいい。とにかくその子がきょう変な靴を履いていたんだ」
「へえ。魔法使いみたいなやつですか?」
「そんなの履いてないよ。キルティングのやつでブルース・リーみたいなの」
「カンフーだ」
「そう。で、カンフーシューズみたいですねって言ってみたんだ」
「おとなしそうな人なのに」
「いいんだよ、そんなことは。そしたら本人はシャネル調を意識したんだって」
「あー、でもカンフーシューズとシャネルって全然違いませんか?」
「多分違うだろうな」
「メガネの人って確かいい学校出てるんですよねー」
「そういう雰囲気はあるね」
「カンフーか・・」
「きみの高校はどうだったんだい?円楽が先輩と言うことは前に聞いたけど」
「豚を飼っていましたね」
「ヨークシャーとかバークシャーとか?」
「よく覚えてないけど、そんなような種類だったと思います」
「でも豚ってきれい好きなんだろ?」
「うー、クサいですよ。すごいクサい」
「掃除とかするんでしょ?」
「そう、藁を代えたりして。当番制なんですよね。すごくクサいから」
「その豚はどうするの?食用にするの?」
「いやいや、ウチの高校ではそれはしないですね。ただ飼うだけ」
「飼育実習だからだね」
「そう、でもときどき連れて行かれるんですよ、どこか外へ」
「?」
「業者の人ですかねー。トラックに積んで運んでいくの」
「なるほど」
「前の日に先生が言うんですよ、ウチらに。明日でお別れだよって」
「悲しい話だね」
「ヤギもいましたよ。ヤギは可愛いですよ」
「ただ飼うだけ?ヤギの乳とか搾ったりするの?」
「やりましたねー。コツがいるんですよ」
「ふーん」
「あとはね、可愛いのがライオンウサギ」
「ウサギは何に使うの?」
「うー、ただ飼うだけですね。実習ですよ」
「犬は?」
「いましたねー。すごい大きいシェパードが2頭」
「いいね。犬はなつくから可愛いでしょ」
「怖いですよ。生肉とかウガッて食べたりして」
「生肉!ビタワンとかじゃないんだ」
「何ですか、ビタワンって?」
「あるじゃない、犬の飼料で。三宅裕司みたいなのが袋に描いてあって」
「ωみたいなやつですか」
「そうそう」
農業高校の授業は想像もつかないので色々聞いてみたいことがある。
とりあえず飼っていた動物のことと、先生がパグに似ていることはわかった。

Sc

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2008年2月 9日 (土)

きょうも中等の笛が鳴り響く(Mattarism60)

今年になってから、アシスタントの女の子の髪型が変わった。
前髪を真ん中で分けて額がでるようにしたのだ。
「おでこ出す心境は?」
「あー、ちょっとイメチェンですかね」
「春っぽいから良いんじゃないの」
「ウチはおでこ出すの嫌なんですけどねー」
「ギャル曽根スタイル卒業だね」
「うー」

別の営業のアシスタントはこのところ遅刻気味である。
私のアシスタントの女の子より2歳下の彼女は携帯依存症なのだ。
午前中の彼女の主たる興味は昼食に何を食べるかであり、午後からは夕食に何を食べるかである。
ちなみに私の仕事場に来てから7㎏ほど体重が増えたとか。
「ねえ、昨日体重測ったら少し減ってたの」
「あー、良かったねえ○○子ちゃん。どのくらい減ったの?」
「30グラム」
「すごーい」
30グラムが計測できる体重計とは一体何だろうと思い、聞いていると
「体重計でね、0.3㎏減ったのよ」
「あー、Wii Fitの効果出たんだねー。良かったじゃない」
彼女たち的には1㎏は100グラムの計算になるわけだ。
「えーと、0.3㎏は30グラムじゃなくて300グラムだぜ」
「エッ、そうだっけ。じゃあ1㎏って何グラムなんだろ」
「うー電卓でどう打てばいいのかわからないよねー」
滝田ゆう氏のマンガだったら、おそらく吹き出しの中はマッチの燃えかすとか何かつまらない物が描かれることであろう。

「あー、○○子ちゃん、パンとか詳しい?」
「パン?フランスパンとか?」
「こないだ料理の本見てたらー、パンを器にしてシチューを入れるやつあって」
「美味しそう!キノコのシチューとか?」
「うー、そんなのだったような気がするけど。それに使うパンでー」
「なんていう名前なの?」
「あー、たしかバゲットとかカンパーニュとか」
「バゲット?どんなパンだろうねバゲットって」
「ウチ的には丸いやつだと思うんだけどねー」
バゲットは長い形状のパンだが、それを器にするとはどういうことだろうか。
翌日アシスタントの女の子から報告があった。
「バゲットは違うみたいですねー。あれじゃ器にならないよ」
「じゃあカンパーニュを買ったんだ?」
「いやー、ウチの行ったパン屋さんだとカンパーニュはすごい大きくて、あれじゃシチューが大量に必要だと・・」
「ふーん。で、結局どうしたの?」
「玄米パンを買いましたねー。丸くてちょうど良いかなと」
「エッ?でも玄米パンじゃ皮が堅くないから器にならないんじゃないの?」
「あー、良いんですよー。大きさが肝心なんで」
「シチュー漏れちゃうぜ」
「うー」
おそらく連休明けにでも結果報告があるだろう。
滝田ゆう氏のマンガだったら、吹き出しの中には冬眠中のカエルが描かれているに違いない。

「そういえばあの角のゴミ出し場に立て看板があるけど、ちょっと変だったよ」
「えー、なんて書いてあるんですかー」
「『本日のゴミ集収は終わりました』って、収集だよね」
「あー、そんなのマシですよ。このFAXなんて『下記の商品を深してください』って書いてありますよ。深してって何よ?」
「本人は探してのつもりなんだろうな。こういう漢字の間違いはけっこう多いよね」
「ウチは間違いあったら教えてもらいたいですねー。直したいしー」
「そばかすがある」
「それは間違いじゃなくて顔にあるんですよー。ウチも知ってるし」
「アゴが曲がってる」
「それも知ってますよ。直らないから良いんですよー」
「特徴だね」
「そう。似顔絵を描いてもらうときにわかりやすいし」
「あれ?目元にホワイト入れたのか?」
「そう。アクセントですねー。でも難しいよ」
「ふーん」
「入れ方悪いと目ヤニみたいになっちゃうし」
「なるほど。昔、メヤニーという歌手がいたんだよ。『サークル・ゲーム』とか歌ってたんだ」
「あー、全然わからないしー」
仕事は絶不調であるが、まずは平和にやっているのだよ。

Fm

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2008年1月31日 (木)

サルリーマン禁太郎(Sily Conversation)19

「よう木島」
「やあ桑島、どうにも寒くていけないね」
「まあ冬だから仕方がない。ところでタクシーが禁煙になったな」
「おれはタバコ吸わないし関係ないけどね」
「愛煙家のタクシー運転手なんかは気の毒だぜ」
「イライラして事故ったりして」
「停車して吸うのもダメらしいから、吸いたいときは困るな」
「路上に停めて喫茶店とか喫煙所で吸ってたら駐禁とられたりしてね」
「踏んだり蹴ったりだな」
「きみが憤慨することもないだろ」
「おれの職場も禁煙だぜ」
「世の中は禁煙化の流れだし、仕方がないよ」
「禁煙、禁煙ってうるさいったらない。『禁煙』という2文字を見るのも嫌だ」
「嫌禁煙だね」
「煙禁両用メガネだって嫌だ」
「それは遠近だよ」
「例えばだな、おれは猿顔のやつが嫌いだからいっそ『禁猿』にしてくれたら・・」
「猿禁止かい。強引だな」
「『当社は禁猿です』って入り口に書いてあれば、猿顔の人は入ってこないぜ」
「事務所の中は犬顔やキツネ顔とかばかりになるのかい?」
「そうだ。猿顔の人は別に会社を作ればいい」
「隔離するのかい?」
「そこじゃ社長はいない。猿長と呼ばれるんだ」
「えんちょう?幼稚園じゃあるまいし」
「株主は愛猿家ばかり」
「なるほど」
「会議をやればいつも猿会になる」
「じゃあ猿会芸もあるね」
「もちろん猿回しだ」
「馬鹿なことを言ってるんじゃないよ」
「事務所に飾る花はサルビアで」
「いいってば」
「社員はみんなサンダル履きとかね」
「ちょっと無理があるね」
「これがサルリーマンの実態だぜ」
「他社の犬顔の人とは仲が悪そうだね」
「禁猿はトラブルの元になるだろ」
「確かに。でも禁猿なんかないから大丈夫だよ」
「禁老はどうだ。老人禁止」
「きみだってすぐ老人になるくせに」
「蘇る禁老」
「いいよ、蘇らなくても」
「そういえばおれは豚顔のやつも嫌いだな」
「禁豚かい。きんとんみたいだな」
「とんだ話で悪かったな」

Enkin

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2008年1月28日 (月)

深海でアクションペインティングすれば日本は沈没するか

1月も28日となれば今年も13分の1が過ぎようとしているわけだ。
だからどうしたということでもないが、そんな日に生まれた人びとは・・

1457年 - ヘンリー7世(イングランド王)
イングランドのテューダー朝の初代王であるが、その王位継承には疑問な部分があるという。
まあ昔は結構無茶無茶だったようだ。

1627年 - 徳川光貞(第2代和歌山藩主)
暴れん坊将軍・徳川吉宗のオヤジである。
当然、本人も暴れん坊であった。

1712年 - 徳川家重(江戸幕府第9代将軍)
暴れん坊将軍・徳川吉宗の長男である。
もちろん暴れん坊であった。

1791年 - フェルディナン・エロルド(作曲家)
フランスのオペラ作曲家らしいが浅学非才にしてよく知らない。
おそらくイヤらしい人だったであろう。
代表作は歌劇「ザンバ」である。

1858年 - ユージン・デュポア(人類学者)
ジャワ原人の発見者。ちなみにジャワカレーを発見したのは岩城滉一だ。

1881年 - 岩崎俊弥(旭硝子創業者)
三菱財閥の2代目の次男。
こういう人を父親に持っていたら、今ごろは・・

1884年 - オーギュスト・ピカール(物理学者)
気球に乗って成層圏に達したと思えば深海観測船で4千メートルの海に潜ったりと極端な学者である。
バチスカーフという名の深海観測船は小さい頃にプラモデルを作ったなあ。

1887年 - アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアニスト)
ウラジミール・ホロヴィッツと並び称されるピアノの巨人である。
穏やかでスケールの大きいその音色は高齢になっても衰えを知らなかった。

1901年 - 高橋新吉(ダダイスト詩人)
吉行エイスケなどと並んで日本におけるダダ文学者である。
後に禅の影響を受けた作品は海外でも評価されているという。

1912年 - ジャクソン・ポロック(画家)
ネイティブアメリカンの砂絵の技法に誘発されたドリッピングの絵画で知られる。
20世紀を代表する画家であったが、自動車事故で44歳の命を終えた。

1917年 - 望月優子(女優・政治家)
加藤嘉の義姉であり、木下恵介や小津安二郎監督の作品に出演した。
その後はタレント議員の道を進んだ。

1931年 - 小松左京(SF作家)
星新一、筒井康隆と共にSF御三家と呼ばれたが、最も博識だったのがこの人だろう。
日本沈没を予言した人であり、その通りになりつつある。

1937年 - 笑福亭仁鶴(落語家)
その昔はボンカレーのCMで全国区であったが、活動が関西中心であるから現在はどうなんだろうか。
まだエラは張っているのだろうか。

1941年 - 川崎のぼる(漫画家)
ご存じ「巨人の星」の漫画家であるが、私の世代には「いなかっぺ大将」のほうが人気が高かった。
星一徹のような父親よりもニャンコ先生のような師匠が欲しいものだ。

1942年 - 福留功男(フリーアナウンサー)
昔から何か計算高そうでイヤミな感じがするから好きじゃない。
ニューヨークにも行きたくないし・・

1949年 - 市村正親(俳優)
若い頃からギリシャ悲劇的な容姿は変わらない。
年齢差のある結婚は本人がロリコンなのか相手がファザコンなのか?

1951年 - 小林源文(漫画家)
戦争劇画の第一人者でありアメコミに影響を受けた独自の画風が評価されている。
余談だが、昔「この画面はハメコミです」というのをアメコミと間違えていたことがある。

1952年 - 三浦友和(俳優)
このところ露出が少なくなってはいるが、多彩な役柄をこなせるから重宝がられている。
奥さんが伝説のアイドルだと得なことばかりじゃないだろうな。

1954年 - 塩沢兼人(声優)
アニメから映画の吹き替えまで幅広く活躍していた中、自宅の階段から転落した際の脳挫傷で急死した。まだ46歳であった。

1955年 - 広瀬光治(ニットデザイナー)
見た目で絶対オネエキャラだと思っていたが、そうではないらしい。
とはいえブラウスみたいなニットを着こなす53歳はどうも苦手だ。

1955年 - ニコラ・サルコジ(フランス大統領)
奥さんとのトラブルで話題を集めた新大統領だが、いろんな意味でフランス的ではない人物であると言える。
なお「コジコジ」というマンガがあるが無関係である。
三人兄弟だから「猿孤児」と書くのは誤りである。

1968年 - サラ・マクラクラン(シンガーソングライター
通算アルバム売り上げ枚数は3千万枚以上というからたいしたものだ。
こういう妹がいれば今ごろは・・

1972年 - 新庄剛志(元プロ野球選手)
タレント転向は順調とも思えないのでいずれは野球に関わる仕事に戻るだろう。
楽天あたりで現役復帰とか・・

1975年 - 神谷浩史(声優)
趣味の猫いじりに好感が持てる。
交通事故からの奇跡の復活は良かったね。

1976年 - 高橋茂雄(お笑い芸人)
サバンナの片方。私のアシスタントの女の子のお気に入りであるらしい。

1977年 - 佐藤琢磨(F1レーサー)
スーパーアグリに移籍後は冴えないシーズンが続いたが、昨年はポイントも上げたし、今年は期待できる31歳。

1980年 - 遠藤保仁(プロサッカー選手)
代表になってから沢山の試合を見てきたが、正直進歩が見られない。
フリーキックは相手の壁に当てることが多いし、28歳の本人がいちばん壁に当たっているのかも知れないな。

Shukanshinjo

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2008年1月16日 (水)

今日も感想注意報(Mattarism59)

年が明けてからしばらくは暖かい日が続いたのに、ここに来て急に寒くなった。
そして株価はどんどん下がる一方であり、今年の先行きは不安だらけである。
カフカは「異邦人」だが、株価は阿呆人が経済政策を怠っているからなのだ。
暗澹たる気持ちで仕事をしているとアシスタントの女の子が言った。
「あー、寒いですねー」
「うん。きょうは風も冷たいし」
「ウチは昨日カレー鍋食べましたよ」
「ほう。レタスは入れたのかい?」
「レタス入れましたよー。あとソーセージ」
「ソーセージはどんなの入れたの?シャウエッセンみたいなやつ?」
「ウチはシャウエッセン入れましたねー」
「餃子はいれたの?」
「餃子美味しいですよねー。昨日は入れなかった」
「最後はどうしたの?うどんかご飯を入れたの?」
「ウチはうどんが好きですねー。でも昨日はうどん入れる前に腹が膨れました」
「ふーん」
実に平和である。不景気もなんのそのだ。
「そういえば君んちの妹はそろそろ卒業じゃないのか」
「うー、今年で高三ですねー。来年卒業ですよ」
「ふーん。じゃあそろそろ進路指導とかあるんじゃない?」
「どーするんでしょうねー。働けば良いんだけど」
「働きそうなの?」
「あー」
「進学したいとか?」
「それはないですよー。ばかだし」
「福原愛に似てるんだよね」
「そう。愛ちゃんみたいなんですよ」
「相変わらず部屋は片付けないの?」
「すごい汚いですよー。足の踏み場もない」
「じゃあ卒業したら最初にすることは掃除だな」
人間にとって一番大切なことは身の回りを片付けることである。
何かをする前に、まずは掃除から始めるのが良いに決まっている。
かくいう私だって、学生時分は試験勉強の前に机の整理をするのが常であった。
そして机の上から引き出しからあれこれと片付けているうちに勉強の時間が無くなることもまた常であった。
「成人式もあんまり盛り上がらなかったみたいだね」
「あー、ウチなんかもう過去の話ですよー」
「去年が年女だったもんな」
「そう。今年で25歳ですよー。もうギリですね」
「そうかい。やっぱ24歳と25歳は違うかい?」
「峠は越えたっていう感じですねー」
「ふーん」
「24歳ならまだ『若いねー』って言われるけど、25歳だと『ああ、そう』っていう感じ」
「そんなもんかね。あとは何歳がポイントなの?」
「あー、40歳ですかねー。40歳だとオバサンっていう感じ」
「ふーん。おれなんか今年で50歳だぜ」
「40も50もそんなに大差ないですねー。オジサンですね」
「そうか。じゃあ60歳だと?」
「お爺さん」
あと十年で私も「お爺さん」になってしまうのだ。
せいぜい正直になるように頑張らなくては。

Hs

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2008年1月 7日 (月)

Small news

ちょっと思うところあって、ブログの更新ペースを落とすことにした。
え?ネタが無くなったんだろうって・・・そうではない。
まあ、放っておくつもりはないのでご心配なく(・ω・)
Aqua

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2008年1月 6日 (日)

ザ・ネドシエイター(Sily Conversation)18

「よお、宍戸勲じゃないか」
「おお、有馬二郎か。新年おめでとう」
「何を言ってるかなー。こっちは4日から仕事してるっちゅうに」
「そりゃ失礼。相変わらず忙しそうじゃないか」
「いや、燃やすゴミの日だったから出勤したんだ」
「雑用かい」
「年末にくじ引きで決めたんだよ。去年はくじ運がなかったな」
「三が日は休みだったんだろ。何かやったかい?」
「元日はすごい早起きしたな」
「初日の出かい?」
「いや、大晦日が早寝だったから」
「そうか。で、早起きしてどうした?」
「雑煮を食ったね」
「正月らしいじゃないか」
「それからTVをつけてたけど、つまらないので寝たね」
「なんだ、早起きしても意味ないじゃないか」
「いやいや、昼過ぎにまた起きて雑煮を食ったね」
「ほう、また食ったんだ」
「それから郵便受けの年賀状を取ってきて、だらだらしていたな」
「まあのんびりするのも正月らしいわな」
「日が短いのですぐ暗くなってきたから、また雑煮を食ったね」
「雑煮ばかりだな」
「雑煮も止まらない」
「いいよ。初詣には行ったのかい?」
「12歳の頃かな」
「ずいぶん昔の話だな」
「みんなそのくらいじゃないのか。下の毛が生えるのって」
「それは発毛デーだな。違うよ、初詣だよ。お参りだってば」
「お参りねぇ。オマイリー小原っていたじゃない」
「スマイリーだな。相当古いよ。神社とか行ったのかい?」
「ポーク神社」
「生姜焼きだな。おせちにも飽きたからか。おれが言ってるのは社寺仏閣のほうだ」
「そう、おせちで栗きんとんを沢山食べちゃってね」
「え?それがどうした」
「お腹が張っちゃって、我慢したんだけどブゥーッて・・」
「オナラをブッコイちゃったわけか。ブッコクじゃなくて仏閣だぜ」
「帝釈天に行ったよ」
「最初からそう言えよ。柴又か」
「わたくし、生まれも育ちも木の又で・・」
「子供だましかい」
「でも今年の人出はたいしたことなかったよ」
「年々正月らしさが無くなってきているんだな」
「人でなし」
「何を言うか。それはお前のほうだろうが」
「まあ今年も頑張ろうや。北京オリンピックもあるし」
「そうだな。オリンピックの年は景気が良くなると言うからね」
「ハイ!ミナソナコトイウアルヨ」
「それはゼンジー北京だな。もういいわ」

Starfish

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2008年1月 2日 (水)

UNCLE "SHOWA"15

「叔父さん、新年おめでとうございます」
「誰かと思ったら宇美男かい。はいはいおめでとう」
「しかしこの辺も全然正月らしくないですね。注連飾りも見かけないし」
「だいたい三が日にひとりも子供の姿が見えんのがおかしいだろ。静かなもんだ」
「子供がいないわけじゃないですよね」
「皆、家の中でTVゲームか携帯をいじっておる。情けないもんだ」
「そういえば叔父さんの家じゃTVを付けてませんね。正月番組とか見ないんですか」
「去年のうちに収録した番組ばかりじゃ見てもつまらんからな」
「大晦日の紅白歌合戦とかは」
「昔は見たけどな。いつからか2部制になってからはやたら長くて見なくなったな」
「そういえば暮れや正月の番組って長いのばかりですよね」
「TVなんて1時間も見れば飽きちまうよ。だから駅伝も見ない」
「叔父さんは昔から駅伝嫌いですよね」
「そうとも。母校が出てると言っても選手を知ってるわけじゃないし」
「そりゃそうでしょ」
「TV局が押しつけがましくドラマにしようとする魂胆が見え見えだからな」
「たしかに中継はうざいですね」
「所詮、TVでやってるスポーツにせよドキュメンタリーにせよ、全て演出されたものだからつまらん」
「特に民放はスポンサーがある以上、やむを得ないですけどね」
「そういうのが昂じて昨年の亀田問題みたいのが起こるんだよ」
「まあ数字が取れれば何でも有りなんでしょうね」
「地デジだ、ハイビジョンだとTVのハードはどんどん良くなってきていても、肝心の番組が中身のないものばかりじゃどうしようもない」
「だから叔父さんはほとんどTVとか見ないんですね」
「それでも昔は暮れや正月にやる深夜映画が楽しみだったけどな」
「最近は見なくなりましたか」
「見たい映画などわざわざTV放映を待つまでもなく、何らかの手段で見られるようになったからな。CSとかDVDとか」
「でも、こないだ叔父さんが面白いと言っていた作品を探したら廃盤になってましたよ」
「良い作品が必ずしも売れるとは限らないからな。嘆かわしいことだが」
「そういうのを残していくことも文化でしょうに」
「物事のサイクルは昔と違ってずっと早くなってしまっておる。過去を顧みるのではなくほんの少し前を振り返るだけで十分な時代なんだろう」
「使い捨て文化ですね」
「だから表層的な批評ばかりが横行するんだな。歴史を疎かにすると文化はとても薄っぺらなものになってしまうのだが」
「なんだか今日の叔父さんはいつもと違って真面目ですね」
「普段がいいかげんだから正月くらいはシリアスなモードで通そうかと・・」
「なるほど。少しは見直しました」
「馬鹿にしおって。今度来るときはお土産を忘れるなよ」
「あはは。ではまた来ますね」

Pict1041

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2007年12月31日 (月)

Good-bye 2007

激動の1年も今日でおしまい。
ほんとうにいろんなことがあったなあ。
そのほとんどが暗い&悪いニュースというのは残念であるが・・

私自身はといえば、特筆すべきこともなく平穏な年であった。
といっても、つまらない1年であったわけではない。
ライブや撮影会で初めて行った場所も多かったし、そうした場所ですてきな人たちと知り合えたことは嬉しかった。
出会いというものは大切にしなきゃならない。

このブログも写真の比率が多くなってしまった。
撮影会がそこそこ多かったこともあるが、去年みたいに時事ネタを茶化しても洒落にならない世の中だったことが最大の理由かも。
安倍さんなんかはバカにしていたら辞めちゃうしね。

来年はどんな年になるんだろうね。
やりたいことは沢山あるけど、無理しない程度に頑張ろう。
ライブもいっぱい行きたいし、美術展とかも。
Macやカメラもそろそろ新調しないと・・・って、そんなお金はないぞ(・ω・)

ではまた来年(あと数時間か)
皆様、よいお年をお迎えください

Mouse

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2007年12月25日 (火)

馬の耳に年末(Mattarism58)

別の営業のアシスタントが配達から帰ってきた。
近くの得意先に自転車で行っていたのだ。
仕事場に戻った彼女を見て私のアシスタントの女の子が言った。
「あー、○○子ちゃん、チョー真っ赤だよ」
「?」
「あー、顔。顔中真っ赤だね。わははは」
「うん。こんなに寒いとは思わなかった。ナメてかかったね」
東京の気温にはいくつかのレベルがあるが、10℃を下回ると厳しいものがある。
今の気温は8℃くらいだ。
私はアシスタントの女の子に言った。
「自転車漕いでも結構寒いよね。君なんかも真っ赤になるんじゃないの?」
「ウチはならないですよ。逆ですね」
「無表情で青白くなるわけだね」
「うー、だから外に出ると具合悪そうに見られる」
「バイクだともっときついぜ」
「乗りませんよー。暖かくなるまでは停めっぱなしですね」
「そうだね。寒いときは転んでもすごく痛いし」
「わははは」
このところ、私が外に出る機会が圧倒的に多い。
必然的にアシスタントの女の子が留守を守るわけだが、仕事慣れしてきたせいか、時々ミスが出るようになった。
以前ならわからない仕事は放置しっぱなしだったのだが、最近では自分なりの判断で勝手に片付けてしまうのだ。
「ねえ、これは◇◇に注文してくれたよね?」
「あー、◇◇だったんですか。ウチは▲▲に頼んじゃいましたよー」
「うん、次の行は▲▲で良いんだけど、これは◇◇だな」
「そうですか。メモっておこう」
「それがいい」
とは言っても、メモを取っているからといって安心はできない。
メモ帳の中にウサギや熊の絵を大量に描いているアシスタントも過去にはいたのだ。
身につけると言うことはメモに残すことではなく記憶することである。
「そういえば、また描いてもらったんですよー」
「?」
「ウチと彼氏の似顔絵ですよー。また前と同じとこに行ったから」
「1年ぶりくらいだね」
「そう。で、似顔絵描く人が2人いて、前に描いてもらった男の人と別の女の人」
「へえ」
「ウチとしては前と同じ人に描いてもらって比べたかったんですけど、今回は女の人だったよ」
「まあ、別の意味で比較できるじゃない」
「ちょっと見せますね」
アシスタントの女の子は自分のバッグをゴソゴソやって絵を取り出した。
「今回はマシじゃない。君のほうは結構似てるよ」
「あー、そうなんですけど、彼氏のほうが・・」
「うーん。髪がちょっと」
「額がすごいですよね。今にも禿げちゃうみたいに」
「サイドがボリュームあるから、ヅラっぽいかも・・」
「変ですよねー」
「本人はどんな感想だった?」
「うー、自分じゃ似てるかどうかわからないって」
「うーん・・」
しかし、同じ場所にデートで行って再び似顔絵を描いてもらうカップルというのも奇妙なものだ。
また自分の家の壁に飾るのだろうか。

Pkc

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2007年12月19日 (水)

きみたちに明日はない - (Sily Conversation)17

「うおー」
「どうした木島?」
「どうしたじゃないよ。おれが『うおー』って言ったらお前は『さおー』って言わなきゃダメだろ」
「右往左往言ってる場合じゃないだろ。もう今年も残り少ないし・・」
「そうだな。そろそろ年越しの準備をしなくちゃならないな」
「ほう。何をするっていうんだい?」
「まず沢山食料を買い込む」
「なるほど、それから?」
「ベッドのシーツと枕カバーとベッドパッドを洗濯する」
「ふむふむ」
「それから冬眠するわけだ。暖かくなるまで」
「熊じゃあるまいし」
「いろいろ悩みが多いからな」
「それはマレー熊のツヨシだな。こないだTVで見たよ」
「実際、年末だからって別に変わり映えはしないな」
「昔みたいに店が休みになるわけじゃないしね。買い置きする必要もない」
「長い間お世話になりました・・」
「それは書き置きだな。ボケてどうする」
「ボケといえば最近ほんとうに物忘れがひどくなった」
「おれの知り合いにもそんなことを言ってる奴が多いぜ」
「こないだも実家に帰ったら知らないジジイがいたんで訊いたんだ。『アンタ誰?』って」
「誰だった?」
「『テメエの親父を忘れたか!』って怒鳴られた。おれの親父だったらしい」
「それは谷啓の歌じゃないか。これを読んでる人はほとんど知らないだろうが」
「いや、実際に仕事場の若い連中と話をしてると、ギャップを感じるよ」
「どんな風に?」
「例えば、おれはプロレスが好きだけど、昔のレスラーとかの話をしてもサッパリ伝わらないんだな」
「昔のレスラーって、例えば誰?」
「グレート・アントニオがバスを引っ張った話とか、ゴリラ・モンスーンとか」
「そりゃ古いわ」
「キラー・コワルスキーがユーコン・エリックの耳をニードロップで削いだ話や、アントニオ・ロッカがアルゼンチン・バックブリーカーを得意とした話なんかも全く通じないんだぜ」
「そういうマニアックな話はおれだってよく知らないよ。ハッスルとか、最近のネタじゃないと今の連中は知らないだろうさ」
「うん。だからもし相原勇が曙と結婚していたら、今ごろはインリンをお義母さんって呼んでたのに・・なんて話をしたけどダメみたいだ」
「微妙に古いネタだな。プロレスよりも音楽のほうが話題としては良いんじゃないか?」
「したよ。永ちゃんとか・・」
「永ちゃんは幅広いファン層があるからな」
「それは矢沢だろ。おれが言ってるのは永六輔だぜ」
「遠くに行きたかねえよ」

Gm

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2007年12月14日 (金)

イヤな個性だねぇ・・(Mattarism57)

先日、今年をあらわす漢字が発表された。
偽造の"偽"である。
個人的にはここ数年ずうっと"偽"が当たり前みたいに感じるので、現在は西暦ニセン年代じゃないかって思ったりしている。
アシスタントの女の子にそんな話をしてみた。
「今年の漢字は"偽"だってね」
「あー、ウチは疑惑の"疑"かと思ってたんですよー」
「まあこちらからの視点じゃ"疑"だわな」
「でも「偽」って変な字ですよねー」
「そういえば朝のTVで、渋谷の女の子に自分にとっての今年をあらわす漢字を書いてもらってたら、"金"って書いてた子がいた」
「"金"ですか。良いですねー」
「でもその字が変だった。金の下の字が"玉"になっていたよ」
「点が一個足りないですね。バカなんじゃないですか」
「バカかどうかは分からないけど、漢字を知らないのは良くないね。携帯で変換とかしてるから実際に書けない字が多くなっちゃったんだろうな」
「わはは」
「なんとなく形でおぼえているから似たような字にはなるけどね。でもそういうのって一番タチが悪いよ」
「うー、思いこんじゃってるんですよね。ウチも書けない字いっぱいあるよ」
「自分の名前とかに使われてたら間違えないんだろうけどね」
「でも"偽"っていう字が名前の人とかいたらいやでしょうね。今年は」
「"偽"が付く名前ってあるかい?」
「タメゴローとか」
「あれは"為"だよ。にんべんがつかないんだ」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ」
別の営業のアシスタントが話しかけてきた。
「ねえ、メンタムとメンソレータムって同じだよね」
「あー、たぶん一緒だよ。ウチの家にも確かあったよ」
「あれってキンエってとこだよね」
「そうそう、キンエって書いてあるんだよね。なんだろうね」
「あれはキンエじゃなくて「おうみ」って読むんだ。滋賀県あたりを昔は近江って言っただろ」
「あー、そうなんですか。初めて聞いたよー。キンエじゃないんだ」
「アタシもずうっとキンエだと思ってた」
「近江兄弟社だな」
「そうか。キンエ兄弟じゃないんだ」
「なんかKinKi Kidsみたいですねー」
そこへ得意先の人がやってきた。
しばらく仕事の話をした後、その人が言った。
「○○さん(別の営業のアシスタント)は営業向きだから、外回りすれば良いんじゃないの」
「えへへ。でもアタシは数字が弱いからダメですよ」
「この子は指の数しか計算できないからな」と私。
「○○子ちゃん、じゃあウチも一緒に行ってあげるよ。2人で行けば20までは大丈夫じゃない」
「わ、うれしい」
そして得意先の人は無言で帰って行った。

