アンリ・マティス
1978年に初来日したBOB DYLANが来日前にPLAYBOY誌のインタビューで言っていた言葉に「芸術家は飢えていなければならないという神話は神話に過ぎない」というのがあり、彼は続けて「マティス、彼は銀行家だった」と言っている。
(DYLANはインタビューにおいて相手をはぐらかすような態度を良く取るのだ)
その時はふーんと読み流していたが、30年近く経った今でも頭に残っていたようで、マティスに関して間違った偏見を抱いていたままでいた。
そう、アンリ・マティス(1869−1954)は銀行家であったわけではない。
学生時代はパリで法律を学び、19歳で司法生の資格試験に受かると、マティスは弁護士事務所で見習書記になった。
翌年、盲腸炎を悪化させてほぼ1年間にわたり病床についたマティスは、退屈をしのぐために絵画に取り組むようになったのである。
回復後、再びパリに戻り国立美術学校でギュスターヴ・モローに師事した彼は、当初ラファエロらの模写により伝統的な絵画技術を身につけ、1896年にはサロンに入選を果たしている。
マティスの芸術に決定的な影響を与えたのは、ポール・セザンヌ(1839−1906)であった。
何よりも色彩と造形において自己の表現を成し遂げようと試みたセザンヌは、印象派の枠を大きく超えてしまったのである。
幾何学的な構成はやがてブラックやピカソによってキュビズムへと発展し、色彩はゴーギャンを経て、マティスやヴラマンクらのフォーヴィスムへと繋がっていった。
近代絵画史においてセザンヌが20世紀絵画の父と言われる所以である。
1905年アンデパンダン展に出品された「豪奢・静寂・逸楽」はマティスがセザンヌや新・印象派の絵画との出会いから生み出された成果が現れている。
ボードレールの「旅への誘い」のルフランからその題名が取られたこの絵画において、マティスはスーラのような点描を用いているが、個々の点の色は7色の虹のように非常に自由なものであり、明らかに自然主義的な色彩からの解放が見られる。
また、造形においては浜辺に憩う人たちの古典的な配置にセザンヌからの影響が見られる。
その半年後にサロン・ドートンヌで開かれた展覧会において、マティスをはじめ、ヴラマンクやドラン、マルケらの作品が一堂に集められ、それを見た批評家ヴォークセルが書いた「フォーヴ(野獣)」という言葉がフォーヴィスムという語を生んだのであった。
急進的な動きはいつの世においても長続きはしないものだが、フォーヴィスム自体も2年ほどで衰退した。
激しい色彩により感情を表現することには限界があったためで、ルオーが宗教的題材に向かい、マルケは抒情的な風景画に独自の味わいを見いだした。
そして、マティスは絵画のさらなる単純化を目指していったのである。
1910年にマルケとドイツに旅行した際にマティスはイスラム美術に出会った。
イスラム美術の平面的・図案的な構成は、彼の方向性を確認するのに十分であった。
当初から、マティスには絵画に感情を持ち込むような要素は皆無で、フォーヴィスムの中心人物とされていたが、それは自由で激しい色彩によるものだけであった。
彼にとっての絵画は色彩と構成のハーモニーであり、文学的なものではなく、家具のようなくつろげるものであった。
その後のモロッコ旅行などで、東方の美術に接近していったマティスは、「ダンス」のような造形的作品や「モロッコ人たち」のような抽象的な色彩作品を生み出した。
彼の絵を見てピカソが「マティスはお腹の中に太陽を持っている」といったように、快活な画風で思いがけない色彩を駆使し、しかも調和を崩すことがない芸術はマティスならではの魅力である。
一見すると無造作に描かれているように見える作品たちに、実は綿密な構成原理が働いていること、それがあまりに見事なために見逃しがちなのだが、抜群のセンスを感じ取ることができる。
それはマティスがフランス人であると言うことにも大いに関係がありそうである。
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コメント
>Cacao さん
古典的絵画から遠近・明暗・肉付けを捨て去ったときにカンバスに残るものは色彩だけです。
そういう意味ではマティスの選んだ道は極めてストイックなものだと言えますが、そうして生まれた作品が決して求道的なものではなく、楽しみにあふれているのが素晴らしいと思うのです。
投稿: Reザジ | 2007年2月18日 (日) 20時45分
>色彩と構成のハーモニーであり、文学的なものではなく、家具のようなくつろげるものであった。
あぁ、納得です。
私も、最初はわからなかったマティスの素晴らしさって、気付いてしまうと、もう、たまらない感じです。
特にピカソの「ゲルニカ」同様、「ダンス」などで、幾度も繰り返し描かれた作品の曲線、空間への収め方の変化など見てしまうと…
投稿: Cacao | 2007年2月18日 (日) 14時41分