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2005年8月13日 (土)

Visions Of Johanna

137『The Arrangement』という映画があった。
1969年の作品で監督はエリア・カザン、主演はカーク・ダグラス。

公私共に充実した生活を送っていた男(カーク・ダグラス)は、ある日、自ら運転する車をトラックの下に潜り込ませるという交通事故を起こす。
その事故をきっかけとして、彼の心は妻(デボラ・カー)を離れ、過去に関係のあった女(フェイ・ダナウェイ)の思い出ばかりが占め始める。
回復後の彼は誰とも何も話さなくなり、飛行中のセスナから身を乗り出したりという常軌を逸した行動をするが、当然周囲に理解されない。
過去の女との再会によりそれは決定的になり、再び女との情事におぼれていく主人公。
やがて彼は、財産を妻に譲り精神病院に送られてしまう。
そして退院、地位も名声も捨て去った男は、女との生活に安らぎを見い出すのであった。

映画自体はたいしたことはない作品であった。
ただ、この作品のフェイ・ダナウェイは圧倒的に美しく、これじゃあ無表情でおっかなそうなデボラ・カーから逃げたくなるのもわかるよなぁって思った。
(後に『ネット・ワーク』とかでそのフェイ・ダナウェイ自身が怖い女になっていくとは!)
この映画の中でBOB DYLANの『Blonde On Blonde』のレコード・ジャケットが縦に開いた状態で壁に貼られているのが格好良くて、早速真似をしたものである。
DYLANが茶色のハーフコートを着てマフラーを巻いて写っている(ちょっとブレ気味なのがまた良い)。
ちっちゃいCDになってしまった現在ではこうはいかない。

映画の中で<Visions Of Johanna>が使われていたような気がする。
現実の恋人と過ごしていても過去の女性の幻影がいつもぴったりと寄り添っているというこの歌の内容は映画の主題とオーバーラップする。
DYLANの歌についてかなり的確に解説をしている中山康樹氏の好著『ディランを聴け』のなかでは<Visions Of Johanna>の評価はひどく悪い。
曰く、メロディーがいいかげんである、演奏がヘタ、リハーサルにすぎない等々。
私はこの評価には全く賛成できないのである。

短い前奏からDYLAN のハーモニカがはいってこの曲は始まる。
 ”そんなに静かにしようとしているなんて、何か下心のありそうな夜じゃないかい”
この瞬間に聴いている私たちは現実とイメージが交錯する世界に引き込まれる。
ここでは多くの人物が登場する、私、ルイース、彼女の恋人、小さな少年、モナリザ、伯爵夫人、マドンナ、フィドル弾き、そしてジョハナ。
しかし実際には自分とルイースの2人しか存在しないのである。
詩の構成は複雑であり頭に描こうとしてもなかなか情景が浮かばない。
各ヴァースに必ず現れるジョハナは実体を持たない存在であるが、語り手の心を支配している。
ジョハナは過去の恋人であるのか、語り手の想像上の女性像であるのか(ユングの言うAnimaみたいな)。
 ”ルイース、彼女は悪くない、そばにいる 彼女は繊細で、鏡のよう
 だが、あまりにも簡潔にはっきりと ジョハナがいないことを思い知らせる
 電気の幽霊が彼女の顔の骨の中で吠え ジョハナの幻影がぼくと入れかわった”

ミディアム(とういよりはスローな)テンポで淡々と曲は進む。
7分を越える曲であるが途中に何の盛り上がりもなく、そのままの状態でエンディングを迎える。
だがこの曲は傑作であり、<I Want You>,<Just Like A Woman>等とともに『Blonde  On Blonde』を名盤たらしめているのである。

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