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2006年10月19日 (木)

Maurizio Pollini

ポリーニについて。
マウリツィオ・ポリーニは1942年生まれのイタリアのピアニストである。
建築家の父親とピアニストの母親を持ち、18歳の時にショパン国際ピアノコンクールで優勝。
その時に審査委員長であったアルトゥール・ルービンシュタインに「この青年は私たちみんなよりもうまい」と言わせるほどの完璧なテクニックをすでに身につけていたのであった。

しかしポリーニが本格的にデビューしたのはその後十年経ってからであった。
その間に彼は何をしていたのか。
ポリーニは大学に通い音楽以外の教養を身につけると共に、同じイタリアの巨匠であるベネデッティ・ミケランジェロに師事し、文字通り「勉強をしていた」のである。
1968年に演奏活動を再開したときに彼のテクニックが向上していたわけでは決してない。
天才の趣くままに完璧な技術で弾きこなされてきた彼の音楽は、その十年後には彼自身によって意識化され、考え抜かれ再び構築されたものとなって私たちに提示されたのである。

演奏家がテクニック最重視だったのは19世紀のパガニーニやリスト、サラサーテなどの功罪であり、20世紀にはいってもラフマニノフなどに受け継がれてきたが、その後はすっかり時代遅れになってしまった。
こういう演奏家たちをヴィルトゥオーゾと称するのである。
現代の演奏家たちは作品の本質を表現する手段としてのみのテクニックは必要とするが、それよりもその作品に対する演奏家のアプローチのほうが重視される。
過去何百回、何千回と演奏されてきたであろう曲から自分は何を引き出すことができるのかが問われるのである。

ポリーニに話を戻せば、彼の演奏家としての最盛期は1970年代であった。
当時の録音であるショパンのエチュードやベートーヴェンの後期のソナタなどはテクニックもさることながら情緒性と知性が絶妙のバランスを保っていていまだに色褪せることがない名演奏である。
さすがに近年は年齢的な衰えを感じさせ、中間調の色彩にやや欠ける演奏が多くなったようであるが、現役ピアニストとしては最高峰のひとりであることに変わりはない。

芸術は常に意識と結びついたところで成り立っている。
ただ聴いていて気持ちの良い演奏というものはそこら中に転がっているが、さて聴き終えた後に何が残っているかと言うことが価値判断の基準となる。
そうなると聴き手のレベルにも依るが、そうそう頻繁に出会えるものではないだろう。
生きている間にそう言った演奏に出会える機会が一回でも多く持つことができたら、それは嬉しいことに違いない。

Pollini

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