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2012年12月29日 (土)

SHAKER

私の好きな中森明菜のアルバムに『SHAKER』がある。

1997年にMCAビクターよりリリースされたこのアルバムは明菜本人によるプロデュースで全11曲からなる。(その後シングルバージョン等3曲を追加して『SHAKER+3』としてユニバーサルJより再発売されている)

アルバム全編を通して打ち込み系のサウンドで構成されているが、個々の楽曲はヴァラエティに富んでおり、なおかつ絶妙な統一感をもって配列されているので、繰り返し聞いても飽きることない。

最初に聞いたときにいちばん印象に残ったのは小室哲哉作曲の『MOONLIGHT SHADOW-月に吠えろ』だが、この曲は何度か聞いていると底の浅さからか、他の曲に比べて聞き劣りするようになる。

効果を狙いすぎているのが見え透いてしまうのと、高見沢俊彦の歌詞がつまらないからかもしれない。(同じ小室哲哉の曲でも『UNBALANCE+BALANCE』収録の『愛撫』は良くできていると思う。松本隆の歌詞によるところも大きいのだろう)

ホーンセクションを入れた2曲『おいしい水』『APPETITE』は素敵な楽曲だ。

どちらもセクシャルな歌詞と低音が格好いい明菜のヴォーカルが光る。

『おいしい水』は傷つくことが分かっていながらも愛を求めてしまう女性の歌で、後の『赤い花』の世界にも通じる歌詞だが、こちらはずっとポジティブな女性像だ。

『APPETITE』は明菜本人がシングルでのリリースを推したという本人お気に入りの曲で、観葉植物(ベンジャミン)が男性に寄せる異様な愛の歌だ。

ステージでも何度も歌われたこの曲は確かに格好良いし、明菜以外では歌いこなせないのではないだろうか。(シングルがヒットしなかったのもその辺に原因があるのでは、と思ってみたり)

『夢見るように眠りたい』はフラメンコ調のガットギターで始まりヴァイオリンも入った、このアルバムではちょっと異色な歌謡曲っぽい楽曲。

明菜の歌い方もサビ部分では80年代を彷彿とさせるもので、今聞くとそれなりに新鮮な感じがするのが面白い。

続く『桜(びやく)』は一転して胡弓がフィーチャーされた静かな曲で、ファルセットで歌う明菜がたおやかで素敵だ。

このアルバムを何度も聞いているうちに、どんどんその価値が分かってきた楽曲が、最初の『満月』とラストの『月は青く』である。

『満月』での明菜の歌唱は、一句ごとの微妙な表情付けと親密さという点で、後年の『DESTINATION』収録の『嘘つき』に通じるものがあり、色褪せない。

ラストの『月は青く』は静かで強い曲。控えめにビブラートをかけたサビの歌い方と、ささやくようなパートとの優しい対比がラストの曲に相応しい満足感を与えてくれる。(その点で、『SHAKER+3』はおまけの3曲がアルバムとしての完成度を損ねてしまっている)

ここにあげてない曲もそれぞれ魅力的であり、このアルバムはやっぱり傑作なんじゃないかと思う。

でも私がいちばん気に入っているのは、『SHAKER』が絶対的に完璧なアルバムじゃないということである。

その点では2006年の『DESTINATION』の完成度のほうがずっと高いと思うし、私はこれも大好きなアルバムであるが、『SHAKER』の持っているある種のラフさ,アルバム全体から発散されるポジティブな感情を愛して止まないのだ。

続く

 

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2012年12月25日 (火)

歌を伝えるということ

中森明菜の歌唱は独特だ。

amazonなどで彼女のCDレビューを見ると、歌唱力がすごいという人もいれば、反対の意見の人もいる。

とくに『歌姫』シリーズなどのカバーアルバムでは、評価が割れているようだ。

これはオリジナルに思い入れが強いかどうかに関わるのだろうが、明菜自身はあまりオリジナルの歌い方を意識することなく、あくまでもその楽曲自体を聞き手に伝えること優先の表現方法をとっているようだ。

