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2006年6月 6日 (火)

千人の交響曲

No8TVを付けていたら「グロンサン」のCMでいきなりマーラーの第8交響曲が流れたので驚いた。
速水さんのライブに来たことのある人には、オープニングに使われていることでもすっかりお馴染みのこの曲が作られたのは1906年のことである。
奇しくも今年はこの曲が作られてから百年目ということになる。

1906年にマーラーは知人に送った手紙にこう記している。
「私は『第8交響曲』を完成したところです。今まで作ったもののなかで最大のものです。それに内容、形式ともきわめて独特のものなので、それについて書くことができないほどです。宇宙が鳴り、そして響きはじめることを想像してみてください。それはもう人間の声ではなく、天空をめぐる惑星であり、恒星なのです。詳しいことはお会いしたときに直接お話ししましょう」
第5、第6、第7と純粋器楽の交響曲を作曲してきたマーラーが次に手がけたのは器楽と声楽の空前規模の結合であった。
初演は1910年9月12日、ミュンヘンの音楽祭でマーラー自身の指揮によって行われた。
その模様は初演に立ち会ったアルフレード・カゼッラがこう記している。
「左手と右手には、ヴィーン楽友協会およびライプツィヒのリーデル協会合唱団の団員が500人、中央にはミュンヘン中央歌唱学校の350人の児童(そのうち300人は白衣の少女たち)、児童の前には、7人の独唱者・・。一番高いところにはオルガン、それにオルガン席には4本のトランペットと3本のトロンボーンを奏する7人の軍人。この弩級艦の演奏体の前には作曲家兼指揮者用の台、あるいはむしろ小さな櫓が立っている・・。不安にわななく会場は、突然、ものすごい喝采に湧きかえる。小柄な男が演奏者たちのぎっしり詰まった群れをやっとのことで掻き分けて進み、櫓をよじのぼり、そして盛んな拍手喝采の前で頭を下げる。ただちにこのうえない深い沈黙が激しい興奮につづく。小男の手振りで、合唱団が、私たちの国ではもっぱら兵営でしか見ることができないが、ドイツではどんな領域のさまざまな部内で共通してみられるあの共同動作の一つでもって立ち上がる。オルガンの力強い和音。そしてここで爆発するのは、500人の胸から発せられた、熱狂的な叫び『来たれ、想像の主なる聖霊よ』なのである」
巨大なこの作品は2つの部分に分かれている。
第1部『来たれ、想像の主たる聖霊よ』はマインツの大司教フラバヌス・マウルスによる歌詞に基づき、厳密なソナタ形式で構成されている。
この曲が"交響曲"である所以はこの第1部に負うところが大であり、途中に壮大な2重フーガをはさみながら、第6、第7交響曲の第1楽章を彷彿とさせる充実ぶりを見せる。
特筆すべきはその主旋律である。
オルガンに続いて力強く歌われるこの旋律は小節ごとに拍子を変えながら、そのエネルギーをどんどん増して歌われる。
マーラーは稀代の旋律家と言われているが、この主題や第9交響曲の第1楽章の主題を聞けば、十分に納得できるはずである。
CMで使われているのも、速水さんのライブで使われているのもこの第1部である。

第2部は一転して『ファウスト』の終幕から歌詞は取られている。
7人の独唱者が中心となり、オラトリオ風の構成は交響曲からかけ離れたものになっている。
第1部が20分ほどであるのに対し、こちらは60分近い大曲になっている。
内容的には第1部の問いかけに対する解答として書かれている。
巨大な音響効果はフィナーレの部分にのみ使われているのであり、構成物としてみれば第1部ほどの堅牢さは感じられない。

この曲のCDは誰に聞いてもショルティ指揮のシカゴ交響楽団によるものが最高であると言われている。
(80分ぐらいの曲だが1枚のCDに収められているのでありがたい)
もし思う存分の音量で聞くことができる環境を持っているなら、音圧を感じてもらいたいものだ。
ヘッドホンでしかこの曲を聴けない身としては、コンチクショウと言うしかないのが残念無念(・ω・)#

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