« In search of | トップページ | IN 川越(NATURA続編) »

2006年8月15日 (火)

1985年という年

私事で恐縮だが、21年前の8月13日に成田を出発し、翌日ハワイで挙式した。
時間もお金もなかった私たちは二人きりで教会で式を挙げ、数日後には何事もなかったかのように帰国したのであった。
そんな1985年に起こった出来事をWikipediaでひろってみた。

1月9日 - (現在の)両国国技館が完成
毎日、仕事場に行く際に見ているが実は相撲を実際に見たことは一回もない。

2月20日 - ミノルタカメラが世界初のAF一眼レフカメラ「α-7000」を発売
もちろんフィルムカメラである。そのミノルタも今はカメラから撤退してしまった。

3月2日 - テレビ朝日系アニメ『機動戦士Ζガンダム』がスタート

私はすでに大人であったから興味はなかった。ガンプラ世代とはギャップがある。

3月11日 - ソ連のゴルバチョフ書記長就任

ソ連も崩壊し、ゴルビーも過去の人になった。ゲームも出ていたのに..

3月11日 - 白鵬翔 誕生(相撲)
いまや押しも押されぬ次代の横綱である。(怪我さえなければ)

3月17日 - 科学万博つくば’85開催(~9月16日)
当時はつくばエクスプレスもなく、ふーんといううちに行かずじまいに終わる。

3月24日 - フジテレビ系アニメ『タッチ』がスタート
すでにアニメを見る年齢をとっくに過ぎていたのでどうでもよかった。

4月1日 - 日本電信電話公社(電電公社)が日本電信電話株式会社(NTT)に、 日本専売公社が日本たばこ産業株式会社(JT)に民営化
その後NTTは強引な利益追求型の企業に成長し、JTは嫌煙家のやり玉に上がるようになった。

4月1日 - 『夕やけニャンニャン』(フジテレビ)がスタート

『銀座NOW』世代である私にはしょんべん臭い番組にしか思えなかった。

4月14日 - 『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)がスタート
まだテリー伊藤が異才を放っていた頃の番組。高田純次だけがいまだに同じテンションを保ち続けているのには感動。

6月6日 - 平山相太 誕生(サッカー選手)

きっとオシムは君を呼ばないだろう。巻に弟子入りすると良い。

6月19日 - 宮里藍 誕生(プロゴルファー)

そろそろアメリカで結果を出さないといけない。今年が勝負か?

6月24日 - 松田聖子と神田正輝が結婚
見習わなくて良かった。

7月3日 - 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がアメリカで劇場公開
その後マイケル・J・フォックスがパーキンソン病を発症することまではドクにもわからなかったようだ。『スーパーマン』のクリストファー・リーブといい、ヒーローの実像は痛ましい。

7月13日 - ライヴエイドコンサートが開かれる

賛否別れるが、空前の規模のチャリティコンサートであったことは事実。
それにしてもチャリティはそれなりに成功するが反戦は形ばかりになるのは何故?

8月12日 - 日本航空123便が群馬県上野村の高天原山に墜落、520名の死者を出すも乗客4人が奇跡的に生存

以前にも書いたが、仕事関係の知人が亡くなった事故である。運命の残酷さ。

9月11日 - ロス疑惑の三浦和義が逮捕

その後、無罪判決が出されたのはご存じの通り。現在では「ミウラカズヨシ」と言えばキング・カズのことだと思う人ばかり。

9月13日 - スーパーマリオブラザーズ発売

つまりこの年からテレビゲームの時代は始まったといえる。もういいでしょ。

9月14日 - 上戸彩 誕生(女優)

女優としても歌手としても突出したものはないが、数年後にどうなっているか。

9月28日 - 大人気バラエティ番組「8時だョ!全員集合」が16年間の放送を終了する
ある意味ではゆったりのんびりしたお茶の間の終焉。この後、バラエティという名の即席番組が増えていくことになる。

10月7日 - 『ニュースステーション』(テレビ朝日)がスタート

そして久米宏の時代もやがて終わるのであった。

10月8日- ウエンツ瑛士 誕生(タレント)

もう少し知的な部分を持てばおもしろい存在になるかも。

10月16日 - 阪神、21年ぶりセ・リーグ優勝
11月2日 - 阪神、日本シリーズで西武を破り4勝2敗で日本一に輝く

バース・掛布・岡田の3連発を見たのは大阪の親戚の家であった。監督が背番号1を付けていたことが奇異に感じた。

12月13日 - 横峯さくら 誕生(プロゴルファー)

本人には悪いが、オヤジが大嫌い。

※この年、大相撲6場所のうち4つは千代の富士が優勝、あとの2つのうち1つは朝潮が、そして名古屋場所に優勝したのが北天佑勝彦である。
今年6月に腎臓癌で亡くなった。享年45歳

※そしてこの年の夏、甲子園を沸かせたのは清原和博(PL学園)。決勝で2本塁打を放ち、1大会5本塁打の新記録と、3試合連続本塁打のタイ記録を達成
いまではベンチを温めることが多いが。

Gol

|

« In search of | トップページ | IN 川越(NATURA続編) »

コメント

>やまもとさん
今回の東京大停電の原因となったクレーン船の会社が、過去にも同様の事故を起こしていたことなどを考えると、教訓が必ずしも生かされているわけではないようですね。
日本人の忘れっぽい特性には落とし穴があるということでしょうか(・ω・)

投稿: Reザジ | 2006年8月16日 (水) 19時06分

墜落した日航機には、僕が最初に就職した会社の、病院へ運ぶための放射性医薬品がかなり積まれていたそうで、事故現場は放射能汚染がひどく、すぐに救助の人が入られなかったそうです。汚染が分かる前に救助に入った方もいらっしゃったそうです。
病気を治すための医薬品のせいで救助活動が遅れるというのも残念なことです。

その会社に入社する前の年の出来事でしたが、上司から「あのときは製品が届かなくって大変だったんだよ」と言う感じで話を聞き、なんとも言えない気分になりました。

投稿: やまもと | 2006年8月16日 (水) 14時15分

>さかな さん
「大関の勝ち越しは10勝以上」にこだわり、カド番になることもなく引退。
在位8年の立派な大関でした(・ω・)

> sadakun_dさん
クラプトンやニール・ヤングも同い年ですね。あとおすぎとピーコ。
みんな還暦を過ぎました(・ω・)

投稿: Reザジ | 2006年8月15日 (火) 07時24分

1985年いろんなことがありましたね。
ロックファンには
DeepPurple再結成。リッチーさん40歳かな。亀田の親父ぐらい(笑)

投稿: sadakun_d | 2006年8月15日 (火) 06時34分

うげぇ~~!知らなかったっ!!
北天佑が亡くなってたなんて、、、。
千代の富士にめっぽう強かったですよね~。

投稿: さかな | 2006年8月15日 (火) 02時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63100/11440076

この記事へのトラックバック一覧です: 1985年という年:

« In search of | トップページ | IN 川越(NATURA続編) »