楽曲を聞き手に伝えるとはどういうことであるか。

たとえば明菜が松任谷由実のカバーをした2曲がある。

『歌姫』に収録された『魔法の鏡』と『フォークソング2~歌姫哀翔歌~』に収録された『ベルベット・イースター』だが、ここには何とも言えない「親密さ」があふれている。

まるで暖かいスープのように聞き手の身体に優しく浸透してくる歌唱に癒される。

また、『歌姫』収録の奥村チヨのカバー曲『終着駅』でも、サビを不必要に強調することなく淡々と歌う中に寂しき情感を醸し出しているのが見事だ。

中森明菜ならではの「囁き」は時として歌詞の聴き取りづらさにつながるが、これこそ本人の意図するところであることを聞き手は汲まなくてはならない。

大声で囁く人などいないのだ。楽曲がそういう要求をしているのだから。

かつて『不思議』(1987年)というアルバムで極端にヴォーカルパートの引っ込んだミキシングにより聞き手を不安な気持ちにさせた明菜であるが、このアルバムが初のセルフプロデュース作品であることに注目したい。

そう、歌もまた楽曲を構成する一部に過ぎないことを何よりも本人が理解しているのである、

どんな曲でもたっぷりとした声量とツヤのある声で朗々と歌いこなす歌手がいる。

まるで触るもの全てが金に変わってしまう童話の主人公のように。

中森明菜はそうではない。

彼女は冷たいものに触れれば寒さと不安に震えるし、熱いものには汗を流しながら近づこうとしたり、立ち去ろうともする。

聞き手は楽曲の中にそのときどきの中森明菜を感じ取らなくてはならない。

それはスタンダードなものとは少し離れているかもしれないが、理解することができればずっと価値の有るものだと思う。

続く

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2012年12月23日 (日)

難破船

『難破船』という曲がある。

ご存じの人も多いだろうが、元々は加藤登紀子が作り、自身が歌っていた曲である。

1987年に中森明菜がこの曲をカバーして、彼女の19枚目のシングル盤として発売された。

非常にヒットした楽曲で、特に女性層からの支持を集め、現在でもカラオケ等で歌われることも多い。

ところでこの『難破船』には中森明菜自身による別のバージョンが存在する。

ひとつは1995年に『true album akina 95 best』のCDに収録されたものであり、もうひとつは2007年に『バラード・ベスト ~25th Anniversary Selection~』に収録されたものである。

そして、どちらのアルバムもプロデュースは中森明菜が担当している。

3つの『難破船』を比較してみると、ドラマティックという点では1987年のシングルバージョンがいちばんかもしれない。

前半の低くささやくような歌唱からサビに入っての盛り上がり方は、ストリングス主体のアレンジとも重なって、いやでも聞き手を揺さぶる。

それはまた歌っている本人にも作用していたようで、当時のTVで涙しながらの歌唱を何度も目にしたものである。

ここでの中森明菜は折れてしまいそうな弱さをさらけ出しているのだ。

1988年に発売された『BEST II』(これは彼女自身のプロデュースではないが)にこのバージョンの『難破船』が収録されているが、アルバムのラストにこの曲は置かれている。

この楽曲の重さがラストに置かれる必然性を備えていたのだ。

1995年のヴァージョンではストリングスは控えめに使われていて、かなりの軽量化が図られている。

実際、シングルでは4分25秒だったものが、こちらは4分7秒と短くなっている。

ここでの歌唱は前半もしっかり歌われており、逆にサビ以降の盛り上げ方は抑え気味である。

『true album akina 95 best』は3枚組であり、『難破船』はWHISPER DISC(7曲収録)の5曲目に置かれている。

(ちなみに『陽炎』と『水に挿した花』の間である)

