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2006年4月30日 (日)

好事苑20

ろっかー
・ロック野郎
・ロック付きの戸棚
・アルゼンチン・バックブリーカー(知らないだろうなぁ)
・六課

こいんろっかー
・路上ライブ限定ロック野郎
・コインロック付きの戸棚
・小銭のある六課

くろうとはだし
・スーパーな素人
・素足の真木蔵人
・出っ歯のプロ

たいしょくきん
・いらないなら下さい>小泉さん
・無芸退職

ばっは
・音楽の教科書に載っていたバッハの肖像画は髪と顔がミスマッチだった
・ばっはふみふみ

かさがない
・最近の都会では自殺する中年のほうが増えている
・イカ無くちゃ・・にぎりはさみしい

うぃー
・任天堂の次世代ゲーム機(開発コードはレボリューションだったのに)
・生意気な小娘ゴルファー
・うぃーだばしゃば

にゅーす
・ネットでどばどば垂れ流されるニュースには食傷気味。
いちいち反応していたら脳みそツルツルになっちゃう
・活動停止チョイ前

ほしゃく
・95日間の拘留生活から奇跡的に生還した元・日本兵の堀江貴文さん。
現地では「タカフミンスキー」の名前で家族を持ち暮らしていたという
・♪君の知らない 異国の町で 君を想えば 泣けてくる〜 。「保釈旅情」
・♪三畳に行かなくちゃ〜、三畳堺町のイノダっていうコーヒー屋へね

あめりか
・出て行ってやるから金寄こせ!・・ってひどい話じゃない?
・牛肉買わないからな

とむ・やむ・くん
・次作は『ナンプラー』或いは『ヤム・ウン・セン』だろうか
・象を助ける・・あ、冷蔵庫に入れたままだった

※予想通りの手抜きです。ビッツラ(・ω・)!
Rocca

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2006年4月29日 (土)

みどりの日

普段の土曜日であれば仕事に出るのだが、きょうは祭日だ。
天気予報では雨だったけど、午前中は降っていなかったので出かけた。
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駅まで歩く。
新しくオープンしたショッピングモールで昼食を取ろう。
976
最近は外に買い物に出ることが少ない。
たまに出歩くぶんには新鮮でよいけど。
974
外はどんよりしているのにモールの中は妙に明るい。
あんまり長くいると疲れてしまうな。
992
さっさと帰ってきてしまった。
久しぶりにバスに乗った。
995_1
花ばかり撮ってしまった。
まあいいか、きょうは「みどりの日」だからな。

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2006年4月28日 (金)

どうしたもんでしょ

Heya_3「ふぁ〜、眠い。この季節は眠くてたまらないよ」
「気温がなかなか安定しないからね。夜はまだ冷えるし」
「しかし、"寝溜め"っていうのは利かないのかな?休日とかガンガン寝ても翌日はまた眠いのは何でだろ」
「寝溜めは利かないよ。寝てダメになる奴はいるけど」
「ふーん。そんなものか。ところで最近『マチベン』ていうドラマが話題だよね」
「NHKでやってるやつだね」
「町医者みたいな弁護士だからマチベンなんでしょ。だったら町医者みたいな検事だっていいわけじゃん」
「そんなのいないよ」
「別にフィクションだからいいでしょ。で、『マチケン』というタイトルにするの」
「だめだね」
「主演は『マチベン』から引き続き出演の沢田ケンジにして、主題歌はマチケンサンバなんて・・だめかい?」
「全然だめだね」
「じゃあ『富豪刑事』に対抗して『不動刑事』なんてどうだい?ぜんぜん動かない刑事の話とか」
「それじゃ事件は解決しないだろ」
「どうしよう」
「知るか。そんなことばかり考えているから眠くなるんだぜ」
「"大相撲"に対抗して"小相撲"なんてどうだい?」
「意味が判らないよ」
「力士もみんな"小"をつけるんだ。小力だって人気だからな」
「小力は相撲じゃないだろ」
「小白鵬なんて格好良いじゃないか。ブランデーが似合いそうで・・」
「琥珀鵬かい?」
「あとこないだ十両で全勝優勝して来場所から上がってくる把瑠都なんて小把瑠都になるぜ。弟はアトムだな」
「ばかなことを言うんじゃない」
「ただ、小朝青龍はいただけないな。落語家みたいだ」
「名前はどうでもいいよ。小相撲は土俵も小さくするのかい?」
「うん、直径1mにするの。でも尻相撲しかできないね」
「それじゃ客が怒るぜ。もう少しまともな思いつきはないのかい」
「ドライアイスに代わる商品として"保冷モン"なんてどうだろ?」
「何を冷やそうっていうんだ」
「ライブドアに投げ入れて、社員の肝を冷やすなんてね」
「悪趣味だね」
「でも湯煎(USEN)で温めればいいじゃん」

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2006年4月27日 (木)

雑ALL RIGHT


手元に電卓があったら1÷7とやってみてほしい。
0.14285714..と出るはずである。
この〈142857〉という数字の並びにはちょっとした謎があるのだ。
今度は142857×2と打ってもらうと285714となる。
順番は変わるが同じ数字の並び方になるわけで、×3だと428571となる。
×6だと857142で、ここまでは6桁でおさまるからセーフ。
×7は999999であるが、これはもともとが1を7で割っているからしかたがない。
さて×8だとどうなるか。1142856である。最初と最後の数字を足すと!
この数字のことは小学校6年生のときに麻雀を教わっていた東工大の大学生が暇つぶしに教えてくれた。
余談だが、当時(1970年)私が持っていた電卓は8桁のもので、たとえば1÷0=と押すと猛烈な速さで数字をカウントしていくのであった。
最初のうちはすごいなぁって見ていたのだが飽きてしまい、そのまま一晩放っておいたら、次の朝に見たときまだカウントを続けていたので感動した。
その後手にした電卓はすべて"E"とか"ERROR"とか表示されるだけである。
昔の機械は勤勉だったなあ・・

最高速度
先日、スピード違反で白バイに捕まった。
制限速度50キロの道路で74キロ出していたとのこと。
まあ何者に追われていたわけでもなかったし、全面的にこちらが悪いので素直に違反切符を切られたわけであるが。
しかし・・
道路によって法廷速度が決められていることは判っている。
また、クルマの速度計が140km/hとか160km/hまであることも知っている。
何か矛盾したものを感じるのである。
たとえば法定速度が40キロの道路でも、危険回避などの非常時も考えて+10キロくらいのスピードは容認されているわけで、だったらその道ではクルマは50キロまでしか出せないように制御できないものか。
ETCみたいに、クルマ側で現在走っている道路の法定速度を感知して電子制御でリミッターをかけることは不可能じゃないだろう。
その結果どうなるか。
まず、交通課の警官(白バイ等)の人員を削減できる。
事故も減るだろうし(追い越しは不可能に近くなる)、ガソリン節約にもなるだろう。
だいたい自由にスピードが出るクルマを売っておきながら、空いてる道で飛ばしているからって捕まえるなんて変な話ではないか。
先日書いた〈地下鉄駅構内でタバコを売っている〉のと同じくらい変である。
まるで囮捜査だ!(大げさだな)
・・・・とか何とか、御託を並べたところで違反金が戻るわけでもないか。