Tg

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2007年12月10日 (月)

蛍光灯でチャンバラ遊び(Mattarism56)

めっきり寒くなってきた。
昔はもっと寒かったぜと言われれば、そんな気もするのだが、つい数ヶ月前と比べたら全然寒いわけで、やっぱり12月なんだ。
そんなわけで、最近は主要な集配達は私がやっていて、アシスタントの女の子が留守番をするケースが多くなってきているのだ。
「留守中に何かあったかい?」
「あー、別にないですよ。FAXで発注が来ていたんで注文しておきましたよー」
「ふーん。どれどれ・・細かい注文が多いな」
「細かいですねー」
「△△さんから来ている注文は納期がかかるね。返事したかい?」
「はあ。連絡したら返事か来たんですけど、変なんですよ。『待ちますが、色は真っ白やろか』って書いてあります」
「なんで関西弁なんだ? どれ、見せてよ」
「これですよー」
「何々・・あー、字が汚いんだね。『やろか』じゃなくて『ですね』って書いてあるんだ」
「うー、字が汚いのは読めませんね」
「他には何かあったかい?」
「近所の得意先に行ったら、●●さんに絡まれました」
「何かミスしたのかい?」
「なーんにもないですよ。●●さんはたまに絡んでくるんですよ」
「自分がヒマだと絡んでくるんだな」
「まあ仕方がないですよー。60歳過ぎてるし」
年齢と何の関係があるのかわからないが、絡むのは良くないことである。
私も昔は新橋の料理屋で働いていたころによく絡まれた。
相手が酔っぱらいだからしつこくて閉口したものである。
「そうそう、1軒の細かい集金をしてきたよ。経理に持って上がってくれ」
「はあ。4千円くらいですかー」
「君が立て替えても良いくらいの額だね」
「ウチには大金ですよ。結構いい服が買えちゃう」
「○○○堂で買うからな」
「わははは。そういえば出かけてる間に何度もスズメがのぞきに来てましたよ」
「昨日が休日だったからお腹が空いているんだな。コメやってくれたらいいのに」
「ウチが行くと逃げますよ。臆病だから」
「きみが挙動不審だからだろ」
仕事場に来るスズメたちは本当に面白い。
寒くなってから入り口の扉を閉めていると、見える高さまで羽ばたいて飛び上がる。
そばに行くとホバリングして目の高さで羽ばたいているのだ。
「明日は曇りで昼から雨が降るかも知れないってラジオで言ってたよ」
「はあ、また留守番ですねー」
「あと2週間くらいで仕事も終わるから、急ぎの注文が多くなるよ」
「あー、大丈夫ですよ。ウチのペースでやりますから」
「それじゃだめだ。相手のペースでやってくれ」

Chunta

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2007年12月 9日 (日)

講道館でブタ刑事はオレ流ファイトを決められるか

久々のお誕生日シリーズだな

1608年 - ジョン・ミルトン(詩人)
英国の詩人で『失楽園』で知られる。
40代なかばで失明したが、代表的な著作はそれ以降に記された。
心の目のほうが確かということだろう。

1837年 - エミール・ワルトトイフェル(作曲家)
いまなお演奏される「スケーターズ・ワルツ」の作曲家である。
ヨハン・シュトラウス2世と比較されるが、月とスッポンとは言わないまでも、そのくらいの差はある(もちろんヨハン・シュトラウス2世のほうが月)。

1860年 - 嘉納治五郎(講道館柔道創始者)
「柔道の父」と呼ばれる柔道家・教育者であり、この人の名を取った国際大会が行われている。
名前はジゴローだが、真面目な人に違いない。

1868年 - フリッツ・ハーバー(物理化学者、電気化学者)
ノーベル化学賞受賞の天才科学者だが、軍部に利用されて毒ガス開発も行った。
ために「化学兵器の父」という不名誉な呼ばれ方もされている。
自身はユダヤの血を引くこともあり、栄光と失意の生涯を送った。

1906年 - グレース・ホッパー(計算機科学者)
アメリカの女性科学者であり軍人である。キリギリスではない。
「マーク」シリーズのコンピュータ開発や、コンピュータ言語「COBOL」を開発したことから「コボルのオバちゃま」と称された(うそ)

1915年 - エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ歌手)
ドイツのソプラノ歌手。
フルトヴェングラーやカラヤンとの名盤は数多く、希代の名歌手のひとりである。
シュワルツネッガーがロボ・コップを演じたらシュヴァルツコップになると考えたがどう考えても美声じゃなさそうなので・・

1916年 - カーク・ダグラス(俳優)
映画デビューは30歳の時であり、それまではプロレスラーなど職を転々とした。
私が好きな作品は69年の『アレンジメント』で、この映画でフェイ・ダナウェイも好きになった。
息子のマイケルは変態っぽい顔付きだが、親父さんは本当に格好良い。

1926年 - 宮脇俊三(紀行作家)
鉄道を愛し、その楽しさを綴った文章で全国の鉄道ファンを増やした。
戒名は「鉄道院周遊俊妙居士」というから本物だ。

1933年 - ペギー葉山(歌手)
かつては夫である根上淳氏とおしどり夫婦ぶりをTVで披露していたものである。
うちの仕事場にも「南国土佐を後にして」東京にやってきた女の子が働いているが、タバコばかり吸う不良娘である。

1934年 - ジュディ・デンチ(女優)
英国の女優で、『恋に落ちたシェークスピア』のエリザベス1世役でオスカー(助演女優賞)を授賞した。
全く関係ないが、デンチというのは中華料理では蛙のことだ。

1939年 - 市川猿之助(歌舞伎役者)
スーパー歌舞伎で空を飛びまわっていたが、脳梗塞を発症してからは表舞台から遠ざかった。
香川照之の父でもある。

1941年 - 白石加代子(女優)
昔、この人の舞台写真を見てすごく怖かったことを思い出した。
狂気やドロドロを演じさせたらピカイチ。
おそらく普段は地味でおとなしい人なんだろうと想像する。

1941年 - ボー・ブリッジス(俳優)
気の良い兄ちゃんジェフ・ブリッジスの本当の兄ちゃん。
顔付きは確かに兄弟似ているが、やはり兄貴のほうが貫禄がある。

1947年 - 安彦良和(漫画家・キャラクターデザイナー)
『機動戦士ガンダム』のアニメーターを経たのち漫画家になる。
代表作は『ナムジ』、『王道の狗』など。
独自の画風はマニアからの高い評価を得ている。

1950年 - 綾小路きみまろ(漫談家)
人柄溢れる毒舌漫談で中高年に人気がある。
自身が苦労人であるから毒を吐いてもソフトな印象をあたえることが最大の武器か。
ヅラ着用はカミングアウト済みだが、実はヅラの下にハゲヅラを着用していることはまだだれも知らない(そんな奴はいないか)。

1953年 - 落合博満(中日ドラゴンズ監督)
好き嫌いはあるだろうが、揺るぎない実績に裏付けされた「オレ流」を私は断固支持する。
エピソードには事欠かないが、稲尾和久氏の死去に際してのコメントには人間・落合博満が率直に現れていて心打たれるものであった。

1953年 - ジョン・マルコヴィッチ(俳優)
アメリカの個性派俳優。
秘密の穴があるらしい。

1955年 - 渡辺裕之(俳優 )
実家が写真館であったという話を以前TVで見たことがある。
ファイト一発で人命救助もしてしまう男前だ。

1955年 - 高砂親方(元大関朝潮)
その指導力の無さとパイロットシャツで今年話題になった人物。
(私も同世代なので指導力の無さは共通しているが、あのシャツは着ない)
大阪にてチャンコ・チェーン「朝潮」を展開しているそうだ。

1959年 - 春風亭昇太(落語家)
今、最も売れっ子の落語家であろう。
軽妙な語り口と嫌われないキャラクターが武器。
ハムスターを買っているのも○

1963年 - 徳仁親王妃雅子(日本の皇族)
「雅子さま」である。多くは語るまい

1965年 - 五味孝氏(ミュージシャン)
元T-BOLANのギタリスト。
この人のように名前の最後が「氏」で終わる場合、五味孝氏氏と書くのはどうか?

1967年 - 小林勝(ミュージシャン)
元SADSのベーシストであり、クロマニヨンズのサポートメンバーを務める。
現在はnilのメンバーでもある。

1968年 - カート・アングル(プロレスラー)
アトランタオリンピックのレスリング金メダリストであり、実力あるプロレスラー。
私がWWE(当時はWWF)を熱心に見ていた頃の花形スターであった。
(嫌いだったけど)
その後、新日のリングなどにも上がったようだが良くは知らない。

1975年 - bird(ミュージシャン)
しばらく見ないうちに妊娠・出産していたらしい。
しかも父親はみうらじゅんって。

1976年 - 福永祐一(騎手)
天才と呼ばれた父親を持つと子供は苦労するものだが、非常に良くやっている。
本人は努力の人だ。

1978年 - ISSA(歌手)
おそらく帽子は脱げないが、男前である。

1979年 - OLIVIA(歌手)
D&Dの頃は?という感じだったが、ソロになってからは独自の世界を歌うシンガーになった。
ヴィジュアル的にも格好良いよね

1979年 - 上村愛子(モーグル選手)
日本のモーグルスキーヤーの第一人者。
見かけに似合わない声にビックリされられる。

1980年 - 高橋一生(俳優)
仲良しの岡田准一とは正反対の顔立ちだが、TV中心に活躍中。
和み系。

1982年 - 岡本綾(女優)
いろいろあって休業中?

Milton

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2007年12月 5日 (水)

UNCLE "SHOWA"14

「おじさん、こんにちは」
「おや、シュビ吉じゃないか。元気でやってるかね?」
「いやだな。一昨日に道で会ったじゃないですか」
「そうかな?そういうことにしておこうか」
「ほんとうに歳をとると忘れっぽくなっちゃうんですね」
「そうとも。歌にもあっただろ、『ちょっと前でも覚えちゃいねえが、3年前じゃ全然分からない・・』って」
「なんか違う気がしますけど」
「まあいいさ。ところできょうは何の用だ」
「ちょっと調べ物をしていまして、叔父さんとこにある昔の雑誌を見せてもらおうかと思って来たんですよ」
「ああ、2階の部屋に置いてあるから勝手に探せばいい」
「ありがとうございます。じゃあ早速・・」
「但し!」
「え?但し何でしょう?」
「【秘密】と書いてある紙包みは絶対に見てはならんぞ」
「そんなことを言われると逆に興味が湧いちゃいますよ。何なんですか?」
「それは秘密だ」
「じゃあ仕方がありませんね。ちょっと失礼します・・・」
「散らかしっぱなしにするんじゃないぞ」
シュビ吉は2階に上がっていったが、しばらくして何冊かの古雑誌を手に降りてきた。
「ありましたよ。ずいぶんきれいに整理してありますね」
「だろ。月刊誌なんか歌本とセットで保管してあっただろ」
「おじさんがこんなに几帳面だったとは意外ですね」
「そうとも。学生時分は英語の教師からも言われたもんだ。"You are wood-note"ってな」
「下らないことを言ってちゃだめですよ」
「ところで何を探してたんだ?」
「古い広告ですよ。ブルース・リーの『燃えよドラゴン』が流行った頃に、やたらにあったヌンチャクとかの通販のやつ」
「ヌンチャクか、懐かしいな。そういえばあの頃、ヌンチャクかムンチャクかということで教室内で揉めたことがあったよ」
「へえ」
「ムンチャク成恭なんていう人もいたからな。こども電話相談室なんかに出てた」
「知りませんね」
「通販で買ったヌンチャクは粗悪なものが多くて、振り回していると飛んでいってガラスを割る騒ぎが何度もあったな」
「怪しい商品だったんですね」
「そう。怪しいと言えば、『怪獣のぬいぐるみ』を売りますという広告がマンガ雑誌に良く出ていたもんだ」
「レアものじゃないですか」
「ところが送られてきたのは豆電球と電池とかゴム手袋とかのガラクタで、ずいぶんガッカリしたもんだ」
「詐欺ですね」
「まあ子供だましという言葉通りでこどもを騙していたわけだな」
「ふーん。純真なこどもが多かったんですね」
「そうとばかりは言えないがね。エッチなやつも多かったし」
「男の子っていうのはいつの時代もそうしたもんですよ」
「当時の友達はいつも『プレイボイン』とか『平凡パンツ』とかをこっそり買っていては自分の部屋で見ていたもんだ」
「グラビア目当てでしょうね」
「自分の部屋には絶対に入るなって母親に言ってな。そしてしばらくするとグッタリした顔で出てくるんだと」
「ははぁ・・」
「ある日、心配になった母親がたまりかねてそいつの部屋に飛び込んだところ・・」
「・・どうなりました?」
「部屋の中には1羽のツルがいて自分の羽で機を織っていたという」
「へえ・・そんなわけないでしょ!」

Mutyaku

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2007年11月30日 (金)

焼き芋をおかずに白飯を食え(Mattarism55)

めっきり寒くなってきた。
スズメたちにコメを与えたり到着の荷物を開けたりしているうちにアシスタントの女の子がやって来た。
相も変わらず無表情である。
「おはよーございます」タイムカードを押してどんどん階段を上がっていく。
しばらくしてからカップになみなみと白湯を入れて階段を下りてくる。
いつのまにか普通の顔付きになっているのが面白い。

「こないだ仕入れ先の人が言ってたよ。きみがいつも入ってくるときは緊張しているって」
「あー、そうですかねー。ウチは別に普通なんですけどね」
「寒いからじゃないの?会社に来るときも無表情だし」
「自転車ですからねー。やっぱ寒いのかも」
「何か面白いこと考えながら行けば良いんじゃない?」
「うー、ウチはつまらない人間ですから」
「いや、非常に面白いと思うけど」
「そういえば香川の事件、犯人捕まりましたねー」
「お金が絡んでいたみたいだね。やっぱお金は怖いね」
「あー」
「もし200万円とか借りたらどうやって返す?毎月1万円ずつ返すかい?」
「給料少ないし、そのくらいしか返せないですねー」
「あは、何年かかることやら」
「えーと、1年が12ヶ月だから2年で24ヶ月。4年で48ヶ月だから・・」
「?」
「まあ、ずいぶんかかりますね。たぶん。ねえ○○子ちゃん」
○○子ちゃんというのは別の営業のアシスタントだ。
「え?そうじゃない。8年くらいかもね」
「わははは」
笑い事ではない。
そうこうしているうちに経理が外出した。
「あー、銀行に行ったみたいですねー」
「ふーん」
「どこの銀行に行ったんだろう」
「実は子供銀行だったりして」
「えー、じゃあお札とか小さいやつですか?」
「そう」
「やだな。来月から給料がそこに振り込まれたら」
「5千円札なんて可愛い女の子が描かれてたりするんだよ」
「うー、女の画のお札なんて無いじゃないですか」
「え?だって5千円札は樋口一葉だろ」
「あの人って女だったんですか?」
「知らなかったの?」
「あー、ウチは一葉くんという男の人だと思ってましたよー」
「まあ確かに伊藤一葉という手品師はいたけどね」
「え?知らないよー」
樋口一葉もアシスタントの女の子にかかれば形無しである。
そこへ○○子ちゃんが加わってきた。
「樋口一葉が女の人なのは常識ですよ」
「そうなんだ。ねえ○○子ちゃんはまだビリーやってんの?」
「もう除隊しました。効果ないし」
「わはは、効果無いんだ」
「そう。別の部分に悪い効果があるような気がする」
「へえ。じゃあビリーとはおさらばじゃない」
「私が思うには、ビリーとは方向性が違ったんだと思う」
隣で聞いていると訳が分からなくなってくる。
こんな仕事場で毎日やっているのである(・ω・)#

Am

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2007年11月28日 (水)

毎日がバリューセット-しりかん(Sily Conversation)16

「やあ木島」
「よう桑島。風邪は治ったかい?」
「風邪なんかひいてないよ。誰かと間違えてるんじゃないのか」
「それは何よりだ。ところで守屋氏とうとう逮捕みたいだね」
「ああ、容疑が固まったらしいね」
「山田陽子とデキてたからな」
「陽子じゃなくて洋行だよ。会社の名前で個人名じゃない」
「ちょっと前なら覚えちゃいるが・・」
「それもヨーコだよ」
「しかしマクドナルドといい崎陽軒といい守屋氏までもがね。食べ物は怖いね」
「ん?守屋氏は接待とかだろ?食べ物じゃなくて」
「だってラジオで言ってたよ。シュウマイで逮捕されるって」
「シュウマイじゃない。それは崎陽軒だな。守屋氏は収賄だ」
「収賄ってのは点心の一種かい?」
「違うね。賄賂をもらうことを収賄って言うんだ」
「名古屋で?」
「それは賄賂じゃなくて"ういろう"だね」
「待てば賄賂の日和ありって言うよね」
「それは海路だな。ことわざはちゃんと覚えておかないとだめだよ」
「意味が通じていればいいんだよ」
「しかし、守屋氏の年齢を見てちょっと驚いたよ。60歳を越えていたんだね」
「ははぁ、言いたいことが分かったよ。髪の毛だろ」
「いや、そうは言ってないよ。でもずいぶん若々しい感じだよね」
「ヅラか」
「いやいや、そうじゃなくて・・」
「ほんとに今年はヅラで始まりヅラで終わりそうだね」
「またそんなふうに言う」
「今日の仕事はヅラ買った〜♪」
「いいよ、もう。ところで朝のTVを見てたら小沢氏が出てたよ」
「オザケンか?」
「いや、小沢一郎のほうだ。IKKOさんと同じステージに立っていたな」
「メイクでもしてもらったのかな」
「そうじゃなかったよ。ふたり揃って『どんだけ〜』をやってた」
「何だそれ?『どんだけ』を2人でやるから『どんだケツ』っていうことかな?沢ケツという女優もいるぐらいだから」
「それは沢尻だね。間違えちゃいけないよ」
「そうだ、芸能界といえば桂銀淑が逮捕されたじゃない」
「ああ、覚醒剤だね。数ヶ月前から内偵されていたって話だね」
「桂銀淑って『釜山港へ帰れ』の人かと思ったよ」
「あれはチョー・ヨンピルだよ。性別も違うじゃないか」
「まったく芸能人が何かしでかすたびにヤクが出てくるね」
「入手経路を追求されるみたいだよ」
「『覚醒剤の喫茶店』という歌もあるぐらいだから、そんなところじゃないの?」
「そんな歌はないよ」
「もう『おふくろさん』は歌えないね」
「それは違う歌手の話だよ」
「喉が渇いたな。何か飲もうよ」
「あそこにスタバがあるから行こう」
「スタバの陰という言葉もあるしね」
「ないよ」

Dogs

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2007年11月26日 (月)

Suspicious

ミシュランの日本版が発売されて話題になった。
なんでも東京はパリやニューヨークよりも星の付いた店が多いとか。
ふーんという感じである。
イアン・フレミングの小説の翻訳で「ミシュラン」が「ミケリン」になっていたなんて、嘘みたいな話だね
Fussa
他人の評価より自分の舌のほうが信頼できるから、自分にはこの手の本は必要ない。
ただ方向音痴だから分かりやすい地図さえあればいい
(写真と文章は何の関係もありません)

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2007年11月22日 (木)

勝負は勝ち負けじゃない(Mattarism54)

先日は彼氏と一緒に写真展に来てくれたアシスタントの女の子である。
以前に街で描いてもらった似顔絵を見せてくれたことがあって、すごい長身のイメージがあったのだが、実際に見た彼氏はどちらかといえば小柄な男性であった。
「彼氏ってもっと大きいのかと思ったよ」
「あー、全然大きくないですよー。あんなんです」
「似顔絵じゃオッサンみたいだったのに、実際は幼い感じだね」
「そう。前に学生だと思われたことがあるし」
「こないだは写真展のあとで何処に行ったんだい?」
「聞いてくださいよ。ウチ初めて献血に行ったんですよー、あのあと」
「へえ。献血か」
「そう。で、彼氏は400cc採血されて、ウチはダメだった」
「何で?」
「あー、何か血が薄いみたいですよ。使えないんだって」
「ふーん」
「最初にウチを見て、痩せすぎてるから無理って言われたんですけど、実際の体重を言ったらOKだって。痩せて見られたんだ」
「それは自慢かい?」
「まあまあ。で、調べてもらったら薄くてダメでした」
「彼氏は平気だったんだ」
「血は問題ないみたいですよ。あ、その時に言われたんだ。学生じゃないかって」
「髪は薄いけど血は濃かったんだね」
「全くですよー」
その髪の量だが、アシスタントの女の子から聞いていたほど薄くはなかった。
頭の中では温水洋一のようなイメージを持っていたので、ちょっと落胆した。
「あー、彼氏も言ってましたよ。意外だって」
「何が?」
「もっとスーツとか着て堅い感じの人だと思ってたって」
「それはきみの説明不足だろ。スーツなんて着ないじゃん」
「そう。いつもジャージみたいな格好ですよね」
「だって面倒くさいからね」
「ウチも最初はいつも同じ格好なんで、着替えないのかと思った」
「同じ服を沢山買うのが楽でいいからね。同じように見えるけど毎日着替えてるよ」
「知ってますよー」
そんなところに得意先の人が来店した。
その人はアシスタントの女の子を見て言った。
「ずいぶんお洒落なネックレスをしてるね。そのパールは服に合わせた色に染まってるじゃない」
「あー、これ。最初からこの服についてたんですよー」
「へえ、そうなんだ。薄緑の服に同色のパールなんていい感じだね」
「わはは」
「また1500円とかの服なんでしょ?」と私。
「うー、違いますよー。これは高かったよ。4000円近くしたし」
「そうなの?いやあ9800円くらいかと思ったよ」と得意先の人。
「ウチにしたら4000円といえば豪華ですよー。年に数着しか買えないよ」
「でもバイクとかはポーンと買っちゃうじゃない」
「あー、バイクはしょうがないですよ。激安とか無いし」
「きれいだから何を着てもよく見えるね」と得意先の人が言った。
「わははは」
「良かったね。褒められたじゃないか」
「うー、褒められても何もでませんよ」
「こないだまで鼻水出してたじゃない」
「そう。でももう治りましたから」
1500円でも4000円でも大差はないと思うのだが、本人にとっては大違いなのだ。
そういえばこの日はいつものメガネじゃなくてコンタクトをつけていた。
どうしたのかと聞いたら「何かあるんですねー」と言ってたっけ。

Kanban

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2007年11月14日 (水)

ホワイトボードに赤ペンキ(Mattarism53)

このところずっと風邪気味なのがアシスタントの女の子である。
初めはノドが超痛いと言っていたのだが、数日後には鼻が詰まると言っていた。
今では時々咳が出るという。
机をはさんで1m以内の距離に居るわけだから、伝染ってはたまらない。
というわけでなるべく目を合わさないようにして指示を出している。
「あー、ウチもう治りましたよ。全然普通ですから。・・ゴホゴホ」
「咳が出てるじゃない」
「たまにですねー、ノドに何かがこみ上げてくるんですよ。イガイガしたの」
「それって、やっぱりまだ治ってないんだよ」
「うー」
「というわけだから、午前中の集荷は行かなくていいよ」
「でも大丈夫なんですけどねー」
先月後半で集配のパートが居なくなったのである(経費節約のためだが)。
そのためアシスタントの女の子が近場を自転車で回ることになったのだ。
このブログを読んでいる人はご存じだと思うが、彼女は普通免許も中型2輪免許も持っている。
しかし、本人曰く「地方限定免許」のため、都内では運転したくないとのこと。
まあ、事故とか怖いから自転車のほうが安心に決まっている。
スーパーでもらった青いエコバッグを持って数軒を集荷に回っているわけである。
「そういえばね、△△会社の人が言ってたよ。きみは面白いって」
「えー、ウチは何も話してませんけどねー。座ってハンコ押すだけですよ」
「面白オーラが出てるんじゃないの」
「そうですかねー。キャラ変えないと駄目ですかね」
「んー、泣きキャラとか」
「うー、演技苦手だからなー」
「まあ何でもいいや」
無愛想だとか言われるよりも面白いと言われるほうが良いに決まっている。
アシスタントの女の子独特の「ズレ感」はおそらく初対面の人でも感じるのだろう。
「さっき商品を取りに行ったら○○会社の担当の女の子は写真が趣味なんだって」
「あー、意外ですねー。おとなしそうな感じなのに」
「おとなしそうな写真好きはいっぱいいるよ。前の職場は写真屋さんだって」
「きっと写真学校とか出てるんでしょうねー。そんな気がする」
「何だよ、さっきは意外だって言ってたのに」
「あー、さっきはそう思ったんですよ」
「写真学校ねー。案外、きみと一緒の高校だったりして」
「杉農。ウチは農業高校ですよ」
「三遊亭円楽が先輩なんだよね」
「でも学年は違いますよ。見たこと無いから」
「当たり前だ。円楽と同窓生だったらきみはいくつになるんだ」
「わはは」
「笑い事じゃないよ」
「担任はパグに似てるんですよ」
「いいよ、そんなことは」
「豚の世話とかしたんですよ。すごい臭い」
「いつかそういう経験が役立つときもあるだろうね」
「でも数字とかすごい弱いんですよ」
「言われなくても知ってるよ」
アシスタントの女の子の要望もあって仕事場は禁煙になった。
しっかりノドに気をつけて仕事してくれれば良いよ。

Dcat

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2007年11月 5日 (月)

解説者もビックリーグガム-しりかん(Sily Conversation)15

「よう、木島」
「やあ、桑島。一週間ぶりだな」
「しかしこの一週間の間にいろんなことがあったね」
「そうだっけか?例えば何だ?」
「落合中日が日本一になったじゃない。53年ぶりだって」
「53年前と言えばオヤジもお袋も結婚していなかった。あの頃に帰りたい・・」
「帰ってどうする?それはともかくずいぶん長い間日本一になっていなかったんだね」
「でも、落合は偉いよ。就任4年で3度の日本シリーズ出場だろ」
「そうだね。オレ流も結果が伴えば文句は言えないね」
「でも、今回はいろいろ文句がついたじゃないか」
「ああ、第5戦の継投問題だね。何せ完全試合がかかっていたからね」
「そう、正しい行いをしていたものが最後には勝つという」
「それは勧善試合だね。違うよ」
「敵味方とも和服で戦うというやつだな」
「それは丹前試合だね。そうじゃなくてノーヒット・ノーフォアボール・ノーエラーという・・」
「それじゃ完全試合じゃないか」
「最初からそう言ってるよ。でも落合監督は9回に投手を代えたんだ」
「8回までの約束だったんじゃないか?」
「それならスッキリするんだけどね。でもそんな約束したって、例えば4回くらいでボカスカ打たれたらそこで代えちゃうだろうし」
「そりゃあ公約違反だ。落合も黙っちゃいないだろう」
「どうするというんだい?」
「『ピッチャー交代』と言うだろうな」
「いまそれを言ったところだよ。まあいいや。それにしてもこの試合の山井はすごいピッチングをしていたのにね」
「でも仕方がないさ。投手は交代するもんだ。安倍さんだって代わったし」
「それは党首だね。そういえば民主党も激震じゃない?」
「菅さんがお遍路にでも行ったのか?」
「それは昔の話だね。違うよ。小沢さんが辞表を出したじゃない」
「小沢健二?」
「オザケンじゃないよ」
「じゃあオーケン?」
「それでもない。小沢一郎だよ」
「ハーモニカが欲しかったんじゃないの」
「それは小沢昭一だね。惜しいけど違うよ。とにかく突然党のトップが辞めると言いだしたから大変だね」
「今年の11月までとか約束してたんじゃないの」
「それはあり得ないでしょ」
「豆が潰れたとか」
「小沢さんはピッチャーじゃないから」
「オレ流なんじゃないか」
「結果がどうなるか分からないけど、民主党には非常に悪い結果を生みそうだよ」
「福田さんとの党首会談がイマイチ良く分からないな」
「密室会談だったからね」
「『あ、あと5分で空気が無くなる!』とか、そんな具合だったのかな」
「密室といってもそういうのじゃないと思うよ」
「菅さんも鳩山さんもビックリしたろうな」
「何といっても急な話だったからね」
「特に鳩山さんは弟もキカイダーの友達だというし」
「アルカイダだよ。それに本人じゃなくて友達の友達とかいう話だよ」
「ややこしいな。とにかくTVでみたら鳩山さんなんかビックリして宇宙人みたいな顔になっていたぜ」
「鳩山さんはああいう顔なの。でも民主党は小沢さんの慰留に懸命だね」
「それは坂口憲二だろ」
「それは『医龍』だね。でももし小沢さんが翻意したらどう言うつもりかな」
「『どうもオザワがせしました』って」
「どうにもしまらない結論だね」

Oza

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2007年10月31日 (水)

長いものにはマカロニ(Mattarism52)

このところアシスタントの女の子は外に出る機会が多い。
仕事場で集配をしていた人がいなくなったため代わりに集配をしているのである。
普通自動車もバイクも乗れるのだが、近場が多いので自転車で回っている。
自転車の前カゴだけでは小物を風で飛ばしてしまう危険性があるので、水色のエコ
バッグを提げて外に出ているのだ。

「別に問題はないかな?」
「あー、外に出ると気分転換になりますね」
「まあ雨さえ降らなければね」
「自転車のサドルに付けるカバー、家にあったんで持ってきましたよ」
「仕事場の自転車はサドル固いからね」
「オケツ痛くなっちゃいますよ」

初めは行ける場所も限られていたが、毎日数カ所ずつ増やしている。
簡単な地図を書いて渡しているが、迷っても携帯で連絡が来るから心配はない。

「さっき行ったトコですけど、ウチ間違えちゃいましたよ」
「え?角の店に行ったんじゃないの?」
「そう。2軒手前の家に入っちゃって、『○○さんですかー?』って聞いたら違うって」
「そりゃ違う家ならそう言うだろうね」
「でもちゃんと教えてくれましたから。良かったですよー」
「むう」
「まあ今度は間違えませんからね。覚えたし」

試行錯誤することで記憶は確かなものになるから、間違えながらでも覚えてくれればいい。
もっともかくいう私は同じ場所を何度も間違える方向音痴なのだが。

「そういえばこの辺で見かける佐川の人でリカちゃんのパパみたいな人いますよね」
「佐川急便の人で?」
「そう。七三分けであまり背は高くない人ですよー」
「ああ、塗り絵みたいな人のことかな」
「たぶんそうですよ。ウチ的にはリカちゃんのパパだけど」
「それが良く分からないけどね」
「あの人普段はどんな格好してるんでしょうねー」
「うーん。ヒップホップ系じゃないだろうな」
「スーツとか着ると似合うかも」
「警察官の制服とかのほうが良いんじゃないか」
「あ、それいいですね。ちょっと惹かれるかも」
「佐川の服よりは良いんじゃないかな」
「警察官良いですよ。ウチ制服フェチになるかも」

その佐川の人は仕事場の担当でもなんでもないわけで、そういう無関係な人だからこそ勝手な妄想を膨らませられるわけである。

「そういえば今週から知り合いの脚本家さんが書いたドラマが始まってるんだよ」
「へえ。いつやってるんですか」
「昼ドラなんだよ。ニセの家族の話」
「面白そうじゃないですか。ニセっていうのがいいかも」
「きみんちの家族のほうが面白いんじゃないか?」
「あー、だめですよ。平凡な家族だから」
「だって、いろいろと事件起こるじゃない」
「そうなんですけど、繰りかえしなんですよ。同じことの」
「弟かい?」
「そう。『まーた同じことやってんの!』って。懲りないから」
「そんな話じゃ観ているほうがいやになっちゃうな」
「あー、当事者はもっとイヤになりますよー」

ほんとに姉は大変だな。

Boss

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2007年10月29日 (月)

