« 柴又・浅草 | トップページ | 他所の事情 »

2006年5月15日 (月)

悲劇への行進曲

Almaマーラーの楽曲を大きく特徴づけるものとして「行進曲」がある。
交響曲でいうと第1番の第3楽章、第2番の第1・第5楽章、第3番の第1楽章、第5番の第1楽章、第7番の第1楽章、「大地の歌」の第4楽章などを支配する要素は「行進曲」である。
歌曲においても「歩哨の夜の歌」、「少年鼓笛兵」、「レヴェルゲ(惨殺された鼓手)」、「運の悪いときの慰めっこ」など軍楽的な「行進曲」が数多く存在する。

マーラーの「行進曲」を代表する楽曲として1905年に作曲された「交響曲第6番」がある。
この交響曲は「悲劇的(Tragische)」という通称があるが、もともとはマーラー自身が名付けたものである。
その後この呼び名は削除されたが、イ短調で始まりイ短調で終わるこの楽曲には全体を通じて悲劇的な雰囲気が漂っている。
ベートーヴェンの「交響曲第5番」に代表されるように、暗(苦悩)を克服して明(栄光・勝利)をつかむというのが作曲家にとっての大きなテーマであり、事実マーラーにおいても他の交響曲では暗→明の流れで展開される傾向があった。
交響曲の終楽章には先立つ楽章の総括と結論が義務づけられているのである。
その意味で、この楽曲は例外的な展開であるといえるが、マーラーが用意した結論は前例のないスケールを備えていたことも事実である。

交響曲第6番は古典的な4楽章から成っている。
第1楽章(イ短調)は重々しい足どりの行進曲で始まる。
この第1主題は途中トランペットによる「イ長調→イ短調」のモットーを挟みながら軍隊風の展開をみせる。
一段落後に弦が大きく歌うような第2主題を奏でる。
これは「アルマの主題」と名付けられているが、マーラーの妻であるアルマ・シントラーのことである。
この主題は高く飛翔するような印象を与えるもので、やがて展開部にはいると天国的な鈴やチェレスタの楽句が挿入される。
これはこの交響曲における数少ない明の部分である。

第2楽章(イ短調)は第1楽章と同様のリズムで始まるが、すぐにスケルツォの展開になる。
コントラバスとティンパニに支えられてゴツゴツとした舞曲が奏される。
途中、再びこの交響曲のモットーである「イ長調→イ短調」が出現する。
第3楽章(変ホ長調)は歌曲のような美しい主題をもつアンダンテの楽章である。
稀代の旋律家であるマーラーの面目躍如といったところであるが、この主題の独自性についてはシェーンベルクが熱烈な賛辞を送っている。
陶酔と夢を繰り返し紡ぐようなこの主題は、実は第1楽章の「アルマの主題」と深く結びついているのである。
カウベルが遠くで打ち鳴らされ、現実離れしたようなこの甘い楽章は終わる。

第4楽章(イ短調)はマーラーの書いた楽曲の中でも最も複雑なものであり、この交響曲のクライマックスを形成するものである。
前の楽章の終わりから不気味な雰囲気の中でチェレスタやハープが不安感を煽るような分散和音を奏でる。
ヴァイオリンが高く叫びをあげて急速に落下し、長大な導入部が始まる。
後に現れる動機が派生しては消えていくうちに音楽は次第にエネルギーを蓄えていくかのようにゆっくりとボルテージを高めていく。
そして煽り立てるような中、提示部となり行進曲が始まるのである。
いくつもの主題が交錯し大きな盛り上がりを見せるが、ハンマーの強打が全てを沈黙させる。
その後再び音楽は勢いを取り戻すたびに破局を迎え、3度目の和音が全てを沈黙させるまで繰り返される。
この楽章だけで約35分間の演奏時間を要する。

この交響曲を書いた当時、マーラーはアルマとの結婚、長女の誕生と彼の人生においていちばん幸福な時期であった。
にもかかわらず破局への行進曲ともいえる楽曲を書いたのは何故であろうか。
予言とも言えるこの曲の完成2年後に長女は病死し、マーラー自身も心臓の病を医師に告げられる。
そして楽曲通りに3度目の打撃が彼自身の命を奪ったのは1911年のことであった。
ドイツにナチスが台頭し、軍靴の行進が街中に鳴り響いたのは更に先のことである。

|

« 柴又・浅草 | トップページ | 他所の事情 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63100/10073469

この記事へのトラックバック一覧です: 悲劇への行進曲:

« 柴又・浅草 | トップページ | 他所の事情 »