※「御託を並べる」という言葉だが、小さいころは「碁卓」とばかり思っていた。
あんなに重いものを並べるのはさぞや大変であろう。
・・・囲碁よろしく(・ω・)α
Gotaku

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2006年4月26日 (水)

GWを10倍楽しむ方法

Corner「いよいよ今週末からGWだね」
「そうだね。何か予定はあるのかい?」
「特にない!カレンダー通りだからね」
「なんだ。つまらないね」
「いや、今年のGWを10倍楽しむ方法を思いついたから大丈夫」
「へえ、どうするんだい」
「普段の休日にはビールを1本飲んでいるんだけど、GWは10本飲むんだ」
「ほう」
「あとはね、普段おれの入浴時間は15分間なんだけど、GWは150分間入ってみようと思っている」
「のぼせるぜ」
「それから歯ブラシもいつもは1本だけどいっぺんに10本使って歯を磨こうかなと・・」
「口に入れるのも大変だよ。だめだね、何でも10倍にすればいいってわけじゃない」
「いい考えだと思ったんだけどな」
「悪い考えだ。それより普段の10倍遠くに行った方がよほど楽しいぜ」
「いやだよ。そんなことをしたら10倍疲れちゃう。テレビでも見てたほうがましだよ」
「どうにもつまらないやつだな。テレビも変わり映えしないだろう」
「そうでもないよ。そういえばこないだカツラを被ったボクサーが出ていたぜ」
「小口だね。前の試合は装着したまま戦ったんで物議をかもしたけど、今回はリングに上がるやすぐに外して喝采を浴びたね」
「まだ28歳だっていうのにね。病気なのかな?」
「病気?」
「け病とか」
「どうでもいいよ。でもスポンサーも付いたし、すっかり人気者になったね」
「格好いいじゃん。カツラを外すと突然強くなるなんて。ハルクみたいだ」
「カミングアウトすると人間は変わるもんだよ」
「相撲取りとかはいないのかな。ズラ関取」
「大銀杏のカツラかい?」
「そう、いきなりマゲを外して相手の目を突いたりするの」
「危険だな」
「立ち会いでズラが飛んだら負けとか・・」
「確か、大銀杏が結えなくなったら現役を退かなくちゃだめって聞いたぜ」
「ほんとに?そりゃ差別だね。そうだ男子フィギュアスケートでカツラはどう?」
「4回転ジャンプなんてしたらどっかに飛んで行っちゃうじゃないか」
「減点だね」
「それはどうだか。でも落ちたカツラはどうするんだい?」
「そばまで滑っていってから、イナバウアーで身体を反らせて拾うんだ」
「どうにも苦しそうだ。カツラはもういいから他の話題はないのかい?」
「新庄とか?」
「ああ、今シーズン限りでの引退宣言をしたね」
「おれもGWは新庄流で行こうかな。『家でゴロゴロしながらビデオを見たり飲みたおしたり食いたおしたりして過ごす打法』とかね」
「それは"打法"じゃなく"ドアホウ"だぜ」

※昔はGWといえば巨人VS大洋だったのに(・ω・)φ

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2006年4月25日 (火)

雑×3

勧誘
仕事場の電話が鳴る。
「はじめまして!●●さんでしょうか?わたくし××と申します!」
「どのようなご用件でしょうか?」
「実はワンルームマンションのオーナーのご案内がありまして」
「興味ない」ガチャ。すぐにまた電話が鳴る。
「××です。いま電話が切れちゃったんですけど」
「切れたんじゃなく、切ったんだ。きみと話す気はないのでね」ガチャ。
「あー、何か勧誘ですかねー」とアシスタント。そこにまた電話。
「あー、もう結構ですので、はいー。え?あ、はいー」
「何だって?」
「何か、結構でも構いませんからとか言ってましたよ。しつこいですねぇ」
「きみに任せるから次にかかってきたら頼む」
「はいー」
アシスタントはしばらくの間作戦をいろいろ考えていたようであったが、それきり電話はかかってこなかった。

レジ
近所のスーパーを利用している。
レジのカウンターは何台かあるのだが、いつも半分くらいが休止中になっている。
時間帯が遅いからかなと思っていたのだが、そうでもなさそうである。
常に何台かは休止中なのであった。人不足なのだ。
学生風の若い女の子がしばらく働いていたと思うと急にいなくなったりする。
結局はレギュラー陣は年配の女性ばかりである。
クリスマス時期になるとレジの係もサンタの衣装を着たりするのだ。
その光景はあまり気持の良いものではない。
最近になって高校生くらいの男の子がレジに立つようになった。
非常に元気がない。こちらが心配になるくらいである。
「・・いらっしゃいませー」と抑揚のない声で迎えられる。
勘定が済むと「レシートのお返しです・・」と淡々と言われる。
袋詰めをしながらレジのほうを見ると、ひどくしょげた様子である。
こちらも何だかもの悲しいような気分になって店を後にした。

財布
札入れと小銭入れが一緒になっている財布を使っている。
札のほうはそんなに大量に持ち運ぶほど金持ちではないし、ほとんどカードで済ますことが多いのでたいしてかさばることはない。
問題は小銭である。
自販機を利用したり、ちょっとした買い物にいちいち札を出すのもイヤなので、多少の小銭は持ち歩くようにしている。
しかし、その量が難しいのである。多すぎると財布がやたらに分厚くなる。
コンビニなどで買い物をして小銭ではちょっと足りなくてやむなく札を出す。
どばどば小銭が増えて収拾がつかなくなる。
消費税分で半端の何円のために1円玉や5円玉を数枚入れていても、いざ使う段になると数円足りなかったりして、またまた1円玉が増えたりする。
こういうときにお財布ケータイは便利なはずだが、どこでも使えるわけじゃないから困る。
快適に毎日を過ごすためには小銭入れにはいくら入れておけば良いのだろうか。
それを考えるとまた寝られなくなる・・
いや、寝るけどね。
Wallet

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2006年4月24日 (月)

ヴァイオリン協奏曲

Violinヴァイオリンは素敵な楽器である。
たとえばBOB DYLANのライブアルバム「HARD RAIN」でのスカーレット・リヴェラが情熱的に奏でるフィドル。
また、近年の井上堯之さんのAGのユニットで白濱櫻子さんが奏でるヴァイオリンの音色は楽曲に温かい陰影を与えているし。
ロック、ポップス等のジャンルを問わずヴァイオリン及びストリングスの活躍する楽曲は多彩である。

もちろんクラシックのジャンルにおいてヴァイオリンがメインとなる楽曲は星の数ほどある。
バッハの〈ニ短調パルティータ〉などは独奏ヴァイオリン曲として音楽史における最高の作品であろう。
私はこの中の「シャコンヌ」を聞いたときにはじめてバッハの何かが分かったような気がしたものである。
数あるCDの中ではヨーゼフ・シゲティの演奏によるものをお薦めしておく。

