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2007年1月26日 (金)

Fly Highly

ひとりのアーティストが新たなステップを踏み出したときに、旧来の支持者が取る反応は2通りある。
ひとつは新しい方向に進んだアーティストを受け入れ・歓迎するというもの、もうひとつは拒否して非難の声を上げるというものである。
後者の場合、かつての支持者たちが声高に叫ぶのは「昔に戻れ」という意見である。

ベートーヴェンが第3交響曲「英雄」を世に出したときも、彼の支持者たちは「何故こんなに複雑で難解な音楽を作るのか。もう一度第1交響曲のような素直な曲を作りたまえ」と彼に意見したという。
また、ゲーテにおいても、いつまでも「若きウェルテルの悩み」を引き合いに出されるので本人はずいぶん閉口したといわれている。
しかしながらハイドンの影響が多分に見られる第1交響曲から第2を経て作曲された「英雄」は、前2作から遙かに高い次元の作品へと飛躍したということは今では誰でも理解できるわけで、それは同時代の支持者を得ることがいかに難しいかということでもある。

そう、アーティストの進化を正しく判断するためにはそのアーティストと同じイマジネーションを共有しなければならないのだ。
あるいはそのアーティストに対して、かなりの許容度を持っていなければならないともいえる。
ある意味においては、過去の作品にこだわりを持つ支持者というのは、理解を示す者に比べて、より熱狂的であるかもしれない。
すなわち、過去の作品というものは既にある程度の評価が固まっているし、十分に味わい尽くすことができるからである。

もっと具体的な例としてBOB DYLANが思い浮かぶが、彼がフォークソングからロックに移行したとき、またカントリーっぽいアルバムをリリースしたとき、キリスト教に改宗してゴスペル色に染まったとき・・等々にそれまでのファンが叫んだブーイングの多さは計り知れないものであった。
しかし、今となってはひとりのアーティストが辿った過程として、誰もが俯瞰できる立場にあり、何故あの時はあれほど非難の声が上がったのかを理解する方が難しい。
そして現在でもなおDYLANは変化し続けているのだ。

さてSalyuの『TERMINAL』の素晴らしい出来映えについては先日書いたが、彼女のLily Chou-Chou時代からのファンからは多少の不満の声が聞かれるようだ。
曰く「『呼吸』の頃の神秘性が失われた」「心に響く曲が少ない」などなど。
要はSalyuの歌ならびにその存在に、映画『リリィ・シュシュのすべて』における〈エーテル〉を期待し求めている人がいるということである。
アルバム『TERMINAL』の中にも例えば「I BELIEVE」のように、その要素を持つ曲はあるが、Salyuはそこにとどまる気はさらさらないようだ。
その次に収録されている「夜の海 遠い出会いに」がSalyuの飛翔を聞くものに感じさせてくれる。
すなわちLily Chou-Chouからの飛躍を・・
彼女を支持するものはそれについていかなければならない。

Sky

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コメント

>Cacaoさん
昨日は見られなかったのでビデオに録って先ほど見ました。
コラボレーションの2曲は素晴らしかったなあ。涙。
ところでSalyuの歌に歌詞のテロップは要りませんよね(・ω・)?

投稿: Reザジ | 2007年1月27日 (土) 18時16分

Salyu、今見てますか?「僕らの音楽」

投稿: Cacao | 2007年1月26日 (金) 23時37分

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