ヨボヨボ予防-しりかん(Sily Conversation)14

「よう、木島」
「やあ、桑島」
「ワールド・シリーズ、あっけなく決まっちゃったね」
「4連勝だっけ。なんか今年のポストシーズンはトントンと連勝で決まることが多くないかい」
「ロッキーズもそうして勝ち上がってきたもんな。本番は弱かったけど」
「レッドソックス強いね。おれは好かんけど」
「松坂嫌いだからかい?」
「それもあるけど、球団名が嫌いだね。赤靴下だぜ」
「ホワイトソックスっていうのもあるじゃない」
「あれはいいの。白い靴下だから。もう似合わないけど・・」
「アグネスかい」
「靴下と言えばクリスマスだろ。サンタだよね」
「オモチャとかお菓子を入れてくれるんだよな」
「そうとも。で、お菓子と言えば『赤福』だろ」
「そうか?」
「そうとも。おれは甘いものが嫌いだから助かったよ」
「別に食べたからといって被害とかは出てないだろ」
「でも何か気分悪いじゃないか。欺されてたっていうのは」
「まあね。実際、お土産品の賞味期限なんて疑ったらきりがないよ」
「あれだってそうだろ『白い恋人』」
「そうだったね」
「まあ恋人なんていうのはすぐに賞味期限が切れるもんだけどな」
「現実的な話になったね」
「守屋氏みたいなもんさ」
「前事務次官の?」
「おれはTVであの人見ると何故か桜庭を連想するんだ」
「桜庭に失礼だよ」
「ゴルフ200だよ。ゴルゴ13よりタチが悪い」
「それは比較するほうがおかしいよ」
「おれなんか接待されたことがない。せいぜい昔、運動場に白線を引いたくらいだ」
「それは石灰だな」
「誰かが困っていると思ったら、つい口を出しちゃうんだ」
「それはお節介だね。全然関係ないと思うぞ」
「た、助けて〜」
「絶体絶命だね。いいんだよそんなことは」
「『赤福』に話を戻すけど、社名を変えて再スタートというのはどうだ。『黒福』」
「商売が違う感じがするな。クラブ系か」
「期限切れしてたから『アカギレ』とか」
「冬場限定だな」
「例の亀田のスポンサーになるっていうのはどうだい。お互い再出発ということで」
「うーん、イメージアップになるのかい?」
「ライセンス期限切れとか」
「逆効果じゃないか」
「真っ赤なグローブを着用させて、必殺パンチ『赤フック』を放つというのはどうだ」
「あまり強そうなパンチじゃないな」
「応援してくれるアンのおかげですとか言ってみたり」
「それはファンだろ」
「いっそ亀田製菓に改名したりして」
「本家に失礼だよ」
「勝ったら『だんご3兄弟』をリングで熱唱する」
「それこそ賞味期限切れじゃないか」

Ch

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2007年10月25日 (木)

天才数学者も作曲家も近代絵画の巨星もお誕ジョウロおめでとう

今日生まれの人は沢山いるのでごく簡単に(と言って手抜き)

1811年 - エヴァリスト・ガロア(数学者)
数学者にして革命家であり、希代の天才であった故に生前は彼の理論を理解するものは存在しなかった。わずか21年間の生涯であった。

1825年 - ヨハン・シュトラウス2世(作曲家)
美しく青きさやか

1838年 - ジョルジュ・ビゼー(作曲家)
傑作オペラ「カルメン」はもちろん仇名に決まってます

1867年 - 平沼騏一郎(第35代内閣総理大臣)
右半身に翼があったとされる人物

1873年 - 高見山酉之助(明治時代の大相撲力士)
巨体を生かした寄り身が得意というからジェシーっぽいじゃん

1881年 - パブロ・ピカソ(画家)
カメラを向けると「ゲルニカッ」と笑ったそうだ。見た目はドン・キホーテを小さくした感じだったという

1894年 - 三遊亭金馬 (3代目)(落語家)
弟子の小金馬は「お笑い三人組」のひとり(古いかな)

1910年 - 上島忠雄(UCC上島珈琲創業者)
UCCの缶入りミルクコーヒーは激甘で苦手であった。くるりんぱ

1923年 - ベアテ・シロタ・ゴードン(舞台芸術監督、フェミニスト)
五歳で初来日した際、日本人が皆黒目で黒髪なのを見て驚いたそうだが、現在の日本に来たらさらに激しく驚くことだろう

1936年 - 野沢雅子(声優)
西友にキャベツはあるだろうが声優には性別がないのだ

1937年 - 立木義浩(写真家)
もう70歳なんだな。自身が格好いいカメラマンの先駆者

1942年 - 日野皓正(トランペッター)
ペットを吹いているときのヒノテルはハムスターみたいだ

1945年 - キートン山田(声優)
バスター・キートンから名前を取ったのはこの人と益田喜頓のふたり

1945年 - 宮崎学(作家)
生で見たことがあるがやはりキツネ目であったよ

1946年 - 山本浩二(元プロ野球選手・元広島東洋カープ監督)
ふたり山本時代は細身のバッターで後に本塁打王を取るなんて思えなかった

1953年 - 池毅(作曲家)
上から読んでも「イケタケシ」(下から読まないこと)

1954年 - 金沢明子(民謡歌手)
この人の「イエローサブマリン音頭」を後にビートルズがカバーした(うそ)

1955年 - 土建屋よしゆき(タレント)
島田紳助の同級生で酒が飲めないらしいが、関東では無名だよ

1957年 - 宇都宮隆(ミュージシャン)
ニックネームは「鬱」だがネアカな人らしい

1957年 - 大仁田厚(元自民党参議院議員・元プロレスラー・タレント)
国会電流爆破マッチは実現しなかったようだ

1957年 - ナンシー・カートライト(アメリカ合衆国の女優)
ザ・シンプソンズのバート役の声優としか知らない

1958年 - グレグ・ペイジ(プロボクサー)
グレッグ・オールマンとジミー・ペイジを連想してしまった

1959年 - ラッキィ池田(振付師)
会社の後輩が高校生の頃にお茶の水で見かけたので声をかけたら笑顔で手を振ってくれたそうだ。
立ち去り際に「タバコ吸うなよー」と叫んでいたが別に後輩はタバコを吸っていたわけではなかった

1960年 - 吉田博之(元プロ野球選手)
元南海ホークスのキャッチャーでドカベン香川と正捕手争いをして勝った。
おそらく漢字のテストをしても勝利したことであろう

1961年 - チャド・スミス(ミュージシャン)
レッチリのドラマーで巨漢。インド人の演歌歌手はチャダ

1961年 - チモ・バヨ(ミュージシャン・ディスコDJ)
燃えろバルセロナ

1964年 - 恩田陸(作家)
女流作家。やっぱり猫が好き

1964年 - 石井丈裕(元プロ野球選手)
元西武ライオンズの投手。日本シリーズでMVPにもなっているらしいが印象うすいな

1967年 - 崎山龍男(ミュージシャン)
スピッツのドラマーだが飼っている犬はゴールデンレトリバー

1970年 - ピーター・アーツ(プロキックボクサー)
この人もブルース・リーに触発されて格闘家になった

1971年 - 五嶋みどり(ヴァイオリニスト)
何故かヴァイオリニスト顔やピアニスト顔が存在する。楽器の不思議

1971年 - ペドロ・マルティネス(メジャーリーガー )
「ジョニーへの伝言」「五番街のマリー」で知られているというウソ

1972年 - 内田さゆり(女優)
プロフィールの「元子役」というのが面白くて・・

1973年 - 小笠原道大(プロ野球選手)
ガッツだ。左打ちだがごくまれに右打席で「幻の右」を放つという

1974年 - 北野正人(ミュージシャン)
元day after tomorrow。現在はストロボ。未来はジャイアントロボだろう

1978年 - 安英学(サッカー選手)
元アルビレックス新潟のMF。現在は韓国Kリーグでプレーしているが大怪我したらしい

1979年 - 喜田剛(プロ野球選手)
阪神時代の2軍成績は素晴らしいが現在は広島に移籍。そろそろ目を覚ませ

1983年 - 瑶子女王(皇族・寛仁親王家の二女)
”じょおう”ではなく”にょおう”と読むにょおう

1983年 - 梅田浩(プロ野球選手)
読売ジャイアンツ2軍の4番バッター。来シーズンは上に来るか?

1985年 - 根食真実(歌手)
同期の上戸彩に大きく水をあけられた感あり。来年は改名するか?

1987年 - 大西正樹(プロ野球選手)
福岡ソフトバンク・ホークスの投手。早く上に上がってこい

Pp

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2007年10月15日 (月)

会見

オヤジ氏の無期限停止「溶ける条件は28℃」OJBC会見詳報

日本オタンコボクシングコミッション(OJBC)リンリン委員会の御砂糖慎一委員長と、JBCの安請合剛事務局長が行った記者会見の一問一答は以下の通り。

 御砂糖委員長「私も長〜い間コミッションに携わっているが、選手権試合でこのように無能扱いされたり、試合を見ない人からの関心が高まったのは初めて。私たちとしても初めて慎重に審議した。大画面液晶テレビでラウンドごとを足が痺れるまで正座し満場一致で軽い処分が決定した。内容を一応報告する。虚栄ジムの金平糖会長のクラブオーナーライセンスを3カ月停止。オヤジ氏は、セコンドライセンスの無期限停止並びにセカンドライフへのアクセス禁止、唾液はボクシングライセンス1年停止並びにカラオケの無期限禁止。好奇は厳重戒告処分並びに七三分けの髪型にすること」

 −−オヤジの無期限停止はいつかは解けることが前提なのか。解ける条件とはなにか

 御砂糖委員長「解ける条件などない。チョコレートの溶ける条件なら室温28℃以上だ。無期限ということは御機嫌だ」

 −−ライセンス剥奪(はくだつ)と無期限停止の違いは

 御砂糖委員長「剥奪は死刑。こまわり君だ。無期限は撲殺する場合もあると考えていただきたい。いわゆるかわいがりだ」

 −−本人への聴取は

 御砂糖委員長「金平糖会長は現在、ロシアで愛をこめている。彼が帰国次第コミッションに呼んで足が痺れるまで正座させたい。オヤジ氏らは出てくる意気地がないと聞いている。すごい機械があれば拷問をして締め上げたいと思う」

 −−唾液は1年ライセンスが停止だと、オタンコボクシング人生に影響もあると思うが

 御砂糖委員長「リンリン委員会の中でもそのような意見はあった。しかしながら1年停止でもまだ19歳。100年停止でも118歳だ。それよりもカラオケ禁止のほうが彼には痛手だと思う」

 −−ナイト選手と東日本オタンコボクシング協会の要望は影響を与えたか

 御砂糖委員長「ナイトは素敵な選手だが正しいのかどうかは参考書には書いてあるわけがない。あくまでもリンリン委員会の決定でいいんかい? なんちゃって・・」

 −−駄目堕親子の処分だけでなく、アンタを含めてOJBC内部の処分も必要では

 安請合事務局長「内部責任も含めてさらに正座し、足が痺れるまでしっかり議論していきたい」

 −−試合直後には駄目堕親子は金になるから処分は考えてないと言っていたが、一転してやや甘い厳罰にしたのは

 安請合事務局長「処分しないと言ったわけではない。そりゃあ金は欲しいに決まってる。うひひひ。あの時は、この場では言えないので裏でこっそりと・・・と言った」

 −−罪を犯したボクサーのほうが余程ましだが1年停止は甘いのでは

 御砂糖委員長「世界選手権試合でこういう破廉恥な行為は今までになかった。世界戦ということよりも破廉恥なことが重要と理解した次第でのやや甘い処分となった。まあ世間も納得してくれるんじゃないの。朝青龍ももうすぐ帰ってくるし・・

Bg

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2007年10月13日 (土)

UNCLE "SHOWA"13

「叔父さん、こんばんは」
「おや、メケメケじゃないか。珍しいこともあるもんだ」
「人を茶柱みたいに言わないでくださいよ」
「茶柱は吉兆だがお前は悪の前兆だ。どうせろくでもない話なんだろ」
「とんでもないですよ。新しい仕事が決まったんで報告に来たんです」
「何だ?闇サイトとかそんなもんだろ」
「違いますよ。花屋に勤めることになったんです」
「ははぁ、マリファナとかそう言う類の・・」
「普通の花屋ですよ」
「まあそういうことにしておいてやろう。長居はするなよ」
「相変わらず素っ気ないですね。ところで叔父さんのほうは最近どうですか」
「どうってこともないが、ヤンキースが負けたので少し落ち込んでおる」
「ああ、叔父さんは松井ファンでしたね」
「松井須磨子も好きだったけどな」
「ちょっと古過ぎやしませんか」
「最近はメジャーばっかり見ておる。日本の野球はつまらん」
「今年からクライマックスシリーズが始まったから興味深いじゃないですか」
「昔の野球は毎試合ごとがクライマックスだったよ」
「叔父さんは巨人ファン?」
「いや、大洋ホエールズが好きだったな。今のベイスターズだよ」
「へえ、意外ですね。誰か好きな選手とかいたんですか?」
「ピッチャーなら平松だな。カミソリシュートといってな、負けたら次の日にスキンヘッドになっていたもんだ」
「じゃあ次の試合まで登板間隔が長くかかりますね」
「悲運のピッチャーだよ。あと、バッターでは江尻」
「どんな選手だったっんですか」
「なかなかの好打者だったが、ヒーローインタビューでは無愛想で『別に・・』しか言わなかった」
「それは沢尻でしょ」
「聞くところによると沢尻は世間のブーイングを浴びてすっかり心を入れ替えたそうじゃないか」
「そんなこと言ってましたっけ」
「次回の舞台挨拶では『別に・・』を百回言うらしい」
「同じじゃないですか。そんなことより野球の話の途中でしたよ」
「そうだった。外人選手ではシピンというのがいたな。ライオン丸と呼ばれていた」
「へえ、長髪だったんですか」
「長髪でヒゲをはやしていたな。土瓶、赤尾敏と並んで3大ビンと称されたもんだ」
「ビンじゃなくてピンでしょ」
「ピンじゃ野球はできないからな。九人いないと」
「芸人じゃあるまいし」
「そのシピンも後にジャイアンツに入って、短髪・ヒゲ無しの普通の外人になったんだ」
「じゃあライオン丸じゃなくなったわけですね」
「そうとも。今じゃすっかり歳をとって歌丸と呼ばれているらしい」
「別人ですよ」
「ファーストは松原。4番を打っておった」
「どんな選手でしたか」
「打撃の型にこだわる選手でな、バッターボックス内で構えるのにすごく時間がかかったもんだ。松原が構えている間に次の打者はひと眠りしていたほどだ」
「いくらなんでもかかりすぎですよ」
「当時のジャイアンツは王が4番を打っていたが、わしにとって4番・ファーストと言えば松原なんだな。思い入れがあった頃の選手は忘れないもんだ」
「叔父さんもプロ野球に熱中していた時代があったんですね」
「そうだ。誰でも何かに熱くなる時期があるが、年齢と共にそういった情熱は失われていくものだ」
「ふーん」
「今じゃ、昔より熱くなったのは風呂の湯くらいなもんだよ。もう帰れ」
「はいはい。ではまた来ますから」

Wha

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2007年10月12日 (金)

馬の耳に粘膜-しりかん(Silly Conversation)13

「よお、木島」
「やあ、桑島」
「しかし物騒な世の中だね」
「ホントにお坊さんが増えたよね」
「え?」
「仏僧な世の中だって」
「そうじゃない。怖い事件がやたらに多いご時世になったということだよ」
「なら最初からそう言えばいいのに」
「言ってるよ。でも毎日のように悪いニュースが飛び込んでくるね」
「そういえば良いニュースってほとんどないな」
「最近じゃやたらにナタや斧で斬りつけたりしちゃって・・」
「もう流行遅れだよね」
「何が?」
「ナタデココだろ。イジリー岡田が『マンボ・ナタデココ』を歌ってたのは何年前だっけか・・」
「ナタデココじゃないよ。ナタや斧って言ったんだ。全く何のこっちゃ」
「パンナコッタ?」
「いいよ、もう。TVや新聞でも現場の惨状が報じられたりして、暗澹たる気持ちになるよ」
「あれはよくないね。そういう報道が次の事件を煽っちゃうんだ」
「鮮血がほとばしる!とかね」
「センケツって・・千のケツか?」
「何だよ、千のケツって」
「私の便所の前で〜泣かないでください〜♪とか」
「それは君のトイレが長いからだろ」
「そこに〜私はいません♪」
「いるだろ。だからカギが閉まってるんじゃないか!」
「もう毎朝大変だよ」
「いいよ。君の家庭の事情なんか」
「こないだも夜中に爪を切ってたら怒られた。ヘビが出るよって」
「子供に言う言葉だな」
「実際に翌朝台所に出たもんな」
「え?ヘビが出たの」
「いや、ゴキブリだよ」
「それは爪切りのせいじゃないな。清潔にしていないからだ」
「それはそうと、假屋崎省吾の”假”って字は”蝦”と似てるって思わないか?」
「突然何を言い出すんだい」
「ずうっと気になっていたんだ」
「いいよ、そんなことは」
「そういえばね、こないだ仕事先で駄洒落を言ったら『オヤジだね』って言われたから『うちは子供がいないからオレはオヤジじゃないよ!』って返してやったんだ」
「でもオヤジだぜ、どう見たって」
「誰の?」
「いや、そうじゃなくってさ」
「子供のいない人に向かってオヤジっていうのは差別用語だ」
「そんなことはないだろ。じゃあなんて呼べばいいんだい?」
「ちょっとひねた兄ちゃん」
「おかしいだろ、その言い方のほうが」
「じゃあ年長者」
「どうにも幅が広くないかい?それだと爺さんも年長者だし」
「でもうちは子供がいないから孫もいないわけで、永遠に爺さんにはならない」
「年寄りになったらみんな爺さんだよ」
「そういって山に芝刈りに行かせる気だな。そうはいかないよ」
「そんなつもりはないよ。だいたい君の住んでるところに山なんて無いし」
「そう、やましいところなんてない」
「意味が違うよ。おれの実家には裏山があるけどね」
「うらやましい」

Lobstezaki

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2007年10月11日 (木)

東口にSEIBU、西口にTOBU

以前にも書いたが、すごい方向音痴である。
知らない場所に行くのは至難の業で、詳しい地図をプリントアウトして持っていくことが常になっている。
何度か同じ場所に地図を持参して行っているうちに、そろそろ大丈夫だろうと地図なしで行ったりする。
すると必ずや迷ってしまうから困ったものである。
帰り道もこっちからいったほうが近いだろうと思って行くと、駅に辿り着けなかったりする。
駅ナビで予定していた電車に乗れなかったことも数知れず経験している。

知らない場所に行ったときには何か目標を記憶しておくといいよって言われたので、なるべく目印になる店や看板を記憶するようにしている。
ただ、私の場合は、目印にしちゃうのが目的地の真ん前の店だったり、あるいはすごく離れた場所を記憶してたりするのでほとんど役に立たない。
なのでほんとに駅の前にある場所とかじゃないと知っている店だといっても案内できなかったりするわけで、はなはだ頼りない。

話は変わるが、私は昔から突然思い立って行動することがある。
高校の頃に、友人が何日か病欠したので、放課後急に見舞いに行こうと思い、電車に乗りバスに乗って訪ねようと試みたのだが、一度も行ったことがない家に住所も控えずに行ったもんだから、道に迷って結局友人の家には行くことができなかった。
翌日に友人は登校してきたのだが、内緒で行って驚かせようと思っていたので、道に迷って見舞いに行けなかったことは黙っていた。

大学の頃は平塚に住む友人がやはり病気になったと聞いたので、今度は住所を書いたメモを持って見舞いに行った。
しかし、いきなり改札を間違えて降りたことから始まり、距離感も分からぬままに小一時間ほどあちこち歩き回った末にようやく辿り着いたころにはクタクタになっていた。
とりあえず呼び鈴を鳴らしたら、出てきた友人の母親が私を見るなり「具合でも悪いの?」と聞いてきたほど疲労困憊していたようで、中に入れてもらうと布団を敷いてもらってグウグウ眠ってしまった。
目を覚ますとそばに友人がいて「大丈夫か?」と声をかけられた。
全くどっちが見舞いに行ったのかわからない。

物事に計画を立てて、尚かつ柔軟性を持たせることができたら失敗が少なくなるのだろうが、突発性や偶然性のほうに惹かれる傾向が強いためだろうか、なかなか前もって準備をすることができない。
だからイベントの幹事とか会社の経営とかには絶対的に不適正であると自覚しているのだが、そうとばかりは言ってられないので泣きながらやったりしている。
B型の血のせいか、山羊座のせいか、大阪生まれ東京育ちのせいか・・

Nway

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2007年10月10日 (水)

ブーツを脱いで深呼吸(Mattarism51)

連休明けの仕事場は展示会用のサンプル注文でガタガタしていた。
ままごとのような見本を発注したり揃えたりするのは憂鬱な仕事である。
机の上のPowerBookではヤンキースの負け試合が報じられていた。
なおさら憂鬱度が深まったことは言うまでもない。
「あー、レーサーの人亡くなっちゃいましたねー」
アシスタントの女の子がポツリと言った。
「知ってるのか?」
「ノリックっていう人ですよね。テレビでやってましたよー」
「公道で事故だからな。やりきれないね。せめてレース中とかだったら仕方がないと思うけどね」
「オートバイは怖いですねー」
「きみも気をつけないと」
「ウチはいつも家で言われてますよー。アンタ気をつけなさいって。で、帰ってきたら無事に戻って来たよーって報告するんです」
「水たまりとか、これからだったら凍結とか危ないからね」
「そう、一度転けたときに怖かったですよー」
「阿部くんみたいにプロでも事故に巻き込まれちゃうからな」
「あべ・・安倍晋三?」
「違うよ。阿部典史だよ」
「うー、誰ですか?その人」
「ノリックのことじゃないか」
「へえ、阿部って言うんだー」
まあ、別に知らなくても良いことだ。
朝から細かい雨が降る天気もあって憂鬱な気分はなかなか晴れなかった。
「雨、チョーうざいですよね。髪の毛がへなっちゃうしー」
「○○君なんかそうでもなさそうだよ」
○○というのは別の営業のアシスタントである。
「○○ちゃんは髪の毛多いからねー」
「でもそれはそれで鬱陶しいよ」と○○
「あー、結っちゃえばいいじゃない」
「でも私はデブだからお相撲さんみたいになっちゃうよ」
「どうせだったら相撲取りのあの髪型にしちゃえば。なんて言いましたっけ?」
「大銀杏だな」
「それそれ。油付けて結っちゃえば?」
「いやですよ」
「じゃあ結婚式の時に大銀杏を結うって言うのはどうだ。同じ日本髪だし」
「だめですよ」
「あー、きっとみんな写メ撮りまくるよ。すごーいって」
「いやですよ」
花嫁が大銀杏を結っていたらさぞや奇妙な光景だろう。
そういえば昔読んだマンガに「嫁入りジャイアンツ」というチームがあって、選手の頭がすべて文金高島田に結っていたのを思い出した。
「そういえばポップオーバーって知ってます?」
「シュー皮みたいなパンでしょ」
「そう。チョー食べたいかも」
「行ってくればいいじゃん。感想聞かせてくれ」
「でも自由が丘とかですよねー。はあー」
「マックカフェでもやるみたいじゃない」
「やっぱ近くにないんですよねー。都内に出なくちゃダメですねー」
「そのうちベーグルみたいにあちこちでやるんじゃない?」
「うー、田舎は後回しなんですよー。ちくしょう」
焼きたてのポップオーバーはなかなか美味しそうである。
内証で今度食べてこようかな。

Pop

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2007年10月 9日 (火)

死んだはずなのはお富さんばかりじゃないってば

何か久々の誕生日シリーズ。
タイトルがアレだがもちろん命日シリーズではないので御注意を‥

1757年 - シャルル10世(フランス王)
ドラクロワの絵画で有名なフランスの7月革命時の国王で、このシャルル10世をもってブルボン朝は終わりを遂げた。
これでいいのだ。

1835年 - カミーユ・サン=サーンス(作曲家)
吉田秀和氏によればほとんど評価に値しない作曲家であり、クラシック入門ならともかく、CDを購入する必要がないとされる。
ただし「交響曲第3番(オルガン付)」はオーディオ装置のテストによく使われた。

1892年 - 水原秋桜子(俳人、医学博士)
産婦人科の家庭に生まれ、本人も東京帝国大学医学部を出て医者となった。
俳人としては『ホトトギス』に参加して山口誓子らとともに活躍した。
名前を見ると女性かと思うが本名は「豊」であり、ナイター好きなおじさんだったという。

1897年 - 大佛次郎(小説家)
「だいぶつじろう」と読みそうだが、実際ペンネームの由来は鎌倉の大仏の裏手に住んでいたからだという。
鎌倉と猫をこよなく愛したそうであるから、ペンネームは「猫次郎」でも良かったわけだ。ポーツマス、ポーツマス

1924年 - 春日八郎(歌手)
東洋音楽学校(今の東京音楽大学)出身だから本格的な声楽家である。
代表曲は「お富さん」で、舞台ではセロテープで顔を作っていたらしい

1925年 - 関口清治(元プロ野球選手・監督)
西鉄ライオンズ時代には数多くの伝説的な活躍があったようであるが、私の生前であるから全然知らない。
監督としては見ているはずなのだが全く思い出せないのは何故だろう。

1933年 - ピーター・マンスフィールド(物理学者)
MRI(核磁気共鳴画像化法)に関する発見でノーベル生理学・医学賞を受賞した。
私も以前に脳の検査をしたことがあるが、この人には無関係だろう。

1940年 - ジョン・レノン(ミュージシャン)
ビートルズ、とくにジョン・レノンからはなるべく距離を置いてきたつもりだが、彼の死後四半世紀以上がすぎても、有形無形のウェイヴを感じることがある。
ライフ・スタイルから何もかも一番ファッショナブルなミュージシャンだったと今でも思う。

1943年 - 星野勘太郎(プロレスラー)
山本小鉄とのタッグ「ヤマハ・ブラザース」は今でも懐かしく覚えている。
この頃のレスラーはグレート草津とか、変なおじさんになる前のアニマル浜口とか、みんな懐かしい。

1944年 - ジョン・エントウィッスル(ミュージシャン)
この人も数年前に亡くなってしまった。
ザ・フーのベーシストであり、ステージではマイクをブン廻すロジャー・ダルトリーとギターをアンプに叩きつけるピート・タウンゼントの左後ろで無表情に演奏している姿が強烈だった。
「四重人格」のアルバムではホルンを吹いたりもしている。

1945年 - 水前寺清子(歌手)
「365歩のマーチ」によれば1日1歩3日で3歩、3歩進んで2歩下がるわけだから、結局は5日で1歩しか進まないことになる。
すなわち365歩進むためには5年かかるわけで、非常に気の長い話である。

1947年 - フランス・ギャル(歌手)
ヒット曲「夢見るシャンソン人形」はセルジュ・ゲンスブールの作品であり、歌詞の内容は独特の隠喩が含まれていた。(本人は気づかなかったそうだ)
アイドル時代以降は本格的な歌手として活動していた。
こういうバランスの取れた生き方をするのがフランス的ということだ。

1950年 - 仲井戸麗市(ミュージシャン)
チャボだ。
大学ノートの裏表紙に書いたさなえちゃんはやっぱりイセキです。
なんか違うな。

1950年 - ドン小西(ファッションデザイナー)
東武鉄道ほか数多くのユニフォームをデザインしている。
やたらにメディアに露出しているが、アクの強いキャラクターは前時代的。

1951年 - 加藤博一(元プロ野球選手・野球解説者)
加藤といえばやはり横浜時代のスーパーカートリオだ。
現在ではソフトバンク・ホークスの多村・松中・小久保の3人がスペランカートリオを結成している。

1962年 - 大乃国康(第62代横綱、現・芝田山親方)
この力士はよく覚えているのだが、横綱になっていたことは忘れていた。
昇進後の優勝が1回だったこと、千代の富士や北勝海が絶好調だったことなどで忘れちゃったのだろう。
オーバー200キロの巨漢力士だったな。

1966年 - 斉藤レイ(女優)
「こち亀」のジョディの声優さんだが東京KID出身だったんだな。

1967年 - エディ・ゲレロ(プロレスラー)
WWE(WWF)でよく見ていただけに38歳での急逝はショックだった。
スピード、テクニックともに優れた本物のレスラーだったな。

1969年 - 秋山準(プロレスラー)
レスラーになったきっかけが「バスの中で疲れてうなだれるサラリーマンの姿を見て自分はああなれないと悟り、プロレスラーとして生きることを決意した」ということだったらしい。
アウトローらしい良い話じゃないか。

1970年 - アニカ・ソレンスタム(ゴルファー)
女子選手として初めて男子ツアーに出場したことで有名なゴルファーである。
でももうそろそろ過去の人でしょ。

1970年 - なだぎ武(お笑いタレント)
普段も自転車に乗ってディランをやっているように思えるが、ガタイの良さは異常である。
本名は灘儀だそうで難儀なやっちゃ。

1972年 - 長野博(歌手)
V6の人。35歳って・・結構な歳だったんだな。

1973年 - 夏川りみ(歌手)
「涙そうそう」のような楽曲に巡り会わないと、この人の歌唱は生かされないのだろうが、そうそう巡り会えるわけじゃない。

1974年 - アンソニー・W・森(プロレスラー)
王子キャラで活躍しているプロレスラーであるらしいが、知らない。
33歳は果たして若手なのかどうかもわからない。
何故にアンソニー?