ベートーヴェンの〈ヴァイオリン協奏曲ニ長調〉。
もう大変に有名な曲であるからいまさら紹介するまでもないのだが、もしクラシックに親しみがなくて何か聞いてみようと思われる人のために・・。
私は小学生のころにベートーヴェンの交響曲を一通り聴いたあとで、他にも何かないかと思ってレコード店の廉価版のコーナーを覗いていたときにこの曲に出会った。
その時のレコードは誰が独奏していたか覚えていないが、ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団でクルト・マズアが指揮をしていたような記憶がある。
出だしの弱音で叩かれるティンパニに耳を澄ますと木管による優しいメロディが始まる。
このティンパニのリズムはこの楽曲を支配することになるのであるが、実に印象的な開始であり、一度聞いたら忘れることのできないものである。
その後オーケストラによる何度かの全合奏が続いた後、ようやくという感じで独奏ヴァイオリンが登場する。
そのまま天上に舞い上がるようなメロディを奏でた後にオーケストラと絶妙にからみながらこの長大な第一楽章は続くのである。

第二楽章にはいると音楽は一転して"祈り"となる。
子どもの頃は緩徐楽章が苦手で、どうしてもアレグロとか早い激しいテンポを好んだが、齢をとるにしたがってこうした好みも変化していった。
現在ではこの協奏曲でもゆったりとした第二楽章にいちばん惹かれるようになっている。
ベートーヴェン以前のヴァイオリン協奏曲では音楽がこうした"祈り"となることはなかった。
(もちろん宗教音楽であるミサ曲などは別であるが)
弱音器をつけたヴァイオリンと最弱奏で演奏されるオーケストラとの織りなす音楽は聞くものに現実を忘れさせる。

終楽章になるとテンポは快活な狩りのロンドとなる。
モーツァルト的でもあるこの楽章は非常に親しみやすいメロディーと繰り返しの妙によって、初めて聞いたときにはいちばん耳に残るはずである。
前の楽章で現実から超越してしまったベートーヴェンが、これではまずいと思って慌てて地上に降りてきたかのようである。
独奏ヴァイオリンも存分にその技術を見せつけながら走り去るようにこの曲を閉じる。

名曲だけにCDも種類は多い。
私はヘンリク・シェリング独奏、イッセルシュテット指揮、ロンドン交響楽団の演奏を好む。

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2006年4月23日 (日)

偉いもんだよ人間は

Ufo「あれ、何見てんだい?」
「世界地図だよ」
「ふーん、どれどれ。日本を中心に西にアジア・ヨーロッパ、南にオーストラリア、東に南北アメリカという感じだね」
「でも、他の国の地図はこの配置じゃないよ」
「というと?」
「アメリカではアメリカを中心に据えた地図だし、イギリスならイギリスが中心だよ」
「へえ、じゃあ南極のペンギンが地図を作れば、南極が中心だね。ヨーロッパなんて隅っこに行っちゃって」
「ペンギンは地図を作らない。でも本当に人間って言うのは自分を中心に物事を考えやすいもんだよ」
「そうかね。他には何かある?」
「たとえば"宇宙人"だけど、我々が想像する宇宙人っていうのは自分たちと同じくらいの大きさだと思うだろ」
「ああ、目撃談なんかでも子どもくらいの背だったとかあるよね」
「でも実際はものすごく小さな生物かもしれないぜ。肉眼では見えないくらいだったりして・・」
「そういうこともあり得るよね」
「事実、ある種のクモは大気圏外でも生存できるくらいに気圧や温度差に強かったりするわけで、他の星にそのような生物がいたって不思議はないよ」
「なるほどね。じゃあUFOもすごく小さかったりして」
「うん、本当は無茶無茶に小さくて、その辺に飛んでる小虫だと思っていたものが実は他の星から飛来したものかも知れないわけだ」
「でもそんな小さいやつらに高度な知能や文明があるわけないじゃん」
「そういう考え方こそが人間を尺度にしたものじゃないか。だいたい"宇宙"なんて言うけどだれが"人"だと決めたんだい?」
「そうか。知能という考え方自体が人間独自のものなんだね」
「だから地球上の生命体だって、それぞれの立場から見れば人間なんて高等な生物でもなんでもなくなるかもしれないよ」
「じゃあ、うちのバカ犬も実際はおれのことを見下してるかも知れないんだ」
「きみんちの犬は確かにバカだけど、まあ何が偉いとかいうんじゃなくてもっと大きな視点から見れば、全ての生命体はそれぞれのやり方で適応しているわけだ」
「そうか。たとえば鳥がすごい知能を持っていても飛行機を作ったりする必要はないもんね。その代わりにものすごい視力や位置把握の機能が備わっているんだね」
「うん。さっきのクモじゃないけど、とうてい人間じゃ叶わない力をあらゆる生命体は備えているわけだね。それが欠けたら滅亡しちゃうから・・」
「でも人間は核だとか環境破壊とかで自分たちが適応するためとは思えないことをやってるけど、それって?」
「だから近いうちに滅びるんだろうね。その程度だよ人間なんてね」

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2006年4月22日 (土)

1971年7月28日

Kuruizaki1971年に日比谷野外音楽堂で行われた岡林信康のコンサートは「狂い咲き」というタイトルで、ちょっとサイケなポスターを黒田征太郎が制作した。
このコンサートは岡林信康が東京を離れて岐阜県下の農村で百姓をする直前に行われたもので、彼が発表してきた自作曲が曲目順に演奏された。
初期の曲は岡林のみの弾き語りで、「今日をこえて」以降の曲は柳田ヒロがピアノを、戸叶京助がドラムを、高中正義(!)がベースを、そして岡林がエレキギターを弾きながら歌われた。

この模様はURCレコードが3枚組のアルバムとして発売した。
やや緊張気味の岡林信康だが、バックが入ってからはかなりラフな演奏ではあるがそれなりにリラックスして演っている。
私はこのコンサートには行けなかったのだが、アルバムを聴いたときに、まるでBOB DYLANの「SELF PORTRAIT」に収録されているワイト島でのライブみたいだなと感じたものである。

さて、後年CDになって再発売された「狂い咲き」であるが、アコースティックで演られた最後の曲がなぜかカットされていた。
レコードではしんみりと「手紙」が歌われたあとに、この曲ががらりと雰囲気を変えて、そのままバックメンバーの紹介→「今日をこえて」という良い感じの流れを作っていたので、CD化に伴うカットは非常に残念でならない。
それが「ヘライデ」という曲である。

※ヘライディ ライディ ライディ
 ヘライディ ライディオ
 ヘライディ ライディ ライディ
 ヘライディ ライディオ

(さわりの部分だけ・・)
皇太子殿下がトイレにいる時 美智子妃殿下がこう言った
あなた早く ・・・交代してんか
※REPEAT

(続編を・・)
さいそくしたのにまだ出てこない
あなた早く ・・・出んか
※REPEAT

(ある時、立場が逆になりまして美智子妃殿下がトイレにはいってなかなか出てこないという状況を想像して下さい)
さいそくしたのにまだ出てこない
そんなに腹の具合でも ・・・ひでぇんか
※REPEAT

(いよいよ結論です)
天皇さまが散歩をしててオナラをしたら
びっくらこいた皇后さまは ・・・へいか
※REPEAT

(おまけを・・)
美智子妃殿下が浩宮さまにこう言った
トイレはなるべく早く ・・・しろのみや
※REPEAT

歌詞だけ書いてしまうと身も蓋もないが、こういう歌を歌わせた時の岡林信康の芸達者ぶりは彼のコンサートに行ったことがある人ならお判りだと思う。
まあこれじゃあカットされても仕方がないか・・・(・ω・)φ

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2006年4月21日 (金)

亜細亜的平和?

