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2006年8月 9日 (水)

アンチ甲子園

今年もいつの間にか8月になっていて、今週末からは仕事もお盆休みにはいる。
まあ土日をはさむので、実質は月・火・水の3日間休むだけなのだが、正月休みと違って何ら気合いを入れずに休み明けを迎えられるのが嬉しい。
この休みを利用して里帰りする人は何だかんだで大変な思いをするのだろうが、何十年も前に一家で東京に越してきた私などには無関係な話である。
外は暑いだろうし、のんびりと過ごすだけの休みになるだろう。

甲子園では夏の全国高校野球大会が始まっている。
残念ながらほとんど興味を待たずに生きてきた。(別に残念でもないか)
まだ学校に行っていた頃、この時期に友だちの家に遊びに行くと、どこの家庭でもNHKで高校野球をつけていたのでひどく退屈したことを思い出す。
正直に書けば、私は高校野球が嫌いなのである。

といっても野球自体が嫌いなわけではない。
最近こそ興味は薄くなったが、プロ野球観戦はスコアブックを持参するくらいに熱心であったし、様々な名選手のエピソードに胸ときめかした時期もあった。
また、メジャーで活躍する選手たちには毎年のように勇気づけられているのも事実である。
しかし、高校野球にはどうしても馴染めない。
一種のアレルギーみたいなものであろうか。

私が一番違和感を持っている原因は高校野球につきまとう「精神論」的な部分である。
そこに感じられるのは普遍的な精神ではなく、大人の押しつけるところの「健全な精神」である。
当然、全ての高校球児がそんな一本道を歩んでいるとは思わないが、書くのも恥ずかしい「忍耐・根性・努力」を少なからず背負わされているように思えてならない。
これらの言葉は本来ならば個人の内部に留めておかなくてはいけないもので、文字にしたり口から発したりすると、とたんに胡散臭いものに変質してしまうのである。

それならば他の学生スポーツはどうなんだということになるが、昔から甲子園の野球大会だけが社会現象のように別格扱いされてきたことは間違いない。
何せ新聞社がバックにつき、放送はNHKが一手に引き受けているのだからこれは一種の洗脳である。
興味を持たなければ非国民みたいに思われる(それほど大げさではないが)。
私はそういうのにすごい反発を感じるのである。
あと高野連とかいう封建組織も大嫌いである。

本当は、斜陽化したプロ野球の次代を担う選手たちが高校球児の中から輩出するわけだから、もっと注目してみても良さそうなものだけど。
まわりで自分の出身地の高校が勝ったゝと喜んでいる人たちを見ると、とても話題に入っては行けそうにない。
大阪生まれだが東京育ちの私にはどこにもふるさと意識が持てないのである。
単純にスポーツとしてみるにはあまりにもレベルが低いゲームを楽しむ能力は私にはない。

「何、甲子園なんて夏の風物詩に過ぎないじゃないか。一種のお祭りだと思えばいいのさ」という人もいる。
残念ながら、私は祭りも嫌いなのである(・ω・)#
Calfc

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コメント

理不尽なことに耐えて所属する集団のために個を殺して奉仕する。
企業戦士として求められる理想の人材像がそこにあるから日本人に愛されるのですよ。
あ~ぁやだやだw

投稿: | 2015年8月 7日 (金) 12時02分

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 世間を賑わせていた、高校野球がやっと終了。投手の使った青いハンカチがどうだか知りませんが。今年はなんか面白い試合がたくさんあったので実は気になったりもしてたんですが、もちろん一切テレビは見ませんでしたけどね。  はっきり言って高校野球が嫌いで、いろい... [続きを読む]

受信: 2006年8月24日 (木) 10時54分

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