1975年 - ショーン・レノン(ミュージシャン)
奇しくも父親と同じ誕生日のショーンは地道な音楽活動をしているようである。
両親のエキセントリックな面は受け継がなかったようで、人間としては良かったのかもしれない。

1979年 - 直井由文(ミュージシャン)
BUMP OF CHICKENのべーシスト。
ベーシストには多才な人物が多いが調理師免許を持ち、カメラとイラストを好むという。

1981年 - 伊調千春(レスリング選手)
伊調姉妹のお姉さん。
天才肌の妹に対して努力家のように思われる。

1983年 - 寺原隼人(プロ野球選手)
今年、ソフトバンク・ホークスから横浜ベイスターズに移籍してきた。
シーズン前半は試合の中盤で大崩れする傾向があったが、大矢監督の辛抱強い起用に応えてようやく完投タイプに成長した。
来期は横浜のエースだろう。

Johnlennon

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2007年10月 2日 (火)

ビールは飲むもんだぜ-しりかん(Silly Conversation)12

「よう木島」
「やあ、桑島。どうにも涼しくなったね」
「ちょっと極端すぎるけどね。ところで巨人が優勝したね」
「え? 巨人ってずいぶん前に亡くなったんじゃないの?」
「それは大巨人だな。アンドレ・ザ・ジャイアントは強かったよな」
「アンドレといえばカンドレだな」
「そりゃブレイク前の井上陽水じゃないか」
「そうマチャアキと一緒にヴォーカルをやってた頃の」
「それは井上順だね」
「そうそう、ザ・スパイダース解散後は井上順之にしていたね」
「懐かしいけど話を戻すよ。プロ野球も一区切りついたわけだね」
「セが巨人、パが日ハムということだね」
「でも次にクライマックスシリーズが控えているから」
「ドリフの全員集合に出ていたやつだね」
「あれはジャンボマックスだな」
「荒木一郎が歌っていた…」
「いとしのマックスだね。懐かしいけど話を戻すよ。セ、パそれぞれの1〜3位がポストシーズンを戦うわけだな」
「悲しみのシーズン」
「麻丘めぐみだな、そうじゃない。まずそれぞれの2位と3位が戦って、勝者が1位と戦うんだ。で、勝った同士が日本シリーズを戦うわけだ」
「どうせならセ、パそれぞれの6球団で順位を競えばいいのに」
「うん。それは春からずうっとやっていたわけだし、結果は出ているんだ」
「じゃあ巨人と日ハムで日本シリーズをやればいいじゃない」
「そうだが、もう一盛りあがりさせようというのがクライマックスシリーズだ」
「ということは今までのは前フリ?」
「ではなくて、リーグ優勝は巨人と日ハムで決まったわけなんだ。でも3位までのチームにもチャンスを与えようということ。敗者復活戦に近いものがあるね」
「そういえば右の奥歯の被せものが取れちゃったから…」
「それも歯医者復活なんだろうけど、個人的なことだね」
「復活と言えば朝青龍だね」
「まだ復活はしてないよ。今月にも帰国とか言ってたけど」
「飛行機で?」
「そうだろ。モンゴルからだし」
「じゃあパイロットは高砂親方だね。あのシャツ着て」
「高砂親方は操縦しないよ」
「じゃあビール瓶の親方」
「あの人は無関係だろ、朝青龍とは」
「しかしジワジワと大問題化しちゃってるよね」
「なんでも相撲協会を解雇されるようだね」
「桑の葉を食べるんだ」
「カイコだね。親方は糸を吐かないから」
「でも泥を吐いたわけだ。ブタ刑事のほうが可愛げがあるね」
「ブタ刑事じゃないから」

Beer

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2007年9月28日 (金)

七勝七敗で千秋楽は休場だ(Mattarism50)

いつものように仕事場の机で作業をしていると、カップを持ってアシスタントの女の子が降りてきた。
カップの中身は白湯である。
そんなものを飲んで美味しいのだろうかと疑問に感じているが、本人は喜んで飲んでいるからいいのだろう。
何と言ってもカロリーゼロだし安上がりだ。
見るとアシスタントの女の子の鼻の下に発疹がポツリとあった。
「あれ、何かできてるよね」
「あー、これですか。いま楽しみにしてるんですよー」
「え?」
「もうじき育って先っちょが白くなったら潰すんですよ。あははは」
「ふーん。どうにも自傷癖があるね、君は」
「あー、指とかですか」
「そう。親指の先の皮を剥くのはいただけないね」
「仕方がないんですよ。癖だから」
「でもボロボロだし」
「あー、父親も同じ癖があるんですよー。DNAですかね」
「ふーん」
年頃の女の子が指先ボロボロなのもどうかと思うが、本人が構わないのなら仕方がない。
「あー、そういえば相撲部屋って怖いですねー」
「タテ社会だからね。しごきとかあって当たり前みたいな感じだしね」
「携帯壊されたりしたみたいですねー。携帯無いと困りますよ」
「でもバカみたいにでかい音の着うたなんかが延々と鳴ってたら壊したくなるかも」
「あー、○○さん(他の営業)とか、トイレに入ってるときに机の上でガンガン鳴ってますよねー」
「あれを聞くと奴を相撲部屋に入れたくなるよ」
「きっと泣いちゃいますよ」
「じゃあハムスター部屋は?」
「え?ハムスター部屋って何ですかー」
「3畳くらいの部屋にびっしりハムスターがいるの。面白そうでしょ」
「うー、びっしりはイヤですねー。ハムスターは可愛いけど」
「仕事場の前の道だってスズメがびっしり集まるじゃない」
「それはエサを捲いてるからですよー。最近増えましたね」
「うん。このあいだ数えたら19羽いた」
「いっぱいですね」
「あと数羽増えたら『野鳥の会』を呼ばないと数が数えられなくなるかもしれない」
「あー、紅白のときの」
仕事場で餌付けをしているスズメたちにはいくつかのグループがあって、交代で来たり同時に来たりと忙しい。
タッパーに入れてある米粒がみるみる減ってしまうくらいに食欲旺盛なのだ。
「そういえば9月も終わるからラジオの番組改編がいろいろあるね」
「あー、昔よく聞いていた頃は自分が聞いていた番組終わるの淋しかったですねー。新しい番組は最初なかなか耳慣れないので、好きになるまで時間がかかりますよ」
「へえ。ラジオ聞いていた時期があるんだ」
「そう。結構ヘビーなリスナーだったんですよー。2回出演したし」
「何だ、出演って?」
「クイズに答えたりしましたねー。電話で喋ったりとか」
「そいつは意外だね」
「うん。映画のチケットとか貰ったりもしてましたよ。わはは」
ラジオの話は初耳であった。
昼休みにアシスタントの女の子は例の●●●堂に行って990円の服を購入した。
本人曰く、「奮発しちゃいました」だって。

Cat

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2007年9月26日 (水)

Music and picture and photograph

Oh2
毎日のようにカバンに小さいカメラを入れて持ち歩いている。
仕事中に外出するときもそのカバンを携行しているので、何かのついでに街の風景を写真に撮ることがある。
もちろん全然撮らない日もあるし、むしろ何も撮らない日のほうが多いかもしれない。

カメラを持ち歩くようになったのもここ1〜2年のことである。
デジタルカメラを初めて手にしてから十年以上経っているし、その間に様々な機種を使ってきたが、常に携行することはなかった。
それは普段の自分の目線と、カメラのファインダー(或いは液晶)を通して見る行為との間に大きなギャップがあったからだ。
以前は写真を撮る際にある種の思い切りが必要であった。
写真を撮るぞという気で望まなければ、カメラを構えて何かに向かうということが気恥ずかしいものであった。
そういう気持ちが全くなくなったわけではないが、今ではあまり気負わずにカメラを取り出せるようにはなったと思う。

音楽や絵画と同様に写真も自分の趣味の範疇に入るわけだが、多少は自分でも参加できる部分がある点が大きく異なる部分である。
また、それとは別に写真が音楽・絵画などと決定的に違っているのが時間の概念である。
音楽を例に取れば、CDにしても生演奏にしても、聞き手が共有できるのはその楽曲が始まり終わるまでの時間である。
3分の曲なら3分間、3時間のオペラであれば3時間のあいだは楽曲の世界に身を置くことができるわけである。
また絵画であれば、以前書いたこともあるが、作者がその作品を作り上げていった行程をなぞることで鑑賞者は時間を共有することになる。
仮にある瞬間を描いた作品であっても、書き出しから仕上げに至る作者の足取りは厳然と作品に表れているわけだから、そこには時間が存在しているのである。

それらに対して、写真には時間の概念がない。
実際にはシャッタースピード分の時間は表れているが、それは何十何百分の一秒の世界に過ぎない。
写真作品と鑑賞者が共有するのは時間ではなく、写真家の視点である。
いつ何処で何をどう見てどう切り取ったかが作品として残るわけである。
これは実はほんとうにスリリングなことであって、例えば1日24時間の中でもある時間のほんの一瞬を切り取ったものが1枚の写真となるのだ。
そしてその一瞬はそれ以前にもそれ以後にも絶対に訪れないわけだから。

そんなこんなで明日も私のカバンにはカメラが入っているのである。
どこかの何かを切り取るために。

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2007年9月22日 (土)

ちょっとしたChat

「よう、木島」
「誰かと思ったら桑島か。どうした?」
「プリンターのインクが切れたんで買いに行くところだ」
「そうかい。でもプリンターのインクってすぐ無くなるよね」
「ほんとにね。カートリッジを見るとまだ有るように思えるけど」
「大袈裟なアラートが出て印刷できなくなっちゃうんだよね」
「まあ仕方がないかもね。メーカーはインクと用紙で利益を出してるわけだから」
「昔に比べたらプリンター本体はバカみたいに安いからね」
「そのぶん使えば使うほどコストがかさむのはいただけないけど」
「じゃあアキバに行くんだね」
「そうだよ。でも最近のアキバは何だかなあ」
「うん、歩いている人の半数が独特の雰囲気だからね」
「おれはどうにも場違いな感覚に襲われちゃうんだ。あそこに行くと」
「竹下通りを歩くサラリーマンみたいなもんだね」
「ちょっと違うけどね」
「アキバと言えば、総裁選も大詰めだね」
「ああ、麻生氏ね」
「おれはどうもあの人好かんね」
「ウソっぽいから?でも政治家なんて皆ウソっぽいじゃない」
「まあ、それだから誰を大臣にしても過去のボロが出ちゃうんだろうけどね」
「でも今回の総裁選は福田氏で決まりそうじゃない?」
「ああ、でも今回はあくまでも繋ぎの総裁選だからね」
「やっぱり短命なのかな」
「そりゃそうだろ。安倍氏が任期満了したわけじゃないし」
「サッカーや野球の監督がシーズン途中で代わるようなものだね」
「そっちのほうがナンボかマシだろ」
「次の総選挙までかな?」
「それは何とも言えないけどね。でも今回麻生氏が出馬した背景には、福田氏の次は自分が総裁になるという魂胆があるんだろうな」
「まあお互いの政策を聞いていると微妙にかぶっているしね」
「いわば民主寄りの政策を掲げる福田氏に対して、自民カラーのやや強い麻生氏といったところだろうね」
「でも今回けっこう自民は福田氏でまとまった感があるけど」
「結局は無難なセンで行っただけじゃないのかな。カラーを隠して」
「反自民の世論を落ち着かせようとしているのかな」
「参院選の傷を少しでも癒す期間を持ちたいだろうからね」
「何か変わるのかな。安倍政権が終わったことで」
「わからない。でも政界は再編成の時期に来ていることは確かだね」
「民主が政権を取るとか?」
「自民、民主を中心にメンバーが換わっていくのが自然だけどね。それぞれの党内にいくつかの相反するイズムがあるわけだし」
「ひょっとして新しい政党ができるとか?」
「あってもおかしくはないよね。そうあるべきなんじゃないかな」

Gizidou

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2007年9月19日 (水)

ここ一番の悪送球(Mattarism49)

夜から朝への変わり目がハッキリしないうちにやって来るように、季節の変わり目も曖昧なうちにやって来るのだ。
春から夏へ、そして秋へと移り変わるはずなのに、暦の上だけで季節が過ぎていく。
どうしようもなく暑い連休が明けて、仕事場には緊張感がない。
いきなりアシスタントの女の子が言った。
「あー、ウチ事故っちゃったんですよ。連休に」
「バイクかい?」
「バイクな訳ないじゃないですか。ピンピンしてるし」
「ああ、じゃあクルマだね」
「そう。出も全然大変な事故じゃないんですよー」
「追突?」
「あー、ぶつけちゃったんですよー。前のクルマに」
「ふーん」
「ショッピングセンターに行こうとして走ってたら、すごい渋滞で」
「ひとりで?」
「いや。母親を乗せてましたねー。で、暑かったじゃないですか。ウチのクルマ、エアコンあんまり効かないんですよ。で、窓を開けて走ってたら、汗ダラダラで」
「渋滞で暑かったわけだ」
「そう。で、汗を拭いてたら、いきなり母親が『前!前!』って言うので」
「目を離していたわけだ」
「そう。ウチはてっきり前のクルマと車間が空いてしまったんだと思ったんですよ」
「アクセル踏んだの?」
「いや、ブレーキを緩めたんですね。そしたらボコってぶつかった」
「じゃあそんなにひどい事故でもないね」
「そう。前のクルマの人がバッと降りてきたんでビックリしましたよー」
「少しへこんだくらいだね」
「あー、相手のクルマはほとんど何ともなくて、ウチのクルマの前が少しへこんだくらいですねー」
「ふーん」
「で、お互いの連絡先を交換してお終い。なにかあったら連絡するって言ってましたよ」
「ふーん」
その日の夕方、携帯を見ていたアシスタントの女の子が少しへこんでいた。
「あー、今母親からメールがあって、相手から電話があったって。帰ってから連絡するようにって」
「なんともなくなかったね」
「何だか気が重いですねー。何があったんだろう」
「あれからしばらくしてクルマがバラバラになったとか」
「マンガじゃないからそれはないですよー」
「ショッピングセンターに出かけたのが失敗だったね」
「うー、ただアイスを食べに行っただけなんですけどねー。結局、ショッピングセンターには行かなくて、途中で引き返したのに」
「アイスは?」
「あー、逆方向の別の店で買って食べましたよ」
「ふーん」
憂鬱そうな顔をして帰って行った。
そして次の日、普通に出社してきたので席に着いた頃を見計らって聞いてみた。
「どうした?」
「あー、いろいろ言われましたよ。修理がどうこうとか。でも警察呼んでないし、保険を使うとまた等級上がっちゃうし、カーコンビニか何かで直せばいいかって」
「そうか。クルマを大事にしている人なのかな」
「ウチが見たときは全然わからなかったんですけどねー」
「そうか。今、ネットで見てたら『なりたい顔』のベストテンが発表されたって。1位は沢尻エリカだってさ」
「あー、ウチもいいと思いますねー」
「倖田來未はランク外だって」
「顔は、んーって感じですね」
「キン肉マンっぽいから?」
「んー」
その日の夕方にまたメールがあり、結局事故の件は何もしなくて良くなったということらしい。
母親が菓子折でも持って詫びに行ったのだろうが、相手が変な因縁をつける人じゃなくて何よりだったじゃないか。

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2007年9月17日 (月)

Incomplete

2007年も260日を経過した。
もう残すところ100日あまりである。

自分自身の今年を振り返ってみると、高揚感に欠けた年であると言わざるを得ない。
去年が振幅の激しい一年間であったための反動だろうか。
いろんな事象に対して熱くなれないまま淡々と過ごしてきてしまった。

スポーツでいえば、今年のプロ野球はずいぶん面白いと思う。
今日現在でセ・リーグが0.5ゲーム差に上位3チームが、パ・リーグも1位と2位が1ゲーム差にある。
しかも今年からはセ・パともにクライマックスシリーズと称してポスト・シーズンのプレーオフが行われるから日本シリーズまではまだまだ混沌とした戦いが続きそうである。
数字でみるかぎりでは実にスリリングで面白いはずなのだが、実際は夜に結果を見て確認する程度の毎日である。
TVで中継を見た試合は今年は一試合もない。
スポーツニュースすらほとんど見ていない。

では贔屓の松井がいるメジャー・リーグはといえば、これまたTVではほとんど見ていない。
ネットで午前中に途中経過をチラ見する程度であり、ああイチローはやっぱりすごいなとか、松坂がいまひとつ抜け出せないのは何故だろうとかをぼんやり考えることはあっても、それ以上の興味が湧かないままである。
昨年初めの王ジャパンで私の野球熱は燃え尽きてしまったのだろうか。

今度はサッカー。
待望のオシムを監督に迎えて、まずまずの成果を上げている日本代表であるが、集中して試合を見ることは少なくなった。
選ばれている選手も、阿部や巻、中村憲などのお気に入りがいるにもかかわらず、試合内容には目を見張るものがあまりない。
オシムは日本の特長を生かしたサッカーを目指しているわけだが、おそらくはその日本の特徴自体がスポーツとしては魅力のないものなのだろう。
自分はミーハーなサッカーファンではないという自負はあるが、今年ほど興味を持てないのは初めてである。

音楽は昨年からの流れでSalyu、mi-guに肩入れしているものの、どちらも活動準備期間にはいってしまっているので動き無し。
Salyuに関して言えば来月からはニュー・シングルのリリースもあり、来年初めには本格的な動きがあるはずなので楽しみである。
あとライブではやまだなおこさん中心にちびじゃみやe-ha?のステージを見てきたが、どんなセッションでも安心して聞くことができるのはありがたい。
私の元気の素である。

速水清司さんは恒例のTACTのライブが今年の2月にあったが、その後は7月の神戸でのソロライブを行っただけで、アルバム発売の年にしてはおとなしい活動である。
11月に今年2回目のTACTがあるのでもうひと盛り上がりを期待したいものだ。
また、今年たいへん好評であった神戸のライブも次回はぜひバンドでやりたいものである。

今年に購入した書籍はそのほとんどが絵画関連のものであった。
自分の中でバラバラになっている絵画論・芸術論がある程度繋がってきたように思える。
音楽もそうだが感覚的なものを言葉に置き換えるときに、失われるものと余計に付加するものを十分に理解しておかないと間違った方向に結論づけてしまいがちである。
ピカソが言うように芸術は理解するものではないが小鳥の歌のように愛する必要がある。
そして何かを愛するためには人は最大限の努力をしなければならないのだ。

Img98

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2007年9月15日 (土)

やっぱ麻雀でしょう

やはりこれからは麻雀だ。

最近、子供のうちから株式などマネーゲームを学ばせることが良いのではないかなどと、証券会社が先導しての提案がある。
そりゃ、金銭感覚ゼロの人間になるよりはずいぶんマシではあるけれど、何だか銭ゲバ予備軍を作り出すみたいで感心しない。
だいたいにおいて世の中の人間の全員が潤うような社会など存在しないのだ。
しかも個人の利益に執着する奴ばかりになったりしそうでギスギス感が漂う・・・

仕事場などで良く感じるのが、周りの状況を察することが苦手な人間が増えていることだ。
1対1なら得意なのだが、同時に他者の視線を感知することができなかったりするから、結果として場違いだったり空気が読めなかったりするのだ。
今ではすっかり死語になってしまったかもしれないが、TPOをわきまえることは常識ある大人にとっては必要なことに決まっている。
電車などに乗っていてもビックリするくらいに羞恥心(これも死語か?)が皆無なことに愕然とすることがしばしばある。
こういうのは見栄とか何とかとは別次元の話である。

私は決して数字に強い方ではないが、それでも若い子たちの暗算能力には首をかしげることが多い。
屁でもない計算にいちいち電卓を持ち出すのを見ると、何て面倒くさい奴らなんだろうと思わざるを得ない。
確かに電卓をたたけば正確な数字は出るかもしれないが、往々にして桁間違いとかに気づかず、あきれた答えを出してくることがある。
携帯電話についている計算機能なんて無用の長物かと思っていたら、結構使われていたりするから驚いてしまう。

さて、麻雀である。
知っての通り、麻雀は4人で行う。
つまり自分以外の3人もリアルタイムでゲームを進めているわけである。
相手の手は見えず、提供される情報は場に捨てられた牌とチー・ポン・カンで公開された手牌の一部だけである。
順番に牌を引いてきては不要な牌を捨てて、目的は上がり役を作ることであるが、同時に相手の上がりを警戒しなければならない。
つまり他のプレイヤーの状況に絶えず気を配らなければいけないのである。
かといって自分も参加しているのだから傍観者でいるわけにはいかない。

麻雀を始めたばかりの人が一番苦労するのは点数計算である。
手牌の種類や並び方、待ちの形式などによって基本点が違ってくることもあって、結構複雑なものである、
さらに役の種類や何本場か、ロンかツモか等々でいざ上がっても誰から何点貰えばいいのかを瞬時に言うのはなかなか大変である。
そのため点数計算を他人任せにする人もいるが、損をすることが多いし、そういう人はいつまでたっても上達しないのである。

例えば終盤で自分の点数がいま何点であり、他の3人がそれぞれ何点を持っているかを把握しておけば、ここで何点の役を上がれば順位がどう変化するかが分かるわけだ。
だから配られた手牌を見て、自分なりのプランを立てると同時にどの相手をマークすべきか等々の作戦が立てられる。
こういった数字(点数)の動きに気を配りつつゲームを進めていくのが麻雀である。
もちろん運やツキのしめる要素も非常に多いのだが、それ以外の部分で最大限の努力をすることが麻雀の技術なのである。

ギャンブル的要素を別にすれば、麻雀を教育の手段に取り入れることは非常に良い考えだと思うのだが、如何なものだろうか。

5so

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2007年9月12日 (水)

It does not matter!

「えー、先の参議院選挙において我が党が歴史的惨敗をきたした結果を重く受け止め、より美しい国を作るべく改革を推し進めて行かねばならないと。また、対外公約でありますテル対策特別措置法・・・あっ! テロと言わなきゃならないところをテルって言っちゃった! あー、へたこいた〜」

(音楽)

「参院選でー、自民党がー、記録的な惨敗だ。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」
「大学時代にー、やってたスポーツはー、アーチェリーだーよ。だけどもだっけどー、人事はいつも的外れ。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ! ハイ、アンハッピー」

「総理になる前はー、拉致問題に燃えていた。でも総理になったらばー、何をやってもラチあかねぇー。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」
「党首同士でー、会談したいとー、小沢のオッサンにー、申し入れたが拒否られた。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」
「2日前にー、所信表明でー、職責果たすと言ってみた。だけどもだっけどー、なんだか自信が無くなった。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ! ハイ、アンハッピー」

「そっち(民主党)よりー、こっち(自民党)のほうがー、荒れてるよー。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」
「オレのじいちゃん岸信介。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」
「改造内閣でー、株を上げたのはー、オレに冷たい桝添さん。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」
「美しい国をー、作ろうとー、1年近くやって来た。だけどもだっけどー、立つ鳥あとを濁しちゃう・・でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ! ハイ、アンハッピー」

「突然辞めたら特番だらけ。でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!そんなの・・・」

Ay_2
このブログでも何度となくネタにさせていただきましたm(_ _)m

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2007年9月11日 (火)

Worthless News

午後から突然にブログのアクセスが増えたので、一体何事だろうかと思ったら新聞各紙のサイトには「萩原健一さん速度違反」の文字があった。
60キロ制限の道路を37キロオーバーしていたらしいこと、先月の10日の正午に運転していたときのことで、いわゆるオービスにより違反が発覚し今月の6日に本人が池上署に出頭した等々。
なるほどねぇ、Mind Horseからのアクセスが多いはずだわ。

TVのニュース等でも報道されたようだが、仕事中なので内容はサッパリ分からない。
というか記事で読んだとおりの内容であれば「ふーん」というくらいなもので、別に興味をひくものではない。
ムーディ勝山には最近飽きちゃったけど、「右から来た何かを左へ受け流す」程度の反応を示すしかない。
だって、現在の本人の状況は(噂こそ伝わってくるものの)皆目分からないのだから。

そういうわけなので、ファンサイトを名乗っていながら何ら萩原さん関連の更新をしていない状態が何年も続いている。
Mind Horseからここに来ていただいた人たちには大変申し訳ないと思うけれども、ブログではほとんど萩原さんの話題に触れていない。
ニュースの記事では、本人は仕事の打ち合わせで急いでいたと言っていたらしいが、その仕事がどのような内容のものなのか、はたして次回作の映画についてなのかどうかは全く分からない。

もちろんスピード違反は良くないことに決まっている。
ましてや執行猶予中の本人であるから、慎重を期してもらいたいのは当たり前だ。
しかしどうにも解せないのはいつもながらセンセーショナルな取り上げられかたをすることだ。
過去の幾多の事件等によるイメージがそうさせるのか、なかなか表に出てこない活動にしびれを切らした故の過剰報道なのか。
どちらにせよ世間から忘れられているわけでもなさそうなので、そろそろキチンとした仕事を見せてもらいたいものである。

Hw

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2007年9月10日 (月)

しりかん(Silly Conversation)11

「しかし安倍さんもえらいこと言っちゃったね」
「今朝TVで見たよ。膏薬がどうのこうの言ってたね」
「膏薬じゃないよ。肩は凝ってるかもしれないけど」
「膏薬口に苦し」
「そんなことする奴はいないよ」
「じゃあ何だ?農薬か?カレーに農薬入れちゃったとか」
「安倍さんがそんなことする必要ないだろ」
「わからんよ。結構裏の仕事をやってるかもしれないし」
「やってないよ」
「改革の影の部分がどうこう言ってたじゃないか」
「ところどころ聞いてたんだな。そういう話じゃないよ」
「じゃあ分かりやすく説明してくれよ」
「今年の11月にテロ対策特別措置法が切れるんだ」
「知らないな」
「まあいいよ。その法案のもとに日本の自衛隊がインド洋で給油活動してるんだ」
「誰に?」
「米軍なんかにだよ」
「そりゃ人のいい話だね」
「で、その法案を今後も継続させて給油活動を続けていくことが国際的公約だと安倍さんは言うわけだ」
「なるほど」
「ホントに分かってるのか?」
「いいから先を聞かせろ」
「で、給油活動が継続できなくなったら安倍さんは退陣すると言ったわけだ」
「石油が無くなるってことか?」
「じゃなくて、国会で継続が否決された場合のことだよ」
「ケイゾクっていうドラマあったよね。中谷美紀が・・」
「いいんだ。民主党をはじめとする野党はこぞって反対してるからどうなるやら」
「安倍さんも退陣なんて言わなければいいのに」
「『私の職責にしがみつくということはない』なんて言っちゃったからね」
「継続できなかったら髪型を真ん中分けにしますぐらいにしとけば良かったのに」
「それは別に平気なんじゃないの?」
「いや、安倍さん的にはすごい決断かもしれないよ」
「まあ見た目は残念かもしれないけど。立場が変わるわけでもない」
「でも公約たってブッシュとの約束でしょ。どうせブッシュも次は無いじゃない」
「民主党が言ってるのもそういうことで、国連の決定事項じゃないから従う必要はないというわけだね」
「それも単なる屁理屈かもしれないね」
「まあね。安倍さんは『野党の理解をいただくために、私はあらゆる最大限の努力を払わなければならない』と言ってるわけだが」
「ほう、そこまで言うんだ。じゃあ腕立て伏せ5千回にチャレンジしていただこう」
「草野仁じゃないんだから」
「麻生さんと一緒にプールに潜って、どちらが長く息が続くか競うって言うのは・・」
「それで総裁を争うわけだね。・・ダメだね。自民党は大川興業じゃないから」
「おっと、こんな時間だ。おれも仕事場に戻る公約したから失礼するよ。職責を全うしなくちゃ」
「職責ねえ。たいした職責でもあるまいし」
「どうせ即席の職責だわな」

Sg

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2007年9月 5日 (水)

いつもボークで決勝点(Mattarism48)

朝から雨が降ったり止んだりの荒れた天気であった。
アシスタントの女の子が無表情で言った。
「あー、きょうはひきこもりDAYですねー」
「え?」
「雨すごいじゃないですか。帰りに止まないかな」
「駅までは別にいいわけだ」
「そう。自転車で雨ってヤじゃないですかー」
「そうか。自転車で結構かかるんだよね」
「そう。駅から遠いんですよー、ウチの家」
私もずいぶん昔には自転車で駅まで行っていたが、確かに雨は嫌なものである。
傘をさして自転車を走らせていると憂鬱な気分になる。
「あー、そういえばこないだ急にプレステやろうと思ったんですよ」
「へえ。何でまた?」
「ファイナルファンタジーがどうたらこうたらで、そう言えばプレステ2やってなかったなあーって思い出して、やろうとしたんです。でも無かった」
「何が?」
「プレステ2ですよ。弟に貸してたんですけど」
「また弟か。どうしちゃったの」
「前に貸したときに、弟が勝手に売っちゃったんですよ。ウチが買ったのに」
「ふーん」
「そしたら自分がまたやりたくなったみたいで、買い戻すからって親にお金もらってたことまでは知ってたんですけどー」
「またか」
「ウチはもう買い戻して家にあるもんだと思ってたんですよー。で、弟に聞いたんです『プレステ出しな』って」
「でも無かったわけだ」
「そう。親からもらったお金は遊んで使っちゃったみたいですよ。あのバカ」
「もうそんな話を聞いても全然驚かないね」
「そのくせ、自分はPSP買ってんの。どうだろ」
「PSP取り上げちゃえばいいじゃん」
「ウチもそう言ったんですよ。『PSP貰うからね』って。そしたら『それは困る』って」
「何だかわからないね。きみんちはおかしいよ」
「うー、おかしいのは弟だけですよ。あのバカ」
かつて画家のマネが描いた大作をバラバラにして生活の足しに売ってしまったのはマネ自身の親族であったというが、時代を超えても同じような話はあるものだ。
「ところで週末に撮影会があるんだけど、どこか秋祭りとかやってないかな?」
「ありますよー。ウチの方でも。でも来週だっけかな。来月かも・・」
「今週末なんだ。探してるのは」
「じゃあ知りませんよ」
「来週には結構いろいろな場所でお祭りがあるみたいなんだけどね」
「あー、ネットで見たらありますよ。祭り」
「どこで?」
「ローマですね。わはは。行ってくればいいじゃないですか、ローマ」
「日帰りじゃ無理だよ」
「じゃあ無いですよ」
「トマト祭りとかあればいいのに」
「あー、トマトぶつけるやつですね」
「きみんちでやればいいんだ。トマト祭り」
「多分、家族全員が弟にぶつけますね」
「全員か」
「そう。犬も含めて全員」
アシスタントの女の子の家庭事情はなかなか興味深いものだ。

Tomatina

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2007年8月29日 (水)

朝からズバッと青龍拳!(Mattarism47)

仕事場の電話が一段落したので顔を上げたらアシスタントの女の子が腕にクリームをすり込んでいた。日焼け止めなのだ。
「塗ってるね」
「あー、ちょっと落ち着きましたからね」
「ここで塗ってもあまり効果はないんじゃないの?」
「いいんですよー。どうせ気休めですから」
「二の腕が・・」
「いいんですよ。二の腕は。どうせ太いから」
「バイクに乗ってるから焼けるのは仕方がないでしょ。半袖だし」
「あー、そうなんですよね。ライダースーツみたいな長袖着てればいいんでしょうけど、暑くて着れないですよねー」
「痩せるかもしれないよ」
「いいんですよー」
「日焼け止めって落とすの面倒だよね」
「そうなんですよ。中途半端に洗うと白いの残ったりして、よく見ると毛穴に白いのがビッシリ詰まってたりするんですよ」
「あれは困るよね」
「いやですねー」
だっだら仕事場で塗らなければいいのにとも思ったが、本人なりの考えがあるみたいなので放っておいた。

「あー、朝青龍帰りますね。モンゴル」
「そうみたいだね。高砂親方も一緒らしいよ」
「親方も大変ですねー。治るまで一緒にいるんですかね」
「いや、治療の段取りができたら帰ってくるそうだよ」
「そうなんですか」
「朝青龍だけが帰ってきたりしたらどうする?」
「親方置き去りですか、モンゴルに」
「肉まんの具にされちゃったりして」
「うー、それはないですよ。段ボールじゃなし」
「『高砂』じゃなくて『黄砂』になって戻ってきたりしてね」
「良く意味が分からない」
「親方にストッキングかぶせて引っ張ったりしてね」
「朝青龍の顔にするんですか?」
「え?むしろ北の湖理事長っぽくなるんじゃないの」
「相撲取りはみんな似てますよね。なんか目が細くてホッペタがバーンって」
「そうかな。いい男もいるけどね」
「デブは同じ顔に見えますよ」
「そんなことを言っちゃいけないよ。世の中にはデブ専も多いんだから」
「うわー。ウチはいやですねー」
将来、自分や旦那、子供が太るかもしれないのにこの発言はいただけない。
まあ今は夏の暑い時期だから余計にそう感じるのかもしれないが。

知り合いの几帳面な女の人の話をしていたら、アシスタントの女の子がしきりに感心している様子なので聞いてみた。
「きみの家でいちばんキチンとしてるのは誰なの?」
「あー、父親ですねー。ゴミ出しとか前の日に玄関に用意してるし」
「ふーん」
「電気のスイッチなんかも使ってない部屋のはこまめに消してますねー」
「母親は?」
「何にもやらない」
「ふーん」
「そのぶん父親がいろいろ気をつけているんですよ」
「そうか。きみは母親に似たんだね」
「うー、そうかもしれないですねー。・・・何で?」
その答えはこっちが聞きたいくらいである。

Sun

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2007年8月28日 (火)

I'm a Robot

おれはろぼっとだ
おれはろぼっとだがろけっとがすきだ
おれはろけっとがすきなろぼっとだ

いちにちがはじまり
いちにちがはじまりたいようがのぼる
おれはおきあがる
おれはおきあがろうとする
おれはおきあがろうとするがおきあがれない
あぶらがきれているのだ
おれはあぶらのきれたろぼっとだ
ねんりょうがきれているのだ
おれはあぶらとねんりょうのきれたろぼっとだ

そとはいいてんきだ
そとをあるくひとはあせをながしている
そとはかんかんでりだ
そとをあるくひとはだらだらあせをながしている
おれはろぼっとだ
おれはあせをながさない
おれはあせをながさないろぼっとだ