Island「やあ、久しぶりだね」
「うん、ちょっと出かけてたもんでね」
「どこに行ってたんだい?」
「韓国。仕事でね」
「ふーん。そういえばまた韓国と日本が揉めてるみたいじゃない」
「ああ、『竹島』の話だね」
「あれってよく分からないんだけど、どういうこと?」
「領土問題だね。単純に言えばどちらの国に属するかで日韓がケンカしているようなもんだ」
「テレビゲームの取り合いみたいなもんかい?」
「ちょっと違うけどね。経済水域の問題なのでどちらの国も神経質になっている」
「ほんとうはどっちのものなの?」
「領土としては日本のほうがずっと昔から主張していたんだけど、戦争後にGHQによって統治下からはずされたんだ」
「日露戦争?」
「いや、第2次大戦だ。1950年代にはいってから韓国が島の領土権を主張しだして小競り合いが続いて現在に至るという感じだ」
「じゃあ戦後60年くらい解決していないんだね。気の長い話だ」
「ドイツなんかずっと多くの問題を抱えていたのにすっかり解決したからね。日本政府の無策の結果とも言えるね」
「でも、無人島でしょ。なんで騒ぐんだろ」
「竹島の周辺は水産物の宝庫なんだ。韓国側もそれが分かっているからね」
「やっぱり隣同士っていうのは仲が悪いよね。おれのアパートも隣の部屋のやつがうるさくて・・でも通路で会うと挨拶しちゃうけどね」
「確かに日韓が地続きだったらもっと早い解決をしていたとは思うよ。中国やロシアとだってそうなんだけど、日本が島国であることが大きな障害になっているわけだ」
「おれなら解決できちゃうけどね」
「どうするんだい?」
「竹島は韓国にあげちゃえばいいんだよ」
「気前が良いんだな」
「おれは太っ腹だからね。ついでに九州も」
「え?」
「で、沖縄は台湾にあげて、北海道はロシアにあげちゃう」
「中国が黙ってないだろう」
「うん、中国には本州をあげるから大丈夫。四国があったね。オーストラリアに譲ろう。形も似てるし・・」
「日本が無くなっちゃうじゃないか」
「平気だよ。千代田区だけ残して、それを日本にしちゃう」
「随分小さい国になっちゃうじゃないか」
「そう、バチカンみたいにするの。もちろん靖国神社を中心に」
「え?皇居じゃないのか」
「だって今じゃ日本の象徴は靖国神社じゃん。これでアジアは平和になるよ」
「アメリカが怒るぜ」
「いや、そのころにはアメリカだって日本にメリットを感じなくなってるから何も言わないよ」
「・・・」
「国技だって外国人にあげちゃっただろ。日本人はもともと気前が良いんだよ、きっと」

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2006年4月20日 (木)

饒舌なハムスター

Tamakuro何となく昨日の続きである。
端末入力を終えて上階から戻ったアシスタントの顔が妙に赤っぽい。気になったので聞いてみた。
「上は暖房付けているの?」
「あ、ちょっと付けてますねー」
「やっぱり、道理で顔が火照っているはずだね」
「あ、これですか。違うんですよ。ウチ顔色悪いって言われるからー、ちょっと頬に赤いの付けてきたんですよー」
「そうなの」
「普段、顔色悪いじゃないですかー」
「そうでもないよ。じゃあ気にする人に赤いメガネかけてもらえばいいじゃん」
「だめですよー、それじゃあ真っ赤っかに見えちゃうじゃないですか」
「じゃあ片方が赤でもう片方が青のメガネがいいよ」
「何ですか、それ」
「飛び出して見えるかもしれないよ。すごい鼻の高い人だと思われたりして・・」
「いやですよ」

そうだ、犬はどうなったのかと思い、聞いてみた。
「犬は、昨日まだ具合が悪くて、医者に行ったみたいです」
「一人で行ったわけじゃないだろ?」
「ちがくて、ウチの親が連れて行ったんですよー。帰ってから文句言われました」
「犬はきみの家では誰に所属しているの?」
「あー、ウチですけど。医者が7時までなんですよー。ウチだと間に合わないので」
「ふーん、それで親が連れて行ったんだ」
「食欲が、無かったんですね。で、注射して、連れて帰ったら沢山食べたみたいです」
「それは良かったね」
「はいー」

「もし、いまの犬がチョコを食べたのが原因で死んだら、また犬を買うことになるんですね」
「猫じゃだめなの?」
「うーん」
「鳥が良いよ。インコ可愛いよ」
「鳥ですね。興味はあるんですけど、どこが可愛いのか分かんなくて・・・」
「肩にとまったりするよ。犬は肩にとまらないだろ」
「うーん」
またハムスターを奨めてみた。
「いやですよ。呼んでも来ないじゃないですか」
「ハムスターの場合は呼んだらこっちが近寄るんだ」
「頭も悪そうだし」
「そんなことはないよ。なんでもネズミはオランダ語を理解するそうだし、結構ハムスターは読書家かもしれないよ」
「え、小屋で本でも読むんですか」
「新聞紙とか入れておくとちぎって小屋に集めるじゃない。たぶん小屋の中で読んでから巣の材料にしているんだと思うよ」
「生意気ですねー」
「『お、今度は小沢か・・』なんて言っているかもしれないよ」
「ハムスターは喋らないじゃないですか」
「身体が小さいから声もすごく小さいのかもしれないよ。実際はすごく喋りまくっているかも・・」
「そうですかね」
「新聞呼んでるから株とかも詳しいかもしれない」
「何かいやですねえ、株に詳しいハムスターなんて・・」

実にまったりとした会話である。
外は風もなく静かで、ときおり隣の家の猫が鳴いている。
あと1週間で連休だな。

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2006年4月19日 (水)

犬チョコレート

Chocolate仕事場でアシスタントをしてくれている女の子は、お昼にプロテインを摂取している。
美容のためだという。
当然、タバコも酒もやらない。
聞けば家族全員がそうだという。健康的でよい。
チョコレートを食べるのがよいとか。それもカカオが限りなく100%に近いやつが良いという。
一時ココアが良いとかで、スーパーの売り場から姿を消したことがあるが、それと同じような話であろう。