プロデューサーとしての中森明菜のバランス感覚が、シングルヴァージョンよりサバサバしたこの歌唱につながっているように思えるのだが。

2007年の『難破船』のアレンジはシングルヴァージョンに近いもので、ストリングスが主体のドラマティックなものに戻っている。

多少はパーカッシブになっているものの、演奏時間もほぼ同じ。

このバージョンが収録された『バラード・ベスト ~25th Anniversary Selection~』は文字通り、中森明菜の歌手生活25周年を記念して企画・発売されたものである。

『難破船』はこのアルバムの第1曲目に置かれているのだ。

シングル盤と同等のものでは重くなりすぎると思うわけだが、明菜の歌唱がこの懸念を払拭してくれる。

歌い出しの「たかが恋なんて 忘れればいい」の吐き捨てるような歌い方でおどろかされた。これは強い心の表れだ。

以降もしっかりと、しかも無関心ではなく、情感を持ちつつ歌われるのである。

シングルバージョンでは〈なんて可哀想な私〉だったのが〈でも仕方ないじゃない〉という悟りに変化しているのが中森明菜のすごいところだ。

続く

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2012年12月21日 (金)

中森明菜REVISITED

中森明菜がすごく良い。

何をいまさらと言われるかもしれないが、今年になって、正確には今年の夏に、その良さに気がついたのだ。

私のまわりの人間に、中森明菜のことを聞いてみると、一様に80年代後半のアイドル時代(実際はそんなに簡単なものではなかったようだが)として認識しているみたいで、懐かしいねといった感想を持ってる人ばかり。

私自身も昔はMILKY-WAY(当時のファンクラブ)に入会していたりするのだが、実は89年に明菜が休業していた時期の入会で、実際のステージには行っていない。

その後、いろいろあってファンクラブの運営が何度か変わっていったので、いつの間にかほったらかしてしまっていた。

CDもBESTの3枚と「CRUISE」「WONDER」、LDが数枚という、とてもファンだとはいえない状態であった。

それから数十年、今年の夏にFacebookの友人がたまたまYouTubeの動画をシェアしていたのを見て、びっくりした。

それはPARCOシアターでのライブからカルメンマキ&OZの「私は風」をカバーした中森明菜の動画であった。

PCの小さな画面の中で、私の記憶よりずっと華奢になった明菜が絞り出すように絶唱していた。

観客に向かってではなく、自分自身への祈りのようなその姿と声はアイドルなどとはかけ離れたものだったが、そこにはまぎれもないひとりのアーティストが存在していた。

私の知らない90年代以降の中森明菜の軌跡を辿らなきゃならない。

そんな使命感をもってCD、DVDを収集しはじめたのが8月に入ってから、中には廃盤になっているものもあり、中古屋などで探したりしながら時系列バラバラに聞き込んだ。

ご存じの方も多いだろうが、90年代以降、中森明菜はオリジナルとは別に「歌姫」シリーズとしてカバーアルバムを何枚かリリースしている。

昭和歌謡、フォークソング、演歌など、実に幅広いジャンルの曲を歌っているのだが、歌謡曲大好きな家人に聞かせてみたら「声出てないね」のひと言。

家人は昔の「Desire」とか「北ウィング」などの明菜が良いと思っている人なので、なおさらなのだが、私も最初聞いたときにはちょっと不安になってしまった。

それほど、アイドル時代とは声質も歌い方も違っているのだから。

実はここに到達するまでの様々な試みを知らなければ、今の中森明菜を理解することは難しいのだ。

過去のファンがちょっと目をはなしていた間に、当の明菜はどんどん進化していってしまったわけで、リアルタイムでついて行けなかったものは置いてけぼりをくらってしまった。

それが彼女を過去のアイドルとしてしまっていることが残念でならない。

幸か不幸か、中森明菜は現在歌手活動を休止している。

今こそアーティストとの距離を縮めるには絶好のチャンスじゃないかと思う。

続く

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