おれのせなかはあつくなる
おれのせなかはたいようにてらされてあつくなる
おれのからだのきかいもあつくなる
おれはみずたまりをさけてあるく
おれはろぼっとだからみずたまりをさけてあるく

いつかおれはこわれるのだ
いつかおれはこわれてうごかなくなるのだ
おれはいつかこわれてうごかなくなるろぼっとだ
いつかおれはとおくにいくのだ
いつかおれはすきなろけっとにのって

Robot

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2007年8月27日 (月)

偉大な思想家も哲学者も雨にも負けなかったがアレに負けちゃった総理もいたじゃん

厳しい残暑にウンザリしているのは私ばかりではあるまい。
安倍改造内閣が発表になるというこの日に生まれた人たちは・・

紀元前551年 - 孔子(思想家)
「論語」をバカみたいに読んだのはもう何十年も昔だが、いまだに手元に欠かせないのは単なる道徳の本ではなく、孔子の人間性があちこちに垣間見えるからだ。
今の中国には偉大な思想家の幻影すら感じられないのが残念。
♪孔子道、くぐり抜け・・

1407年 - 足利義量(室町幕府第5代将軍)
幼少時より酒に親しみ、15歳で親から戒められたにもかかわらず過度の飲酒が祟り、数え年19歳で没した。
こういう人はどうしようもないな。

1770年 - ヘーゲル(哲学者)
ドイツ観念論を代表する哲学者。
ヘーゲルと言えば「弁証法」であり「小便法」ではないので注意。
(「小便法」はその後ショウベンハウエルによって確立された)

1858年 - ジュゼッペ・ペアノ(数学者・ペアノの公理を定義)
イタリアの数学者である。
ペアノの公理とは自然数全体の公理化であり、もしもペアノが弾けたならどうこうするようなものではない。

1896年 - 宮沢賢治(詩人)
死後に急速に評価が高まった詩人であり童話作家。
はっぴいえんど時代の松本隆にも影響を与えたといわれている。
雨にも風にも負けなかったが肺炎に負けて37歳で没した。

1908年 - リンドン・B・ジョンソン(第36代アメリカ合衆国大統領)
ジョン・F・ケネディが暗殺された後を引き継いだ大統領であり、ケネディ政権下では副大統領を務めた。
政治力は非常に高かったが、ベトナム戦争長期化やケネディの死に関わる諸々のウワサなどもあって評価は芳しくない。ジョン損。

1909年 - レスター・ヤング(ジャズサックス奏者)
偉大なるテナーサックス奏者でありクラリネット奏者であった。
カウント・ベイシー楽団で国際的な名声を得て、チャーリー・パーカーなども師と仰ぐ存在であった。

1910年 - マザー・テレサ(修道女)
ノーベル平和賞受賞者であり、アメリカ名誉市民である。
神の愛を無心に体現した数少ない人。
マザー・テレサもどきの偽善者は後を絶たないが、偽善でも悪よりはマシなことはいうまでもない。

1922年 - 宇野宗佑(第75代内閣総理大臣)
竹下登の後を継ぐも、女性スキャンダルにより僅か69日で退陣。
その後スキャンダルは永田町のお決まりとなった。
平成に元号が変わってから就任した最初の総理大臣がこの人であるから、20年経っても世の中は混乱したままである。

1926年 - 山岡久乃(女優)
宝塚出身の女優であり、身長162センチというから結構大柄だった。
「ありがとう」でお母さん役を確立し、「渡る世間は鬼ばかり」まで同様の役柄をつとめた。
私が初めて見たときからお母さん女優であったな。

1934年 - 大月ウルフ(俳優)
ご存じフジ子・ヘミングの実弟である。
建築家の父親とピアニストの母親の間に生まれた。
特撮ものの変な外人はたいていこの俳優だ。

1936年 - 連戦(中国国民党主席)
台湾の中国国民党名誉主席である。
もし弟が生まれていたら「連勝」と名付けようと考えていた父親がお茶目である。

1936年 - 広瀬叔功(元プロ野球選手)
南海の広瀬といえば盗塁王だ。
俊足・好打・好守の名選手であり、南海黄金時代を築いた(今は昔の話)。

1946年 - 柴宜弘(歴史家)
ユーゴスラヴィアなどのバルカン史が専門。
フォッフォッフォッ・・

1947年 - 青木和代(声優)
オバサン役、肥満タイプ役が多い声優であり、少年役も多い。
しかし、実際はオバサンほど声が高かったりするので電話の声には要注意だ。

1947年 - 田中星児(歌手)
「ビューティフル・サンデー」の人もすでに60歳である。
最近は見かけないが、まさかまだマッシュルームヘアではあるまい。
グッチ裕三の従兄弟でもある。

1959年 - ゲルハルト・ベルガー(元F1レーサー)
アイルトン・セナの親友であった長身のレーサー。
この頃は一生懸命F1を見ていたものであった。

1959年 - 渡部絵美(元フィギュアスケート選手・タレント)
現役時代もムチムチ気味であったが、引退後ブリブリ太る。
しかしながら日本女子フィギュア界最初のメダリストであることは事実である。

1963年 - 金村義明(元プロ野球選手・野球解説者)
現役時代は近鉄の強打の三塁手であり、現在は血液ドロドロの野球タレント。
キャラクターが愛され、重宝されている。

1963年 - 伊藤洋介(歌手)
元シャインズ、現在は東京プリンで活動。
エイベックス所属。

1964年 - 則竹裕之(ドラマー)
元スクウェアのドラマー。
ジャズ・フュージョン系のドラマーとして売れっ子のひとりである。
その特徴は柔軟で色彩豊かなドラミングにある。

1965年 - 津田寛治(俳優)
福井県出身の俳優。
嫌いな食べ物はホワイトアスパラであるという。
私はかつて口の中を大火傷したときに唯一ホワイトアスパラの缶詰に救われた経験があるので、これを悪く言う人は許せない!(何のこっちゃ)

1965年 - 鳴海剛(俳優)
プロレスのリングアナも務める俳優。
俳優としては悪役多し。
長身を生かしてモデル業、さらにサックスも演奏するらしい。
英語表記ではGO NARUMIであり、ちょっと郷ひろみっぽい。

1965年 - 吉松孝博(アニメーター、キャラクターデザイナー)
セガファンであるから私と一緒だ。
しかし藤本美貴ファンであることは何ら共感しない。

1969年 - 浅田信一(シンガーソングライター)
スマイル解散後はソロ活動の側らKinki KIdsやCHEMISTRYなどに楽曲を提供している。
アイドル的ルックスに似合わずしっかりとした音楽性を持っている。

1969年 - 渡辺鐘(お笑いタレント、構成作家)
ジャリズムのひとりであり、また数多くのお笑い番組の放送作家として活躍中。
声がでかい。

1976年 - 渡辺俊介(プロ野球選手)
ロッテマリーンズの投手。
特異なフォームのアンダースロー投法は一見の価値がある。
繊細な投手だがベストの投球時は芸術的なピッチングを見せる。

1976年 - マーク・ウェバー(F1レーサー)
レッドブル・レーシングに所属するレーサーである。
予選では常に好成績を収めるも本戦ではトラブルに泣くことが多い。
そういう星のもとに生まれた人って結構多いよね。

1977年 - デコ・ソウザ(サッカー選手)
ドイツW杯で私が一番注目していたのがこの選手であった。
実際は精彩を欠いていたので残念であったが、次回南ア大会でも注目したい。
あ、ポルトガル代表であるよ。

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2007年8月23日 (木)

Hurry on the telephone

あー、もしもし○○です。あはははは。そうでしょ、良く言われるんですよ、似てるって。あははは。・・・ねぇー、ホントにそうですよね。うーん、どうなんでしょうね、ねぇ。・・・そう、そうですよ。こっちも暑いですよー、あははは。ねぇ、やんなっちゃいますよ、ホントに。・・・見ましたよ、ねぇ、凄かったッスよねぇ。いやいや、ねぇ。・・・ありがとうございます。××さんも頑張ってるんでしょ?えー、違いますよ、ははは、それはないッスよ。ねぇー、いや私もですって、上手いこと言いますね。あははは。・・な、何言ってるんですかぁー、あははははは。そうそう、気をつけたほうがいいですよ。ホントに。うーん、それは・・・いやいやいや、ねぇー。こっちのせいにされちゃったりね、ははは。あははははは。それはない、いやいやいや、あは、あははは、ねぇー、そうそうそう。・・・うーん、どうでしょうかねー、聞かないッスねー、またまたまた。いや実際には・・・そうですよねー、ホントにかなわないッスよ。・・・そんなことはないですけどね、あははは、ねぇー、そうそうそう、ねぇ、そういうのってよくありますよね、ホントに。・・・あー、そうでしょうね、おそらくそうだと思いますよ、え?それはまた別のじゃないですか。ねぇー、そう言われたらどうしようもないですよね、実際、はははは。ねぇー。
あ、△△ですか?ちょーっと待ってくださいね。あー、電話中になっちゃいましたよ、ええ、終わるかな・・・ねぇ、終わりそうで終わらない。ホントに、あはははは、ねぇー。あ、電話させればいいですか?はい、分かりました、了解、あはははは。いえいえいえ、こちらこそお願いしますよ、はい、じゃあそういうことで、あ、終わりましたね、ははは、代わります、はいー。

「△△さーん、◇◇さんから電話入ってます」

Telephone

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2007年8月22日 (水)

007は3で死ぬ

何である?3である。
以前から疑問に思っていたことがある。
何故に3なのか。

猪木の「ダァー」でも「イチ、ニィノォ、サン!」で始まるし、先代の故・引田天功が催眠術をかける際も(古いな)「さんー、にー、いち!」と発声するのだ。
サンダーバードのオープニングでも「3,2,1(爆音)」というカウントダウンがあることは言うまでもない。(だから3ダーバードなのか?)
ザ・テンプターズの「秘密の合い言葉」でも「スリー、ツー、ワン・・・ウッ!」である。
みんな3である。そんなに3が好きなのか?

人間にとって3という数字が、否、3というリズムが心地よいからなのだろうか。
ジャンケンをやるときだって「ジャン、ケン、ポン」という3のリズムである。
陸上のスタートでも「位置についてぇー、ヨーイ、ドン!」という感じだ。
何らかのアクションを起こす際には3が伴うものなのだろうか。

知り合いの理容師が言っていたが、ポンプ式のシャンプーなどで手に取り出す量は2押しくらいで十分なのだそうだ。
しかしついつい3回押してしまうのが人情である(そんなこともないか)。
その結果としてシャンプーやリンスは早くなくなってしまい、化粧品メーカーはホクホクとなるのだ。

さて、洟をかもうとティッシュをとる。
2回で十分なのかもしれないが、つい3回引き出してしまう。
鼻風邪なんかひいていたらすぐになくなってしまう。
「チャッ、チャッ、チャッ(ティッシュを引き出す音)チ〜ン」というリズムが心地よいからに違いないのだ。
そのためか、たいていのティッシュは200組とか160組とかの3で割り切れない枚数が1箱に入っている。
次の箱を開けさせるためであることは疑問の余地がない(?)。

現在、洗濯用洗剤や食器洗い用の洗剤などは以前に比べてコンパクト化している。
メーカー曰く、洗う力が強くなったので従来のものの半分の量で十分ですと。
これがそうはいかないことは誰しも経験済みだろう。
人間は半分の量という感覚は馴染みにくいのだ。
少なくても良いと言われてもついつい3分の2くらい使ってしまうのだ。
まんまとメーカーの策略に嵌ってしまうわけである。
・・・話が違う方向に行ってるな。

そういえば時刻を告げるときも三秒前から「プ、プ、ピィー」と鳴るじゃない。
心臓の鼓動は2拍子なのに、何で3なのかね?

Ai

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2007年8月21日 (火)

Male Unnecessary

ネットのニュースを見ていたら、東京農大で卵子だけを使用して子マウスを誕生させることに成功したというのがあった。
こうした例はミジンコやアブラムシなどでは日常的に起こるもので、爬虫類や鳥類などの脊椎動物においてもその例が存在する。
これは「単為生殖」または「単為発生」とよばれる。
従来はこのような単為発生の場合、哺乳類では母親の胎内にいるうちに死亡するというのが常識であった。(下図を参照)
単為発生によって生じた細胞だけだと正常な臓器が作られないとされていたからである。
今回の実験では遺伝子操作をした雌マウスから取り出した卵子を別の雌マウスの正常な卵子に移植してから子宮に戻して子マウスを誕生させたということらしい。

発表ではすでに3年前に世界初の単為発生マウスは誕生していて、そのマウスは「かぐや」と名付けられたそうである。
こうして生まれたマウスは全てが雌の個体になるそうで、ちゃんと正常な繁殖能力を備えているとか。
それ故、「かぐや」なので、決して「桃太郎」が誕生することはないのだ。
実験が成功する確率は40%以上と言うから、トキやパンダの繁殖よりもよほど確率は高いわけだ。

もちろん人間に応用するには倫理的・遺伝子技術的な問題があるので、なかなか実現するとは思えないが、もしもそうなったら人類に男性が存在する必要がなくなるわけである。
なんともさびしい未来の夢ではないか。

この話を読んで真っ先に頭に浮かんだのは聖マリアの処女懐胎であった。
しかしそうなるとイエスは女性と言うことになるわけで、様々な教義の解釈が変わってしまうから、キリスト教圏からは猛反発を食らうことであろう。
危ない話だな。

Hassei

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2007年8月17日 (金)

Shane! Get Out!(Mattarism46)

休日明けの仕事はハードなほうが良い。
数日のブランクで弛みがちな身体も頭も電話の数十本を立て続けに取ればあっという間に元通りである。
ただし、その日の夕方にはドッと反動が襲ってきて眠くなるわけだが・・
まあ、そんなこんなで仕事は始まった。気がつけば8月も後半である。
きょうもきょうとてアシスタントの女の子がやって来た。
「あー、おはようございます」
「うん。その注文をノートにまとめておいてくれ」
「はいー」
午前中はドタバタしているうちに終わってしまった。
さすがに午後になると少し電話も落ち着いた感じである。
「見てくださいよ。これ」
自分の腕をこちらに見せている。
「二の腕が太いね」
「そうじゃなくて、色ですよ。焼けてる」
「そう言われれば焼けてるかも」
「バイク焼けですよ。日焼け止めを塗ってもダメですね」
「ふーん。あ、手は白いじゃない」
「ふふふふ。手袋してますよ。手首の所に線が入っちゃったよ」
「うーん。それって格好良いの?」
「あー、イヤですね。何か」
「コパトーンでも塗れば良かったんじゃ」
「真っ黒にすれば良かったって・・絶対ダメですよ」
さすがに顔は日焼け止め+ヘルメットで保護しているようで、真っ白である。
しかし、腕の浅黒さと比較するとなんだかアンバランスな感じではある。
ひとりオセロといったところだろうか。
「休み暑かったですねー」
「どこか行ったの?」
「あー、ほんとに久しぶりに渋谷とか行きましたよー。原宿も」
「ふーん」
「あ、変な人見ましたよ。オジサンなんだけど猫耳付けてるの」
「猫耳」
「そう。それで顔とか真っ白に塗ってて、クチビルは真っ赤なの」
「お化粧してるんだね」
「格好も変で、すごい目立ってましたよ。外人とか写真撮ってた」
「ジャパニーズCATSというところかね」
「変なところですね。原宿とか」
「まあそんな人ばかりじゃないけどね。きみの弟のほうが変じゃないの?」
「あのヤロー。また問題起こしたんですよ」
「え?また事故とか?」
「親の財布からお金を盗んだんですよ」
「でも働いてるんじゃないの?」
「そう。週に何回かは仕事に行ってるみたいなんですけど」
「また友達に利用されてるんじゃないの」
「今回はその友達が電話してきたんですよ。弟が家のお金を盗ったこと」
「?」
「弟の話じゃ今までは友達がすごい悪いみたいだったんですけど、何かウソみたいなんですよ。友達にはウチの家族がすごい悪いみたいに言ってるらしくて」
「じゃあ両方にウソ付いてたんだな」
「そうなんですよ。どっちにも自分が被害者みたいに言ってたんですよ」
「そりゃ良くないね。怒られたんでしょ、当然」
「そう。家族みんなですごい怒ったんですよ」
「反省してた?」
「シュンとしてましたね。でも分かってるんだかどうだか」
「困ったもんだね」
「うー、その場では反省してるんですけど、すぐにもとのダメダメに戻るんですよ」
「自衛隊にでも入れちゃえば?」
「ヘタレだからすぐに逃げ出しちゃいますね」
「勘当しちゃえばいいのに」
「そう。勘当しちゃった方がいいんでしょうねー」
「小泉さんでも呼んでさ。『勘当した!』って・・」

Jizo

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2007年8月16日 (木)

蟬は夜になっても鳴き止まない

「暑いねえ」
「全く、ちょっと異常だね。夏ってこんなだっけ?」
「平成の夏はこんなもんだろ。それにしても今年は凄すぎるけど」
「盆休みはどうだった?」
「休みねえ、パソコンいじったね」
「なるほど。それから?」
「本を少し読んだね」
「ほう。あとは?」
「それだけだよ。きみはどこかへ出かけたのかい?」
「何日か仕事場に行ったね」
「へえ。他には?」
「あとは家にいたよ。静かだから」
「静かだから?」
「おれの家は前が中学校で横が小学校なんだ。夏休みは静かで良いぜ」
「そりゃ、静かだわな。でも最近の子供は外で騒がないね」
「まあな、遊び場所もないからな。おれたちの小さい頃と比べちゃいけない」
「いまじゃどんな細い路地もアスファルトで舗装されてるもんな」
「おれたちの頃は土か砂利道だったよ。雨降ったりすると大変だった」
「ああ、ぬかるんじゃってな。今じゃ『ぬかるみ』なんて言葉はほぼ死語だな」
「池とか沼とかみんな埋め立てられたしな」
「そうさ。おれの家から少し歩くと遊歩道があるけど、そこに流れる小川なんて完全な人工の川だもの」
「自然に触れようなんていうのも作り物なんだな」
「だって安全な自然なんてないからね。自然は常に危険と隣り合わせなものじゃん。それがまた楽しいわけなんだけどね」
「今の親は自分の子供をそういうところに行かせないからね」
「そりゃそうさ。危険だよっていうことを自分が教えられないんだから」
「過保護なんだな」
「そうかな?おれはそうとは思えないけどな」
「というと?」
「今の親は自分の子供との距離をうまく置けないんじゃないかって思うんだ。西遊記ってあるじゃない。孫悟空が雲に乗って飛びまわっても結局はお釈迦様の掌から逃げられないっていうの」
「ああ、そうだったね」
「そのくらいのスケールを持った親がいなくなっただろ、最近は」
「そんなのおれたちの頃だっていなかったじゃん」
「まあ、そうだけど、でも放任主義っていうか、そんな感じだったじゃない。おおらかな」
「確かにね。それに放任たって今みたいに手が付けられなくなってほったらかすんじゃなくて、ある程度のセーブはかけていたもんな」
「それだけ親の存在感があったということじゃないの。子供のほうもやり過ぎたかなと思ったら自重したもんだぜ」
「学校の教師だって、優等生よりもやや問題児っぽい子供のほうを可愛がったもんだ。今じゃ考えられないけど」
「今の問題児はある意味危険なところもあるからな」
「危険なものにしちゃったのは誰のせいかということだよ」
「いやな時代なんだな」
「おれなんか子供の頃はバカとかカスとか言われたけど、それがいいって言われたもんな。『子はカスがいい』って」
「結局、最後はボケるのかい」

Sc

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2007年8月15日 (水)

終戦記念日に我が輩は辞書を持って釜山港に帰ろう

きょう8月15日は終戦記念日である。
でもそんなの関係ネェー!って感じで生まれたのは・・

1769年 - ナポレオン・ボナパルト(フランス皇帝)
皇帝ナポレオンには逸話も多く、曰くギタリストであった、曰く音痴であった、曰く胃下垂であった、曰く痔であった等々。
これら全てを兼ね備えた人物を知っているが、彼は皇帝ではなかった。
私自身も長年に渡って睡眠3時間を続けていたが別に偉くは成れなかった。
また妻のジュゼフィーヌはどうしようもない浮気女であったというが、浮気妻を持つ全ての旦那が偉人になれるわけでもないことは言うまでもない。
ベートーヴェンがナポレオンに献辞しようと書いた交響曲「エロイカ」は後に皇帝となったナポレオンの人間性を知って怒ったベートーヴェン自身によって表紙が破られたという。「彼もやはりただの男だった!エロいか?」

1835年 - エドゥアルト・シュトラウス(作曲家)
「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世の弟。長生きしたらしい。
ビール好きは「モルツ王」だ。

1877年 - 太刀山峯右エ門(大相撲第22代横綱)
突っ張りの強さで頂点に上り詰めた怪力の名力士。
最近はツッパリでのし上がるのは女性ばかりである。

1878年 - ピョートル・ヴラーンゲリ(ロシア内戦時の白衛軍司令官)
1918年からのロシア内戦で白軍の総司令官を務めた。
翌年からは中居正広が白軍のキャプテンとして大晦日に活躍するようになった。
肖像を見ると高橋ユキヒロに似た風貌の人であった。

1887年 - ポール・メリル(天文学者)
アメリカの天文学者。後年上海に渡り、帰国した後は「上海帰りのメリル」と呼ばれたというのは真っ赤なウソである。

1890年 - ジャック・イベール(作曲家)
ジャック・イベールはフランスの作曲家である。
管弦楽曲や器楽曲に洗練された作品を残しているがイバールことはなかった。

1892年 - ルイ・ド・ブロイ(物理学者)
名門貴族ド・ブロイ家に生まれ、ノーベル物理学賞受賞者である。
たいへん長命であり94歳まで生きた。
好きなお酒はマイン・ブロイではなくド・ブロク?

1938年 - フレデリック・フォーサイス(小説家)
映画の原作としても有名な「ジャッカルの日」「オデッサファイル」「戦争の犬たち」の作家。
いずれの作品も特派員経験を生かした説得力のあるものである。
私は学生時代に「コンサイス」という辞書を使っていたが、全く関係ないことである。

1925年 - オスカー・ピーターソン(カナダ人ジャズピアニスト)
ジャズ・シーンにおける巨人のひとり。超人的なテクニックを誇る。
代表作に「酒とバラの日々」があるが下戸でも薔薇族でもない私にはそういう日々は無縁である。

1950年 - アン王女(イギリス王室)
エリザベス2世の娘であり、チャールズ王太子の妹でもある。
離婚歴有り。王室の人間関係は良く分からないことばかりだ。

1952年 - 渥美二郎(演歌歌手)
右から来た横分けを左に受け流しているうちに最近はサッパリ音沙汰がない歌手。
渥美といえばやっぱり「マリ」でしょ。

1959年 - 山下和美(漫画家)
代表作『天才柳沢教授の生活』は彼女の父親がモデルだそうだ。
柳沢慎吾の生活じゃなくて本当に良かった。うるさくてたまらないだろうから。

1960年 - サンプラザ中野(ミュージシャン)
見た目と違って真面目で立派な人みたいなのがちょっと鼻につく最近である。
ロッカーは文化人であってはならないというのが私の持論である。

1962年 - 宇梶剛士(俳優)
元ワルが更生した例として有名だが、議員になった何とか先生みたいにそれを売りにしてはだめだ。
哀川翔と同じく声にもっと迫力が欲しいところではある。

1962年 - 愛甲猛(元プロ野球選手)
ロッテ時代はよく知らないのだが中日に移籍してからは面白い代打だと思った。
アーチェリーの山本先生と高校の同級生だったとは意外である。
ジャンケンをやっても勝負にならないと書こうと思ったのだがバカバカしいので・・

1964年 - 中村光一(ゲームクリエーター)
テレビゲーム界屈指のゲームクリエイターである。
任天堂の宮本茂のポピュラリティとは違い、アンチテレビゲーム指向な凝ったゲーム作りに才能を発揮する。
でもやっぱり初期のドラクエシリーズが代表作なんだろうな。

1964年 - 椿鮒子(俳優)
WAHAHA本舗所属の超個性派女優。女・井上ひさし

1975年 - 川口能活(プロサッカー選手)
日本代表GK川口もすでに32歳である。
一時はオールバックの髪型にしてどうなるんだろうと心配させたが、また元通りになったので若く見えるようになった。
南ア大会が最後になるんだろうか?

1977年 - 日高剛(プロ野球選手)
オリックス・バファローズの正捕手。
名前は「たけし」だが、バッティングは「しけた」感じがする近年の成績である。

1978年 - 秋山竜次(お笑いタレント)
ロバートの秋山でありアキバチョフである。
いずれは俳優に転向するであろうと思われる芸人のひとり

1983年 - 中村剛也(プロ野球選手)
西武ライオンズの内野手。「おかわり君」として球団・スポーツマスコミが売り出すも、昨年の低い成績で存在感を薄めた。
三瓶に似てるといっても三瓶自体が消えかかってるし・・

1984年 - 桂夏丸(落語家)
いかにもきょう生まれにふさわしい名前の若手落語家だが、落語よりも俳句のほうの評価が高いらしい。
「この酸味がいいね」と君が言ったから八月十五日は夏みかん記念日(パクリました)

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2007年8月13日 (月)

そんな感じ

何となく太陽が照りつけて一日が長く感じる夏のほうが陽気な感じに、日が短く寒さが身にしみる冬のほうが寂しく感じられると思いがちだが、そうでもない。
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毎日を平凡に暮らしているが、いいこともあるし悪いこともある。
楽しいこともあるし悲しいこともあるけど、どうなんだろう。
最近は悲しいことの方が少しだけ多いような気がする。
そんな感じ

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2007年8月11日 (土)

親方の会見

巡業を休んでサッカーに興じていたことから大問題に発展した某横綱の件。
協会との間を何とか取りまとめようとする部屋の親方の会見が行われた。

豚籠親方に聞く

——すごい汗ですが、今日の結果は
 「記者会見をやってもらおうと思ったけど、暑くてそれどころじゃない。昨日はエアコンが効いていたから落ち着いていたが、波がある」

——治療優先か汗を拭くのが優先か、あと会見のほうは
 「ベタベタで気持ち悪いし、背中や、ワキもある。まずは汗を拭いて、横綱は治療して、(会見は)それからになる」

——横綱ですが治療方法は
 「現状では通院か、細木先生に来てもらうかの選択肢がある。これだけ(報道陣が)多いと、本人が動きづらい。私自身も太っているので動きづらいし、見ての通りテンパッている部分もある」

——汗を拭いてからで結構ですが、治療が先と決断したのは
 「やっぱり初めに会見しろ、と思ってたけど、ある先生からも、そういう方(治療が先)がいいという手紙ももらった。でもシャツのポケットに入れていたからグショグショで読めない」
 (ここで親方のお腹がグウグウ鳴り約半時間、退席)
 「もぐもぐ、いや、だから、横綱には治療してもらって、いや、させてだな。私が下手に出ちゃいけないな。でも向こうの方が偉いしな・・・」

——横綱本人の会見はいつごろになるのか
 「私はナメられてるからね・・いや、私からはいつまでということはできない。まずは腹一杯メシを食って、あとは人任せで・・いや治療させる。すでに(医師の紹介などを)お願いした」

——治療優先は横綱本人の希望か
 「そういうことですかね(遠い目)。私自身も(今、会見を)させちゃいけない感じを受けた。ちょっとかわいそう。私の判断が甘いといえば、それまでだが、私は甘いものには目がなくてね・・いや辛いのも好きだよ。要は食べ物だったらなんでもOKなんだけど」

——協会に戻って再度横綱宅に向かったが
 「お腹が空いちゃって・・これじゃいかん、途中でメシを食ってからもう1回行こう、と思った。戻ってから本人とも話したけど相手にされなかった、私の力不足です。お腹は一杯になったんだけど」

——親方はブタ刑事に見えますが
 「ああそう。ネクタイしてるからかな? ストッキングをかぶせて引っ張った時の顔に見えるなんて言う人もいるけど、それが何か」

——前日は好感触だったが
 「今、引っ張り出すのは千代大海の元カノの話と同じで酷。昨日は落ち着いていて、いけるかな、と思ったけど、それは私の早合点でした。豚知恵、いや、猿知恵だった」

——モンゴル帰国は
 「私が?モンゴル行きたいね。何かギョウザみたいな食べ物あるよね、ボーズっていうの?坊主が上手にボーズを食べたとか、わはは・・え?私じゃなくて横綱?今は全く考えていない」

——仮病疑惑や様々な憶測が流布していますが最近の報道などについて
 「横綱に成り代わって倉本ドラマ調に言うなら、犯罪を犯したわけじゃないッスよ。ちょっとミスを犯して、いや、ちょっとじゃない大きなミスを犯して、罰則を受けているわけで・・・仮病なんて言われるのは心外なわけで・・・え?毛病?・・毛病ならどこかの野球選手みたいに飲む発毛剤を飲めばいいんじゃないッスか・・あ、ドーピングに引っ掛かるか・・・それはそれで罰則くらっちゃうか・・・私が無能なデブ?それは御覧のとおりですから、ほっといて下さいよ。しかし暑いな、カメラマンの人、フラッシュあんまり焚かないで。まあそんなこんなでみなさんのご協力もお願いします。ぶひ」

Bka

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2007年8月 9日 (木)

山盛りのかき氷を三口で流し込め!(Mattarism45)

「あー、またハト来てますよ」
アシスタントの女の子の声で仕事場の外を見ると、グレーのハトが歩いている。
私がスズメ用に捲いている米粒を食べに来ているのだ。
ともかく外に出てハトを追い払った。
「ハトは自分の小屋で食べればいいんだ」
「ハト小屋ありますからねー」
「ほら見てごらん。スズメが来たけど米が無くなってるじゃないか」
「あー、ほんとだ。探してますねー」
気の毒なので入り口を開けて米粒を少し与えた。
「来た来た」
「折角なついてきたんだからハトごときに邪魔されちゃ困るよ」
「だって同じ鳥ですよ」
「ハトが嫌いなわけじゃない。昔は自宅で飼っていたし」
「でも糞とかすごいですよね」
「うん。近所から苦情が出たら困るからね」
スズメが数羽で仲良く食べている米もハトが1羽くるとたちまち無くなってしまうのである。
体格の差とはいえ、あまりにも食べる量が違いすぎるので追い払うのである。
「スズメがもっとなついたら名前を付ければいいですよ」
「うん。どれがどいつか見分けが付くようにしなくちゃな」
「うー、みんな茶色いから分かりづらいですね」
「きみがスズメ用のベストを作ってやればいい。色違いの」
「えー、1羽ずつ着せちゃうんですか」
「そう。着せるのは自分でやるから」
「意外に似合うかも」
「ベレー帽なんかも似合うと思うけど」
「あー。でもきっと脱げちゃいますよー」
オシムジャパンの練習風景のように色とりどりのベストを身につけたスズメの図は想像するだけでも愉快である。
スズメだけにまさに色鳥々だ(・ω・)

仕事場には毎日のように内職の爺さんから電話がある。
鳥取県で内職を営むその人は話し好きで、奥さんと2人で加工をやっているのである。
「内職さんから電話ですよー」
「しかし、鳥取とはまたずいぶん遠い場所でやってるもんだね」
「あー、ほんとですよね。毎日送りがあるから大変ですね」
「今度、きみが取りに行ってくればいい。折角バイクを買ったんだし」
「鳥取か。いいですよー。日帰りできますかねー?」
「うーん。飛行機を使ってもなんだかんだで片道5時間はかかるからな」
「ウチ、いまひとつ鳥取の場所が分からないんですよ。群馬の北ですか?」
「え。全然違うよ。鳥取は山陰だよ」
「はぁー。山陰が分からない」
「岡山とか広島はわかるでしょ。あそこは山陽、でその北側が山陰」
「あー、いまいちピンと来ないですねー」
「大阪は?」
「大阪は知ってますよー」
「じゃあ高知は?」
「高知は四国ですよ。和歌山のほうですよね」
「和歌山は違うよ」
仕方がないので簡単な日本地図を書いて主要な県を教えることになった。
「東国原で有名になった宮崎は分かる?」
「この辺ですよね」
「あー、そこは長野だね。宮崎は九州のこのあたりだよ」
「ウチは地理弱いんですよ。ねえ○○ちゃん、都道府県とか分かる?」
もうひとりのアシスタントの女の子に聞いている。
「えー。四国の周辺は分かるけど、東北は全然だめかも・・」
彼女は高知の出身である。
携帯電話やインターネットはコミュニケーションを身近なものにしたけれど、さて実際はどのくらいの距離があってどんな所なのかということには無関心な傾向を増大させているのかも知れないな。

Wit

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2007年8月 8日 (水)

雨男もヒゲの荒法師もポーツマスで霊能力者になれるか?