その子の家ではロングヘアーチワワを飼っているそうだ。
例の「どうする哀フル」のあの犬である。
「可愛いですよー」
「ふーん」
犬は可愛いに決まっている。飼い主と心が通えばなおさらである。

「最近、ウチの犬が変なんですよ」
「どうしたの?」
「夜中に部屋でクゥンクゥンって鳴くんです」
「オシッコでもしたいんじゃないの」
「何か、淋しいみたいなんですよ」
「きみの部屋がイヤなんじゃないの」
「そう思って戸を開けたんですよ。そしたら階段のところでまた鳴くんですよ」
「ふーん」
室内犬は実家で飼っていたことがあるが、実に気まぐれであった。
何をしてもらいたいのか分からなければ解決の仕様がない。

「犬に聞いてみたらいいじゃないか。何がしたいんだって」
「あー、そうですね」

先日、帰りに犬を迎えに行くというのでどうしたのか聞いてみたら入院したのだという。
「ウチが目をはなしている隙にチョコを食べちゃったんですよ」
「犬にチョコはダメなんじゃないの」
「あー、それでグッタリしちゃって、様子がおかしいので急いで病院に連れて行ったんですよ」
「医者は何だって?」
「とりあえず、点滴で毒素を洗い流すそうです。でも肝臓がダメになるかもしれないっていってました」
「いつ入院したの?」
「昨日ですけど、とりあえず処置が終わって興奮しているので引き取りに行くんです」
「ふーん」
なかなか大変なことになっているようだ。

翌日、どんな様子か聞いてみた。
「犬はどうだね」
「何か、肝機能は完全には戻らないとかで、ウチのせいかなってちょっとへこんでいるんです」
「まいったね」
「まだ3歳で若いんですよ。肝臓のせいで長生きはできないかもしれないそうです」
「ふーん」
「でも、まあしようがないから様子を見ながら飼っていくんですね」
「そうか」
「何か、いろいろ大変ですね。気を配らなければならないし・・前に飼っていた犬もフィラリアの注射を忘れていたら罹って死んだし」
「不運だね」

人間の健康のためのチョコは犬には猛毒であった。
犬に限らず鳥でも金魚でも植物でも、人間と一緒に暮らすのは難しい。
人間同士であっても難しいことも多々あるし。

「ハムスター飼えばいいじゃん。何でも食べるよ」
「いやですよ」
「そうめんだって食べるよ」
「だって2年くらいで死んじゃうから」
ハムスターいいのになあ。

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2006年4月18日 (火)

鰯の頭も人参から

Carrot健康維持ということは結局、自分自身の持っている免疫性を高めることであると聞いた。
さてどうしたものか?
椎茸などのキノコ類が良いという人もいる。
しかし件のアガリクスのこともあるし、毎日とり続けるには高価に付く。
コラーゲンがよいという人もいる。
しかし家人は長期間コラーゲンを摂取していたにもかかわらず病に倒れたわけであるから、どうにも解せない。
乳酸菌が良いとも聞く。通販などで販売されている乳酸菌エキスは非常に高価である。
ヨーグルトをガンガン食べればよいのだろうか。
古田に相談してヤクルトでもグイグイ飲むか?

入院中に同室の婦人が言うにはにんじんジュースが良いという。
本人は毎日のように飲み続けていたので化学療法でも副作用が軽微であったという。
まあ、野菜摂取不足でもあるし、自然のものであるから身体に悪かろうはずはない。
しかし、我が家にはジューサーというものがない。
早速、秋葉原で購入した次第である。
ついでにミキサーも購入。これで念願のバナナジュースも飲めるや。

にんじんジュースの材料は単純である。
<にんじん1本半・リンゴ1個>これが基本である。
とりあえず、にんじんは皮付きのまま軽く洗って輪切りにする。
リンゴは皮を剥き芯を取ってから大まかに切る。
あとはジューサーに入れてスイッチをいれて搾るのである。
私が購入したジューサーは安いせいかものすごい音がする。
台所が製材所になったかのようである。
これを早朝に行うのでいつか隣から苦情が来るかもしれない。
その時は「ヒゲが濃いもので・・」とでも言い訳しよう。

さて、以上の材料からできるジュースの量は約250ccである。
これにレモンを半分搾って入れるのである。
レモンは一緒にジューサーに入れない(なぜかは知らない)。
レモンハイの要領だ。
できあがりのジュースは甘酸っぱいものになる。
レモンを入れることでにんじんの成分が吸収されやすくなるそうである。

ジューサーの利点は野菜や果物をそのまま搾れることである。
余分な水分を必要としないので100%のジュースができあがる。
しかし同時に大量の絞りかすが発生する。
これは使い途がないので捨てる。
いまは良いけれども夏場は生ゴミに注意を払わなければならないだろう。
掃除は厄介であるが、もうすっかり慣れた。
1週間も同じことをやれば大体のことは慣れてしまうものである。

バナナジュースは馬鹿みたいに簡単である。
バナナ1本とリンゴ4分の1を皮を剥いて適当に切る。
ミキサーに入れ、牛乳200ccと氷3ヶを入れて1分くらい廻すとできあがり。
ミキサーは掃除が簡単なのでいい奴である。
もう少し活躍の場を与えてやらなくちゃな(・ω・)α

※無宗教の悲しさ(?)で頼るものがない。
良いと聞けばとりあえず試すだけである。

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2006年4月17日 (月)

雑々(・・)

買いたい新書

春は新入生や新入社員をターゲットに色々な商品が発売されるのだが、最近ではなんだか新味に欠けるものばかりで購買欲を刺激されることがない。

携帯電話も結局は1世代前のFOMAに機種変しただけである。
もちろんモバイルSuicaを使いたいがためである。
ワンセグにはちょっと興味があったが、音楽機能内蔵のものと同様、現在のリチウム電池では寿命に限りがあるからパス。
そのうちACアダプターを繋ぐことが必須の条件になったりして・・
PCも例のintelチップのMacintoshが気になってはいるのだが、ラインナップが揃ってからでいいやという感じ。
とりあえずは手元にあるマシンで不自由はしていないからである。
ソフトウェアが概ね移行したころに検討したいと思っている。

カメラだが、最近はカバンの中にGRDとNATURAしか入れていない。
NATURAはライブ専用みたいなものである。
ぼつぼつ写真を撮ることだけを目的とした外出も考えなくては。
いろいろ撮りたい対象はあるので、気候の良いうちに計画しよう。
PC内のデータも少しずつ整理はしているのだが、連休にでもエイヤッと片付けてしまうつもりである。
プリンタも横木安良夫さんの個展で見てからEPSONのPX-5500が気になっているが、CANONからも夏にPIXUS Pro9500というモデルが出るので思案中。
結局買わないということになるかもしれないが。

相変わらずカバンのカタログを見るのが好きである。
写真で見るのと実際に使うのでは大違いで、さらに店頭で触っても日常使っていくといろいろと不具合を見つけたりするので失敗することの方が多い。
だから欲しいなと思っても、購入することには慎重になってしまう。
最近購入したのは犬印鞄製作所の帆布のショルダーバッグだけである。
なかなか良い感じであるが実はまだ使っていない。
部屋に転がして用途を思案中。そのうち鞄のほうから何か語り出すだろう。

