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2012年12月23日 (日)

難破船

『難破船』という曲がある。

ご存じの人も多いだろうが、元々は加藤登紀子が作り、自身が歌っていた曲である。

1987年に中森明菜がこの曲をカバーして、彼女の19枚目のシングル盤として発売された。

非常にヒットした楽曲で、特に女性層からの支持を集め、現在でもカラオケ等で歌われることも多い。

ところでこの『難破船』には中森明菜自身による別のバージョンが存在する。

ひとつは1995年に『true album akina 95 best』のCDに収録されたものであり、もうひとつは2007年に『バラード・ベスト ~25th Anniversary Selection~』に収録されたものである。

そして、どちらのアルバムもプロデュースは中森明菜が担当している。

3つの『難破船』を比較してみると、ドラマティックという点では1987年のシングルバージョンがいちばんかもしれない。

前半の低くささやくような歌唱からサビに入っての盛り上がり方は、ストリングス主体のアレンジとも重なって、いやでも聞き手を揺さぶる。

それはまた歌っている本人にも作用していたようで、当時のTVで涙しながらの歌唱を何度も目にしたものである。

ここでの中森明菜は折れてしまいそうな弱さをさらけ出しているのだ。

1988年に発売された『BEST II』(これは彼女自身のプロデュースではないが)にこのバージョンの『難破船』が収録されているが、アルバムのラストにこの曲は置かれている。

この楽曲の重さがラストに置かれる必然性を備えていたのだ。

1995年のヴァージョンではストリングスは控えめに使われていて、かなりの軽量化が図られている。

実際、シングルでは4分25秒だったものが、こちらは4分7秒と短くなっている。

ここでの歌唱は前半もしっかり歌われており、逆にサビ以降の盛り上げ方は抑え気味である。

『true album akina 95 best』は3枚組であり、『難破船』はWHISPER DISC(7曲収録)の5曲目に置かれている。

(ちなみに『陽炎』と『水に挿した花』の間である)

プロデューサーとしての中森明菜のバランス感覚が、シングルヴァージョンよりサバサバしたこの歌唱につながっているように思えるのだが。

2007年の『難破船』のアレンジはシングルヴァージョンに近いもので、ストリングスが主体のドラマティックなものに戻っている。

多少はパーカッシブになっているものの、演奏時間もほぼ同じ。

このバージョンが収録された『バラード・ベスト ~25th Anniversary Selection~』は文字通り、中森明菜の歌手生活25周年を記念して企画・発売されたものである。

『難破船』はこのアルバムの第1曲目に置かれているのだ。

シングル盤と同等のものでは重くなりすぎると思うわけだが、明菜の歌唱がこの懸念を払拭してくれる。

歌い出しの「たかが恋なんて 忘れればいい」の吐き捨てるような歌い方でおどろかされた。これは強い心の表れだ。

以降もしっかりと、しかも無関心ではなく、情感を持ちつつ歌われるのである。

シングルバージョンでは〈なんて可哀想な私〉だったのが〈でも仕方ないじゃない〉という悟りに変化しているのが中森明菜のすごいところだ。

続く

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