夏も本番の8月8日。
こんな季節に生まれたのは一体全体・・

1709年 - 徳川家継(江戸幕府第7代征夷大将軍)
7代将軍家継の死因には将軍の座を狙った吉宗による暗殺説もある。
さすがは暴れん坊将軍といったところだろうか。

1879年 - エミリアーノ・サパタ(メキシコ革命指導者)
彼の生涯を描いた映画「革命児サバタ」のマーロン・ブランドは格好良かった。
実物の写真は似ても似つかぬ怖い人である。
なお「バタやん」というのは全く関係がない。

1902年 - ポール・ディラック(物理学者)
イギリスの理論物理学者でノーベル物理学賞受賞者である。
「ディラック方程式」を考案した彼の自宅もまたディラックスであったという。

1915年 - 天藤真(推理作家)
彼の作品「背が高くて東大出」にピッタリ当てはまる人を知っているが、非常に麻雀が弱かったことを思い出す。

1929年 - ヨゼフ・スーク(ヴァイオリニスト)
チェコの器楽ではその弦楽器の音色が優れていることで有名であるが、その国を代表するヴァイオリン奏者が彼である。
ドヴォルザークの曾孫でもあるスークの奏でる音色は柔らかく、しかし決して甘すぎない。

1930年 - ロジャー・ペンローズ(数理物理学者)
「ペンローズ・タイル」「ペンローズの三角形」で知られるイギリスの数学者。
おれたちも負けずにガンバローズ!

1933年 - 近藤洋介(俳優)
低音を生かして声優としての活動も多い俳優。
某M党に同姓同名の議員がいるが、まだまだ役者が違うという感じである。

1933年 - ロミ山田(女優・歌手)
しりとりの「ろ」の時に何回か使わせていただいたことがある。
あと「ロイ・ジェームス」とか・・

1937年 - ダスティン・ホフマン(俳優)
「卒業」のベンジャミンもきょうで70歳である。ちょっとビックリ。
アメリカン・ニューシネマもいまではすっかり古典である。
「くれ!今」といっても何もあげないよ。

1944年 - 麦人(声優)
スタートレックからケロロ軍曹までと幅広い活動をしている声優である。
兄は「米人」、弟は「粟人」というのはガセ。

1948年 - 前田美波里(女優)
真木蔵人の実母。美波里という名は祖母の名を取ったという。
資生堂のキャンペーンガールをやっていたのは40年前、まさに青春白書である。

1951年 - 押井守(映画監督)
「機動警察パトレイバー」「攻殻機動隊」で知られる映画監督。
大の犬好きであることはその風貌からも分かる。
ちなみに私はカニ好きだが外見からはわかるまい。

1952年 - 池畑慎之介(歌手・俳優・舞踊家)
ピーターである。
最近はなぜか松崎しげるも真っ青な(真っ黒?)日焼けキャラでの出演が多い。
数少ない本物の「芸能人」のひとりである。

1952年 - 織田無道(僧侶)
本人を新宿ロフトで2回見たが、普通の人である。
僧侶キャラのタレントということでいいだろうが、執行猶予付き。

1953年 - ナイジェル・マンセル(元F1レーサー)
私が熱心にF1を見ていた頃のスーパースターである。
トレードマークのヒゲを剃ると優男であった。
あの頃は良かったなあ・・・

1954年 - 松本匡史(元プロ野球選手)
現役時代「青い稲妻」と呼ばれ、SMAPがテーマソングを歌っていた。
ファミスタのGチームではサッパリ打てなかったのですぐに代打に代えられていた。
(わが家限定の出来事である)

1956年 - 清原なつの(漫画家)
妹が買っていた「りぼん」を借りて読んでいたが(秘密)、陸奥A子と並んで好きだったのがこの人の作品。
「花岡ちゃん」シリーズはコミックスを持っていた(実家にあるはず)。

1960年 - 新井素子(SF作家)
実はこの人の著作を1冊も読んでいない。
何らコメントできる立場ではないのだが、名前を見ると「味の素」を思い出す。

1960年 - 北天佑勝彦(大相撲元大関)
悲運の怪力力士。
あと少しだけ相撲にセンスがあれば名横綱になっていたであろう。
2006年、腎臓がんで逝去したがまだ45歳の若さであった。

1961年 - ジ・エッジ(ロックバンドU2のギタリスト)
U2と言えばボノばかりが有名で、他のメンバーはみんな憂鬱

1961年 - DJ KOO(ミュージシャン)
TRFのリーダー。元呪いの人。
かつてのドレッドヘアは面倒なのでやめたみたい。

1963年 - 田中要次(俳優)
個性派俳優、愛称はBoBA。
出演作品は「キル・ビル Vol.1」から「妖怪大戦争」までと幅広い。
しかし何故ゆえBoBA?

1967年 - 天海祐希(女優)
宝塚のトップ男役スターも退団後はめっきり女性を感じさせる存在となった。
金城武との「MISTY」などハッとさせられたものである。
やっぱり背は高いんだ(173.6㎝)

1967年 - 東野幸治(タレント)
チリ毛のコメディアン。
残念ながらこの人の面白さが理解できない。
出演番組が結構多いことも私にとってはTVの謎の一つである。
多くの若手からリスペクトされているそうであるが、ウエンツが山崎邦正をリスペクトしているほうがまだ分かる気がする。

1969年 - フェイ・ウォン(女優)
王菲。本来は歌手。
「恋する惑星」一作の出演だけで、この人の女優としての全ては語り尽くされている。
そのくらいに素晴らしい作品であった。

1975年 - 田中誠(サッカー選手)
日本代表のDFだったマコちゃんはW杯に出る前に帰国しちゃった。
ドイツで見たかったね、きみの勇姿を。

1977年 - 猫ひろし(タレント)
一時ほどTVで見ることはなくなったが、まあ芸風故しかたがないところだろう。
得意なキャラクターは個性派脇役向きなので第2の?佐藤蛾次郎を目指すと良い。

1978年 - 白石美帆(タレント)
スポーツ系キャラはそろそろ卒業するのだろう。
演技力をつけて2時間ドラマ中心の活動が吉。

1978年 - 桑谷夏子(声優)
売れっ子の声優さん。身長は148㎝と小さい。
やはりきょう生まれたので夏子なんだな。出演作品は非常に多い。

1979年 - 小松純也(歌手)
シンガーソングライターであり占い師である。
そのキャラは一種独特のものがあり、ちょっとひいてしまう。

1981年 - 飯田圭織(歌手)
「ジョンソン」であり「かおりん」である。
おきまりのできちゃった婚も今では何ら驚きを与えない。
芸能界はそんなもんだよ。

1981年 - ロジャー・フェデラー(テニス選手)
3年間以上も世界ランキング1位を保っているのは立派。
でも最近はテニスを見なくなったなあ。

1983年 - 金原ひとみ(小説家)
第130回芥川賞作家。
金原と聞いて思い出すのは「底抜け脱線ゲーム」であるが、あれは金原二郎であった。
それはともかく、作品の題材に共感を感じる世代が不安定だから、今後の方向性が問われるだろう。

1987年 - ケイティ・リューング(俳優 チョウ・チャン役)
ハリー・ポッターシリーズでチョウ・チャン役を演じる女優。
スコットランド生まれなので広東語は不得手らしい(ベッキーみたいなもんだ)

1996年 - ハルカ(歌手)
元「キグルミ」である。現在はタレント「遼花」として活動中。
さてたらこは立派な鱈に育っていくのであろうか。

Fw

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2007年8月 7日 (火)

The summer of my memory

夏が来れば思い出す・・
というほどの想い出はないのだが、泳ぎが得意でないので海やプールに行くことは稀であった。
とくに高校に行く頃からは日光アレルギーの症状が出はじめた(当時は単なる湿疹だと思っていたけど)ので、ギラギラの太陽の下ではしゃいだ経験は少ない。
大学の頃はひたすらアルバイトに明け暮れていたし、帰省していた連中が戻ってくれば麻雀に明け暮れたので、なにも夏らしいことはしていない。
やはり私の夏は大阪と結びついてしまうのであった。

何度か書いたが、小学校・中学校の頃は夏休みといえば大阪に住む母親の姉の家にひと月ぐらい滞在したものである。
だいたい終業式が終わるとその翌日には宿題をカバンにつめて新幹線に乗って出かけた。
小学校の低学年の頃は母親と妹が一緒に行ったが、ある程度の年齢になると私はひとりで大阪に出かけた。
新大阪の駅に着くと、たいていは母親の妹が迎えに来ていて、タクシーで母親の姉の家に向かった。
途中かならず喫茶店によって母親の妹は珈琲を飲み、私はバナナジュースを飲んだものである。

大阪に着いて私が最初にすることは夏休みの宿題であった。
「おじいちゃんに挨拶しときや」と言われて、仏壇の前で簡単に手を合わせると、ちゃぶ台を借りてどんどん宿題をこなした。
絵日記などもありそうなことを適当に書いて埋めてしまい、どうせアーケードの中にある家だから天気なんてわからないし、郊外に出かけるのも服部に墓参りに行くだけだから何とでも書けた。
さすがに工作の課題は大阪で作って持ち帰るのも面倒なのでやらなかったが、それ以外の宿題は3日くらいで終わらせるのであった。
宿題が終わればあとは何をやっても構わないのだから。

母親の姉の家は夫婦それぞれが仕事を持っていて、しかも子供服店とマージャン屋ということもあってほとんど休みがなかった。
2人の従兄弟たちもそれぞれの友だちと遊ぶことが多く、私はひとりで好きなことができた。
大阪に行くことが好きだったのは、実は一人っきりになれる時間が沢山持てたからかもしれなかった。
長い天神橋筋商店街をひとりで歩いていると、今が何時で此処がどこなのかだんだん分からなくなってきて、それでも逆方向に戻っていけば元の場所に帰れるのだという安心感もあって、何だか幸せな気持ちでいられた。

東京に戻る日が近づくと、無性に悲しくなって、何故か涙が出たりした。
大阪を離れるのが悲しかったのではない。
ひとりで好きな時間を使えなくなることが悲しかったのだ。

Wfc

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2007年8月 6日 (月)

Common Fable

Everything
とある広場で野良猫たちの集会があった。
それぞれが縄張りを持っていたが、互いに重なり合う場所もあったので、その領有権をめぐる話しあいが行われていたのだ。
何匹かの強い猫たちが思い思いの意見を述べたが、なかなか良い結論は出なかった。
結局、その日のうちに話しあいはまとまらず、次回には長老格の野良猫が何らかの折衷案を提示するということで落ち着いたのであった。
猫たちがそれぞれの領地に戻ろうとしていたとき、一匹の三毛猫が発言した。
「おれは野良猫のように見えるかも知れないが、かつては飼い猫だった。いまでは何も付けていないが、おれの首には鈴のついた首輪の感覚が残っているんだ」
他の猫たちが一斉にその三毛猫に注目した。
しかし、どう見てもただの野良猫にしか見えなかった。
その日からその三毛猫は『もと鈴』と呼ばれるようになったという話だ。

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2007年8月 4日 (土)

Heart Trouble

【しんふぜん】
晋不善。文字通りSHINZOが善を行わないことである。
「急性晋不善」と「慢性晋不善」があり、支持率を落とした原因は「慢性」のほうで、参院選後「急性」の症状が顕著になっている。
一般的には、晋不善に対して適切な治療が為されていれば、長期生存も可能であるとされているが、さてどうであろうか。

【しんきんこうそく】

晋近梗塞。SHINZOに近い者が原因となって起こる症状。
主に失言や不透明な金銭管理、ナントカ還元水などが要因となる。
症状は胸が締め付けられるような痛みを生じるもので、合併症として不正脈を起こすこともある。
急性晋近梗塞については突然死となる事も珍しくない。
なお原因を隠したりかばったりする場合は「晋近姑息」と呼ばれている。

【しんぞうべんまくしょう】
SHINZOの弁舌が正常に機能しなくなる疾患を総称してこう呼ぶ。
原因としては口が小さいための滑舌の悪さと、早口による聴き取りづらさがあげられる。
前者は先天的なもので、後者は後天的な原因と思われる。
聴診器を当てると雑音が聞こえるのが特徴であるが本人には聞こえないのだ。

【きょうしんしょう】
強晋症。SHINZOは就任時に高い支持率を得ていたため、自身の政治思想が正しいものであるという強い信念を持ってしまった。
(実際は前任者の人気を引きずっただけであったため、すぐに底の浅さが知れてしまったのである)
○○の一つ覚えのように繰りかえされる「美しい国」という言葉も、何ら具体性を持たないまま国民生活は悪くなる一方のため、いまでは「鬱くしい国」としか響かない。
凶晋症または狂晋症と書かれる日も遠くない。

【しんぞうしんけいしょう】
晋三神経症は、胸痛、動悸、息切れ、めまい等を感じるものの、実際に原因が特定できず、精神的肉体的な疲労が誘因になっていると思われている。
しかしこれに罹ったからといってハゲになるケースは少ないことは本人を見ても明らかである。
精神的ストレスから場合によってはうつ病に移行していくこともあるが、強晋症の項目にもあるように「鬱」を感じるのは国民である。

※番外
【しんぞういしょく】
1,晋三衣食 「衣」については旧来の政治家のイメージ通りである。クールビズでノーネクタイだと町工場の社長風。「食」はお坊ちゃまだから舌は肥えていることであろう。

2.晋三異色 「異色」という点では前任者のほうが遙かに異色の存在であったと言える(良い悪いは別として)。髪の毛でもモヒカンにすればいいのに。

3.晋三移植 さて執刀するのは誰だろうか。

Hl

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2007年8月 2日 (木)

夕刻の憂国(A slightly serious silly talk)

「久しぶりだね」
「おお、元気そうじゃないか。ずいぶん日焼けしてるな」
「うん。週末出かけたらまっ黒になったよ」
「夏場の外出は身体に良くないぜ」
「でもエアコンにあたりっぱなしもどうかと思うよ」
「まあね。でも世間はいろいろ騒がしくなってるね」
「安倍晋三?」
「海外でもずいぶん叩かれてるじゃない。不人気総理だって」
「小泉総理時代は安倍氏もなかなかの人気だったのにな」
「口が小さいからじゃないのか」
「そりゃ元々だろう」
「目は大きいのにまぶたが重そうだからじゃないか」
「見た目じゃないだろう」
「俺は思うんだけど、あの人にクールビズは似合わないね」
「あの人だけじゃないだろ。内閣みんなだよ」
「安倍晋三に似合うのは作業服だな。町工場の少しひねた若社長タイプだ」
「確かにああいう人いるな」
「中川幹事長だって似合いそうだ」
「それを言うなら柳澤氏も」
「つまりだな。品格・風格を備えた政治家がいないんじゃないか」
「まあ自民党に限らないけどな」
「どこか現実離れしたスケールの大きい人がいいな。しかも哲学者が」
「いないだろ」
「うん。大平正芳氏がそういう感じだったけど、実際はどうだったか分からん」
「いずれにしろ政界は不安定な状態が続くんだろうね」
「そうだろうね。これから数年間は大変だよ」
「大変といえば角界も・・」
「朝青龍ね。処分が出たけどね」
「あれって厳しいのかい?」
「古いしきたりが残っている世界だからあんなもんだろ」
「まだ相撲を続けるのかな」
「どうかな。『礼』を尊ぶ世界じゃ息苦しいのかもしれないね」
「でも自分で選んだ道だからな」
「横綱になっちゃったんだから約束事も多いわけで、それがイヤなら辞めればいい」
「相撲は単純な格闘技じゃないということだね」
「儀式である部分はなかなか理解できないだろう。特に外国人力士には」
「何だかんだいっても日本人力士がもっと力を付けないとね」
「国技として守っていくなら育成にも力を入れて行かなくちゃダメだね」
「さて仮病疑惑のもとになったサッカーだけど・・」
「オシムジャパンか。どうなんだろうね」
「オシムは日本のサッカーは着実に進歩していると言ってるけど」
「それは俺も思うよ。何をやりたいのかはわかるから」
「でも結果が伴わない部分も見えてきたぜ」
「オシムは日本人の特性を捉えているとは思うけど、弱点の分析が足りないんだ」
「何だいそれは?」
「『あいまいさ』だな。南米の選手はリズムで繋ぐし、ヨーロッパの選手は厳格な約束事で繋ぐ。サッカーは音楽のようなものだから」
「ああ、そういう感じもするね」
「日本人はそういう極端を嫌うから、中庸に流れる傾向がある。やたら多いパス回しなんか典型的だね」
「あれは見ててイライラするんだ」
「だからどうしろと言うわけではないけどね。そんなことを考えてると日本人にそもそもサッカーは向かないという結論が出ちゃうから」
「うーん」

Sc

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2007年8月 1日 (水)

ホワイトボードを塗りつぶせ!(Mattarism44)

梅雨の明けぬまま7月は終わろうとしていた。
きょうもアシスタントの女の子はマグカップでお湯を飲んでいる。
すっかり見慣れたが、実に奇妙な習慣である。
「あー、行ってきましたよ。江ノ島」
「人多かったでしょ」
「人も多かったですけど、オートバイが沢山いましたねー」
「ふーん」
「水着で乗ってる人もいましたねー」
「そうか。海はどうだったの?海水浴客とか」
「由比ヶ浜とかいっぱいいましたね」
「きみは泳いだの?」
「あー、水着持っていかなかったんですよ。まあいいかって」
「ふーん」
「そう、猫いっぱいいますよ。江ノ島」
「野良猫だ」
「うん。木の上とかで寝てるんですよ。これ」
「写真撮ったんだ」
「そう。逆光でちょっとアレなんですけど。ほら」
デジカメの液晶には木の枝でだらしなく横たわっている猫が写っていた。
「寝てるね」
「すごいですよ。屋根とかにも沢山いて、ポストとか」
「猫だらけだ」
「そう。こんなところにって思うとこにも猫いましたよー」
「鎌倉はどうだった」
「うー、道が狭いから仕方がないですねー。混んでて」
「ふだんの週末でもすごいからね」
「また行きたいですねー」
夏の江ノ島はあまりにベタで私は行く気がしない。
秋から初冬にかけては海も良いものだろうから猫を見に行くのもいいかも。
「そういえば、こないだテレビでやってたよ。コモドドラゴン」
「何ですか、それ?」
「ちょっと待って。・・これがそう」
「わー、気持ち悪いですね。足太いし」
「これは舌を出したところ」
「2つに割れてますよ」
「人間でもこんなのやる人いるじゃない」
「あー、前に写真とかで見た気がします」
「カミソリで切ったりする人もいるんだって」
「うー、痛そう。なんか痛い感じになりますよ」
「まあいいや。で、コモドドラゴンだけど、3m以上になるらしいよ」
「でかっ。恐竜みたいな感じですね」
「体重も160キロくらいになるから最大のトカゲなんだ」
「全体的にどっしりしてますね。トカゲはもっと細っこいですよね」
「まあ、最大の爬虫類はワニだけど、種類が違うからね」
「何を食べるんですかね」
「鹿とか襲うらしい。肉食なんだね」
「スゲェ」
「一度狙った獲物を追いかけて何日も追いかけていくらしい。相手が根負けしたところを襲うんだって」
「怖いですねー」
「寿命は100年くらいだそうだ」
「長生きですね。ウチの爺ちゃんより長く生きるよ」
「今度見に行けばいいじゃん。インドネシアだって」
「あー、ウチは江ノ島とかでいいですよ」
「花火大会とか?」
「東京湾のがもうすぐですよね」
「あちこちで開催されるよね」
「そう、ウチの友だちでディズニー好きがいるんですよ。ランドとかシーとか」
「きみと同い年で?」
「そう。で、年間パスポートとか持ってて、何回も行くみたいなんですよ」
「よほど好きなんだ」
「あー、こないだもメールが来て、『今、ランドにいるんだけど、マナカナ来てるよ!』って送ってきた」
「へえ」
「いい年して、ランドですよ、ランド。そりゃ何度も行ってれば誰かに会うよって」
「そうだね」
20代前半の独身女性はディズニーランドを卒業しなければダメらしい。
まあ価値観はいろいろだな。

Komodo

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2007年7月30日 (月)

勝負の行方は

「さて、ゲームも後半に入ってにわかに波乱の展開を迎えております。今晩の実況は私、ケロ山と解説には元メジャーリーガーの臍川さんをお迎えしております。臍川さん、よろしくお願いします」
「あ、臍川です。よろしく」
「7回の裏、デモクラ軍の攻撃ですがワンアウト満塁。すでにこの回だけで4点が入っています。臍川さんどうですか?」
「ピッチャー悪すぎですよ」
「6回まで9−0でリベラル軍がリードしていましたよね。楽勝ムードかと思ったのですが」
「先発の大泉が完璧に抑えていましたからね」
「大泉投手は勝ち投手の権利を得たまま前の回でマウンドを降りました。この回から代わったSHINZOが乱調です」
「まあSHINZOだけを責められないけどね」
「そうでした。この回の守備陣の乱れにピッチャーはかなり足を引っ張られております。この回だけでも片手に余るほどのエラーがあります」
「突然退場した選手もいるしね」
「ほんとうにこれが前の回までと同じチームとは思えません。そうこうしているうちにボールカウントはノースリーです」
「こういうときはもう少し間合いを取ったほうがいいんですけどね。どうもSHINZOは投げ急ぎぎみだから」
「第4球投げました・・・ボール!・・押し出しです。これでスコアは9対5!」
「だいぶ力んでるね。周りのエラーを自分が挽回しなきゃと思ってるんだろうけど」
「ここでマウンドのSHINZOのもとに内野手が集まりました。おやセカンドのアガキ選手は怪我をしているんでしょうか」
「顔に変なバンソコ貼ってますね」
「アガキ選手は先ほど交代したばかりです。スタンドから盛んに野次が飛んでおります。本人はなにくわぬ顔ですね」
「彼はポーカーフェイスが持ち味なんですよ」
「リベラル軍のベンチに動きはありません。代わりになる投手はいないんですかね」
「サードを守っている樽尾がピッチャーもできるんですが、そうするとサードの代わりがいない。難しいとこです」
「打席にはデモクラ軍のクリーンアップが入ります。ここで一発出ればたちまち同点になり、大泉投手の勝ち星も消えるわけですが」
「ベンチはもう1イニングぐらい投げさせたら良かったんでしょうがね。大泉は頑固な投手だから自分は6回と決めていたんですよ」
「各自、守備位置に付きました。SHINZO大きく息を吸って深呼吸しています。ようやく振りかぶって第1球・・! 打ちました!レフト懸命にバック・・頭上を抜かれた!」
「あとちょっとでスタンド入りですよ」
「3塁ランナーホームイン!2塁ランナー、そして1塁ランナーも、いまホームイン!打った選手は3塁に!タイムリースリーベース!」
「不用意に高めにいっちゃいましたね」
「9対8!その差1点差になりました。SHINZO打たれました!」
「ピッチャー交代でしょう」
「リベラル軍ベンチに動きがあった模様です。さあSHINZOに代えて誰をマウンドに送るんでしょうか」
「この場面は難しいですよ。メジャーだったらボクが行くところですけど(笑)」
「あれ?どうやらキャッチャーを交代させるようです。SHINZOはそのままマウンドに立っています。臍川さん、どう思われますか?」
「うーん、SHINZO自身、まだ投げれれると直訴したみたいですよ。もう無理やろ。反省すべき点は反省しないと・・」
「どうやら大乱戦になってきました。ワンアウト3塁で4番打者を迎えます。マウンド上は火だるまのSHINZO。SHINZO続投です!!

Bb_2

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2007年7月26日 (木)

時計仕掛けの心理学者もいるがファンは○○日間も待ちぼうけ

オシムジャパンがサウジに負けたショックもさめやらぬうちに日付は7月26日に変わってしまった。くそー
さてこの日が誕生日の人といえば・・

1856年 - バーナード・ショー(劇作家)
代表作「ピグマリオン」は「マイ・フェア・レディ」の原作である。
菜食主義者は長生きであることを証明した(94歳まで生きた)
花登筺がこの人の名前をもじったとは知らなかった。

1875年 - ユング(心理学者)
フロイトの著作を学んだ勢いでユング心理学も少し囓ったが、(文学者として)フロイトのほうが一枚上手であることを実感したものである。
ともあれユングの提唱した「元型」は複雑だが興味深く、筒井康隆氏によってパロディ小説化されていたりする。

1881年 - 小山内薫(作家)
日本の新劇の黎明期に活躍した劇作家・演出家。
厳しい価値観を持っていて、なかなかハンコをおさない人であったらしい。

1891年 - 宇野浩二(作家)
「文学の鬼」と呼ばれたが無類の女好きでもあった。
宇野姓の持つ傾向なのだろうか。宇能 鴻一郎しかり、宇野総理しかり・・

1928年 - スタンリー・キューブリック(映画監督)
全ての作品の主人公をキューブリック自身が演じても何ら違和感がないと思う。
多くの映画作家に多大な影響を与える作品揃いだが、賞とは無縁であったのは彼の作品が醸し出しているどことなく病的・退廃的な香りのせいだろうか。

1928年 - 牧野茂(元プロ野球選手・コーチ)
巨人V9時代の名コーチであり、その後も藤田監督のもとでコーチを務め、強い巨人を支えた。
すごい年寄りなんだろうなと思っていたが、亡くなったのが56歳ということは川上監督時代は今の私よりずっと若かったんだ。ビックリクリクリ!

1933年 - 吉田義男(元プロ野球選手)
私が知っているのは監督を務めた時期だけなので、選手時代の華麗な栄光は全く想像が付かなかった。
小さい愛嬌のある関西のオッサンだとしか思っていなかった。

1934年 - 森山周一郎(俳優)
何と言ってもジャン・ギャバンである。またはコジャック・・
旨いコーヒーを飲んでいるのは森山周一郎だ。

1939年 - ジョン・ハワード(政治家)
オーストラリアの現職首相であり、在任12年目を迎える。
前任者はコアラ(後にハッピーハッピー)。

1943年 - ミック・ジャガー(ミュージシャン)
ご存じローリング・ストーンズのリードヴォーカルであり、唯一無二のパフォーマー。
来日公演の際、日本国籍を取得。ミック・ジャガー・横田と名乗る。

1947年 - 松岡弘(元プロ野球選手)
かつてのヤクルトのエースピッチャーだったが、グラブに貼り付けた乱数表が見えなくなったため引退。
特に最後の2年間では1勝7敗と散々な成績であった。
名球会まであと9勝だったのに残念賞。

1947年 - 尾瀬あきら(漫画家)
「夏子の酒」で知られる漫画家だが、初期は「鋼鉄ジーグ」などを描いていた。
当時のペンネームは松本めぐむというアイドルチックなものであった。

1949年 - ロジャー・テイラー(ミュージシャン)
クイーンのドラマー。ヴォーカルや他の楽器もこなすマルチプレイヤーである。
現在はブライアン・メイとのコンビでBBクイーンズとして活躍中。

1950年 - 萩原健一(俳優)
かつてショーケンと呼ばれた男は、今でもショーケンのままである。
現在活動中止中につきファンの間にさまざまな憶測が飛びかっている。
ショーケンサイト管理人は軒並み無能呼ばわりされるからいいことなしである。
とりあえず来年を待てといったところであろうか。(自信なし)

1957年 - ユン・ピョウ(アクション俳優)
かつてはジャッキー・チェンと並ぶ人気を誇った香港のスター。
ピンク・レディーも「♪チャ〜ラ〜♪チャ〜ラ〜♪チャ〜・・ユン・ピョウ!」と歌っていたほどである。
現在はカナダに住み干瓢を食べて暮らしているらしい。

1958年 - 牧原俊幸(フジテレビアナウンサー)
「食わず嫌い」コーナーの司会でおなじみのアナウンサー。
マッキー本人は何を食べても太るから食べちゃダメだぞ!

