終わりの歌

シドニー・オリンピックも終わり気が付くと１０月になっている。
去年あんなに２０００年を迎えることに神経質になっていたのに、新世紀 を迎える今年は何かみんな変だよ。
無関心を装っているだけなんだろうか、妙に淡々としている。

実を言うと私も今世紀末に特別な気持ちを持っていなかった。このＣＤを 聴くまでは。
『20th Jun Togawa』とタイトルされた戸川純のミニＣＤはサブタイトルに 「妖喜なシンガーソングアクトレス戸川純20周年記念アルバム good-bye 20th century」とあるように戸川純による20世紀へのオマージュでもある。

１曲目「ラジオのように」ブリジット・フォンティーンの曲で始まる。近 年のライブでも演奏されていたがここではスティーブ衛藤のパーカッショ ンが不思議な奥行きを与えている。モノローグのような戸川純の歌唱が寂 寥感をあおる。

２曲目「終曲（Finale)」海外ドラマ『キングダム』で使われたこの曲は三 柴理(Pf.)とのユニット「ゴルゴダ」のテーマとしておなじみ。このＣＤで は絶望的な重さを感じる演奏になっている。歌詞は全て日本語で戸川純ら しい世界が描かれる。

３曲目「Joe le Taxi」はバネッサ・パラディの歌唱で知られる曲。軽快であ りながら寂しさを感じさせる曲にのって戸川純の可愛いフランス語の歌唱 が冴えわたる。ある意味では過去の「オーロラＢ」等に通ずる曲かもしれ ない。

４曲目「Because the night」。パティ・スミスの曲。このＣＤのベストテイ クかもしれない。暗闇を引きずり出すような歌唱が凄い。ライブに比べる と押さえ気味の歌いかたが、夜の重さをいっそう深く聞き手に与える。

５曲目「Casablanca moon」はタンゴ。戸川純の得意である声の使い分け が聞かれる。声量は控えめだがほんとうに歌がうまいなぁ。エミ・エレオ ノーラのアコーディオンが記憶にないところから郷愁を誘う。

６曲目「All tomorrow's parties」ヴェルヴェット・アンダーグラウンド＆ ニコの曲。世紀末へのレクイエムなのだろうか。狭い音域の間を呪文のよ うな歌声がこだまする。20世紀が終わっていくことを怨むように、ロウソ クが燃え尽きるように静かに曲は終わる。

わずか６曲のミニアルバムだがこれは非常に完成度の高い作品だ。戸川純 のソロとしては『昭和享年』以来である（これも昭和へのレクイエムだっ たが）。
私は20世紀も後半になってからの生まれだし、大きな戦争も知らない し、20世紀にはそんなに未練はないよって思っていたのだけど。ここ１０ 年ぐらいの加速度を増しつつある世の中の流れに知らないうちに身をまか せていたようだ。あぶないあぶない。
このＣＤはぎりぎりのところで急ブレーキをかけてくれた。もうすこしで スキップして21世紀に飛び込んでしまうところだったよ。

万人に薦めるわけにはいかないけど聴くべき人は少なくないはずだと思 う。