ここ一番の悪送球(Mattarism49)
夜から朝への変わり目がハッキリしないうちにやって来るように、季節の変わり目も曖昧なうちにやって来るのだ。
春から夏へ、そして秋へと移り変わるはずなのに、暦の上だけで季節が過ぎていく。
どうしようもなく暑い連休が明けて、仕事場には緊張感がない。
いきなりアシスタントの女の子が言った。
「あー、ウチ事故っちゃったんですよ。連休に」
「バイクかい?」
「バイクな訳ないじゃないですか。ピンピンしてるし」
「ああ、じゃあクルマだね」
「そう。出も全然大変な事故じゃないんですよー」
「追突?」
「あー、ぶつけちゃったんですよー。前のクルマに」
「ふーん」
「ショッピングセンターに行こうとして走ってたら、すごい渋滞で」
「ひとりで?」
「いや。母親を乗せてましたねー。で、暑かったじゃないですか。ウチのクルマ、エアコンあんまり効かないんですよ。で、窓を開けて走ってたら、汗ダラダラで」
「渋滞で暑かったわけだ」
「そう。で、汗を拭いてたら、いきなり母親が『前!前!』って言うので」
「目を離していたわけだ」
「そう。ウチはてっきり前のクルマと車間が空いてしまったんだと思ったんですよ」
「アクセル踏んだの?」
「いや、ブレーキを緩めたんですね。そしたらボコってぶつかった」
「じゃあそんなにひどい事故でもないね」
「そう。前のクルマの人がバッと降りてきたんでビックリしましたよー」
「少しへこんだくらいだね」
「あー、相手のクルマはほとんど何ともなくて、ウチのクルマの前が少しへこんだくらいですねー」
「ふーん」
「で、お互いの連絡先を交換してお終い。なにかあったら連絡するって言ってましたよ」
「ふーん」
その日の夕方、携帯を見ていたアシスタントの女の子が少しへこんでいた。
「あー、今母親からメールがあって、相手から電話があったって。帰ってから連絡するようにって」
「なんともなくなかったね」
「何だか気が重いですねー。何があったんだろう」
「あれからしばらくしてクルマがバラバラになったとか」
「マンガじゃないからそれはないですよー」
「ショッピングセンターに出かけたのが失敗だったね」
「うー、ただアイスを食べに行っただけなんですけどねー。結局、ショッピングセンターには行かなくて、途中で引き返したのに」
「アイスは?」
「あー、逆方向の別の店で買って食べましたよ」
「ふーん」
憂鬱そうな顔をして帰って行った。
そして次の日、普通に出社してきたので席に着いた頃を見計らって聞いてみた。
「どうした?」
「あー、いろいろ言われましたよ。修理がどうこうとか。でも警察呼んでないし、保険を使うとまた等級上がっちゃうし、カーコンビニか何かで直せばいいかって」
「そうか。クルマを大事にしている人なのかな」
「ウチが見たときは全然わからなかったんですけどねー」
「そうか。今、ネットで見てたら『なりたい顔』のベストテンが発表されたって。1位は沢尻エリカだってさ」
「あー、ウチもいいと思いますねー」
「倖田來未はランク外だって」
「顔は、んーって感じですね」
「キン肉マンっぽいから?」
「んー」
その日の夕方にまたメールがあり、結局事故の件は何もしなくて良くなったということらしい。
母親が菓子折でも持って詫びに行ったのだろうが、相手が変な因縁をつける人じゃなくて何よりだったじゃないか。
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