NO SMOKING

禁煙願望はあまりないのだが、そうも言ってられないのが昨今の流れである。
3枚ほどタバコをテーマの画像を作ってみた。
Srunner
これは見ての通りである。「歩きタバコ」がダメなので走りタバコしている人。

Smokers_1
単にタバコをくわえさせただけであるが、もとの画像とあまり印象が変わっていないのが不思議である。
実際はみんな吸ってたりして・・

Smouking_2
これは相撲キングである。

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2006年4月16日 (日)

Let Me Follow You Down

4月も半ばだというのに冷たい風が吹き、「3月上旬の気温」だと言われても、そうですかって言うしかない。
まずまずの天気だったから散歩に出かけた。
Rojineko
知らない猫も散歩中である。どこへ行くんだい?
Wp1
あまり人影がない。やはり冷たい風のせいか。
それともサクラが終わったせいだろうか。
Wp2
手入れの行き届いてない場所では雑草も伸びて、まあこの方が自然っぽいかも。
Wp3
鮮やかだったのでカラーで撮影した。
そういえば植物の葉は1枚ごとに微妙に角度が違うそうである。
それぞれが太陽の光を受けやすくするためだとか。

Wp4_1
実に3ヶ月ぶりに一緒に散歩したわけである。
まだ足もとは頼りないけど・・

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2006年4月15日 (土)

癒えィ!

2006041203昨日のブログのタイトルは『残念な三年』のほうが良かったかもしれないと思いつつ、先日のライブのことを書く。
場所は何度か紹介させていただいている自由が丘の「マルディグラ」。
e-ha?のベーシストである、やまだなおこさんが参加するセッションであった。
メンバーはなおこさん以外は初めて・・と思いきや、キーボードを担当していた籠島裕昌さんはかなり昔に速水清司さんのライブをサポートしてもらったことがあったのを思い出した。
仕事をPM7:00前に片付けてからミズスマシのようなスピードで自由が丘の駅に向かった。
方向オンチは直っていないが、自分の思う方と逆に進めば正しいことを悟っているので会場までは一直線に辿り着いた。
まるで自分がアメンボになったような気がした(うそ)

会場にはいるとすでに結構混み混みな状態。
マスターに名前を呼ばれてどぎまぎしているとカウンターに案内されて座った。
メニューを渡され、ココナッツミックスジュースを頼んだ。
きょうはノン・アルコールと決めていたのである。
少しゆとりが出て会場を見回すと、若い人が多い。
しかし!私より明らかに年配の観客を一人見つけて安心したのであった。

ほどなくメンバーが入場。なおこさんも入場。
知っている顔を見るとホッとする。
籠島さんも入場、9年前と変わらぬ童顔であった。
2曲ほどインストを演ってから一人目のヴォーカルが紹介された。
宇江田テツヤさんという人で、アコギを抱えての演奏。
外見はとっぽいがなかなか上質のPOPを聞かせる。
数曲で結構身体がほぐれてきた。

休憩時間になおこさんと少し話す。
最初にe-ha?で見たときには一番話しづらい人なのかと思っていたのだが、とんでもない誤解であった。
ミュージシャンには希有な常識と生真面目さを持っていて、なおかつ優しい心の人である。
いつもありがとう。

後半にはいって二人目のヴォーカルはAKKOさんという女性であった。
ジャクソンファイブのカバーから始まった彼女のステージはまろやかな感じ。
バックの演奏もキーボード主体の穏やかなもので、癒される。
おそらくファンキーな曲をガンガン歌える人なんだろうけど、敢えて抑えめに歌っているのがとても良い感じである。
で、最後に宇江田さんも交えてアンコール曲。
ステージには6人のミュージシャンがそろったわけだが、「マルディグラ」の店を知る人にはこの人数が大変な状態であることが判るであろう。

で・・一昨日のブログにあるとおり、脱兎のごとく帰宅した。
また行くぜぃ(・ω・)!

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2006年4月14日 (金)

残忍な三人

猥褻なYシャツ
素肌に男物のシャツを着た女性はセクシーであるのに、女物のシャツを着た男性は変態っぽいのは何故だ?
男性差別に違いない。そういえば地下鉄関連にも「女性専用車両」ができてしまった。これだけじゃ納得がいかない。
他にもつくって欲しい専用車両はあるぞ。「子供専用車両」とか「デブ専用車両」とか・・

ヤカンの時間
台所でヤカンを火にかけ、お湯が沸くまでの時間は、あっという間に感じるときと、いやになるくらい待たされるときの差が激しい。
とくにおかずを盛りつけて、ご飯もよそってしまってから「アッいけないお湯を沸かすのをわすれていた」っていう時のヤカンは、どうしちゃったのというくらいに静かであるのが憎らしい。
「おかみさ〜ん、時間ですよ」とマチャアキが叫べば森光子が出てくるが、「おかみさ〜ん、ヤカンですよ」と叫ぶと出てくるのは波平か?

けがれ無きせがれ
さんざん親のセコイ姿をさらしておきながらせがれに向かって「賢くなれよ」「立派な人になりなさい」「人に優しい人間」とか言っても無駄でしょ。
ニートは増える一方である。一兎をも得ず・・である。

物干しで物怖じ
以前書いたように高所恐怖症である。
物干しやバルコニーに立つと足場が崩れ落ち自分が地面に落ちていくことしか頭に思い浮かばないのである。
バカと煙はなんとやらと言うが、高いところが苦手なバカもいることを証明してあげよう。
ひぃ〜怖いよう。

大関が狼藉
すぐ新聞のネタになってしまう。有名人のつらいところである。
全然関係がないが、私の得意先に「大関さん」という人がいるが、三役ではなくヒラ社員である。
はやく役職について襲名披露をしていただきたいものである。

色々ないらいら
しばらく病院で過ごす時間が多かったので、仕事場との気持の温度差にあらためて驚かされたものである。
いやほんとうに仕事ってやつは優しい気持ちをすり減らすものである。
利害がからんだ他人とのやりとりは決して楽しいものではない・・・・私には。
「人生いらいら」である。

老人の同人
まあ俳句や囲碁・将棋等で老人同士の交流は行われているのが現状である。
いまから30年も経てば老人社会も大きく変わるであろう。
秋葉原には老人専門の同人ショップができ、老人専用のメイド喫茶ができる。
中にはいると日本髪を結い絣の着物を着たお婆さんが迎えてくれるのである。
もちろん本人もコスプレするのである・・チョンマゲに決まっているけど。

※せっかくライブで充電したのに半日で放電。
そろそろ取り替え時なのだろうか・・リチウムな私(・ω・)μ
Mm

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2006年4月13日 (木)