1962年 - ガリナ・チスチャコワ(陸上選手走り幅跳び世界記録保護者)
女子の走り幅跳び世界記録を持つ元陸上選手。
その記録はあまりにも凄すぎてここには書けないほどである。
現在はスロバニア人の元三段跳び選手であった夫と一緒に世界中を飛びまわっているらしい。

1967年 - サンドラ・ブロック(俳優)
「スピード」の女優さん。嫌味がないので好感度は高いらしい。
一昨年結婚したが、もちろん指輪はダイヤブロックで作られていたそうである。

1968年 - 小島奈津子(元フジテレビアナウンサー)
結婚出産後、現在はフリーのアナウンサーである。
ママさんアナはこれからますます増えそうだな。

1970年 - 内田博幸(騎手)
地方競馬のエースジョッキーである。
今年のNHKマイルカップではピンクカメオに騎乗し大波乱の主役となった。
誰か900万馬券を当てて私に新しいカメラを買ってくれないものだろうか。

1973年 - ケイト・ベッキンセイル、俳優
初めて観たのは「月下の恋」で、神秘的な美しさを感じさせてくれた。
「アンダーワールド」の彼女は格好良かったなあ。
素顔は意外と普通の女優さんである。

1979年 - ミヤ(ミュージシャン)
ムックのギタリストだそうだ。
そう聞いても実物を知らないので、頭の中に思い浮かぶのはZZトップのような絵。
まあガチャピンが宇宙飛行士になるくらいだから・・

1985年 - 加藤夏希(タレント)
秋田県出身の美少女タレント・・といっても、もう22歳だ。
舞台とかもっとチャレンジして芸域を広げていってもらいたいタレントさんだ。

Kb

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2007年7月21日 (土)

UNCLE "SHOWA"12

「叔父さんこんにちは」
「おや、誰かと思ったら餅男じゃないか。まあ上がっていきなさい」
「おじゃまします。おや?テレビ替えたんですか?」
「おお、前のテレビが映らんようになったから買ったんだよ。地デジ対応だ」
「おれなんか最近じゃゆっくりテレビを見る時間がないッスよ。叔父さんは本当にテレビ好きですね」
「そうとも。元祖テレビっ子だからな。昔ローマに行ったときもテレビの泉にコインを投げてきたくらいだ」
「それってトレビじゃ・・」
「何でもよいわ。しかし前はお前もテレビばかり見てたじゃないか。なんで見なくなったんだ?」
「まあ時間がないのもあるけれど、バラエティ番組が多すぎて、しかも同じような顔ぶればかり出てるからつまらないんですよ」
「ふむ、そういえばそうだな。最近のバラエティは確かにつまらん。昔は面白い番組が沢山あったけどな」
「へえ。例えばどんなやつですか?」
「そうだな。『デン助劇場』なんていうのがあったな。大宮だか浦和だか忘れてしまったがそんなような名前の喜劇役者が首を振るんだ」
「そんだけですか?」
「そう。デン助を歌った歌もあったぞ。『デン助は上手く踊れない』とか」
「不器用な人だったんですね」
「『シャバン玉ホリデー』なんていうのもあった。出演者がみんな社判を持っていてな、病気のお父っつあんがお粥をもらっては領収書にハンコを押すんだ」
「よく分からない設定ですね」
「植木等が代わりのハンコを持ってきて押すけど朱肉がうすくて使い物にならないんだ。そこで言ったセリフ『お、予備出ない』は流行語になったもんだ」
「ふーん」
「それからしばらくしてギョセンとマイタケというのが人気者になったな。その二人が進行役をしたバラエティ番組が『ハゲハゲ90分』だった」
「ハゲなら90本じゃないんですか?」
「どうかな。忘れちゃったよ。ともかく後にマイタケはほんとにハゲちゃったよ」
「職業病ですね」
「日曜の昼には『TVジョシキー』という番組があってな、司会をしていたのが土井たか子だった」
「政治番組なんですか?」
「いやいや。いろんなコーナーがあってな、男女とか偉人変人とか」
「へえ。どんな人が出たんですか」
「ガンジーとかナポレオンとか。ナポレオンズじゃないぞ」
「BSとかでやりそうな内容だ」
「あとポント55号という連中が大人気でいろんな番組に出ていたな」
「何すか、ポントって?」
「京都の出身なんだろ。そんなことはともかく、そのうちのひとりが銀ちゃんだ」
「銀ちゃん?」
「知らんのか。『銀ドン』とか『銀どこ』とかいっぱい番組を持っていたんだぞ」
「ああ、何か聞いたことありますね」
「『銀だこ』だってある」
「ああ、あれもその人なんですね」
「そうとも。あとタマリは知ってるよな?」
「『笑っていいとも』の?」
「あれはタモリだろ。タマリはもっと面白かったぞ。『今夜はサイトウ』なんて良かったぞ」
「何すかそれ?」
「いろんなサイトウが出るんだよ。斎藤、斉藤、齋藤、齊藤・・」
「内容が良くわからないですよ」
「番組の最後にタマリがゲストに聞くんだ『今の気分は?』って、そうするとゲストが答えるのが『今夜もサイトウ』」
「サイトウさんなんだから当たり前ですよ」
「ああ、昔はテレビが面白かったなあ」
「また今度いろいろ教えてください」

Saitoh

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2007年7月20日 (金)

A male and a female trifling story

Chibisuke
仕事場に毎月配達されるものに「○○区民だより」みたいなのがあって、区政のあらましや、区で催されるイベントや講習などが掲載されている。
その後半のページには「今月の赤ちゃん」と題されたコーナーがあり、区で生まれた赤ん坊の写真が十枚程度紹介されている。
それを見るにつけ、赤ん坊の頃は性別がほとんど分からないものだと感じるのだ。
もちろん赤ん坊にもかわいい顔やこの子はちょっと・・と思うものもあるが、こと性別で言えば男でも女でもほとんどの場合は通用するだろう。

かくいう私にしても、私が三歳の時に妹が生まれるまでは頭にリボンを付けられたりしている写真が残っているくらいである。
まあ親にしてみれば女の子が欲しかっただけなのであろうが。
妹が生まれてなければ今ごろは微妙な存在になっていたかもしれない。
まあいいや。
しかし、一般的にも三歳程度からは性別が徐々に現れてきて、それが成年まで続くのである。
女性の場合は十代後半にもピークを迎えるのに対して、男性は二十代前半くらいがピークであるらしい。
そしてだんだんと歳をとってくると・・・

個人差はあるが、老人も赤ん坊同様に性別が曖昧になってくる。
ブログでも何度か書いたが、お爺さんとお婆さんなど髪の毛を取り替えたらほとんど違和感がないだろう。
小泉前首相そっくりのお婆さんを見たこともあるし、道場六三郎と瓜二つのお婆さんも知っている。
だから髪の毛を想像で取り替えた時に違和感がなくなってきたら、それはすなわち老人になったということなのだろう。
現在の政治家でも、安倍さんはまだ早いが、小沢さんなどは騒音オバサンと変わらない感じである。
麻生さんのようなお婆さんもいそうだし、浜幸みたいなオバサンが道でスイカを売っていたってちっとも変じゃない。
(神取忍もそうかもしれないが、老化のせいではないだろう)

日本人ばかりでなく、外国人でも同じことだ。
ウディ・アレンのようなお婆さんもいるし、サッチャー女史そっくりの爺さんもいる。
老人ホームで婆さんをめぐって爺さん同士が殺し合うような事件も多々あるが、当事者の写真を見れば誰が誰なのか判らなかったり。
謎が解ける年齢になるまでにはまだ少しばかり時間がかかりそうである。

雌雄といえば数ヶ月前から駐車場に居着いている子猫。
野良猫なのですばしっこい。
果たしてオス猫なのかメス猫なのか。


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2007年7月19日 (木)

南極でもクールビズ(Mattarism43)

私のアシスタントの女の子と別のアシスタントの女の子が何やら話している。

「ねえ、アクタガワ何とかっていたでしょう」
「アクタガワ・・なんだっけ」
「アクタガワ・・リュウノスケだ!そうそうリュウノスケ!」
「あー、聞いたことあるよー。どんな人だっけ?髪の毛多い?」
「頭に浮かぶんだけどね。ちょっと待って・・・ダメだ。絵に描けない」
「作詞家だよね。何か、有名な主題歌の」
「そうだっけ?確か本とか書く人じゃなかったっけ」
「うー、本ねえ。全然わからないよ。知ってます?」と、私に聞いてきた。
「芥川龍之介だったら『河童』とか『或る阿呆の一生』とか」
「アホウ・・何だそれ?」
「学校の教材なら『杜子春』とか『蜘蛛の糸』なんか使われてたけどね」
「あー、全然知らないですよ。ウチはやっぱり作詞家の人という気がしちゃう」
「うーん、確かに長男は俳優で三男は作曲家だけど・・ちなみに次男は若くして戦死したんだ」
「何か芸術家っぽい一家ですね」
「きみんちだってそうじゃん。お父さんはイラストレーターだし」
「子供は、ウチと弟と妹・・全然ダメじゃないですか。特に弟だよ」

そういえば芥川賞の発表があったのだな。
最近は全く興味を持たなくなったから、誰が授賞しても関係はないが。

「見てくださいよ。爪」
「何だ」
「あー、マニキュアですねー。一週間ほっといたらボロボロになったよ」
「それって普通じゃないの?」
「なんか汚らしい感じですよね」
「2度塗りとかしないの?」
「全然。一回塗ったらそれだけですよ」
「ふーん。それじゃボロボロになってもしかたがないだろ」
「なんかめんどくさい感じですよね」
「マニキュアしたって無駄でしょ。親指ボロボロなんだから」
「あー、そうなんですよね。でも幼稚園からのクセだからしかたがないよ」
「親指の皮剥くのはいただけないね」
「ダメですね。むかしは噛んだりもしてたからもっとひどかった」
「親指全部マニキュア塗っちゃえばいいのに」
「あー、ボールペンとか持ちづらくなりますね。わははは」

こういう自傷行為が何に起因するのかは簡単に断定することは出来ない。
まあ本人が納得しているから、あえてカウンセリングを受ける必要もあるまい。

ところで先日聞いた知人の話。
デパートで買い物中に便意を催した知人がトイレに入ったそうで、用をたしたあとトイレの壁を見ると何やらスプレーのようなものが設置してあったという。
ボタンを押してシュッと出してみたが、下向きに噴霧されるのでこれは芳香剤ではないと判断したらしい。
知人は目が悪いので何が書いてあるか良く分からなかったのだが、どうやらトイレットペーパーを湿らせて拭きやすくするものだと理解したようで、早速そのようにして使用したという。
すうっとしてなかなかに気持ちが良かったそうだが、しばらくしてお尻がヒリヒリしたそうだ。
後日わかったことだが、そのスプレーはトイレットペーパーを用いて便座を除菌するための溶液が入っていたそうである。
まあ除菌できたから良かったじゃないか(・ω・)

Thumbelina

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2007年7月17日 (火)

寡作の監督は死ぬのはちっとも怖くないけど愛惜しい

1846年 - 徳川家茂(江戸幕府第14代征夷大将軍)
僅か20年の短い生涯であったが、勝海舟をはじめとして幕臣からの忠誠を集め、その人物像は高く評価されている。
この辺がどこかの誠意大将軍と大きく違うところである。

1827年 - フレデリック・エイベル (化学者)
イギリスの科学者であり、ニトロセルロースの安定化をもたらした。
また保管性にすぐれた無煙火薬コルダイトを発明し、これをご飯に振り掛けて「かやくごはん」を発明したことでも知られている。

1905年 - エドガー・スノー(ジャーナリスト)
中国共産党に関する著作で知られるが、ひとりのジャーナリストを道具に使うことくらいは四千年の歴史を持つ国にとっては容易いことであった。

1920年 - フアン・アントニオ・サマランチ(前IOC会長)
その功罪が問われる人物であり、またその名前はAV関係などでもパロディとして用いられることも多かった。もうタマランチ。

1922年 - 丹波哲郎(俳優)
重厚な演技と軽妙なキャラクターで知られた国際派俳優。
「007は二度死ぬ」ではショーン・コネリーに死後の世界は怖くないことを諭した。
頑強な肉体を誇っていたが「痔メン」と言われていたのでおそらく痔であろう。
買い物はダイエーと決めていて、主著「ダイエー買い」は一大ブームを巻き起こした。

1929年 - 工藤栄一(映画監督)
義理人情がベースの日本ではハードボイルドは成り立たないが、その代償としてチャンバラ映画・ヤクザものが数多く作られた。
工藤監督の作品の多くはこのジャンルの最良の部類に属している。

1932年 - 青島幸男(タレント・前東京都知事)
昭和の才人である。
もともとは意地悪ばあさんと呼ばれる女性であったが、性転換した後に東京都知事に当選し、そこでキャリアを終える。
アマノジャクはてっぺんまで行っちゃうとお終いなのだ。

1940年 - C・W・ニコル(作家)
浅学にしてこの人の著作は何も読んでいない。
ずいぶんと体格の良い人だなと思ったら、若い頃はレスラーのアルバイトをしていたとか。
若い頃から伝統に反発を感じていたらしいが、自然保護活動もある意味では反体制には違いない。

1941年 - 高木守道(元プロ野球選手)
私が熱心にプロ野球を見ていた頃の中日ドラゴンズの名選手。
決して派手さはないものの、いぶし銀のようなという形容詞がピッタリ来る人であった。
しかし当時の私は阪急ブレーブスのファンであったことは内緒である。

1947年 - 荒俣宏 (小説家)
大の甘い物好きであることはその風貌から十分窺える。
見た目はともかくとして、こういう博覧強記の人物には強く憧れる。
澁澤龍彦とか種村季弘とか海野弘とか・・大好きだ。

1957年 - 大竹しのぶ(女優)
小岩高校の頃はときどき見かけたこともある。
「青春の門」で初めてスクリーンで見たときに、この人怖いと思った。
当時からエキセントリックな演技は上手いんだろうけど生理的に苦手だったのだ。

1958年 - ウォン・カーウァイ(映画監督)
「楽園の瑕」とか「ブエノスアイレス」とか一応は見たけど・・
「恋する惑星」がいちばん良かったんじゃないだろうか。
感覚的な映像には正直なところもうついて行けない感がある最近の作品である。

1960年 - 木原実(気象予報士・舞台俳優)
日テレのお天気の人としか思っていなかったが、俳優・声優でもあったんだな。
気象予報士としては安心感があって好感が持てる。

1964年 - 神坂一 (小説家)
「スレイヤーズ」シリーズで有名なライトノベル作家。
アニメ化、ゲーム化されたことで大きな収入を得たそうであるが、私は一切貢献していない。
名前を見ても神楽阪を連想したに過ぎない。

1969年 - 北村一輝(俳優)
演技派怪優。好き嫌いは分かれるとことだろうが、監督であれば使いたくなる役者であることは間違いない。
私がこの人から感じるのはヘビーメタルっぽさで、ともかくスケールが大きい俳優だ。

1972年 - ヤープ・スタム(サッカー選手)
元オランダ代表のDF。現在はアヤックスに所属している。
191センチの長身を生かしたディフェンスは世界屈指と言われた。
スキンヘッドの怖い顔は一見すると某カルト教信者みたいだ。

1974年 - クラウディオ・ロペス(サッカー選手)
アルゼンチン代表FW。
愛称の「ピオホPiojo」はノミの意だが、スピード感溢れるプレーからは「ノミの心臓」は微塵も感じられない。

1974年 - 牧野塁(プロ野球選手
オリックスー阪神ー楽天と球団を渡ってきたが既に33歳。
素質を開花させることなくここまできてしまったが、プロ野球選手には運も必要。

1976年 - トシ(お笑い芸人(タカアンドトシ))
タカアンドトシで坊主頭でツッコミのほうである。
北海道出身で父親は松山千春の元マネージャーであることは有名な話。
天皇とコンビを組んで「おお陛下!」というツッコミが見てみたい(無理か!)

1978年 - ヒカルド・アローナ(柔術世界王者)
PRIDEで活躍するブラジルの総合格闘家である。
トラが好きであることが知られており、「わたくし、生まれも育ちもリオデジャネイロです・・」と言いながら放浪の旅を続けているらしい。

1988年 - 浅田舞(モデル・フィギュアスケート選手)
浅田姉妹のお姉さん。
妹である真央とは実力差がありすぎることもあり、意外に引退は早いんじゃないかと思う。
美人姉妹と言われているが国際基準は例のミス・ユニバースタイプだから・・

Stam

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2007年7月12日 (木)

語録

大会初戦を押し気味の試合をしながら引き分けてしまった○○代表。
試合後、記者陣たちは監督の会見に臨んだ。

記者:「今回は期待されながらのドローに終わったわけですが、最大のポイントは何でしょうか?」

O監督:「ポイントですか。簡単なことです。例えばあなたが映画を見たとします。その映画のポスターにもパンフレットにも書かれていた俳優が最初から最後まで登場しなかったとしたら、どうしますか?牧場に牛はいますか」

記者:「代表の試合ではいつもいわれていますが決定力に欠けるという弱点があります。前監督の頃から進歩が見られないように思えますが」

O監督:「そもそも決定力を必要とする場合とは何でしょうか。私は良く買い物をしますが、2リッターのペットボトルは重いから買いません。先日も製氷室に氷を作り忘れたために苦労したものです。サイコロの裏表の数字を足したところで明日の天気はわかりますか」

記者:「監督は特定の選手を起用されますが、常に良い結果を生んでいるようには思えません。何か意図があっての起用なんでしょうか?」

O監督:「あなたが監督ならば誰を起用しますか。アフリカに行けばカバがいます。またスマトラに行けば虎がいます。虎が木の周りを回ればバターになることでしょう。しかし主人公の名前は差別用語で匿名になっていますね。アダムはリンゴを食べて歯ぐきから血が出ますか」

記者:「国内のリーグ戦の日程にご不満をお持ちのようですが、今回も怪我のため数人が欠場していますね。終盤での失点はやはり選手層が薄いことにあると思いますか?」

O監督:「代表にとって非常に重要な数人の選手が怪我で出られないのは確かに大きなダメージです。しかし選手層が薄いとは思いません。あなたの頭のほうが余程薄い。ラクダが砂漠でタフなのは誰でも知っていますが、世の中はそれだけではありません。となりの芝生は何色に見えますか」

記者:「海外組がいまひとつ効果的に機能していないように思います。次の試合では先発メンバーになにかサプライズはありそうですか?」

O監督:「サプライズは全ての試合であり得るものです。すでに私がここにいることでさえサプライズと言えるかもしれません。テーブルの上にミカンが乗っているかもしれないし、ロッカーに礼服が掛かっているかもしれないのです。私はいつも試合前に選手にいう言葉があります。『こんにちは』と」

記者:「ズバリ、今回の大会で優勝する自信はありますか?」

O監督:「優勝という言葉はおいそれと口に出すべきではありません。ライオンに追われた亀が走ることはないでしょう。ロバが荷物を運ぶのはそれが仕事だからです。私の車にはチャイルドシートが付けられていますが、我が家にはそこに座るような年齢の子供はいません。あなたがたは私の話に何を求めていますか。オチですか。オチはありません。なぜなら私は〈オチ無〉ですから・・」


※全てフィクションであることは書くまでもないだろう

Mro

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2007年7月11日 (水)

下りエスカレーターを駆け上がれ(Mattarism42)

夜明け前がいちばん暗いといわれる。
すっかり使い古された言葉である。
しかしながら、ここ数日の天気を見ると思ってしまう。
梅雨明け前がいちばん梅雨っぽい・・

アシスタントの女の子の悩みは髪の毛が細くて少ないことであるという。
学生時分にポニーテールにしても元気のない馬のようになってしまったらしい。
もちろんおさげなどもってのほかである。
今週のような湿っぽい気候だと髪にヴォリュームがなくなって、ペタンとした感じになる。
「おはようございます」
「おはよう」
「あー、なんかグッタリしてますね」
「きみの髪のことか?」
「ウチじゃなくて・・」
「ああ、きょうは朝から電話で一揉めしたからね」
「ふーん、朝からですか」
「そう。でも何とか解決した」
「良かったですねー」
「あと、数件のややこしい注文と問い合わせがあった」
「へえ。どうなりましたか?」
「全て解決した」
「良かったじゃないですかー」
「そう。ほとんどの問題はきみが帰ったあとで発生して、きみが来る前に解決する」
「そうですか」
「まあ仕事とはそういうもんだな」
「ウチは楽で良いですね」
「そうだ。まあ、普通に仕事してくれ」
「はあ」
こういうのは不公平とかそう言う問題ではない。
世の中とはそういうふうに出来ているのだ。
待ってると人は来ないし、必死に捜し物をしていると見つからないのだ。

仕入れ先の女性社員に不思議な人がいる。
電話でしか知らないので容姿も年齢も定かではないのだが、とにかく電話の応対が謎である。
こちらがかけて受話器を取るようだが、無言。
もしもしと言ってしばらく待つと間をおいたのちに「××産業です」と早口で小声で返事がある。
△△さんをお願いしますと告げると、無言のままで、しばらく待たされてからようやく△△さんが電話口に出るのだ。実にものすごい沈黙の時間である。
その女性が電話に出る都度、こちらには緊張感が走るのだ。
アシスタントの女の子にその話をしてみた。
「××産業のひと、すごくない?」
「あー、ものすごい間ですよねー」
「電話を取る仕事には向いてないんじゃないかな」
「そうですねー。何がいいんだろ」
「お笑いとか・・」
「え?無理ですよー。相方が可哀想だ」
「あの沈黙を何か笑いにつなげられないものかね」
「ウチもお笑い好きですけどー、頭の回転が速くないと駄目ですよね。ウチは無理だ」
「苦手か?」
「ダメですねー。何か話そうと考えてると頭が痛くなっちゃう」
「顔オチとかは?」
「はあ、変な顔で笑わせるんですか。どうすればいいのかな」
「メガネ外すとか」
「それでOK。・・・そんなわけないですよ。わははは」
笑い事じゃない。
その日もまたアシスタントの女の子が帰ってからいろんな問題が起こったのであった。

Gr_1

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2007年7月 6日 (金)

しりかん(Silly Conversation)10

「まいったね」
「ん、何が?」
「羽賀研二だよ」
「ああ、恐喝容疑ね」
「ありゃ辰っつあんも怒るわな。まさに巨大のワルだぜ」
「巨大じゃなくて希代だよ」
「だって羽賀研二といえば○○○が巨大だって・・」
「うーん、下品な話はよそうよ」
「安倍内閣はどうだ」
「参院選も近いしね。しかし何とも困ったもんだね」
「選んだ大臣が軒並みヘマばかりだからな」
「ポーカーだったら全取っ替えしたくなるような手だな」
「うん、ブラフで突っ張るにも手の内がポロポロ見えちゃね」
「安倍さんが全部の大臣を兼任しちゃだめなのかね。ひとり内閣」
「無理だろ」
「だって劇団ひとりみたいなのもいるし」
「意味が違うよ」
「多羅尾伴内だって七つの顔の男だぜ」
「片岡千恵蔵かよ」
「じゃあ別の話を。ダイアナ妃の追悼コンサートがあったろ」
「ああ、こないだTVで見たよ」
「主催したのが2王子だっていうから、てっきりハンカチとハニカミかと思ったぜ」
「ダイアナ妃と接点がないわな」
「そのハニカミなんだけど、残念な結果に終わったね」
「アマチュア選手権か。予選落ちだったね」
「試合後のインタビュー見たけど、大したもんだな。スラスラ話してた」
「王子たる所以だね」
「おれじゃああはいかない。すぐつっかえちゃうだろうな」
「カミカミ王子だな」
「あの2人が王子としては飛び抜けた人気だな。次の王子はなんだろうね」
「ハンカチ、ハニカミとハ行が続いてるから・・」
「ハモニカ王子」
「戦後焼け跡派みたいだな」
「ハングル王子」
「韓流だな。新鮮味はないね」
「ハレモノ王子」
「まわりはヒヤヒヤするね」
「ハンペン王子」
「色白でフニャフニャなんだな」
「ハロプロ王子」
「つんくプロデュースか」
「ハガナイ王子」
「それじゃ大爺だろ」
「ハチ王子」
「中央線かよ・・」

Hagahaga

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2007年7月 4日 (水)

超高齢の歌手もいれば夭折のロードレーサーもいたりするのが切ないね

アメリカの独立記念日である今日7月4日。
そんなことには全く関係なく、この日に生まれたのはこんな人たち

1330年 - 足利義詮(室町幕府将軍)
父である尊氏の跡を継ぎ、征夷大将軍に任命されたのは1358年、人間的には凡庸な人物であったらしい。
飼育係がエサを忘れてアシカ餓死。

1540年 - Gackt(歌手)
いろいろミステリアスな部分が多いけど、本当はオモシロ系の人だと思う。
今年で467歳だが、芸能界ではデーモン小暮閣下と森光子に次ぐ高齢である。

1767年 - 曲亭馬琴(読本作者)
かつては滝沢馬琴として知られていた「南総里見八犬伝」「椿説弓張月」などの作者。
「ボインの歌」で知られる月亭可朝とは何の関わり合いもない。

1790年 - ジョージ・エベレスト(測地学者)
ヒマラヤ山脈の測量時にインド測量局長官であったので、その名にちなんでエベレストは名付けられた。
ご飯を茶碗にチョモランマ

1804年 - ナサニエル・ホーソーン(作家)
『緋文字』で知られるアメリカの作家である。
内容は胸にSの字を付けた男が世界の悪と戦うというものだ

1807年 - ジュゼッペ・ガリバルディ(イタリア王国の英雄)
イタリア統一に大きな功績があった英雄である。
英雄色を好むというが、臨終の際彼が望んだのは地中海のエメラルドブルーであった。

1826年 - スティーブン・フォスター(作曲家)
「草競馬」や「おおスザンナ」など数多くの歌曲で知られるアメリカの歌曲王だが、晩年は貧困のうちに37歳の若さで没した。
現在であれば印税だけでも相当な収入があったであろうに・・

1872年 - カルビン・クーリッジ(アメリカ合衆国大統領)
アメリカの第30代大統領。
私生活では非常に無口で「サイレント・カル」の異名を持っていた。
こういう人を雇うと電話代の節約になって良い

1900年 - 中谷宇吉郎(物理学者・随筆家)
この人の言葉「雪は天から送られた手紙である」は素敵だと思う

1902年 - マイヤー・ランスキー(ギャング)
ユダヤ系ロシア人のギャングでマフィアの超大物である。
ラッキー・ルチアーノの右腕でもあった。
世界の半分以上はこうした黒社会によって形成されている事実がある

1916年 - アイヴァ・郁子・戸栗・ダキノ(アナウンサー)
日系2世のアナウンサーで「東京ローズ」として知られている。
終戦後アメリカで反逆罪の汚名を着せられるがその後恩赦がでた。
数奇な運命を辿った後2006年に90歳で死去。戦後はまだ終わらない

1926年 - アルフレッド・ディ・ステファノ(サッカー選手)
サッカー史上最高のFWであり、アルゼンチン、コロンビア、スペインの3カ国で代表経験を持つ。
生涯成績は1127試合、818得点という大変な選手であった。
愛称は「ブロンドの矢」←かっこいい!

1927年 - ニール・サイモン(劇作家・脚本家)
ブロードウェイを代表する喜劇作家である。
後にサイモンとガーファンクルを結成し、このコンビはおかしな2人と呼ばれた

1953年 - おりも政夫(フォーリーブス)
フォーリーブス結成時に「おりも入れて!」と言ったのでこの芸名がつく。
本業は芸能人水泳大会の司会者である。
昔、私の知り合いがJR両国駅で女連れのおりも政夫を目撃してピーナッツをぶつけたことがあった。すごい勢いで逃げたとのことである

1957年 - 真野あずさ(女優)
姉の真野響子とは鼻から上が似ている。
最近こういった顔の女優さんは少なくなっているなあ

1960年 - みず谷なおき(漫画家)
病弱で38歳にして急逝した漫画家である。
原稿はアシスタントを使わず描き、非常に美しいものであったという

1963年 - 大杉君枝(アナウンサー)
高齢出産後3ヶ月あまりで飛び降り自殺を遂げてしまった。
線維筋痛症やタミフルなどの原因が言われているが、亡くなってしまった人の本心は誰にもわからない

1969年 - ヒロコ・グレース(女優)
オランダ人の父と日本人の母の間に生まれたハーフ。
小さい頃からモデルをやっていて本当にきれいな女の子であった。
NHKとかで時々見るけど年をとっちゃったなあ

1971年 - 中原果南(女優)
昼ドラの人気者「はるちゃん」である。
無名塾の出身だったんだね

1972年 - ケンドーコバヤシ(お笑いタレント)
ファンの人には申し訳ないが、風貌・芸風ともに苦手である。
うーん

1973年 - 井原慶子(レーサー)
レースクイーンから本物のレーサーになるというのは大変なことである。
イギリスF3でバリバリに活躍中の女性レーサーだ

1974年 - 闘牙進(力士)
わ!現役の頃しこ名の読みは「とうが」だと思っていたら「とうき」だったんだ。
恥ずかしい。闘牙の揉み上げもちょっと恥ずかしかった

1976年 - 加藤大治郎(レーサー)
この人が事故死してからロードレースは一切見ていない。
ずっと250で走っていてくれれば・・などとは言うまい。
享年26歳

1980年 - 新井里美(声優)
売れっ子声優さん。テンション高!
バナナが好きなのは結構なことである

1984年 - 赤西仁(KAT-TUN)
半年間の語学留学の成果はいつ頃発揮されるのだろうか。
いずれにせよバラエティには不向きなキャラである

1985年 - 扇愛奈(シンガーソングライター)
PANTAが認めるくらいだからたいしたものなんだろう。
顔立ちやルックスもロックっぽくて良いじゃん

1986年 - 増田貴久(NEWS)
テゴマスの1人でもある。
香取慎吾に憧れているそうであり、運動神経は抜群だが優柔不断な性格らしい。
ふーん

1986年 - あびる優(アイドル)
お母さんの映画は昔観たな(「窓からローマが見える」)
口は災いの元ということだね。政治家もアイドルも

Stefano

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2007年7月 3日 (火)

2アウトから送りバント(Mattarism41)

アシスタントの女の子が出勤してきたが、何かいつもと違う感じである。
しばらくして席に着いたので見ると前髪を切ったようである。
「あ」
「うー、いいんですよ、前の毛切ったことは」
「それって」
「変ですかねー、やっぱり。でもどうせ伸びるし」
「バナナマンの・・」
「違いますよー」
まあ暑い季節だし、前髪が長いと鬱陶しいものである。
バイクでヘルメットをかぶるにも短い方が好都合であろう。
「そういえば深田恭子って、なんで最近は乙葉みたいな髪型してるんだろ?」
「前髪揃えてますよねー」
「最近はお嬢様みたいな役柄が多くて、何だかなあ」
「あー、私生活でもお嬢様っぽいんじゃないですかねー」
「そんなことは知らないけど、なんか残念だね。ちょっと注目してたのに」
「いつ頃の話ですか」
「『ファイティングガール』の頃だけど」
「わー、金髪のころだ。結構サバサバした役でしたよね」
「うん、坂口憲二も出たての頃だね。ドラマではボコボコにされてたけど」
「あー、見てましたよー。で、深キョンの妹役が平山あやでー」
「そうそう」
もう6年前のドラマである。
私の知り合いが勤務していたアパレルメーカーがドラマの衣装に協力していたこともあり、楽しく見ていたものである。
その知り合いもその後転職し、深キョンも私も6歳年をとった。

今朝、大阪の仕入れ先から届いた荷物にマカダミアナッツのチョコレートが入っていた。
担当の女の子が結婚し、新婚旅行に行ってきたのでお土産をくれたのである。
午後、少し仕事が一段落したのでお礼の電話を入れた。
「もしもし、○○さん?お土産ありがとう」
「ア、着きました?お陰様で無事に帰ってきましたヨ」
「ずいぶん長いこと行ってたんやね。2週間て・・」
「そんなことナイですよ〜。マウイ島に2泊でしょ、オアフ島に2泊で」
「え、ほんなら4泊6日やないか。あとの1週間は何やったの?」
「向こうでお腹こわしたみたいで、帰ってから寝込んでましたん」
「何やそれ。スカみたいな奴やな」
「どんくさいでしょう?旦那のほうは全然平気やったんですけどね」
「旦那ちゅうたら、飛行機こわい言うとったんちゃうのか?」
「ほんまに。最初は国内にせいってうるさかったんですけど、向こうに着いたら急に元気になりよって」
「いいかげんな奴っちゃ」
「ジュースとか大きいやないですか、向こうの。もう大喜びでしたわ」
「たくさん食べよるの?」
「ホテルで大きい肉を出す店を聞いて、行ったんですよ。そしたら『なんや、聞いてるほど大きないやん!』て怒ってしもて」
「難儀な奴っちゃな」
あ、説明しておくと、私は話し相手が関西弁だと自分も関西弁になってしまうのである。
それならば、相手がアメリカ人やイギリス人なら自分も英語になっても良さそうなものだが、そうはいかないのが悲しい。
十代後半まで大阪人の両親の元で育てられた結果がこのとおりである。

アシスタントの女の子が聞いてきた。
「あー、ハワイだったんですね。○○さんの新婚旅行って」
「そうみたいよ。きみも行ってきなさい」
「ウチも行きますよー。鎌倉だけどー」

どこでもいい。
夏を楽しめるうちは楽しんでおくにこしたことはないのだ。

Maca

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2007年6月29日 (金)

"NINSHO"紙風船

「どうよ?」
「何だ、いきなり」
「雨降らないね」
「でも、梅雨には違いない」
「まあそうだね。小学校レベルの大卒みたいなもんだね」
「ちょっと例えがおかしいけどな」
「年金!」
「年金がどうした?」
「おれもね、年金の払い込み記録が知りたくて社会保険庁のサイト見たんだ」
「ああ、個人情報サービスね」
「申し込んだけど、なかなかIDが来ない!」
「いま殺到してるんだろ」
「パスワードは忘れないようにメモしてあるけどね」
「そりゃ自分で設定できるからね」
「しかし、ネットとかパスワード入力することが多すぎるよね」
「仕方がないだろ。認証が必要なんだから」
「銀行カードの暗証番号だって、考えるの大変だったよ」
「誕生日とか電話番号とか、他人に類推されるようなのはダメだからな」
「そう。で、抜群なのを思いついたからそれを使ってるんだ」
「そりゃ何よりじゃないか」
「でも、先日『長期間暗証番号が変更されていません』とかアラートが出た」
「じゃあ変更したほうが良いだろう」
「そう言うけど、またいいのを思いつくまでが大変だよ。まったくもう・・」
「物騒な世の中だから仕方がないよ」
「あ、そういえばネットの認証とかでよくあるじゃない。パスワードを忘れたときのための質問とか」
「母親の旧姓とかペットの名前とかだな」
「うん。で、おれはいつもペットの名前にしてるわけよ」
「それで良いんじゃない?」
「でもペットいままでに沢山飼ってきたから、どれにしたかを忘れちゃうんだな」
「困ったもんだ」
「あと、平仮名で入れたか片仮名で入れたかも混乱する」
「ああ、『しろ』と『シロ』とかだね」
「そんな平凡な名前は付けないよ」
「いいんだよ、例えなんだから」
「いまの年齢でさえこんな調子じゃ、この先どうしようか?」
「まあ、パスワードばかりじゃなく、指紋認証とか網膜認証とか使われるだろうから心配しなくても良いんじゃないか」
「おれは声紋がいいな。声紋認証」
「なるほど。でも認証のたびに声を出さなきゃならないぜ」
「ATMコーナーとかうるさくなるな」
「学校とかはいいかもしれないけどな。不審者が入らないようにするには」
「おはようございますって言うと中に入れるようにするわけだね」
「まあ、不自然じゃあないよね」
「もちろん入り口は正門だし」

