« It's rainy today | トップページ | 墜ちた鳥のバラード »

2006年5月20日 (土)

いのちの響き

Walter_2私はワルターのレコードをかけてみた。これは1960年、彼がマーラー生誕百年の催しがあった時、ヴィーンを訪れ、フィルハーモニーを指揮した折の実況録音である。
曲目はシューベルトの未完成交響曲とマーラーの第四交響曲、それからマーラーの管弦楽つき歌曲三つ、歌手はシュヴァルツコプフ。
音だけでいえば、昨今のレコードとは比較にならない。しかし、何たる演奏だろう!シューベルトも良いが、マーラーはもっと良い。こんな演奏は、もう二度とこの世に響くことはないのではないか。
耽美的陶酔的な演奏であるが、聴後、心の底から洗われたような後味が残る。至福のの状態への憧れの歌のようでもあり、実はその憧れの中に深い幸せが実現しているというのが正しい。

こういう音楽が存在し、それをこうした演奏できけるというのは、何という幸福だろう。私は、若いころにも、こういう経験をしたにちがいないけれど、レコードでこんな心地を味わったのはひさしぶりのことである。

このレコードのもとになった演奏会は、彼の恩人だったマーラーの百年祭にささげる演奏であるとともに、はしなくも、ワルター自身のヴィーンへの告別の音楽会ともなった。というのは、ワルターは、この翌々年の1962年の2月、八十五歳と何か月かで死んだからである。

周知のように、彼は、マーラーに招かれ、1901年から12年にかけ、ヴィーン帝室歌劇場首席楽長の職にあった。1876年生まれの青年音楽家にとって破格の名誉ある地位だった。しかしヴィーンは必ずしも彼にやさしくなかった。かつてモーツァルト、シューベルトに対し、そうして近くはマーラーに対してと同じように、ヴィーンには熱烈な支持者もいるかわり、猛烈な非難攻撃も欠けてなかった。特にマーラーやワルターの場合、当時のヴィーンのユダヤ人排撃を旗印とする陣営からの中傷誹謗には、異常なものがあった。それがどんなに彼を傷つけたかは、彼の回想記にもうかがえる。

「音楽の故郷であるこの国に、同時にあの憎しみの泉が流れていたことは、悲しいが、否認できぬ事実である。それが広い大衆に支持されていたことが、ナチを権力の座につける助けになった。心理学をないがしろにしない歴史家だったら、オーストリアの没落自体さえ、この国民の分裂、あれほど高い文化的気質とあれほど低劣野蛮な傾向との矛盾から説明しかねまい」(ワルター自伝)

そういうヴィーンに戻ってきて、天上の至福を謳う音楽をこんなに素晴らしく指揮して、別れを告げる。それが人間というものだ。



         吉田秀和「ワルターとマーラー」より

|

« It's rainy today | トップページ | 墜ちた鳥のバラード »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63100/10145933

この記事へのトラックバック一覧です: いのちの響き:

« It's rainy today | トップページ | 墜ちた鳥のバラード »