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2006年4月24日 (月)

ヴァイオリン協奏曲

Violinヴァイオリンは素敵な楽器である。
たとえばBOB DYLANのライブアルバム「HARD RAIN」でのスカーレット・リヴェラが情熱的に奏でるフィドル。
また、近年の井上堯之さんのAGのユニットで白濱櫻子さんが奏でるヴァイオリンの音色は楽曲に温かい陰影を与えているし。
ロック、ポップス等のジャンルを問わずヴァイオリン及びストリングスの活躍する楽曲は多彩である。

もちろんクラシックのジャンルにおいてヴァイオリンがメインとなる楽曲は星の数ほどある。
バッハの〈ニ短調パルティータ〉などは独奏ヴァイオリン曲として音楽史における最高の作品であろう。
私はこの中の「シャコンヌ」を聞いたときにはじめてバッハの何かが分かったような気がしたものである。
数あるCDの中ではヨーゼフ・シゲティの演奏によるものをお薦めしておく。

ベートーヴェンの〈ヴァイオリン協奏曲ニ長調〉。
もう大変に有名な曲であるからいまさら紹介するまでもないのだが、もしクラシックに親しみがなくて何か聞いてみようと思われる人のために・・。
私は小学生のころにベートーヴェンの交響曲を一通り聴いたあとで、他にも何かないかと思ってレコード店の廉価版のコーナーを覗いていたときにこの曲に出会った。
その時のレコードは誰が独奏していたか覚えていないが、ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団でクルト・マズアが指揮をしていたような記憶がある。
出だしの弱音で叩かれるティンパニに耳を澄ますと木管による優しいメロディが始まる。
このティンパニのリズムはこの楽曲を支配することになるのであるが、実に印象的な開始であり、一度聞いたら忘れることのできないものである。
その後オーケストラによる何度かの全合奏が続いた後、ようやくという感じで独奏ヴァイオリンが登場する。
そのまま天上に舞い上がるようなメロディを奏でた後にオーケストラと絶妙にからみながらこの長大な第一楽章は続くのである。

第二楽章にはいると音楽は一転して"祈り"となる。
子どもの頃は緩徐楽章が苦手で、どうしてもアレグロとか早い激しいテンポを好んだが、齢をとるにしたがってこうした好みも変化していった。
現在ではこの協奏曲でもゆったりとした第二楽章にいちばん惹かれるようになっている。
ベートーヴェン以前のヴァイオリン協奏曲では音楽がこうした"祈り"となることはなかった。
(もちろん宗教音楽であるミサ曲などは別であるが)
弱音器をつけたヴァイオリンと最弱奏で演奏されるオーケストラとの織りなす音楽は聞くものに現実を忘れさせる。

終楽章になるとテンポは快活な狩りのロンドとなる。
モーツァルト的でもあるこの楽章は非常に親しみやすいメロディーと繰り返しの妙によって、初めて聞いたときにはいちばん耳に残るはずである。
前の楽章で現実から超越してしまったベートーヴェンが、これではまずいと思って慌てて地上に降りてきたかのようである。
独奏ヴァイオリンも存分にその技術を見せつけながら走り去るようにこの曲を閉じる。

名曲だけにCDも種類は多い。
私はヘンリク・シェリング独奏、イッセルシュテット指揮、ロンドン交響楽団の演奏を好む。

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