« イタズラ書き | トップページ | ラブ・クローン »

2005年11月 4日 (金)

YMO

jinmin大学2年生の頃だったと思うが、多摩のキャンパスで体育の時間にグランドで休んでいたら、十歳年上の同級生(!)Tさんが近づいてきた。
彼は学生ながら音楽プロデュースの仕事もしていて、色々なレコード会社に知り合いを持っていたのである。
Tさんはラジカセを抱えていて、私に聞いてみろと言いながらテープを回した。
ラジカセのスピーカーからはピコピコと電子音が鳴り始め、シンセサイザーのテンポの良い音楽が演奏された。
何だかすごく新しい感じがして、「誰が演ってるの?」と聞くと、細野晴臣だという。
後に『Pacific』というアルバムに収録された「コズミック・サーフィン」という曲だった。

細野晴臣・坂本龍一・高橋ユキヒロの3人がYellow Magic Orchestraというユニットを結成したという話はそれから一年以上経ってから伝わってきた。
デビューアルバムが海外で高い評価を受け、ヨーロッパ・ツァーが早々に実現したことも、「GORO」などの雑誌でエレクトリック・サウンドの特集が組まれYMOは最先端を行っているらしいことも聞いたり読んだりしたけど、ふ〜んという感じであった。
私の中の細野晴臣と真っ赤な人民服を着てもみあげを剃り落としたYMOの細野晴臣は結びつけにくかったのである。

坂本龍一はティン・パン・アレィ系のスタジオ・ミュージシャンとして認識していた。
生真面目で、どこか学生っぽい印象があった。
デビューソロアルバムである『千のナイフ』はYMOで知った後に聞いてみた。
「お茶漬けの味がする現代音楽」といった趣を感じたものである。
もう一人のYMOである高橋ユキヒロはサディスティック・ミカ・バンドの頃から好きなドラマーで、決してやかましいドラムを叩かないけど正確なサポートをする人だった。
彼のソロアルバム『SARAVAH!』も軽やかでセンスの良い音楽が詰まった良いものであった。

YMOのデビューアルバムは海外版が出た後に購入した(例のメデューサみたいなジャケットのやつ)。
このアルバムにはまだオリエンタルな香りが残っていて、細野カラーが結構強かったのかなって思った。
「東風」「シムーン」などは外人ウケしそうな曲である。
また「コズミック・サーフィン」は『Pacific』に収録されたものよりリズムが強調されていた。
特別な思い入れは持たなかったものの、YMOのアルバムとしては結局このデビューアルバムが一番良かったように思う。

セカンドアルバム『Solid State Survivor』はあまりにもポップな音になってしまったのでちょっと拒否反応がでたし、サードアルバム『B.G.M』は逆にマニアックなものに成りすぎてしまった感がある。
(『増殖』は面白かったけど)
また、ヨーロッパ・ツァーの模様をFMでやったときに一番の聞き所であった渡辺香津美のギターがカットされてしまったライブ盤『パブリック・プレッシャー』は妙にメローな感じに仕上がってしまい、ガッカリした記憶がある。

YMOの曲をいま聞き返すことはほとんど無いけど、クラフト・ワークを知るきっかけを作ってくれたことに感謝している。

|

« イタズラ書き | トップページ | ラブ・クローン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63100/6884228

この記事へのトラックバック一覧です: YMO:

« イタズラ書き | トップページ | ラブ・クローン »