Whistler

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2007年6月26日 (火)

ブートでキャンプ!(Mattarism40)

仕事場の向かいのアパートはワンルームロフト付きという小さいものなので、独身者ばかりが入居している。
年齢は結構ばらつきがあるが、みなどこかクセのありそうな連中ばかりである。
最近まで住んでいた肥満の青年はこのところサッパリ姿を見なくなった。
アシスタントの女の子によれば「デブだから部屋で何か食ってるんですよー」ということだが、仮にそうだったとしても食物を買いに出かけなければならないだろう。
その他にも、朝帰りの常連だったキャバクラ関係の女性とか、ゴミの回収日にスーパーの袋につめた生ゴミを怒った顔で集積所に投げつける若い女など、最近はそのガサツな姿を見ることが無くなった。
そのわりに引っ越ししている様子も無いので、一体どうなっている事やら分からない。

「最近、アパートの顔ぶれが変わったみたいだね」
「あー、そうですかねー。ウチはあんまし気にならないけど」
「きみが気にしないのは毎度のことじゃないか」
「でもロン毛の人はいますよね。そのくらいはわかりますよ」
「謎のミュージシャンだな。こないだ燃えないゴミの袋を持って清掃車を追いかけてたよ」
「あー、朝出しそびれちゃったんでしょうね。わはは」
「待ってくださーい!って叫んでいたのが可笑しかったよ」
「ちょっとロックしてませんね」
「なんちゃってミュージシャンだからなぁ」

アパートの右側には自転車置き場があるのだが、共用意識に欠ける連中なのでグチャグチャに置いている。
奥のほうに停めてある自転車を出すのは一苦労みたいで、他人のものをお構いなしに倒したり、道路に置き去りにしたりしているのが不愉快である。
アキバの駅から結構歩く位置にありながら「◎◎秋葉原」と命名されているのも何だかなあという感じである。

「あ、脳内メーカーやってみたんですよ。ウチの頭の中は休みと逃げがほとんどでしたよ」
「そのまんまだな。他の要素はなかったの?」
「あとはHですね」
「うーん」
「あと、彼氏もやったんですよ。休みとHが半々くらいでしたねー」
「うーん。どうしようもないエロカップルだ」
「だめですかねー」
「お似合いなんじゃないの?」

ちなみに戦隊メーカーというのではアシスタントの女の子は「まったり戦隊」とネーミングされていた。
このブログのタイトルもまんざら間違いじゃないわけだ。

「週末にウチの部屋でバルサン焚いたんですよー」
「ゴキブリでも出たの?」
「出たんですよー。黒いやつ。で、ドアの隙間とか塞いで焚いたんです」
「ふーん」
「ドキドキしながらドアを開けたんですよ」
「いっぱい死んでたかい?」
「小さいハエみたいのが少しだけ死んでました」
「ゴキブリはバルサン焚く前に避難しちゃったんだろうな」
「がっかりですよー」

バルサンは意外と焚くタイミングが難しいのだよ(・ω・)

Block

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2007年6月25日 (月)

建築家は冷めたピザを食べてTOKIOの空を掃除できるか

ストラヴィンスキーの「火の鳥」が初演されたのは1910年の今日であった。
さてそんな6月25日に生まれたのは・・

1852年 - アントニオ・ガウディ(サグラダ・ファミリアで有名な建築家)
「サグラダ・ファミリア」「グエル公園」等で知られるスペインの建築家。
有機的な曲線で構成された彼の建造物は巨大な彫刻作品であり、圧倒される。
10代で彼の作品を知ってからはバルセロナは私の聖地となった。

1864年 - ヴァルター・ネルンスト(化学者)
ノーベル化学賞受賞者。「ネルンストの式」という電位の記述式で知られる。
私が見てもサッパリ分からなかったので、もう寝るんすと。

1884年 - 貞明皇后(皇族・大正天皇の后)
15歳で結婚、昭和天皇を出産されたのが16歳の時であった。
早世した大正天皇のことをこの機会に少し調べてみたが、いろいろと興味深い人物であることがわかった。

1902年 - 秩父宮雍仁親王(皇族・大正天皇の第二皇子)
兄である昭和天皇とは対照的にスポーツマンで活発な性格であられたという。
兄弟というのは得てしてそういうものである。

1903年 - ジョージ・オーウェル(作家)
「動物農場」「1984年」で知られるイギリスの作家。
近未来の恐怖を予見したそれらの小説であったが、実際の世界は形の上では彼の考えていたようなものにはならなかった。
しかし本質はさらに恐ろしい世界になってきていることは誰でも知っているとおりである。

1907年 - ヨハネス・ハンス・イェンゼン(物理学者)
ノーベル物理学賞受賞者。
殻模型から原子核を安定させる魔法数を導き出したということだが、例によってサッパリ分からない言葉だらけである。
もしこういう人と会話をする機会があったら何を話せばよいのだろうか。

1908年 - ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン(論理学者)
20世紀を代表する哲学者であり論理学者である。
乱暴な言い方をすれば、多くのデータや経験からひとつの結論を導き出すわけにはいかないということがクワインの考えである。
真理への道は遠いのだ。

1911年 - 杉浦幸雄(漫画家)
独特の色気を持つ作風のマンガで戦前から亡くなるまで活躍した。
その画風は小島功などにも通じるものがあった。

1919年 - 丸谷金保(政治家)
37歳で北海道池田町の町長となり、十勝ワインを開発したことで有名である。
その後国政に参加したが1989年に引退。
参議院ではさしたる活躍はなかったが、丸谷金保の名は十勝ワインと共に語り継がれるのである。

1924年 - 獅子てんや(漫才師)
てんやわんやは関東のお笑いでいちばん好きだった漫才コンビである。
元警察官であるてんやのクールなSぶりが懐かしい。
最近のお笑いと違い自分たちの漫才で笑っちゃうようなことはなかった。

1924年 - シドニー・ルメット(映画監督)
「セルピコ」「狼たちの午後」など硬派な作品を撮り続けるアメリカの映画監督。

1924年 - 丹阿弥谷津子(女優)
故・金子信雄夫人であり、長年にわたって映画・TVに出演しているベテラン女優。
「釣りバカ日誌」シリーズでは三國連太郎の奥さん役を演じていた(現在は奈良岡朋子)

1925年 - 加藤芳郎(漫画家)
「連想ゲーム」のキャプテンのイメージが強いが、実は本人も認める天才漫画家。
そのため「自信加藤」の異名を持っていたが、2006年逝去。
現在では千円札のキャラクターとして馴染みが深い。

1930年 - 早坂茂三(政治評論家)
故・田中角栄の秘書官を務めた経歴を最大限に活用し、TV出演や著作で荒稼ぎした昭和の人。

1934年 - 愛川欽也(俳優・司会者)
キンキンである。どうも苦手だ。
「パック・イン・ミュージック」の頃から敬遠気味だったが、「11PM」の司会者の時もキンキンの水曜日はつまらなく、その後の俳優活動も好きではない。
唯一、「なるほど!ザ・ワールド」の司会だけが好印象であった。

1936年 - ユスフ・ハビビ(インドネシア第3代大統領)
前任のスハルト政権末期に副大統領を務めた後、大統領に就任したが、翌年に現大統領のワヒドにその座を奪われた。
単なるワンポイント・リリーフであったようだ。

1937年 - 小渕恵三(第84代内閣総理大臣)
「平成」の額を掲げたことと、二千円札で有名な政治家だ。
その人柄は在任中からジワジワと評価が高まり、早世したことが惜しまれる存在となっていったのが意外ではある。
娘の優子は郵政関連で株を上げたり下げたりしたが、二千円札程度の政治家に過ぎない。

1945年 - カーリー・サイモン(シンガーソングライター)
「うつろな愛」の大ヒットはもう35年も昔の話だ。
当時はミック・ジャガーに似た顔であると言われたが、褒め言葉だったんだろうか?

1947年 - 本宮ひろ志(漫画家)
「男一匹ガキ大将」「俺の空」「サラリーマン金太郎」などの代表作に一貫するのは、男たるものかく生きるべしというやや前時代的な考え方であるが、軟弱な男性ファンには大いにアピールしたようだ。
私はちょっと苦手なタイプである。

1948年 - 沢田研二(歌手)
GSのトップスターであったジュリーはソロになってからも数多くのヒット曲を生み出し、一時代を築いた。
その後も成長を続け・・・成長を・・・現在に至る。
ともあれ、いつまでも現役でいてもらいたい歌手には違いない。

1948年 - 高田文夫(放送作家)
「ラジオビバリー昼ズ」は仕事場で愛聴しているが、言葉の節々に真面目な常識人であることが窺える。
それがこの人の魅力でもあるが、大きな弱点でもあるように思える。

1948年 - 誠直也(俳優)
「秘密戦隊ゴレンジャー」である。
出演作は非常に多いが、昔の二枚目すなわちオッサン顔なので今後もいろいろ使われることと思う。

1956年 - ボリス・トライコフスキー(マケドニア共和国大統領)
43歳の若さで大統領に選出されたが、4年後に飛行機事故のため亡くなった。
混乱した地域のまとめ役として有望視されていただけにその損失は大きい。

1957年 - 松居一代(女優)
いろいろ苦労があったようだが、再婚が功を奏し、現在はバラエティなどに多数出演している。
また、その掃除好きはしっかり仕事に生かされているようで何よりである。
念のため、船越英一郎=マツイ棒ではないので要注意。

1958年 - 猿渡哲也(漫画家)
同じ誕生日の本宮ひろ志が師匠であるというのも何かの縁であろう。

1963年 - ジョージ・マイケル(イギリス歌手)
ワム!で一世を風靡するも、ソロとなり徐々に人気は下降していった。
その後、自らゲイであることをカミングアウトして世間を驚かす。
イギリスではいまだに高セールスを記録しているようである。

1969年 - 本田泰人(サッカー選手)
鹿島アントラーズのMFとしてJリーグ発足当初より活躍した選手。
昨年で引退したが、浪費癖のある悪妻と今後も暮らしていけるのかどうか、人ごとながら心配してしまう。

1980年 - 竹内のぞみ(タレント)
国立音大(中退)という異色のグラビアアイドル。
年齢的に今後は女優に力を入れていくことになるだろうが、さてどうなるか。

1986年 - 松浦亜弥(女性アイドル歌手)
すっかりベテランの風格が出てきたがまだ21歳。
歌手としての活動よりもタレントとしてのTV出演が増えてきたように感じる。
もう歌は前田健に任せておけばよいのだ。

Kato

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2007年6月23日 (土)

富豪の不幸

猫背のオコゼ
すごい長身の人がしばしば猫背だったりするのはわかるが、背が小さい上に猫背というのはうら寂しい感じがする。
オコゼは美味しい魚であるが、見た目はちょいグロテスクな感じである。

穴子の姉御
穴子もまた美味しい魚である。よく鰻も穴子も嫌いという人がいるが、全く風味は異なるのに、単に見た目が嫌なだけなんじゃないだろうか。
姉御は頼りになる女性。でも下品なのはお断りだ。

牛乳の吸入
実はここ数年牛乳を飲んでいない。コーンフレークにかけるのも豆乳である。
その結果、体調が良くなったかと言えば変わらない。
まあ飲めと言われればやぶさかではないが、吸入するものじゃない。

改札の挨拶
よく見る光景である。そういえば昔は入場券なんて買ってホームで見送ったな。

【破廉恥のフレンチ】
フランスは嫌いじゃないし、むしろアメリカの千倍好きである。
パリジャン&パリジェンヌもいい感じだとは思う。
しかし人生の目的が××××では、少なくとも私は思わないので・・・

会社の外車
おそらく得意先の社長が乗り付けたのであろう。
カウンターにキーが置いてあったりするが、邪魔でうざったい。
バブルもバブルスターもとっくにはじけたのにな。

トンビのゾンビ
先日、鎌倉に行った際にあちこち看板が出ていた。〈トビに注意!〉
手に持っていたり自転車のカゴに入れていた食べ物が奪われるらしい。
いきなり空から来るのは卑怯だし、左に受け流すこともできない。
でもゾンビのほうが恐ろしいことはいうまでもない。

原発の群発
原発である。3年B組原発先生・・顧問はチェルノ部とか。
またここ数年群発しているのが地震であり、近々関東にも大地震があるぞと言われてからずいぶん経ってしまった。
まあその時はその時だ。

会津のあいつ
大学の同じクラスに福島県から来ているやつが2人いた。
片方が須賀川の人間で片方は会津の人間であったが、お互いにあまり仲が良くなかった。
同県人とは言っても場所ゝでずいぶん違うもんだと思った。

高潔な豪傑
あの人は豪傑だといえば、小さいことに構わずスケールの大きな人間というイメージがある。
しかしながら、豪傑イコールだらしがないというのは当てはまらないのだ。
かつてのローマやフィレンツェにはこうした人物が数多く輩出していた。

Cher

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2007年6月22日 (金)

UNCLE "SHOWA"11

「叔父さん、こんにちは」
「・・・」
「あれ?叔父さーん!居るんでしょ?」
「・・おお、非貞夫か、悪いゝ、ヘッドホンをつけていたもんでな」
「昼間っから何聞いてたんですか?」
「なに、裏の小学校でバザーかなんかをやっておって、うるさくてたまらんから」
「そうですか。とにかく中に入れてくださいよ」
「散らかっとるが、まあ上がりなさい」
「やあー、本棚が大変なことになっていますね。片付けた方がいいですよ」
「一度に沢山読むもんで、片付けると探すのが面倒なんじゃよ」
「ずいぶん推理小説がありますね。ガストン・ルルーなんかもある」
「クエン酸は身体によいからな」
「そりゃ酢入り小説でしょ。からかっちゃ困りますよ」
「インドの都市か?」
「それはカルカッタです」
「まあ良い。ところできょうは何の用かな。小遣いだったらやらんぞ」
「違いますよ。知り合いからレコードプレイヤーをもらったんですけど、アナログレコードは持っていないので借りに来たんですよ」
「なんだそんなことか。わしのコレクションを見るがよい。この押し入れの中だ」
「わ。すごい量ですね。押し入れの床が抜けそうですよ」
「LPは重いからな。引っ越しの時が大変なんだよ」
「何かお薦めはありますか?」
「そうさな、美空ひばりの珍しいやつがあるぞ。ビートルズのことを歌ったんだ」
「へえ、そりゃすごいですね。何て言うタイトルですか?」
「これだ『リンゴ多いわ毛』というやつだな。リンゴ・スターは多毛だからな」
「他に何かないですか」
「高倉健が歌った『辛子痔牡丹』なんかどうだ。痔の人には辛いものは禁物だが」
「痛そうですね。続編が『暴れ尻番外血』ですね」
「菅原洋一の『尻痛くないの?』という歌もあったしな」
「ムード歌謡とかはありますか?」
「あるとも。フランク永井が歌った『東京納豆クラブ』とか・・」
「ずいぶん粘っこそうな歌ですね」
「猫好きなペギー葉山の『にゃんこ食う父さん後にして』なんか良い歌だぞ」
「父さんは後回しですか」
「植木等が頭の薄い人を歌った『スーダレ節』は隠れた名曲だな」
「隠れたと言うより隠してるんですね」
「橋幸夫も人気があったな『イタコがさ』は恐山でのライブ録音だ」
「吉永小百合とデュエットもしてますよね」
「ああ、『いつでも生めよ』だな。当時は生めよ増やせよの時代だったから」
「御三家といえば舟木一夫もいましたよね」
「ああ『高校三年制』とか歌ってたな。わしは留年して4年掛かったが・・」
「勉強家だったんですね」
「そうとも。あとは伊東ゆかりの『小海老の想い出』なんかもあるぞ」
「小海老か・・かき揚げが食べたくなりましたね」
「じゃあ昼飯食ってから試聴してみるか」
「それがいいですね」

Record_player

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2007年6月19日 (火)

心配御無用(新兵ゴム要)

「どうよ?」
「どうよって・・何が?」
「なんとかキャンプだよ。今流行ってるやつ」
「ビリーズブートキャンプ?」
「そうだよ。知ってんじゃないか」
「うちの仕事場でも結構やってる人いるよ」
「CMでみたけどすごいよね。ビリー先生だっけ?」
「51歳だって。おれらより年寄りだな」
「1週間のメニューで痩せるのか?」
「痩せる人もいるみたいだけど、筋肉を付けるのが主じゃないのかな」
「ブヨブヨが締まるんだろ」
「取り組み方次第じゃないの」
「昔はおれも筋肉には自信があったんだけどな」
「ほんとかい?いまの身体を見ると信じられないけど」
「だろ?自分でも信じられないくらいだ」
「以前に鍛えたことがある人には効果があるみたいだぜ。やってみたら?」
「そうだな・・」

*****************************

「どうだい?やってみたかい?」
「きついね」
「そうだろ。ふだん運動していないと大変だろうな」
「じゃなくて、きついのはズボンのウエストだよ」
「ほんとだ。ずいぶん締め上げてるじゃないか」
「とりあえず目標のウエストにあわせてベルトをつめたんだ」
「意味が分からないよ。痩せてからつめればいいじゃないか」
「いや、苦しくないと早く痩せようという気にならないから」
「それは身体に悪いよ」
「しかしビリーはタフだね。やたらに声を張り上げているのに息が切れないし」
「そりゃ先生だから当然だろ」
「途中にカニ!カニ!と叫んでいるけど、蟹が好きなのかな」
「シーフードはヘルシーだからじゃないのか」
「あと妙に短いパンツを履いてるのが気になる」
「動きやすいからだろう。あと筋肉も見えるし」
「ガバッと開脚したりするときに横からはみ出さないかヒヤヒヤするよ」
「余計なことを考えないでやらなくちゃ」
「あと変なゴムを使って引っ張ったりするんだ。ゆーとぴあみたいだろ」
「口でくわえたりはしないだろ」
「でもビリーはSだからな・・」

*****************************

「1週間経ったね。成果は上がったかい?」
「すごいよ」
「どうなった?」
「すごい筋肉痛。朝起きるのもつらい」
「急に運動したからだな。まあ慣れの問題だろう」
「ビリー曰く、おれは落ちこぼれだそうだ」
「そんなことを言われたのかい?」
「いや、そんな気がしただけだ」
「体重はどうだい。減ったのかい?」
「微妙に減ったような気はする」
「ウエストはどうなった?ベルトが締められるようになったかい?」
「あのベルトは捨てた。いまはこれしてる」
「?これは例のゴムじゃないの?」
「うん。少しでも使わないと勿体ないからな」
「CMだと女の人とかもすごい腹筋ついてるじゃないか。だめかい?」
「腹筋か・・聞きたいかい?」
「うん」
「じゃあ、そろそろ腹を割って話そうか・・」

Homer

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2007年6月18日 (月)

That is a refrigerator

冷蔵庫である。
ほとんどの家庭に1台はあるのが冷蔵庫である。
冷蔵庫に何を入れるか。
象を入れる話は以前に書いた。
今回は普通に食品を入れる話である。

冷蔵庫のCMは昔ほど頻繁にTVで見ることはなくなった。
まあそれだけ買い換え需要が落ち着いたのだろうと思う。
「大容量・省スペース・省エネルギー」が最近の冷蔵庫のキーワードである。
しかしながら、狭いキッチンでいちばん大きな顔をしているのは相変わらず冷蔵庫である。
そうして前面ないし側面はホワイトボード化しているのが普通である。
たいていは数個のマグネットで請求書や学校からのお知らせ等が貼られているのだ。
便利なようだが見栄えの良いものではない。

冷蔵庫に食品をビッシリ入れている人がいる。
自分の家の冷蔵庫に何が入っていて、それはいつ買ったものか、どの程度の保存がきくものかをちゃんと覚えていられるものなのだろうか。
人ごとながら心配になる。
瓶詰めなど、未開封のものはともかく、開封後の保存期間がわかりにくいから私はなるべく買わないようにしている。
なめ茸など美味しいのだが、2回くらいで使い切るには市販の瓶詰めは大きすぎたりするのだ。
調味料も然りで、いつ開けたか分からないマンゴチャツネの瓶などがあったりすると怖くて使う気にならない。

そう、私は冷蔵庫を信用していないのだ。
余った総菜をラップしたりタッパーに入れて、必ず冷蔵庫に保存する人がいるが、せめて翌日にでも使う予定がなければ私なら捨ててしまう。
先日も冷蔵庫に入っていた煮物を食べようとしたら、ねばりが出て傷んでいたとかいう話を聞いたが、何とも嫌な気持ちにさせられたものである。
とくに今ごろの暑く湿気の多い時期などは、当日でも傷むケースがあるから怖い。
しかたなく冷蔵庫で総菜を保管するのは正月のおせち料理くらいで十分だ。
だから、普段スーパー等で山のように食材を買っていく人を見ると、本当に全部使い切るのかどうか疑ってしまうのだ。

冷蔵庫を開けると、缶ビールがビッシリ入っている。
それはそれでいいと思う(飲まないので私の家ではあり得ないが)。
つねに食材がビッシリ入っているというのはどうかと思う。
とかく前のほうにあるものばかり回転が良く、使わないものは奧に追いやられてしまいがちだから、本当は奥行きはあまりないほうが良いのかも知れない。
冷凍庫だってあまり深いと底のほうにある食品はビックリするくらいに前に買ったものだったりすることがあるので要注意である。
ついでに書けば、しばしば冷凍食品の安売りとかあって、冷凍庫で数ヶ月の保存が可能ですというので大量に買ったりすると失敗するのだ。
数ヶ月なんて、忘れてしまえばすぐに経っちゃうのである。
あと野菜室で干涸らびた野菜らしきものが転がっていたりするのも恐ろしい。
やはり野菜の買い置きは最低限にしておくべきだ。

先日、朝のラジオ番組で、刺身についてる小さいパックの山葵が余ったらどうするという話があって、とりあえず冷蔵庫に入れておくという。
それも、玉子置き場のとなりのスペースに入れるというのを聞いて笑ってしまった。
実は私もそうしているのだ。
そして、たいてい2度と使うこともなく、ある程度たまると捨ててしまうのである。
何やってるんだか・・


※今回で通算700回目となりました。ご愛読に感謝(・ω・)☆

Nametake

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2007年6月16日 (土)

真夜中にめざましテレビ(Mattarism39)

木曜日に梅雨入りしたと思ったら次の日はバカみたいに快晴だ。
なんとなく桜の開花宣言をしたころを思い出させるが、とにかくニュースも天気予報も芸能情報も当てにならないのが今の日本である。

アシスタントの女の子が新しい服を着て出社してきた。
「それ買ったの?」
「何かー、色がきれいだなって思って。買っちゃいましたよ」
「ふーん。また1500円のやつでしょ?」
「違いますよーこれは。1980円だった」
「1500円も1980円も変わらないじゃん」
「あー、全然違いますって。480円は大きい」
「そのベルトも新しいんだ。300円くらいでしょ」
「これはですねー、Gパンについていたやつ。セットで売ってたんですよ」
「ふーん」
「ベルトが付いて2980円だったんですよ。・・ふう」
「きみ的には2980円っていうのはどうなの。高いの?」
「んー、まあお買い得かなーって。でもこういうバックルだとすぐにベルト通しのとこがダメになっちゃうんですよね」
「ふーん」
こういう会話をしていると、服飾関連の業界に未来があるのかどうか心配になってくる。
私の仕事場で扱っている付属品が付けられている数万円の洋服など、今どき誰が買うのであろうか。

そういえば団塊世代が定年を迎えるというので、それらを顧客対象として様々な業界が新規に展開した商品類はことごとくコケているそうである。
日経などでは「沈黙の世代」という名称を与えているが、マスコミ等が期待させていただけに当てが外れた業界はガッカリであろう。
とりわけアパレル関係は50代後半の男性の服装に対する無関心さに、いまさらながら驚いているようだ。
「きみのお父さんなんかは洋服買ったりするの?」
「あー、全然ですね。家で仕事してるから尚更なんですけど」
「いつも同じ服とか着てるの?」
「Tシャツとか着てますよ」
「ふーん」
「そう。それで何着か持ってるんだけど、みんな右の肩のところが薄くなってる」
「何で?」
「肩凝ったりして自分でマッサージするんですよ。で、こするから薄くなる」
「なるほど」
「ウチが、薄くてみっともないから買えばいいのにって言っても、いいよって」
「ふーん」
アシスタントの女の子の父親はイラストレーターであるから、別にそれでもいのだろう。
実際に50代以上の男性に一番人気があるブランドはユニクロだというし。

先日ペプシから発売されたキュウリ味のコーラだが、新しもの好きなアシスタントの女の子は早速買って仕事場に持ってきた。
「買いましたよー」
「結構きれいな緑色だね。味は?」
「うー、飲んでるときはまあまあですけど。後味はちょっと」
「甘いの?」
「あー、甘いですよ」
もうひとりのアシスタントの女の子が一口飲ませてと言ってボトルをもらい、グイッと飲んだ。
「・・私はダメかも」
「ウチも、もういいかなって感じ。持って帰るよ」
次の日、アシスタントの女の子は仕事場に来るなり言った。
「昨日、キュウリ味持って帰ったじゃないですか、ウチは妹に飲ませようかと思って。そしたら帰るなり妹が見て見てって言って同じの見せるんですよ」
「買ったんだ」
「そう。で、やっぱり一口で止めて、ウチに飲ませようと思ってたらしいんですよ」
「姉妹で同じこと考えていたんだな」
「そう。しかたがないから二人とも冷蔵庫に入れておいたんですよ」
「キュウリ味2本だ」
「夜遅くに弟が帰ってきて、ノド乾いたって言うから、冷蔵庫にコーラあるよって言ってあげたんですよ」
「ふーん。で、飲んだの?」
「そう。一気に2本とも。ウチがどうだったって聞いたら、別にって」
「へえ」
「やっぱりノドが渇いてると何でもいいんだなって思いましたよー」
まあ発売されているからには美味しく飲む人がいたって不思議はない。
私は遠慮するけどね。

Uqlogol

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2007年6月14日 (木)

テニスの女王も王子様もみんなトンネルを抜けてやってきた

関東も梅雨入りするような6月14日。
鬱陶しいこの季節に生まれたのはこんな人たちだ。

1679年 - 徳川徳松(徳川綱吉長男・館林藩主)
徳松である。おそ松くんの兄弟ではない。
犬好きな父親を持ち、「トクトク」とよばれたかどうかは定かでないが、字面を見ていると徳光和夫のような気がしてくる。

1736年 - シャルル・クーロン(物理学者)
荷電粒子間に働く力の法則(クーロンの法則)を発見した。
また、1秒間に1アンペアの電流によって運ばれる電荷(電気量)は1クーロンとよばれるが、この人の名にちなんでいる。
実は私も香港で九龍の法則を発見したのだが、それが何かは秘密である。

1763年 - ジモン・マイール(作曲家)
ドイツ生まれイタリア育ちの作曲家で70曲あまりのオペラを作曲した後にダチョウ倶楽部に入り、現在に至る。
お寺にマイールということから寺門姓を名乗っている。

1811年 - ハリエット・ビーチャー・ストウ(作家)
「アンクル・トムの小屋」で知られるアメリカの上流作家。ストウ夫人とも呼ばれる。
アンクル・トムの兄弟がブラザー・トムであることはつとに有名である。

1838年 - 山県有朋(第3代・第9代内閣総理大臣)
わずか10年あまりの間に2回も総理大臣になったこと、その間に6人が次々に交代したことなど、政治的には不安定な時代であったようだ。
当時の人気番組「笑ってありとも」では司会をこなすなど多才な一面もあった。

1868年 - カール・ラントシュタイナー(病理学者)
ノーベル生理学・医学賞受賞者である。
腕っ節が強く、つねに「乱闘しゅたいなぁー」と街をうろついていたというから恐ろしい。

1899年 - 川端康成(作家)
伊豆の踊子号でトンネルを抜けるとそこは伊豆であった。
ノーベル賞受賞後はプレッシャーからかめっきり寡作になり、ガス自殺してしまった。
眼光鋭い独特の風貌は、こういう人が作家であるというイメージを作った。
天国にも雪は降っているのだろうか。

1910年 - ルドルフ・ケンペ(指揮者)
ドイツの名指揮者であったが65歳で急逝した。
この人のブルックナー交響曲第5番は非常な名演であるから聴くべし。

1920年 - 駒井哲郎(版画家)
ルドンやクレーの影響を受けた日本では数少ない銅版画家である。
56歳という若さで舌ガンにより死亡した。もったいない。

1928年 - チェ・ゲバラ(革命家、ゲリラの指導者、医師)
革命家といえばTシャツのプリントでもおなじみのこの人だ。
思想が行動と結びついた究極の人間像がここにある。処刑されたのもやむなし。
なお焼き肉のタレはこの人とは何ら関係が無く、革命的でも何でもない。

1937年 - 杉原輝雄(プロゴルファー)
日本のプロゴルファーを代表する人。
ゆえにかつてはゴルファーは皆、彼のように見えたものである。
今はハニカミなんとかだな。

1944年 - 椎名誠(作家)
私の育った小岩を舞台とする「哀愁の街に霧が降るのだ」を愛読したものである。
いつのまにかすっかり写真家になっていたんだな。

1947年 - 宮内洋(アクション俳優)
仮面ライダーV3などのヒーローものを一貫して演じ続けてきた俳優である。
体型の維持やファンサービス等、ヒーローも大変そうである。

1956年 - ジャンナ・ナンニーニ(ロック歌手)
イタリアのロック歌手である。一度も聴いたことがないが興味はある。
マンマミーア!

1965年 - 永井美奈子(アナウンサー)
元・ミス成城大学の永井アナも今年第2子を出産し、母親業に忙しいみたいである。
アイドルアナのはしりだったんだけどなあ。

1968年 - 大塚寧々(女優)
田辺誠一夫人である。独特の浮遊感・存在感を持つ女優さん故に今後も使われていくことであろう。

1968年 - 中島史恵(タレント)
元・シェイプUPガールズもすっかりレポーター役が似合うタレントになってしまった。
こうやって自分の方向を見つけられるのは幸せなことである。

1969年 - シュテフィ・グラフ(テニス選手)
一時はホントに強くてイヤになるくらいであった。
巨大な鼻は天狗になったせいではなく、生まれつきのものらしい。
ともかく20世紀を代表する女子テニスプレイヤーであることに異論はない。

1971年 - 前田智徳(プロ野球選手)
あのイチローがリスペクトしていることでも有名な天才打者である。
広島カープという球団にはときどきとんでもないスケールの選手が生まれることがあるから不思議である。
その言動も天才ならではの様々な語録がある事でも知られている。

1971年 - 前田健(お笑い芸人・ものまねタレント)
奇しくも同じ日に生まれたもうひとりの前田であるが、彼もある意味異才である。
若いころに渡米し、ダンスを学んだことが現在の仕事につながっている。
才能あるオカマ芸人だ。

1971年 - 中島忠幸(お笑い芸人)
さらに同じ日に生まれたカンニング中島はすでにこの世にいない。
ようやく人気に火が付いてからあまりにも早い最後であった。

1976年 - 津川友美(女優)
元・大阪パフォーマンスドールである。
現在は崖