時間とのたたかい

さて、ライブが終わって時計を見るとPM10:36
とりあえず自由が丘の駅に向かう。
さすがにここ半月の間に2回も来てるから迷うことはない(当たり前だ)。
駅の改札をパスネットで通過して時計を見るとPM10:42
カバンから携帯電話を取り出して「駅ナビ」サイトに接続、いま乗る電車を検索。
PM10:46発の東横線"渋谷行き"に乗れとのこと。
階段をどんどん上がる、しまった逆側のホームだ。
人の波をかき分けながら逆のホームに辿り着くと、ほぼ同時に渋谷行き電車が入ってきた。
普段、土日しかこの駅に来ることはなかったので平日の夜がこんなに乗客が多いとは思ってもいなかった。ずるいよ。
Wani
電車に乗り込み、渋谷に到着。
東京メトロ半蔵門線に急ぐ、約150mの距離をエイトマンのように斜めに走る。
額に少し汗が浮く、走りながらカバンからミニタオルを出してさりげなく拭う。
ホームに辿り着く。人は相変わらず多い。
【渡る世間は人ばかり】だ。これはきのうのネタじゃないか。
半蔵門線"南栗橋行き"の電車がやってきたので押されるように乗り込む。
端の席が空いていたので腰を下ろす。少しラッキー。
ところが、隣に座った男の堅い革カバンが脇腹にグイグイ当たって痛い。
顔を見たら非常に大きい外国人であった。我慢しよう。
"大手町"でそいつが降りたので少し楽になった。
車内は蒸し暑く、右手にはミニタオルを持ったままである。
やがて電車は"住吉"の駅に到着、都営新宿線に乗り換える。
やれやれ。
ようやく降りる駅に到着した、PM11:42
自分の影もできないくらいのスピードで自宅に戻る。
なんとか日付が変わらないうちに帰ってくることができた。
ギネスに申請しよう(うそ)。

※肝心のライブはとても楽しい時間を過ごさせていただきました(・ω・)α

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2006年4月12日 (水)

渡る世間は・・・

渡る世間は兄ばかり
出来のいい兄を持ったために世の中で苦労するのは弟。
「お兄さんは勉強ができたのに・・」
「お兄さんは愛想がいいのに・・・」
「お兄さんはいいお嫁さんをもらったのに・・」

渡る世間はうにばかり
こないだ北海道行ってきました。
いやぁ〜鱈腹いただきましたよ。なまら旨かったぁ!

渡る世間は蟹ばかり
こないだ福井に行ってきましてね・・

渡る世間はおればかり
「バッターが打って、ピッチャーが抑えてくれれば勝つんだ」
「どことやってもよそ行きの野球はしないよ」
「おれゴリラ」

渡る世間はおぎばかり
やはぎはどうした?

渡る世間はお姉さん
家で泣いてるご両親、はやく嫁に行ってくれぃ。

渡る世間は鬼バカラ
博打に手を出すんじゃないって、あれほど言ったのに・・

渡る世間はお庭から
いまうちの玄関工事やっててね、出られないの。

渡る世間はしみばかり
んなこと言われても歳だからしゃあねえわな。

渡る世は鬼ばかり
間抜け

渡る世間はオモニばかり
知らぬ間に赤坂も韓国料理店が無茶苦茶に増えました。

渡る世間はばねばかり
焼き芋2本で600円ね。

渡る世間は応仁の乱
ずいぶん昔の話だ。

渡る世間はOBばかり
いいかげんにしろよ、天下り。

渡さん、世間は鬼ばかりだ
自衛隊に入ろう。

※すみません。見ての通りです(・ω・)λ
Kuraku

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2006年4月11日 (火)

タイムマシン

News以下の文章は前に萩原健一さんのファンの方からいただいた新聞の切り抜き記事をそのまま書き写したものである。
記事の内容から1975年7月の記事であることがわかる。
では30年以上前にタイムスリップしてみよう。


ショーケン(萩原健一)の軌跡と奇跡

タレントと俳優と役者をどう使いわけるのかはっきりしないが、グループ・サウンズで歌っていたタレントが、映画やテレビドラマに出はじめると俳優になり、その演技力を買われると"役者根性"ってな言われ方をする。タレント出身俳優ショーケン-----萩原健一の昨今の"注目のされ方"はすごい。そのターレント(才能)の軌跡を追いながら、ブラウン管とスクリーンでの演技の秘密をさぐり、証言を集めてみた。

周囲の証言

「彼が岡田以蔵役で画面に出ると、それまで殺到していた"いつから出るか"という投書はパッタリ。その代わり、いま本人が局へきているかって電話がかかりっぱなしなんです」(NHKテレビ「勝海舟」スタッフへの反響)
「映画"青春の蹉跌"の試写アンケート結果は、彼を見たいという動機が41%、次が何となくで32%でした」(東宝)
彼-----つまり萩原健一への"人気"のバロメーターである。
今月25日で25歳。中学3年の時、仲間とグループ・サウンズ「ザ・テンプターズ」を組み、高校中退後、それを再編成してプロに。

前から芝居への興味

当時のライバル・チーム「ザ・スパイダース」のリーダーだった田辺昭知氏(田辺エージェンシー社長)は「歌っているころから、彼の中に芝居への興味があったんじゃないかな。身につけるものやファッション感覚の中にもそんなものが見受けられた」という。
この"芝居への興味"を、まずテレビが発見した。初の本格的テレビ出演となった「明智探偵事務所」(NHK)の成島庸夫プロデューサーは「彼の持つ甘さ、ナイーブさが出ればと思って起用した」と2年前を振り返る。
「明智・・・」と並行して作られた斉藤耕一監督の映画「約束」(松竹)で彼は"現代の若者を表現する演技"を決定的なものにした。
「この映画を見てすごいと思った。本当に現代のフィーリング、いまそのものだった」と「太陽にほえろ!」(日本テレビ)の岡田晋吉プロデューサー。「何よりも彼の体当たり的演技に感心した」

既成役者にない演技

"体当たり"といういい方は、タレントも俳優もわりとたやすく口にする。ショーケンの場合、その実体を周囲はどう見たか。
「真剣さに魅力がある。既成の役者がやれない芝居を思い切ってやるね」(日本テレビ「くるくるくるり」で共演した伴淳三郎)
「脚本の分析など真剣そのもの。こちらも熱気を感じた」(「勝海舟」の古閑三千郎プロデューサー)
彼の演技にじかに接した人たちは「ナウなフィーリング、現代を生きている」と声をそろえる。
こうした感覚を生む彼の演技を「青春の蹉跌」の神代辰巳監督は「自分の演技プランを持っている。今度の映画の中でも、この場面のあと、何かやってみろよと私がいうと、彼が自分で考えてやっていく、そんな場面がいくつかある。その演技プランにはまれにみるセンスがあるし、フィーリング・プラス現実の表現法を知っているユニークなやくしゃだ」。

鋭い人間観察が基盤

こうした演技は、持って生まれたものなのだろうか。岡田プロデューサーは「ペンとノートから頭で覚えたのではなくて人間観察から生まれた体験的演技だからリアリティーがある」という。
全力で走るシーンを撮る場合、普通の俳優は技術で早く走ったように見せるが、彼はとにかく全力疾走をする。ピストルを撃ち続けた場合、その反動で手がしびれてピストルを取り落とすことがあると聞けば、テープを腕に巻いてしびれさせる。電車に乗れば、足を踏まれた人がどんな表情をするか観察している。
「彼はレッスンに通ってうまくなってるんじゃない」という田辺氏の言葉は''俳優養成機関出身"のいかめしい肩書きなしに"体得"した演技の奇跡というべきか。
「従来の映画から抜け出せる役者」(神代監督)
「可能性はものすごく大きく、見当がつかない」(岡田氏)と今後への期待は大きく、40以上も年上の伴淳三郎は「オレはあいつの残したそばのつゆだって飲めるよ」と彼の人間性にもほれ込んでの賛辞である。
もっとも「うまくなるってことより、いつ見てもショーケンはいいなあって思うような俳優であってもらいたい」という田辺氏が、案外ファンの声を代表しているかもしれない。

自身のための演技論

録画を終えたテレビ局の喫茶店でサンドイッチを食べながら-----
「若者のフィーリングって、随分誤解されてるんだなあ。泣いたりわめいたり、格好ばっかりつけたがるけど、もっと内面的で、人間的なんだよ。オレ自身は、それを客観的に見てるつもりだ。いま撮ってる2つのテレビのうち、一方は内面的なものがあるけど、もう一方はここが(心臓を抑えて)ないねえ。めちゃめちゃだよ。オレだってギャラは決して安くないんだから、そんなドラマなら別な俳優つかえばいいんだ」
「オレのいいとこは考え過ぎること。悪いところも考えすぎること。仕事には神経質でね。自分が全部やってるわけじゃないんだけど。でも俳優になってよかったな。歌手だと歌曲にすべてが左右されるけど、役者はそうじゃない。やって面白いな」
「本当に悩みを打ちあけられる友だちなんていないよ。みんな一人なんじゃない?悩みごとあっても、打ちあけるとき、オレはもう結論出してるからね。それに、そんなことしたら楽にはなるかもしれないけど、でもいった場合、もうわびしくて生きていけないんじゃない?ことによったら、女房にもいわないよ。そんなのを描いたドラマをやらしてくんないかなあ」

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2006年4月10日 (月)

DAS LIED VON DER ERDE

Chinesische孟浩然の『春暁』という有名な漢詩がある。

春眠不覚暁 処処聞啼鳥
夜来風雨声 花落知多少

1行目の「春眠暁を覚えず」が朝寝坊の言い訳みたいに使われているこの漢詩であるが、高校生のときにこの漢詩を習った際に作者の孟浩然という名前におやっと反応してしまったことを思い出す。

小学校5年生のときにワルター指揮のマーラー『大地の歌』を買ってもらった。
(名盤の誉れ高い1952年の録音ではなく、1960年のニューヨークフィルとのステレオ盤でアルトはミラーが歌ったものであった)
これが私にとっての初めてのマーラーであった。
わくわくしながら針を落とすと出だしのホルンの強奏から圧倒された。
上昇と下降を繰り返す管弦楽にのってテノールが朗々と歌い出すのは「現世の悲嘆を歌う飲み歌」であり、原詩は李太白によるものであった。
バースごとに繰り返される「生は暗く、死もまた暗い」の歌詞には強い印象を受けたものである。

『大地の歌(DAS LIED VON DER ERDE)』はハンス・ベトゲによる漢詩の独訳集「シナの笛」に基づいて1908年に書き上げられたマーラーの"交響曲"である。
順番では本来は第9交響曲となるはずであったが、前年に医師から心臓に重大な欠陥があることを示唆され自らの死に対して過敏になっていたマーラーは、先達であるベートーヴェンやシューベルト、ブルックナー等が9曲の交響曲でその生涯を終えたことから敢えてこの曲を第9と名付けなかった。

曲は6つの楽章から成り、奇数楽章はテノール独唱、偶数楽章はアルトが独唱を受け持っている。
第1楽章:現世の悲嘆をうたう飲み歌
第2楽章:秋の中で孤独な人間
第3楽章:青春について
第4楽章:美について
第5楽章:春の中で酔えるもの
第6楽章:告別
ドイツ語で歌われる歌詞は漢詩のニュアンスを残しつつ厭世感を漂わしているし、曲調もところどころに効果的に使われている五音階が東洋的な香りを醸し出している。
圧巻は第6楽章で全曲の半分近い長大な曲であり、現世との別れがアルト独唱で切々と歌われる。
この楽章の原詩が孟浩然と王維によるものであった。
「永遠に、永遠に・・」という歌詞で終わるこの曲を聴き終えたときに私が感じたものは救いようのない絶望感と灰色の世界であった。

その後マーラーを聞きこんでいったが、この『大地の歌』と『第9交響曲』とが双生児のような関係であることがわかってからは尚更「告別」の重要性が理解できた。
さらに吉田秀和氏の著作から、この曲とベートーヴェンのピアノソナタ「告別」との関連性を知らされてからは作曲家マーラーにより興味を持てるようになった。
時代は違ってもドイツ音楽の底流を流れているものは脈々と受け継がれているのである。

前述したワルター指揮、ウイーンフィルの1952年録音盤はキャスリーン・フェリアーのアルトが素晴らしいが、テノールのパツァーク私は好きじゃない。
バーンスタイン指揮、ウイーンフィルの1966年録音盤ではフィッシャー・ディースカウがアルトのパートを歌うのだがなかなか面白く聴ける。
一番お気に入りはクレンペラー指揮、フィルハーモニアの1966年盤でヴァンダーリヒのテノールもルードヴィヒのアルトも素晴らしい。
クレンペラーのテンポも悠久の大河を思わせる堂々たるものである。

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2006年4月 9日 (日)

止まっていた時計が動き出す

今年の1月24日に付き添いで行ったとき、病院で聞かされた内容に大きなショックを受けた。
ここで私の時計は停止した。その時のブログがこれである。
Ncc
その後、2月になってからは自宅と仕事場と病院を順に巡る生活に入った。
数回のライブを除けばほとんど同じパターンの毎日を過ごした。
Street
それも昨日までのことである。
Cpark
まだ雪が残っているころから、いつしか桜が終わる季節になっている。
Ichiba
見下ろすといつも活気にあふれた市場が見えた。
病院の中との不思議なギャップ。
19f
土曜日の朝、誰もいないホール。
私の時計が再び動き出す。

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2006年4月 8日 (土)

毎度"小沢"がせします?

Ozawas「おや、きみもギャンブルやるんだね」
「?」
「堅い新聞ばかり読んでいると思っていたら競馬新聞だね。"馬"って見えたぜ」
「ばかだな、これは"出馬"だよ。民主党の代表選に小沢さんと菅さんが出馬したんだ」
「へぇ、政治家も競馬をやるのか。真面目そうな顔をしててもやっぱ人間だね」
「違うよ。本人が選挙に出馬したんだ。馬じゃない」
「そうか。で、距離は?長距離か短距離か?」
「わからん奴だな。まあ、昨日出馬表明してき